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終章
比翼連理のかわせみは
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空にはぎらりと太陽が顔を出していた。
瑞生は大きなトランクを手に、よっこいせと高速バスの階段を降りる。
お盆前だからだろうか、意外とバスを利用している人は多かった。大きな荷物を持った学生や家族連れとともに、瑞生はその流れに従う。
バスを降りると同時に見えたのは、少しも変わらない八千河駅の駅舎だった。
大きな屋根が見え、同時にじっとりとした大気が身体を包む。そんな一年ぶりの感覚に身を委ねていたときだった。
「瑞生、お疲れ」
振り返ると、手を振りこちらに近寄る周吾の姿があった。
周吾に出迎えられたあと、ふたりはそのまま市内を走る周遊バスに乗り混んだ。
一番奥に陣取り、瑞生は窓側を、周吾はその隣りに座る。車内に立ち込めていた乾いた冷たい空気に、流れた汗がたちまち引いていく。
エンジン音を響かせて、バスは出発した。
車窓からは八千河の変わらない街並みが流れていく。
瑞生が初めてここに訪れてから、すでに一年が経っていた。
翡翠に導かれて出会い、ふたりで古代から続く因果を解き明かしたあと。瑞生は学業のために一度フランスへ戻っていた。
ただ、帰国した後も瑞生の脳裏にいつまでも離れなかったのは、鮮烈に残る八千河の光景だった。
豊かな緑と海。そしてその自然が育む人やもの。
周吾と生活した日々はかけがえがない経験で、あまりにも恋しかった。
結局、瑞生はいてもたってもいられなくなって、教授に相談し日本の歴史研究で卒論を書くことになったという訳だ。その短期留学先が八千河の大学に決まり、今日からいよいよ日本での生活が始ろうとしている。
瑞生はちらりと隣りを見た。
周吾はその黒い瞳を凜と輝かせて、流れていく車窓を眺めている。
こうして実際に会うのは、一年ぶりだった。
花火の下で思いを伝え合ってから、瑞生は急ぎ足でフランスに戻ってしまった。そうしてばたばたとしていたら学校がはじまり、そんな中でも会いに行きたいと思っていた。しかし高額な渡航費を捻出できず、ふたりは定期的にオンラインで連絡を取り合っていた。
毎日どんなことがあったとか、どんなものを食べたとか。どこに行ったとか内容はささいなことで。
まるでイスルとオオテキヌシが会えなかった時間を埋めるように、ささやさながらも楽しい時間をすごしていた。
だから対面するのは久しぶりで、会った瞬間瑞生は周吾の変化に圧倒されてしまった。
身長が少し伸びたのだろうか。隣りに並ぶと胸板の厚さもよくわかるくらいがっしりと体格がよくなっていた。
また高校三年になった周吾は進路もすでに決めていて、国家公務員として八千河で働くことを目指しているらしい。だからか大人びた視線はもはや成人男性そのもので、周吾の男の上がりっぷりに隣にいるだけで瑞生の胸はすでに高鳴っていた。
「瑞生、どうした?」
「え?」
「いや、オンラインではあんなに話してたのに、静かだなと思って。どうした?具合悪い?」
「いや、全然。そういうわけじゃないんだけど」
格好よすぎるなんて、言うのはまだ早い。
しかし周吾の姿もまとう雰囲気も匂いも、すべてが魅力的に見え瑞生は戸惑っていた。
腕も少しだけ太くなっただろうか。背中もきっと大きくなったのだろう。
画面ではない生の周吾に今すぐ触れたい。
そんな気持ちとは裏腹に、瑞生のお腹はぐうと音を上げる。
「う……ごめん」
「いや、瑞生は正直だな。安心していい。予約してあるから、店に着いたらすぐ食べられる」
ふたりが向かったのは、一年前にも訪れている例の焼肉店だった。
スタッフに案内され、掘りごたつの広々とした席へ通される。そしてテーブル上のメニューを取ろうとしたときだった。
「瑞生くん、久しぶり」
お冷とおしぼりを持って現れたのは、笑みを浮かべる高柳だった。
スタッフと同じポロシャツを着て、ロングサロンを腰に巻いてすらりと立つ様は女子受け抜群に見える。
