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第六話 室生犀星の告白
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寛君が帰った後、僕は芥川君に
自分の思いを打ち明けることにした。
ついさっきまでは“同性同士”だからとか
“妻子持ち”だからと自分に
言い聞かせていたが寛君の言う通り、
僕は限界が来ていた。
これを話して芥川君が僕から離れたいと言ったなら
潔く身を引く覚悟はある。
「芥川君、僕が“壊れ”てでも君を守ると言ったのは
僕が芥川君に“恋慕”を抱いているからだ。
誰だって“愛する人”を守りたいと思うのは普通だろう?
別に芥川君の返事がほしいわけじゃないから安心して。
それだけ伝えたかったんだ。僕もそろそろお暇すよ」
“文学仲間”だと思っていた相手からいきなり“告白”なんてされたら気持ち悪いと思うから
さっさと帰ろうと立とうとした時、
芥川君が僕の着物の裾を掴んだ。
僕は驚いてもう一度座り直した。
「芥川君? 今日は帰るから……
君の奥さんや子供たちもそろそろ帰ってくるだろう?」
これ以上の長居は無用だ。
「犀星君、帰らないで……」
芥川君が僕を受け入れようとしてくれているのは
嬉しいがやはり、脳裏をちらつくのは
お互いに“妻子持ち”だということ。
「今の僕は余裕がないから芥川君に
何をするかわからない……」
口付け程度ならいいが“その先”まで
求めてしまったらと思うと自分でも怖い。
「……やっぱり、帰るよ。」
僕は妻・とみ子も子供たち二人のことも
愛してることに変わりはないのに
芥川君のことも愛してしまった。
「犀星君……」
寂しそうな声で呼ばれて心が少し揺らいだ。
「本当はずっと言わないつもりだったけど
隠し通せないと思った……
それでも、僕たちが“妻子持ち”なのも事実だ。
僕は芥川君の家庭を壊すつもりはないんだ……
君からの“答え”がほしいわけじゃない。
これは僕の“自己満足”なんだ。
身勝手ですまない。また、明日」
家に着くと妻・とみ子と
子供たち二人が出迎えてくれた。
「お帰りなさい」
いつもなら嬉しいはずの妻・とみ子の
「お帰りなさい」も今の僕には“痛かった”。
「ただいま」
僕の中で芥川君への想いと家族への愛情が
心の中で交錯してしまっている。
「犀星さん? 元気がないようだけど?」
まだ、小さい子供たちはともかく
とみ子には話さないといけないよな。
「ちょっと考えごとをしていた。
とみ子、子供たちが寝たら
話したいことがあるんだ」
ーー
夜、子供たちが寝た後、僕はとみ子の前に
緑茶の湯飲みを置いてから話し出した。
「僕は今でもとみ子のことも
子供たちのことも愛してる……
でも、他に“守りたい人”ができてしまった……すまない」
僕の言葉にとみ子は一瞬、驚いた顔をしてから
確信したように言った。
「それは、芥川さんのことかしら?」
とみ子の声色には怒りも悲観もなく
最初から知っていたような感じだ。
「……気付いていたのかい?」
「“女の勘”よ。」
成る程、僕の小さな言動などから気付いたのか。
「犀星さんは誠実な人ね」
同時に“二人”も愛してしまった僕は
本当に“誠実”なんだろうか……
「隠し事はしたくないから言ってしまうが
僕は芥川君と“口付け”やその先をしたい程に
愛してしまったんだ」
僕は妻に対して酷なことを言っている自覚がある。
明け透けに言ってしまえば“他の人を抱きたい”と
言っているのだから。
「本当に嘘のつけない人ね。
正直にいえば複雑な心境だけれど
ちゃんと隠さずに話してくれたことは嬉しいわ」
一切の感情を見せない妻に僕は
無言で責めらているような気分だった。
「本当にすまない……」
反射的に謝った僕にとみ子は笑った。
「いいのよ。仮に犀星さんが芥川さんと
“関係”を持ってしまっても私は責めないわ」
僕はとみ子の言葉に、目を見開いた。
「……責めない?」
それは、僕が芥川君を
“抱く”ことを容認していることになる。
「犀星さんが私や子供たちを捨てないのなら
芥川さんと“関係”を持つことに目を瞑るわ」
こんなにも優しくて強い妻と結婚しているのに
“他の人”を愛してしまうなんて僕は愚か者だな。
「ありがとう、とみ子。
僕は決して、とみ子や子供たちを
捨てるようなことはしないよ」
とみ子は僕が淹れたお茶を一口飲んでから
また、話し出した。
「“誰か一人”を愛せるわけじゃないもの。
犀星さんが芥川さんに“恋慕”するのも
自然の摂理なのよ。
“妻”として“、女”としては複雑だけれど
包み隠さず話してくれたから信頼できるのよ」
僕はとみ子には一生、頭が上がらないと思った。
「不誠実を働いている僕が言えた義理ではないが
とみ子は優しすぎる……
“他の人”を愛してしまった僕を罵るなり
怒鳴るなり、泣きわめくなりしてくれてよかったんだ」
とみ子はもう一度、お茶を飲み、くすっと笑った。
「私が喚いたところで犀星さんが
芥川さんを思う気持ちが
変わるわけではないでしょう?
