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あれは多分、出会って間もないころだったと思う。零夜くんは口下手な俺のためにポンポンを話題を振って、でも俺が会話に取り残されないように気遣ってくれていた。
しかし心地いいような緊張するような会話の中、一瞬だけ不自然な静寂が訪れた。
今思えば、あれも計算だったのだろうか。それとも、......それとも?
なんだというのだろう。零夜くんが素を、“零夜”でない部分を見せてくれたとでも言うのだろうか。
「俺さ、大学生の時酔った女友達に突然ホストクラブに連れて行かれたんだよね」
「そうなんですか」
唐突だった。唐突だったが俺はその話を真剣に聞かなければならない気がした。嘘か本当かもわからない、というか十中八九作り話かいいところ盛っているであろう話を。
「それでさ、俺もアユムくんみたいにビビってガチガチになりがら話してて、でもなんか気づいたら......なんていうの? そのごちゃごちゃした感じが好きになってたんだよね。俺、親が厳しくてさ。清潔っていうか、潔癖っていうか。なんか無菌室みたいな場所で育てられたの。......もちろん比喩だよ? でもさ、そういう正しさしか許さない! みたいな場所って息苦しくなる瞬間があるんだよね。夜の街はいいところとは言えないけど、間違っても許してくれる気がした。なんかそういう、不愛想な懐の広さを感じた。から、ここで生きたいと思った。親に内緒で転職したんだ。もともと没交渉だったけどね。なんか初めてちゃんと自分の足で歩いた気がした」
整然としているとはお世辞にも言えない話し方が却って本心のように思えた。
もちろんそんなわけがない。突然こんな話をするなんて、狙ってやっているに決まっている。
頭ではわかっているが、俺はつい俺と同じだと思ってしまった。仮に零夜くんの話が本当だとして別に俺と同じではない。俺は何不自由なく育ち、今の仕事を生活のためにボケっと続けている。しかし夜の街に抱いた印象は同じだった。
あのときだろう。俺が後戻りできなくなったのは。俺も安い手に引っかかったものだ。我ながら呆れる。
「おまたせ」
「......ん」
久しぶりに会う従姉を見上げる。失礼を承知で言うと、俺にとっての無菌室は彼女だ。
今日も髪にもメイクにも一部の隙も無い。最近会社がオフィスカジュアルを取り入れたらしく、毎日服装を考えるのが面倒だとぼやいていた。しかし結果としてお手本のようなオフィスカジュアルのファッションを作り出している。
小さいころから紗雪と比べられて育ってきた。当然紗雪のほうが何をやらせても優秀だった。
しかし紗雪はそれで得意になったり、まして俺を下に見たりしない。むしろいつも俺をかばってくれた。
優しくて、正しい。
それが心地悪い。
もちろん紗雪は一切悪くない。ただのやっかみだ。紗雪の眩しさは俺をみじめにさせる。
今はあまり、会いたい存在ではない。それでも一人で部屋に居るより気分転換になるかもしれないと思って誘いを受けた。そんな気持ちで会われても紗雪も気分が悪いだろう。わかっているのに来てしまう自分が嫌だ......などとぐるぐる考えていると、紗雪が向かいに座った。
「久しぶりだね」
「うん」
「零夜くん、店辞めたんだってね」
「うん」
紗雪が決まずそうに俺を見てから、グラタンとサラダを頼んだ。紗雪でも気まずいことってあるんだ。
「あるよ、そりゃあ」
口に出ていたらしい。今度は俺が気まずくなる番だった。
「ごめん。失礼だった」
「いいけど」
運ばれてきたコーヒーのカップを、紗雪はくるくると弄ぶ。
「ていうか、ごめんね。私が軽い気持ちでホストクラブになんか連れて行ったから。歩夢は割り切れるタイプじゃないのは知ってたけど、その、まさかそういう人を本気で好きになるとは思わなくて。だって全然タイプが違うし」
確かにそうだ。俺もこんなことになるなんて全く予想して居なかった。
「それに......男の人を好きになるのも知らなかったの」
そういえば言ったことはなかったかもしれない。わざわざ言うことでもないかと思っていただけだが。