ただ、高柳は今年の春に大学を卒業し、八千河を出て大学で経営学を学んでいると瑞生は聞いていた。
「高柳さん!どうしてここに?」
すると高柳は苦笑いした。その瞳の奥に燃えるような赤はもう見当たらない。
「夏休みだから帰省したんだけど、店手伝わされてるんだよね。時間あるなら働けってさ。親は俺が家にいるだけで暇人みたいに言うからさ」
「でも実際そうじゃないですか?」
周吾の皮肉を含んだ言葉に高柳はため息を付く。
「……本当に青海は言うようになったよね」
「そうですか?」
「うん。成長っぷりがすさまじい。瑞生くんもそう思わない?」
「……ははは。確かに」
確かに、今の周吾は憑き物が落ちたような、どこか洗練された佇まいだ。
自分が見ない内に肉体的にも精神的にも成長した周吾は、やはり久しぶりに会った高柳にもわかるらしい。
――俺以外もみんな格好いいって思ってるよな。
不意に瑞生は、高柳のにやりとした眼差しを感じて赤くなる。
「じゃあ、ごゆっくり。久しぶりの焼肉だろう?楽しんで」
ふたりはひととおり焼肉のランチを堪能したあと、高柳に礼を言って祖母の家へ向かった。
高柳のおすすめどおり食べ放題にしたせいか、お腹も心もすっかり満たされていた。バスに揺られながら上機嫌な瑞生は、思わず言う。
「やっぱり、あのお店最高だよね。フランスに一軒ほしいなあ」
「ははは。高柳さんに言ってみたら?フランスに新規オープンしてくれるかもしれない」
周吾は爽やかに笑った。
その笑顔は高柳も言っていたとおり、一言で言えば一皮むけたようだと瑞生は再度思う。
焼肉店では、一年前と変わらずに甲斐甲斐しく肉を焼いてくれたし、注文するときも自分はいいからとこちらの事ばかり気にしてくれた。
そんな優しさに加えて、すっかり格好よくなってしまった。こんな素敵な人が自分の恋人だと思ったら、瑞生はまた顔に熱が上るのを感じた。
だから、まだ早いって――そう自分に言い聞かせながら、瑞生は周吾に気付かれないよう反対の車窓へと顔を向けた。
空は晴れ渡り、家々の隙間からは澄んだ青空が広がっていた。
バスを降りたふたりは、祖母の実家へ無事辿り着いた。
玄関の引き戸を開けるとむわりとした熱気に襲われ、瑞生は既視感を感じながらもおそるおそる玄関の電気を付けてみる。
「ただいま。あ……電気通ってる!」
今回は長期滞在を予定しているので、電気も水道もガスもすでに開栓手続きをすませていた。
母さんに相談してよかった――そう思いながら、瑞生は荷物を手に広間へと向かう。
「よし、クーラー入れよう」
こちらも無事にスイッチが入り、次第に心地いい冷気が流れた。
「やっぱり涼しいな。さ、いろいろ整理するか」
ふたりはトランクや荷物を部屋の中に運び込み、ひとつひとつ開けていく。
生活するための衣服や日用品をひととおり取り出し終えたあと、周吾はぽつりと言う。
「荷物はこれだけで大丈夫なのか?これから何か買いに行く?」
「うん大丈夫。とりあえず生活に必要な最低限のものは持ってきてるから」
「そっか」
周吾のそっけない呟きに、そう言えばと思い出し瑞生は言う。
「大きなものは先に送ってあるんだよね。今日の夜に宅配便で――」
届く予定だから――そう言おうとしたときだった。
突然背中に優しく触れるものがあって、次第にぬくもりが広がり、腕が回される。
瑞生の背中を包むように、周吾が背後から抱きついていた。
「え、周吾?」
「やっと……触れられた」
「え?」
抱きしめる腕にぎゅっと力が入り、周吾の身体の熱と息が首元に触れる。
汗臭くないかと気になるも、振り払うことはできなかった。
むしろそうしていてと求めている自分がいた。
「俺、ずっとこうしたくてたまらなかった。お前が帰ってから、俺やっぱり寂しくて。戻ってくるって聞いて、本当に嬉しくて」
「周吾……」
「顔はオンラインでも見れるけど、見るたびもっと会いたくなって。それで実際見たら、もうたまらなかった。早く触れたかったけど、でも人の目もあるし、八千河は田舎だし」
あふれるように次々と流れ出る言葉に瑞生は安心する。
――周吾も自分と同じように思ってくれていたんだ。
ずっと会いたいと願い、そして今日もずっと触れたいと思ってくれていたのだ。
