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5章 孟夏
4 この人を守りたい
しおりを挟むふたりが急いでやってきたのは、須藤の部屋だった。
逃げるように脱衣場を出たすぐあとのこと。
どこへ行こうかと足を止めてしまった優人を見かねたのだろうか。須藤が途中から無言で腕を引き、ここまで案内してくれたのだ。
そうして自室へ辿り着き、いざ扉を開けようと鍵を持つ須藤の手は、いまだぶるぶると震えていた。それを見た優人は優しく手を添え鍵を開けると、とりあえず中へと入った。
須藤の泊まる部屋に興味はあったものの、今はそれどころではなかった。
入口から入って客室の襖を開けると、和室の中央にはすでに布団が敷かれていた。テーブルと共に脇に寄せられていた座椅子に須藤を座らせることにしたものの、部屋に戻ってきたにも関わらず彼の震えは止まらなかった。
「須藤さん……大丈夫ですか?」
優人がそう言って背中をさするも、落ち着く様子はまるでなかった。
むしろ須藤は何か言おうとして言えずにいるような、じれったく焦るような素振りを見せ始めた。
普段冷静沈着な須藤がここまで動揺した姿を見せるのは、初めてのことだった。
――俺がここにいるから、いけないのだろうか。
そもそも脱衣場で不意に自分が見てしまったから、須藤はこうなってしまったのだ。
そう思った優人は立ち上がって部屋を去ろうとした。しかし何故かそれよりも先に須藤の方が立ち上がったかと思えば、客室を出ようとそのまま入口の方へ歩き始めた。
「え……須藤さん、待って!」
思わず手を掴むも、須藤はこちらに顔を見せなかった。そして背を向けたまま震える声で言う。
「素面だと……話せないんだ。だから、少し、酒……買いに行ってくる」
優人はその言葉に衝撃を受けた。
こんな状態で、須藤はまだ自分に話そうとしてくれているらしい。
全身震えて、普段淀みなく動く口も動かなくなり、話せなくなって。なのに酒まで飲んで、正気を失ってまでこの人は自分に話そうとしているのだ。
「そんなこと……しなくていいです!」
思わず優人がそう言うも、須藤は口ごもっただけで、引き返そうとはしなかった。
「いや、でも…………その、君には…………君だから」
その姿を見て優人はもう諦めた。
――ああ、駄目だ。今のこのひとにはもう何を言っても伝わらない。
それならば――。
優人は握った手を強く引いた。
須藤のバランスが崩れ、こちらに倒れ込む。
それを待っていたかのように優人は腕を広げ正面から抱きとめる――。
「な、中谷くん…………?」
――ああ。やっとだ。
優人は両腕の中に愛しい人の温もりを感じながら思った。
――ずっとこうしたいと思っていた人が、ようやく腕の中にいる。
新歓の二次会のあの夜から。悲しい顔をさせたくないと願って、ずっと側にいたいと思っていた。
今日、自分が誤ってそうさせてしまったけれど、俺がこの人のすべてを受け止め守るのだ。
腕の中の須藤の身体は硬直していたものの、暴れることはなかった。
だから腕に力を込め全身を包みこむようにして、優人は願うように須藤に言う。
「須藤さん、行かなくていいです。酒も飲まないでください。あと……もう、何も言わないでください」
「…………でも」
「大丈夫です。そもそも須藤さんが嫌がっていることを、俺が誰かに言うと思いますか?」
すると須藤は焦ったように再び言い始めた。
「それは違う!きみのことは、その……信頼してるから。ただ、その……きみだから。きみには……説明したいんだ」
そうして何故かまた黙り込んでしまった。まるで何か喉に引っかかったものを吐き出そうとするような、苦しそうな顔をして。
だから、優人はもう見ていられなかった。
――ああ、何故この人は泣きそうなのに、自分が苦しんでいるというのに、そうまでして話そうとするのだろう。
なぜそんなになってまで、この人は他人のことばかり考えているのだろう。
もう耐えられない。
見ていられない。
そう思った時には、すでに優人の口は須藤のものを塞いでいた。
「――え、ま、待って……んっ……んんっ……な、中谷くんっ」
「――すみません。もう、何も聞きません」
そう、俺はもう何も聞かない。
その代わり、こちらから伝えるのだ。
あなたにはこれ以上悲しい顔をしてほしくない。
だからこれからの時間は俺のことで頭をいっぱいにして、嫌なことすべてを忘れてほしい、と。
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