「ううん。全部言い訳だよね。本当にごめん」
紗雪のこういう顔を、初めて見る。
というか紗雪が俺に同情するのが意外だった。いつもみたいに陽だまりみたいな笑顔で、本質を何も理解しないままそれでも励ましてくれるものだと思っていた。
「ホストクラブに行ったこと、後悔してないよ」
紗雪の目が少しだけ見開かれる。
「なんで。だって傷ついてるように見えるよ」
「うん。でも最初から会えないよりはましな気がする。なんか、辛い分好きだったのかなぁって思うし。恋なんて社会人になってからしてなかったし」
いつもと違う紗雪の雰囲気に動揺して口走っただけのセリフだ。今考えた。
でも、そう考えると少しだけ、ほんの少しだけ救われるような気がした。紗雪は驚いたように俺を見て固まっている。
「な、なんだよ。クサいか? ......クサいな」
「あ、ううん。違うの。素敵な考え方だなと思って」
やはり雰囲気がいつもと違う。
「あのさ、だから俺、全然ホスクラに行ったことは後悔してないんだけど、なんで俺のこと誘ってくれたのかは気になるから聞いてもいい......?」
ずっと気になっていたことだった。友達もたくさんいる紗雪がわざわざ俺を誘った理由。
「さっきも言ったけど、歩夢ならそこまでハマらないんじゃないかって勝手に思ってたから。あと、一人で通って万が一戻ってこれなくなったらとか思って......」
「戻ってこれない?」
「割り切って遊ぶつもりだったけど、ハマりすぎるのが怖かったの」
今度は俺が驚いて固まる番だった。それは紗雪から最も遠いところにある感情に思えたから。
「紗雪がそんなこと考えてるなんて、思ってもみなかった」
「かもね」
紗雪は短く答えてからやっとコーヒーに口を付けた。
「ミルク入れないの」
「うん。今日はブラックの気分」
お互いに黙り込んだ。特に気まずさはない。二人ともあえて黙っているという感じだった。
いつもと違う紗雪。でも他の人の前ではもしかしたらこういう姿を見せることが日常的にあるのかもしれない。俺は紗雪の、俺に見せる面しか知らない。当然と言えば当然のことだ。
しかし心地いいような緊張するような会話の中、一瞬だけ不自然な静寂が訪れた。
今思えば、あれも計算だったのだろうか。それとも、......それとも?
なんだというのだろう。零夜くんが素を、“零夜”でない部分を見せてくれたとでも言うのだろうか。
「俺さ、大学生の時酔った女友達に突然ホストクラブに連れて行かれたんだよね」
「そうなんですか」
唐突だった。唐突だったが俺はその話を真剣に聞かなければならない気がした。嘘か本当かもわからない、というか十中八九作り話かいいところ盛っているであろう話を。
「それでさ、俺もアユムくんみたいにビビってガチガチになりがら話してて、でもなんか気づいたら......なんていうの? そのごちゃごちゃした感じが好きになってたんだよね。俺、親が厳しくてさ。清潔っていうか、潔癖っていうか。なんか無菌室みたいな場所で育てられたの。......もちろん比喩だよ? でもさ、そういう正しさしか許さない! みたいな場所って息苦しくなる瞬間があるんだよね。夜の街はいいところとは言えないけど、間違っても許してくれる気がした。なんかそういう、不愛想な懐の広さを感じた。から、ここで生きたいと思った。親に内緒で転職したんだ。もともと没交渉だったけどね。なんか初めてちゃんと自分の足で歩いた気がした」
整然としているとはお世辞にも言えない話し方が却って本心のように思えた。
もちろんそんなわけがない。突然こんな話をするなんて、狙ってやっているに決まっている。
頭ではわかっているが、俺はつい俺と同じだと思ってしまった。仮に零夜くんの話が本当だとして別に俺と同じではない。俺は何不自由なく育ち、今の仕事を生活のためにボケっと続けている。しかし夜の街に抱いた印象は同じだった。
あのときだろう。俺が後戻りできなくなったのは。俺も安い手に引っかかったものだ。我ながら呆れる。
「おまたせ」
「......ん」