瑞生は胸にこみ上げるものを感じた。そしてそのまま周吾の方に向き直り、背中に腕を回し抱きしめる。
「…………!」
「周吾、俺も会いたかったよ。フランスに帰ってもあっちにいても、周吾とすごしたここでの毎日をずっと思い出してた。はじめて作ってもらったおにぎりとか、茄子漬とか。とうもろこしとか焼肉とか……」
「ははは。食べ物ばかりじゃん」
「……美味しかったんだから、しょうがないだろ」
もちろん、泉ではじめて顔を合わせたときのことも。海水浴に行ったときのことも言わずもがな記憶に鮮明に残っている。
ただそれを言う必要はないと瑞生は思っていた。
あれは勾玉の導きあってのことであり、解放された今わざわざ思い出す必要もないだろう。
「……まあ、瑞生は食べるの好きだもんな」
周吾がそう呟くように言ったあとだった。
「瑞生」
「え……――んっ」
呼ばれたと思った瞬間、顔は近付いていて唇が重なった。
それは一度だけでない。味わうように何度も何度も重ねられ、吸われるような激しい口付けに、瑞生は腰砕けになりそうだった。
はあはあと息を荒げる瑞生を前に、周吾はしゅんとした表情になって言う。
「ごめん。その……いろいろ限界で。もう少し進ませてもらっても、いい?」
どこか困ったように乞い願う姿は、少年そのものに見えた。途端に瑞生の中で愛しさがこみ上げ、何も考えずにこくりと頷いてしまう。
すると周吾は再び激しい口付けを始めながら、瑞生を畳の上に優しく押し倒した。
背中がひやりとしたあとで、すぐさま周吾の重みと熱が全身を覆う。
ぞわぞわと神経を逆なでるような快楽に襲われながら、瑞生は受け入れることしかできない。
「瑞生」
「……うん」
周吾の手は大切なものをそっと包むように、瑞生の頰に添えた。
そして黒く穏やかな眼差しが、瑞生を捉え――。
「好きだ」
「うん……ありがとう」
瑞生も負けずと口にする。
「俺も周吾のこと、大好きだ」
すっかり冷たい空気が満ちた部屋で、ふたりは身体を横たえ抱き合ったまま、笑った。
ひやりとする畳の上で、広げたままの荷物に囲まれて。
結局、宅配便のインターホンが鳴り響くまで、ふたりが身体を離すことはなかった。
(終)
瑞生は大きなトランクを手に、よっこいせと高速バスの階段を降りる。
お盆前だからだろうか、意外とバスを利用している人は多かった。大きな荷物を持った学生や家族連れとともに、瑞生はその流れに従う。
バスを降りると同時に見えたのは、少しも変わらない八千河駅の駅舎だった。
大きな屋根が見え、同時にじっとりとした大気が身体を包む。そんな一年ぶりの感覚に身を委ねていたときだった。
「瑞生、お疲れ」
振り返ると、手を振りこちらに近寄る周吾の姿があった。
周吾に出迎えられたあと、ふたりはそのまま市内を走る周遊バスに乗り混んだ。
一番奥に陣取り、瑞生は窓側を、周吾はその隣りに座る。車内に立ち込めていた乾いた冷たい空気に、流れた汗がたちまち引いていく。
エンジン音を響かせて、バスは出発した。
車窓からは八千河の変わらない街並みが流れていく。
瑞生が初めてここに訪れてから、すでに一年が経っていた。
翡翠に導かれて出会い、ふたりで古代から続く因果を解き明かしたあと。瑞生は学業のために一度フランスへ戻っていた。
ただ、帰国した後も瑞生の脳裏にいつまでも離れなかったのは、鮮烈に残る八千河の光景だった。
豊かな緑と海。そしてその自然が育む人やもの。
周吾と生活した日々はかけがえがない経験で、あまりにも恋しかった。
結局、瑞生はいてもたってもいられなくなって、教授に相談し日本の歴史研究で卒論を書くことになったという訳だ。その短期留学先が八千河の大学に決まり、今日からいよいよ日本での生活が始ろうとしている。
瑞生はちらりと隣りを見た。
周吾はその黒い瞳を凜と輝かせて、流れていく車窓を眺めている。
こうして実際に会うのは、一年ぶりだった。
花火の下で思いを伝え合ってから、瑞生は急ぎ足でフランスに戻ってしまった。そうしてばたばたとしていたら学校がはじまり、そんな中でも会いに行きたいと思っていた。しかし高額な渡航費を捻出できず、ふたりは定期的にオンラインで連絡を取り合っていた。
