あの日の後悔を今も……

華愁

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第三話 いつかの春の思い出

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夕飯後、書斎に戻った僕はさっき、朝子に言ったこともう一度、思い出していた。

ーー

﹝回想﹞


「朝子ちゃんと朝巳君は西洋画の天使みたいだね」

縁側で並んで煙草を吸っていた時にふいに芥川君が言った。

「おや、それは、大袈裟じゃないかい?」

父親の僕にしてみれは、娘の朝子も息子の朝巳も目に入れても痛くないくらい可愛いけどまさか、芥川君が二人を
“天使”と呼ぶとは驚きだ。

「大袈裟なものか、二人は本当に天使のようだよ」

「ありがとう」

芥川君の目は庭で桜の木を見上げている朝子と朝巳に
向いていて、微笑んでいた。  
  
「でも、芥川君にだって、比呂志君や多加志君や
也寸志君がいるじゃないか」  
  
「そうだね、息子たちはもちろん可愛いけね………  
  
朝子ちゃんと朝巳君は純粋だろう?  
  
それに、朝子ちゃんは、犀星君ととみ子さんに似て  
あの歳で気配りができるなんて凄いことだよ」

煙草を灰皿に押し付けて消した直後、二人が芥川君に抱き着いた。

「「龍之介おじちゃん!!」」

「おっと、そんなに慌てなくてもまだ、帰らないよ」          
          
朝子と朝巳の目は本当に?と言っているようだった。        
        
「もちろん、夕方までいるよ」        
        
そう言った芥川君は笑顔で抱き着いている二人をぎゅっと抱き締めた。      
      
「やったー」      
      
朝巳は芥川君の腕に抱き着く力を強め喜んでいる。    
    
「龍之介おじちゃんはもう一人のお父さんみたいだから帰っちゃうの寂しいの」    
    
朝巳の何げない一言に芥川君は驚いている。  
  
「朝巳!! 私も龍之介おじちゃんのことは大好きだけど  
比呂志お兄ちゃんと多加志お兄ちゃんと也寸志君の
お父さんなんだからそんなこと言っちゃだめ!!」  
  
朝子の言葉に今度は僕が驚いた。

「龍之介おじちゃん、朝巳がごめんなさい」

朝巳を窘め、どこで覚えてきたのかと思うほど、      
小さな身体を綺麗に折り曲げて朝子が芥川君に謝った。    
    
「朝子ちゃん、頭を上げて。    
    
僕は“もう一人のお父さんみたい”なんて言ってもらえて嬉しかったよ」  
  
「……迷惑じゃない?」  
  
顔は上げたものの、朝子は不安そうに訊いた。

「迷惑だなんて思わないさ。    
    
むしろ、そんな風に思ってくれて、光栄だよ」  
  
芥川君は慈しむような、それこそ、“我が子”を見るような目を二人に向けていた。

芥川君の言葉に胸を撫で降ろした朝子は            
朝巳と手を繋いでまた、桜の木を見上げている。            
            
「やっぱり、朝子ちゃんと朝巳君は“天使”だよ」          
          
ひらひらと降ってくる桜の花びらを一生懸命          
集めようとしている朝巳とそれを手伝っている朝子。        
        
「龍之介おじちゃん、たくさん集めた」        
        
父親の僕より先に芥川君に見せにくるあたり        
二人は本当に芥川君が大好きなんだなと思った。      
      
「朝巳君、たくさん集めたね」      
      
「おねえちゃんが手伝ってくれたから。      
      
おねえちゃん、ありがと」    
    
振り返ってお礼を言った朝巳の頭を朝子は優しく撫でた。  
  
「龍之介おじちゃん、これ、あげる」  
  
朝巳が花びらを一枚、芥川君に渡した。

「おねえちゃんと一緒に            
一番、綺麗な色のを選んだの」          
          
芥川君はその花びらを手帳に挟んだ。          
          
「大切にするね」          
          
「えへへ、龍之介おじちゃん、大好き」        
        
庭に響く朝巳と朝子の笑い声と芥川君の優しい笑み。


﹝回想終了﹞

ーー    
        
そこまで思い出して、僕はまた、泣きたくなった……      
      