久しぶりに会う従姉を見上げる。失礼を承知で言うと、俺にとっての無菌室は彼女だ。
今日も髪にもメイクにも一部の隙も無い。最近会社がオフィスカジュアルを取り入れたらしく、毎日服装を考えるのが面倒だとぼやいていた。しかし結果としてお手本のようなオフィスカジュアルのファッションを作り出している。
小さいころから紗雪と比べられて育ってきた。当然紗雪のほうが何をやらせても優秀だった。
しかし紗雪はそれで得意になったり、まして俺を下に見たりしない。むしろいつも俺をかばってくれた。
優しくて、正しい。
それが心地悪い。
もちろん紗雪は一切悪くない。ただのやっかみだ。紗雪の眩しさは俺をみじめにさせる。
今はあまり、会いたい存在ではない。それでも一人で部屋に居るより気分転換になるかもしれないと思って誘いを受けた。そんな気持ちで会われても紗雪も気分が悪いだろう。わかっているのに来てしまう自分が嫌だ......などとぐるぐる考えていると、紗雪が向かいに座った。
「久しぶりだね」
「うん」
「零夜くん、店辞めたんだってね」
「うん」
紗雪が決まずそうに俺を見てから、グラタンとサラダを頼んだ。紗雪でも気まずいことってあるんだ。
「あるよ、そりゃあ」
口に出ていたらしい。今度は俺が気まずくなる番だった。
「ごめん。失礼だった」
「いいけど」
運ばれてきたコーヒーのカップを、紗雪はくるくると弄ぶ。
「ていうか、ごめんね。私が軽い気持ちでホストクラブになんか連れて行ったから。歩夢は割り切れるタイプじゃないのは知ってたけど、その、まさかそういう人を本気で好きになるとは思わなくて。だって全然タイプが違うし」
確かにそうだ。俺もこんなことになるなんて全く予想して居なかった。
「それに......男の人を好きになるのも知らなかったの」
そういえば言ったことはなかったかもしれない。わざわざ言うことでもないかと思っていただけだが。
「ううん。全部言い訳だよね。本当にごめん」
紗雪のこういう顔を、初めて見る。
というか紗雪が俺に同情するのが意外だった。いつもみたいに陽だまりみたいな笑顔で、本質を何も理解しないままそれでも励ましてくれるものだと思っていた。
「ホストクラブに行ったこと、後悔してないよ」
紗雪の目が少しだけ見開かれる。
「なんで。だって傷ついてるように見えるよ」
「うん。でも最初から会えないよりはましな気がする。なんか、辛い分好きだったのかなぁって思うし。恋なんて社会人になってからしてなかったし」
いつもと違う紗雪の雰囲気に動揺して口走っただけのセリフだ。今考えた。
でも、そう考えると少しだけ、ほんの少しだけ救われるような気がした。紗雪は驚いたように俺を見て固まっている。
「な、なんだよ。クサいか? ......クサいな」
「あ、ううん。違うの。素敵な考え方だなと思って」
やはり雰囲気がいつもと違う。
「あのさ、だから俺、全然ホスクラに行ったことは後悔してないんだけど、なんで俺のこと誘ってくれたのかは気になるから聞いてもいい......?」
ずっと気になっていたことだった。友達もたくさんいる紗雪がわざわざ俺を誘った理由。
「さっきも言ったけど、歩夢ならそこまでハマらないんじゃないかって勝手に思ってたから。あと、一人で通って万が一戻ってこれなくなったらとか思って......」
「戻ってこれない?」
「割り切って遊ぶつもりだったけど、ハマりすぎるのが怖かったの」
今度は俺が驚いて固まる番だった。それは紗雪から最も遠いところにある感情に思えたから。
「紗雪がそんなこと考えてるなんて、思ってもみなかった」
「かもね」
紗雪は短く答えてからやっとコーヒーに口を付けた。
「ミルク入れないの」
「うん。今日はブラックの気分」
お互いに黙り込んだ。特に気まずさはない。二人ともあえて黙っているという感じだった。
いつもと違う紗雪。でも他の人の前ではもしかしたらこういう姿を見せることが日常的にあるのかもしれない。俺は紗雪の、俺に見せる面しか知らない。当然と言えば当然のことだ。
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