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9章 惜春
6 これで最後※
しおりを挟む須藤をベッドに横たえ覆いかぶさるように馬乗りになると、優人はワイシャツのボタンに手をかけた。
震える手を動かしながら、上からひとつひとつ外していく。
内から白い肌が次第にあらわになっていくたび、優人の鼓動も徐々に高鳴っていた。それは興奮というよりも、どちらかというとカウントダウンを前にした緊張だろうか。
剥き出しになった須藤の白い胸を、優人はまじまじと眺めた。暴力の痕跡はいまや失われ、うっすらと色を残すだけだった。
優人は思わず微笑んでしまう。なぜならこの身体こそが、ほんの少しでもこの人を守ることができた証のように思えたから。
その滑らかな肌に、愛おしむように口付けを落とすと彼の皮膚は自分を受け入れるように優しく沈み、温もりを返した。
次第に少しずつ舌を這わせていくと、須藤はぴくりと反応し肌は波打った。そのいつもとまるで変わらない反応が、今日はより愛おしく思えた。
一挙手一投足を目に焼き付けるように、優人は口付けながら丁寧に服を払いのけると、須藤の腰のベルトに手をかけた。スラックスもろとも脱がせたあと、ちらりと須藤を見ると、なぜか穏やかに微笑んでいた。
何でだろう――そう言いたげな優人の視線に、須藤は気付いたらしい。
「今日は……ずいぶん優しいな」
そうからかうように言われ、ようやく気付く。
確かに、ここまで意識して丁寧にしたことは今まであっただろうか。
自分にとって今日が特別なあまり、うっかりしてしまった。
優人は焦りを感じながら、それを隠すように須藤の首元に顔をうずめて言った。
「…………気の、せいです」
名残惜しさが行為そのものに出てしまうなんて。
でもそれはどうしようもないと思えた。なぜならこれが、心から愛しいと思う人との最後の光景になるのだから。
何としても目に焼き付けなければと思うのも、しょうがない――そう開きなおって、優人は再び愛撫を始めた。
須藤の肌に触れ、その熱を感じるたび、わき上がるのは強い後悔だった。
「んっ……ああっ……」
そしてこうして吐息が漏れるたび、優人の中で決意が揺らいだ。
この人をこうやって愛することができるのは、自分しかいないのに。なのになぜ、別れを告げなければならないのだろう、と。
――嫌だ、嫌だ。……嫌だ。
そんな心からの拒絶が身体の内側で燃え上がるたび、それはどこへも行きようがなくなって、胸にこみ上げるのだ。
喉元まで出かかったそれをなんとか抑え込むと、優人は必死に目の前の須藤へ集中した。
もちろん、横たわる彼はこれが最後だなんて思っていない。だからもたらされる快感に身を委ねて、幸せそうにしているだけだった。
柔らかく閉じられた目元に口付けると、ぱちりとそれは開いてふたつの瞳が優しくこちらを捉えた。
どうしたの、まるでそう言うように微笑みを向けられ、優人も笑みを返す。心がひそかに叫び声を上げるのを、必死に無視しながら。
ただ、同時に込み上げる涙を止められなかった優人は、それをごまかすように服をばさりと脱ぎ捨てた。
そしてなんとか形を保とうとする自身を取り出して、須藤の尻にあてがった。
「……挿れますね」
須藤はこくりと頷いて、その身に受け入れた。
優人をあの穏やかな温もりが襲う。このまま溶けてなくなれたらどれだけいいのだろう――そう思いながら、優人は自分の下で微笑む須藤をまじまじと見つめ、そこで気付いてしまった。
――ああ、もうこれで終わりなんだ。
自分はこの人から笑顔を向けられることも。
同じ食事を食べて、同じ酒を飲んで。美味しいって言うことも。
馬鹿なことを言い合うことも。一緒に映画を観て、だらだらと話すことも。
そしてもちろん、こうして触れ合うことも。
温かく包まれる幸せも、胸にこみ上げる愛もすべて最後。
もう、この人の温もりを二度と感じることはできないのだ。
「………………っ」
「……大丈夫?何かあったか?」
須藤がおもむろに聞いてくるも、このときの優人はそれに答えられる余裕はなかった。
泣くな、と強く自分に言い聞かせる。
――泣いたら終わりだ。お前は決めただろう。
この人に知られたら、きっと悲しませてしまう。
その痛みはお前が背負うべきものだろう。この人を愛し続けられない罰として。
「…………優人?」
その声が本当に心配していることに気付き、すぐに笑顔で返す。
「気のせいです。…………気のせいですって。………いつもと同じです。何も変わりません」
そう、何も変わっていなかった。
自分の気持ちは今もこれからも変わらずに、目の前の須藤を愛し続けるのだ。
優人は心の中で静かに決意すると、ゆっくりと腰を動かしはじめた。徐々に須藤の嬌声が響き始める。
「ふっ……んんっ……もっと、激しく……あっ――」
愛しいひとのそれを五感すべてで記憶しようと、腕の中に須藤を抱きとめて、可能な限りもっとも近づき、そして身体を動かした。
目の前の誰よりも優しい人が、こちらのことを気にせずに、自分の快楽だけに集中できるように。
そう思った瞬間、口からぽろりと出たのは、彼への心からのことばだった。
「須藤さん………………愛してます」
まるでこれからの愛を誓うみたいだ――そう思いながら身体を動かしていると、背中に回された須藤の手に、力が込められて――。
「うん…………僕も…………」
そしてふたりの目は再びぱちりと合った。
この人は、最後までなんて優しい視線を向けてくれるんだろう――そう優人は思った。
少しずつ顔を近付けて、繋がったまま口付けを交わした。穏やかで包み込むような快感が迫り、それを感じながら思う。
――もう、こんなにも誰かを愛することは二度とないだろう。
その頬には一筋の雫が伝い、きらりと輝いて、どこかへ行ってしまった。
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