毎日どんなことがあったとか、どんなものを食べたとか。どこに行ったとか内容はささいなことで。
まるでイスルとオオテキヌシが会えなかった時間を埋めるように、ささやさながらも楽しい時間をすごしていた。
だから対面するのは久しぶりで、会った瞬間瑞生は周吾の変化に圧倒されてしまった。
身長が少し伸びたのだろうか。隣りに並ぶと胸板の厚さもよくわかるくらいがっしりと体格がよくなっていた。
また高校三年になった周吾は進路もすでに決めていて、国家公務員として八千河で働くことを目指しているらしい。だからか大人びた視線はもはや成人男性そのもので、周吾の男の上がりっぷりに隣にいるだけで瑞生の胸はすでに高鳴っていた。
「瑞生、どうした?」
「え?」
「いや、オンラインではあんなに話してたのに、静かだなと思って。どうした?具合悪い?」
「いや、全然。そういうわけじゃないんだけど」
格好よすぎるなんて、言うのはまだ早い。
しかし周吾の姿もまとう雰囲気も匂いも、すべてが魅力的に見え瑞生は戸惑っていた。
腕も少しだけ太くなっただろうか。背中もきっと大きくなったのだろう。
画面ではない生の周吾に今すぐ触れたい。
そんな気持ちとは裏腹に、瑞生のお腹はぐうと音を上げる。
「う……ごめん」
「いや、瑞生は正直だな。安心していい。予約してあるから、店に着いたらすぐ食べられる」
ふたりが向かったのは、一年前にも訪れている例の焼肉店だった。
スタッフに案内され、掘りごたつの広々とした席へ通される。そしてテーブル上のメニューを取ろうとしたときだった。
「瑞生くん、久しぶり」
お冷とおしぼりを持って現れたのは、笑みを浮かべる高柳だった。
スタッフと同じポロシャツを着て、ロングサロンを腰に巻いてすらりと立つ様は女子受け抜群に見える。
ただ、高柳は今年の春に大学を卒業し、八千河を出て大学で経営学を学んでいると瑞生は聞いていた。
「高柳さん!どうしてここに?」
すると高柳は苦笑いした。その瞳の奥に燃えるような赤はもう見当たらない。
「夏休みだから帰省したんだけど、店手伝わされてるんだよね。時間あるなら働けってさ。親は俺が家にいるだけで暇人みたいに言うからさ」
「でも実際そうじゃないですか?」
周吾の皮肉を含んだ言葉に高柳はため息を付く。
「……本当に青海は言うようになったよね」
「そうですか?」
「うん。成長っぷりがすさまじい。瑞生くんもそう思わない?」
「……ははは。確かに」
確かに、今の周吾は憑き物が落ちたような、どこか洗練された佇まいだ。
自分が見ない内に肉体的にも精神的にも成長した周吾は、やはり久しぶりに会った高柳にもわかるらしい。
――俺以外もみんな格好いいって思ってるよな。
不意に瑞生は、高柳のにやりとした眼差しを感じて赤くなる。
「じゃあ、ごゆっくり。久しぶりの焼肉だろう?楽しんで」
ふたりはひととおり焼肉のランチを堪能したあと、高柳に礼を言って祖母の家へ向かった。
高柳のおすすめどおり食べ放題にしたせいか、お腹も心もすっかり満たされていた。バスに揺られながら上機嫌な瑞生は、思わず言う。
「やっぱり、あのお店最高だよね。フランスに一軒ほしいなあ」
「ははは。高柳さんに言ってみたら?フランスに新規オープンしてくれるかもしれない」
周吾は爽やかに笑った。
その笑顔は高柳も言っていたとおり、一言で言えば一皮むけたようだと瑞生は再度思う。
焼肉店では、一年前と変わらずに甲斐甲斐しく肉を焼いてくれたし、注文するときも自分はいいからとこちらの事ばかり気にしてくれた。
そんな優しさに加えて、すっかり格好よくなってしまった。こんな素敵な人が自分の恋人だと思ったら、瑞生はまた顔に熱が上るのを感じた。
だから、まだ早いって――そう自分に言い聞かせながら、瑞生は周吾に気付かれないよう反対の車窓へと顔を向けた。
空は晴れ渡り、家々の隙間からは澄んだ青空が広がっていた。
バスを降りたふたりは、祖母の実家へ無事辿り着いた。
玄関の引き戸を開けるとむわりとした熱気に襲われ、瑞生は既視感を感じながらもおそるおそる玄関の電気を付けてみる。
「ただいま。あ……電気通ってる!」