台所では朝子と朝巳が夕飯の片付けの手伝いをしている声がしている。  
  
「朝巳は食器、拭いてね」  
  
「お姉ちゃん、わかった」

数十分後、手伝いが終わったらしく朝子が書斎に来た。                
                
「お父さん、今、大丈夫?」     
                
「うん、大丈夫だよ」              
              
朝子は僕の前に座った。              
              
「どうしたんだい?」              
              
「実は、お父さんに訊きたいことがあって……」              
              
朝子が僕に訊きたいこと?              
              
「なんだい?」              
              
「……お父さんは龍之介おじちゃんが生きていた時、            
龍之介おじちゃんに“恋”してた?」              
              
娘の口から突拍子もない質問が飛び出した。              
              
「何で、そう思ったんだい!?」            
            
「小さい頃から思ってた。          
          
お父さんの作家仲間は色んな人を知ってるけど          
龍之介おじちゃんは“特別”だったんじゃないかなって。        
        
私と朝巳にとっても龍之介おじちゃんは“特別”だった。        
        
朝巳が四歳の時に        
【龍之介おじちゃんはもう一人のお父さんみたいだから】        
って言ってたのを覚えてる?」      
      
ついさっき、思い出していたことを朝子に言われて      
内心、ドキッとした。      
      
「覚えてるよ」      
      
「あの時、私は      
【比呂志お兄ちゃんと多加志お兄ちゃんと                                                  
也寸志君のお父さんなんだから                                                  
そんなこと言っちゃだめ!!】って      
朝巳に言ったけど、本当は同じ気持ちだった」
    
「そうだったんだね。    
    
正直に言ってしまうと、  
僕は確かに芥川君に“恋”をしていたよ」  
  
「やっぱり、そうだったんだ。  
  
気持ちを伝えなかったのは  
お父さんも龍之介おじちゃんも“家庭”があったから?」

中学生にもなると女の子は一気に成長するなと思った。    
    
「そうだね、    
僕にはとみ子と朝子と朝巳がいたし、    
芥川君には、文さんと比呂志君と多加志君と                                                      
也寸志君がいたからね………」    
    
芥川君の死後、僕は少しだけ“芥川家”に支援をしているけれど    
半分は、芥川君に“恋慕”してしまった罪悪感からからだ。  
  
「お父さんは真面目過ぎだから  
龍之介おじちゃんに“恋”したことが  
“悪いこと”って思ってたんでしょう?」

図星を突かれて何も言えなくなってしまった。      
      
「僕はとみ子も朝子も朝巳も愛してるけど      
同時に同じくらい芥川君のことも愛してた……」    
    
「ねぇお父さん、それは“罪悪感”を感じることじゃないと思う」  
  
朝子の言葉に僕は動揺した。  
  
「“愛してる”って思いは“悪”じゃないよ。  
  
龍之介おじちゃんが亡くなった時、  
お父さんにとっては“愛する人”が亡くなったわけだから  
何年経っても寂しいのは当たり前なんだよ。

泣きたい時に泣いていいんだよ?  」      
      
中学生の娘からそんな言葉を聞くとは思わなかった。      
        
「誰かを“愛すること”に        
“性別”も“既婚者”かどうかも関係無いし        
お父さんが龍之介おじちゃんを“愛したこと”は        
“罪悪感”を感じるものでもなんでもないんだよ。    
    