なら、全て受け入れるわ。
私が言いたいことは、家族を捨てないことと
犀星さんが強く生きることよ」
妻の言葉に胸が締め付けられる。
「僕はとみ子に甘え過ぎだね……」
六つも年下なのにとみ子は本当に強い。
「ありがとう……君の寛容さに感謝してる」
「夫婦だもの、支え合うのは普通よ。
犀星さんは“壊れ”ちゃ駄目よ。
あなたがいなくなってしまったら
私や子供たちも、芥川さんも
“生きて”いけないのだから」
「わかったよ。僕は“壊れない”」
心の中にある“二つの愛”を大切にしていこうと誓った。
「ありがとう、とみ子」
何度、感謝の言葉を伝えても伝えてきれない。
「いいのよ。今日はもう、寝ましょう」
隣り合わせで並べた布団にそれぞれ入り
ものの五分もしない内にとみ子は眠った。
その一方で僕は目が冴えてしまっていた。
布団を抜け出し、文机に向かい、
原稿用紙に筆を走らせた。
一つ目の題名は「君に捧ぐ愛」。
二つ目の題名は「妻の理解と君への“恋慕”」。
翌日の昼過ぎ、僕は「君に捧ぐ愛」の原稿を
持って芥川君の家に向かった。
とみ子は「行ってらっしゃい」と送り出してくれた。
芥川君に家に着き扉をこんこんと
叩きなから心臓は早鐘を打っていた。
「犀星君、来てくれたのか」
「芥川君に読んでほしいものがあってね」
僕は持ってい原稿を芥川君に渡した。
自分の思いを打ち明けることにした。
ついさっきまでは“同性同士”だからとか
“妻子持ち”だからと自分に
言い聞かせていたが寛君の言う通り、
僕は限界が来ていた。
これを話して芥川君が僕から離れたいと言ったなら
潔く身を引く覚悟はある。
「芥川君、僕が“壊れ”てでも君を守ると言ったのは
僕が芥川君に“恋慕”を抱いているからだ。
誰だって“愛する人”を守りたいと思うのは普通だろう?
別に芥川君の返事がほしいわけじゃないから安心して。
それだけ伝えたかったんだ。僕もそろそろお暇すよ」
“文学仲間”だと思っていた相手からいきなり“告白”なんてされたら気持ち悪いと思うから
さっさと帰ろうと立とうとした時、
芥川君が僕の着物の裾を掴んだ。
僕は驚いてもう一度座り直した。
「芥川君? 今日は帰るから……
君の奥さんや子供たちもそろそろ帰ってくるだろう?」
これ以上の長居は無用だ。
「犀星君、帰らないで……」
芥川君が僕を受け入れようとしてくれているのは
嬉しいがやはり、脳裏をちらつくのは
お互いに“妻子持ち”だということ。
「今の僕は余裕がないから芥川君に
何をするかわからない……」
口付け程度ならいいが“その先”まで
求めてしまったらと思うと自分でも怖い。
「……やっぱり、帰るよ。」
僕は妻・とみ子も子供たち二人のことも
愛してることに変わりはないのに
芥川君のことも愛してしまった。
「犀星君……」
寂しそうな声で呼ばれて心が少し揺らいだ。
「本当はずっと言わないつもりだったけど
隠し通せないと思った……
それでも、僕たちが“妻子持ち”なのも事実だ。
僕は芥川君の家庭を壊すつもりはないんだ……
君からの“答え”がほしいわけじゃない。
これは僕の“自己満足”なんだ。
身勝手ですまない。また、明日」
家に着くと妻・とみ子と
子供たち二人が出迎えてくれた。
「お帰りなさい」
いつもなら嬉しいはずの妻・とみ子の
「お帰りなさい」も今の僕には“痛かった”。
「ただいま」
僕の中で芥川君への想いと家族への愛情が
心の中で交錯してしまっている。
「犀星さん? 元気がないようだけど?」
まだ、小さい子供たちはともかく
とみ子には話さないといけないよな。
「ちょっと考えごとをしていた。
とみ子、子供たちが寝たら
話したいことがあるんだ」
ーー
夜、子供たちが寝た後、僕はとみ子の前に
緑茶の湯飲みを置いてから話し出した。
「僕は今でもとみ子のことも
子供たちのことも愛してる……