今回は長期滞在を予定しているので、電気も水道もガスもすでに開栓手続きをすませていた。
母さんに相談してよかった――そう思いながら、瑞生は荷物を手に広間へと向かう。
「よし、クーラー入れよう」
こちらも無事にスイッチが入り、次第に心地いい冷気が流れた。
「やっぱり涼しいな。さ、いろいろ整理するか」
ふたりはトランクや荷物を部屋の中に運び込み、ひとつひとつ開けていく。
生活するための衣服や日用品をひととおり取り出し終えたあと、周吾はぽつりと言う。
「荷物はこれだけで大丈夫なのか?これから何か買いに行く?」
「うん大丈夫。とりあえず生活に必要な最低限のものは持ってきてるから」
「そっか」
周吾のそっけない呟きに、そう言えばと思い出し瑞生は言う。
「大きなものは先に送ってあるんだよね。今日の夜に宅配便で――」
届く予定だから――そう言おうとしたときだった。
突然背中に優しく触れるものがあって、次第にぬくもりが広がり、腕が回される。
瑞生の背中を包むように、周吾が背後から抱きついていた。
「え、周吾?」
「やっと……触れられた」
「え?」
抱きしめる腕にぎゅっと力が入り、周吾の身体の熱と息が首元に触れる。
汗臭くないかと気になるも、振り払うことはできなかった。
むしろそうしていてと求めている自分がいた。
「俺、ずっとこうしたくてたまらなかった。お前が帰ってから、俺やっぱり寂しくて。戻ってくるって聞いて、本当に嬉しくて」
「周吾……」
「顔はオンラインでも見れるけど、見るたびもっと会いたくなって。それで実際見たら、もうたまらなかった。早く触れたかったけど、でも人の目もあるし、八千河は田舎だし」
あふれるように次々と流れ出る言葉に瑞生は安心する。
――周吾も自分と同じように思ってくれていたんだ。
ずっと会いたいと願い、そして今日もずっと触れたいと思ってくれていたのだ。
瑞生は胸にこみ上げるものを感じた。そしてそのまま周吾の方に向き直り、背中に腕を回し抱きしめる。
「…………!」
「周吾、俺も会いたかったよ。フランスに帰ってもあっちにいても、周吾とすごしたここでの毎日をずっと思い出してた。はじめて作ってもらったおにぎりとか、茄子漬とか。とうもろこしとか焼肉とか……」
「ははは。食べ物ばかりじゃん」
「……美味しかったんだから、しょうがないだろ」
もちろん、泉ではじめて顔を合わせたときのことも。海水浴に行ったときのことも言わずもがな記憶に鮮明に残っている。
ただそれを言う必要はないと瑞生は思っていた。
あれは勾玉の導きあってのことであり、解放された今わざわざ思い出す必要もないだろう。
「……まあ、瑞生は食べるの好きだもんな」
周吾がそう呟くように言ったあとだった。
「瑞生」
「え……――んっ」
呼ばれたと思った瞬間、顔は近付いていて唇が重なった。
それは一度だけでない。味わうように何度も何度も重ねられ、吸われるような激しい口付けに、瑞生は腰砕けになりそうだった。
はあはあと息を荒げる瑞生を前に、周吾はしゅんとした表情になって言う。
「ごめん。その……いろいろ限界で。もう少し進ませてもらっても、いい?」
どこか困ったように乞い願う姿は、少年そのものに見えた。途端に瑞生の中で愛しさがこみ上げ、何も考えずにこくりと頷いてしまう。
すると周吾は再び激しい口付けを始めながら、瑞生を畳の上に優しく押し倒した。
背中がひやりとしたあとで、すぐさま周吾の重みと熱が全身を覆う。
ぞわぞわと神経を逆なでるような快楽に襲われながら、瑞生は受け入れることしかできない。
「瑞生」
「……うん」
周吾の手は大切なものをそっと包むように、瑞生の頰に添えた。
そして黒く穏やかな眼差しが、瑞生を捉え――。
「好きだ」
「うん……ありがとう」
瑞生も負けずと口にする。
「俺も周吾のこと、大好きだ」
すっかり冷たい空気が満ちた部屋で、ふたりは身体を横たえ抱き合ったまま、笑った。
ひやりとする畳の上で、広げたままの荷物に囲まれて。
結局、宅配便のインターホンが鳴り響くまで、ふたりが身体を離すことはなかった。
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