室生犀星の後悔

華愁

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第七話 恋文・“君に捧ぐ愛”と僕と妻

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芥川君は僕が渡した原稿を不思議そうな顔で受け取った。

「これは?」

表紙には「君に捧ぐ愛」と記してある。

「芥川君への“恋文”かな。

僕が芥川君に“恋慕”を抱いていることを
昨夜、妻に包み隠さず話した。」

「……奥さんに話したのかい?」

芥川君は驚きと不安を浮かべて僕を見ている。

「そうだ。妻に隠し事はできなかったからね。

驚いた顔をしていたけれど、
“隠し事をせずに話してくれたことが嬉しい”と言ってくれた。

そして、僕が芥川君を抱くほどに愛してしまっても、
家族を捨てない限りは責めないと……そう容認してくれたんだ。」

芥川君の瞳が揺れた。

戸惑い、安堵、そしてどこかに悲しみの色が混ざっていた。

「……犀星君の奥さんは、強い人だな。」

「そうだ。僕にはもったいないくらいの妻だ。

それでも僕は芥川君を愛してしまった。

この原稿は……その証であり、
妻への感謝の気持ちでもあるんだ。

今日はこれを渡しにきただけだからもう帰るよ」

芥川君の家の中から子供たちの笑い声が聞こえてきて
さっさと帰ることにした。

家に帰り着いた僕は、
待っていたとみ子に小さく頷き、
「渡してきたよ」とだけ告げた。

とみ子は少しだけ目を細めて、
「そう……」と穏やかに答えた。

それ以上は何も聞かない。

彼女は僕が芥川君に原稿を手渡した時点で、
もう全てを受け入れる覚悟をしていたのだろう。

食卓に灯りが揺れている。

その温かな光の下に、とみ子と子供たちがいる。

この場所は、間違いなく僕の帰るべき居場所だ。

それでも――僕の胸の奥には、別の痛みが同時に存在している。

「彼が……あの原稿を読んで、どう思うか……僕にはわからない。」

「そうね、あなたが渡した
あの原稿は芥川さんのものよ」

確かにその通りだ。

「君に捧ぐ愛」を読んで、芥川君が僕を拒絶したなら
それを受け入れるしかないだろう。

「きっと大丈夫よ」

とみ子が優しく手を握ってくれた。

「ありがとう」

僕はとみ子の手を握り返した。

「やっぱり……不安だな……」

「それはそうよ、犀星さんも芥川さんも“既婚者”。

ただ、私は犀星さんの気持ちを汲みたいと思っただけ」

本当に年下なのかと思う程、とみ子は
大人な考え方をする。

「君は落ち着いているね……

僕は胸がざわついて落ち着かないよ」

とみ子は小さく笑った。

「ふふ、芥川さんがあなたの“恋文”に対して
どういう結論を出すのか
わからないけれど、私はあなたの側にいるわ」

「ありがとう、とみ子」

僕はとみ子を抱き寄せた。
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