でも、他に“守りたい人”ができてしまった……すまない」
僕の言葉にとみ子は一瞬、驚いた顔をしてから
確信したように言った。
「それは、芥川さんのことかしら?」
とみ子の声色には怒りも悲観もなく
最初から知っていたような感じだ。
「……気付いていたのかい?」
「“女の勘”よ。」
成る程、僕の小さな言動などから気付いたのか。
「犀星さんは誠実な人ね」
同時に“二人”も愛してしまった僕は
本当に“誠実”なんだろうか……
「隠し事はしたくないから言ってしまうが
僕は芥川君と“口付け”やその先をしたい程に
愛してしまったんだ」
僕は妻に対して酷なことを言っている自覚がある。
明け透けに言ってしまえば“他の人を抱きたい”と
言っているのだから。
「本当に嘘のつけない人ね。
正直にいえば複雑な心境だけれど
ちゃんと隠さずに話してくれたことは嬉しいわ」
一切の感情を見せない妻に僕は
無言で責めらているような気分だった。
「本当にすまない……」
反射的に謝った僕にとみ子は笑った。
「いいのよ。仮に犀星さんが芥川さんと
“関係”を持ってしまっても私は責めないわ」
僕はとみ子の言葉に、目を見開いた。
「……責めない?」
それは、僕が芥川君を
“抱く”ことを容認していることになる。
「犀星さんが私や子供たちを捨てないのなら
芥川さんと“関係”を持つことに目を瞑るわ」
こんなにも優しくて強い妻と結婚しているのに
“他の人”を愛してしまうなんて僕は愚か者だな。
「ありがとう、とみ子。
僕は決して、とみ子や子供たちを
捨てるようなことはしないよ」
とみ子は僕が淹れたお茶を一口飲んでから
また、話し出した。
「“誰か一人”を愛せるわけじゃないもの。
犀星さんが芥川さんに“恋慕”するのも
自然の摂理なのよ。
“妻”として“、女”としては複雑だけれど
包み隠さず話してくれたから信頼できるのよ」
僕はとみ子には一生、頭が上がらないと思った。
「不誠実を働いている僕が言えた義理ではないが
とみ子は優しすぎる……
“他の人”を愛してしまった僕を罵るなり
怒鳴るなり、泣きわめくなりしてくれてよかったんだ」
とみ子はもう一度、お茶を飲み、くすっと笑った。
「私が喚いたところで犀星さんが
芥川さんを思う気持ちが
変わるわけではないでしょう?
なら、全て受け入れるわ。
私が言いたいことは、家族を捨てないことと
犀星さんが強く生きることよ」
妻の言葉に胸が締め付けられる。
「僕はとみ子に甘え過ぎだね……」
六つも年下なのにとみ子は本当に強い。
「ありがとう……君の寛容さに感謝してる」
「夫婦だもの、支え合うのは普通よ。
犀星さんは“壊れ”ちゃ駄目よ。
あなたがいなくなってしまったら
私や子供たちも、芥川さんも
“生きて”いけないのだから」
「わかったよ。僕は“壊れない”」
心の中にある“二つの愛”を大切にしていこうと誓った。
「ありがとう、とみ子」
何度、感謝の言葉を伝えても伝えてきれない。
「いいのよ。今日はもう、寝ましょう」
隣り合わせで並べた布団にそれぞれ入り
ものの五分もしない内にとみ子は眠った。
その一方で僕は目が冴えてしまっていた。
布団を抜け出し、文机に向かい、
原稿用紙に筆を走らせた。
一つ目の題名は「君に捧ぐ愛」。
二つ目の題名は「妻の理解と君への“恋慕”」。
翌日の昼過ぎ、僕は「君に捧ぐ愛」の原稿を
持って芥川君の家に向かった。
とみ子は「行ってらっしゃい」と送り出してくれた。
芥川君に家に着き扉をこんこんと
叩きなから心臓は早鐘を打っていた。
「犀星君、来てくれたのか」
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僕は持ってい原稿を芥川君に渡した。
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