それは、綺麗で優しい感情なんだから」  
  
朝子は小さい頃から少し大人びていたけれど  
中学生になって、ますます、大人びてきたと思った。  
  
「ありが、朝子」

「ねぇ、お父さん、泣くことは“愛してた証”だと思うんだ。    
    
だって、どうでもいい人なら何の感情も湧かないでしょう?」  
  
“愛してた証”……  
  
やっぱり、子供の方が素直で純粋だ。

朝子の言葉は僕の閉ざしていた
殻を開いてくれたようだった……

「お父さん、我慢しないで」  
  
朝子が側に来て、僕の手を握った瞬間、
涙がこみ上げてきた。

ぽろぽろと流れ落ちる涙を  
着物の袖で拭おうとするのを  
朝子に止められた。

「お父さん、我慢しないで」            
            
朝子が側に来て、僕の手を握った瞬間、涙がこみ上げてきた。          
        
「無理に涙を止めなくていいんだよ、お父さん」    
    
「僕は、ずっと、芥川君に“恋慕”しているのことは    
いけないことだと思っていた……    
    
家族であるとみ子と朝子と朝巳を、    
芥川君の家族の文さんと比呂志君と多加志君と也寸志君を    
“裏切っている”んじゃないかと“罪悪感”に    
押し潰されそうで、泣いちゃいけないと    
自分に言い聞かせていた……  
  
とみ子には気付かれていたみたいだけど」  
  
「流石、お母さん。  
  
お母さんはお父さんが龍之介おじちゃんに  
“恋してた”って知ってても、怒ったり嘆いたりしなかったんじゃない?」

「【芥川さんに恋慕している犀星さんも        
私は変わらず愛してるからよ。】と言ってくれたよ……  
  
【それにね、“友情”でも“愛情”でも    
“誰か”を好きになることはいけないことじゃないのよ】ともね」

夕飯の前に話をした時のとみ子は穏やかで優しい顔をしていた。              
              
「やっぱり!!              
              
お母さんなら、お父さんが龍之介おじちゃんに              
“恋してた”としても絶対に“怒ったり”しないと思ったんだよね。            
            
お父さんが龍之介おじちゃんを“愛したこと”は            
例えるなら、桜の花びらみたいだと思うの。      
    
桜は直ぐに散っちゃうし儚いけど、    
でも、また、次の春を皆が待ち遠しくなる    
そんな“証”を残している。

それとね、、龍之介おじちゃんも
お父さんを“愛してた”と思うよ」

まさか……芥川君が……?    
    
「何で、そう思ったんだい?」    
    
「お父さんは近すぎて気付いてなかったんね。    
    
龍之介おじちゃんはお父さんと話している時、    
何時も優しい目をしてたんだよ。    
    
私と朝巳に向ける優しい目とは    
ちょっと種類が違ってた」

「種類が違ってた?」        
        
朝子はにこっと笑って続けた。        

「龍之介おじちゃんが        
私や朝巳を見る目は        
“見守る目”だったけど        
お父さんを見る目は        
“大切な人”とか“愛しい人”を        
見る目だった……      
      
だからきっと、龍之介おじちゃんもお父さんを
“愛してた”んだと思う」    
    
そっか、僕たちは    
お互いを思っていたのに    
気付かないふりをしていたのか……    
    
「ねぇお父さん、    
来週の二十四日は    
龍之介おじちゃんのお墓参りに行こう?    
    
そこで、お父さんの気持ちをちゃんと伝えたらいいと思う」  
  
“二十四日”は芥川君の月命日。

翌週、妻のとみ子と娘の朝子と息子の朝巳、  
室生家皆で芥川君のお墓参りに来た。    
    
「⟬芥川君、君が生きている時は言えなかったけど    
僕は芥川君を“一人の男性”として愛していたし    
今も愛してるよ……⟭」    
    
僕は心の中で芥川君にずっと言えなかった
思いを告げた後もしばらくの間、
墓の前で手を合わせ目を瞑っていた。

「お父さん、龍之介おじちゃんに言えた?」      
      
ゆっくりと目を開いて、芥川君の墓碑を見つめたまま答えた。      
      
「とみ子と朝子のおかげでやっと、言えたよ」      
      
妻と娘に背中を推されるとは思わなかったけど      
二人のおかげでやった、自分の気持ちを      
素直に認められて、芥川君に伝えられた。    
    
「犀星さん」    
    
とみ子は僕の隣に屈み背中を撫でてくれた。

「来世で芥川君を見つけられたら      
今度こそ、直接、伝えたいな……」

僕が呟いたと同時に桜の花びらが舞った。
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