【完結】まほろばに鳥はもう来ない

上杉

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9章 惜春

3 もうひとつの未来

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 それからも、優人は未練たらたらの男のように話し続けた。しかし立石はそれを承知の上で、最後まで付き合ってくれた。
 だから気付いたときにはふたりとも酔いはほとんど覚めていて、そもそも恥ずかしいことを話す口実に酒を使ったことを、承知しているみたいだった。
 時間はまだ早く、終電でもなかった。
 それでも、ある程度胸にわだかまっていた思いを吐き出すことができたからだろう。
 サラリーマンたちがうろつくなか駅へ向かう足取りは軽く、すっきりとした清涼感で満たされていた。
 駅へと着き改札を通ったあと、それぞれのホームへ向かう前に優人は感謝した。

「今日はその……誘ってくれて本当にありがとう。何だか、気持ちがかなり軽くなった」

「こちらこそ。最後にこうして本音で飲めてよかったよ」

 一度は付き合っていたこともあり、優人の本質を理解してくれていた立石ありさ。
 別れてから、気まずい思いもあって避けるようにしていたものの、今回のようにもっと話をしていれば、何か別の関係を続けていられたのでは、と不意に思った。

 ――卒業ぎりぎりになって、それに気付くなんて。

 四年間の学生生活で、最後の一年に怒涛の日々を送ることになった――そう思うも、すぐに間違っていることに気付いた。

 ――違う。それまでに、俺が何も踏み出さなかったんだ。

 三年までは、将来に関係ないと言って必要なもの以外を排除した。家族に縛られたフリをして、自分自身を縛ることは、楽だったから。
 今年は、これまで想像もしなかったことに気付けば足を踏み出していた。それは辛くもあったが、同時に感じた幸福は比べものにならなかっただろう。
 優人がぼんやりと考えていると、立石は軽く手を振って言った。

「じゃあね。……あ、最後にあたしからもうひとつアドバイス」

「え?」

「まだ、悩んでるんでしょ?ならさ、想像してみたらいい。ふたつの選択肢があって、選ぼうとしてる方と捨てようとしている方。どちらを選んでも必ずその先の未来は続いていくわけだから。どっちも具体的に想像してイメージしてみたらいい」

 そう言われ、優人は確かにと納得した。
 今の自分が見て悩んでいるものは、確かに今のことだけだった。
 
「――そうして、どちらが自分の幸せに繋がるのか考えればいいでしょ。仮に優人の幸せが大切なひとを幸せにすることにあるのであれば、それに近づく方を選べばいい。……自分が何を優先して何のために生きるか、選ぶための軸をきっと優人なら持ってるでしょ?」

 選ぶための軸――そう言われ、確かに過去の自分は確固たるものを持っていた気がした。

「…………多分」

 そう答えると、立石はにこりと笑った。

「うん。きっと大丈夫。まあ、具体的に未来を想像して、ある程度の未来を考えて選ぶことね。そうすれば、自分の選択にも納得がいくでしょ」

「立石……ありがとう」

「いえいえ。じゃ、達者でね」

 
 そう言って、彼女はひらりと手を振って行ってしまった。
 颯爽と歩いていく後ろ姿をみながら、やっぱり変な奴だなと優人は思った。しかし、今ここにいてくれてよかったとも思えた。
 過去の自分を知る立石のおかげで、本来自分が軸としていたものが思い出せそうな気がした。
 ずっと未来を見据えて生きてきた自分を、ぼんやりと覆う黒い靄のようなものが消えていく感覚があった。

 優人はホームで電車を待ちながら、星ひとつ見えない虚空を眺め、思う。

 須藤の近くにいることを選んだ場合。
 親の指示に反してこのまま内定先に就職し、自分はこのまま都内で暮らし、働くことになるだろう。
 隣りには須藤がいて、きっとこれまでのように飲みに行ったり、一緒に笑い合う毎日を続けることが叶う。
 ただ、家族からは勘当され、自分を必要としてくれる弟からもそっぽを向かれて、戻る場所はきっと失われるだろう。
 そう考えたとき、以降の将来を自分一人で生きていくことは難しいことではないはずだ。むしろ自分を縛っていたしがらみすべてから解放され、いい気分かもしれない。

 ただ、それを須藤が喜んでくれるだろうか。
 家業のことを、詳しく伝えたわけではない。ただ勉強熱心なあの人のことだから、ひそかに知り得ているだろう。
 だからもし、家族を捨てて選ばれたなんてことが知られたら、絶対にあの人は怒るに違いない。
 君は自分の立場を何だと思っているんだ、責任を果たせ、と。
 もしくは泣きながら謝るかもしれない。比べたものの大きさを知って、それでも選んでくれたのかと。
 それは自分にとっても須藤にとっても、幸せと言えるのだろうか。
 確かに須藤との関係はこれまでのように続いていく。しかし「あなたのために捨てた」という禍根は、これからもずっとつきまとうのだ。
 それはいつか破綻へと繋がってしまうのではないか。

 ――そうなれば、いつかまた泣かせてしまう。

 けたたましい音を立て、目の前に電車が到着した。
 人の少ない車内に乗り込み、座らずにネオンの輝く東京の街を眺めながら優人は考える。
 
「何を優先して何のために生きるか」

 そう立石は言っていた。
 では、自分は何を優先して、何のためにこれから生きていくのか。
 それを考えると、必然的に選ぶ未来は決まる気がした。

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