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第三章 シャン=ナーゼル世界戦

第三章 第二幕

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「ウワァ、凄いヒトの数ネ~」

 応援席に着いた華瑠は、観客席一杯の人を眺めながら楽しそうに叫んだ。

「ちょっと華瑠、行儀良くしてなきゃ駄目なんだからね。なんたって、シャン=ナーゼルの世界戦だよ」

 ルティカが大人ぶった言い方で華瑠を窘めるが、ルティカ自身もそわそわワクワクと言った心持ちを全く隠しきれていない貯め、説得力の欠片も無い。

「それにしてもおっちゃん、よくこんな人気の席取れたわね。何かコネでも使ったの?」
「あ? 俺がそんなしちめんどくせぇ事するわけねぇだろ。アレツの奴が手配してくれたんだよ、後で礼言っとけ」
「そうなの? 流石アレツさんねぇ。席のお礼も込めて、今日は精一杯応援しちゃうもんね! ね、華瑠!」
「オウ! アレツさん、絶対負けないネ!」

 レース前から勝鬨を上げる二人を尻目に、ジラザは腰を上げた。

「ちょっとおっちゃん、どこ行くのよ? もうすぐレース始まっちゃうわよ?」
「こう人が多いのはたまんねぇからな。俺は下のモニター室から見るわ」
「えー? 折角アレツさんが席取ってくれたのに?」
「あいつはおめぇらの応援なんか無くったって、ちゃんと勝つから心配すんな。バラクアんとこ行って葉巻でも吸ってくらぁ」

 そう言ってジラザは、大混雑の人混みにその巨躯を器用に滑らせて、階段の向こうへと消えて行った。その階段の下には、人間用の会場に入れない鴻鵠達用の、モニター鑑賞スペースが存在しており、鴻鵠達には迷惑な話でもあるが、そこは人間達の喫煙所も兼ねていた。

「全く、おっちゃんも冷たいわねぇ」
「冷タイ? シショーは、あったかいヨ?」
「あー、んーと、そういう事じゃ無くてね……」

 その時、ルティカの愚痴を遮るように、会場中にファンファーレが鳴り響いた。
 アシスタントの鴻鵠と鴻鵠士達によって、レース場に、本日使用するリングが次々と浮かべられていく。通常ナーゼルのレースは、平均でもリングの数は5個程度なのだが、世界戦のみ難易度を上げる為、10個のリングが設置される。

「皆様お待たせしております。只今より、シャン=ナーゼル世界戦を華やかに彩る前哨戦。カースのパフォーマンスをお楽しみ下さい!」

 リングの準備がされる中、女性アナウンサーの声が会場に鳴り響いた。
 S級レースの直前にだけ特別に、レースを盛り上げる為に直前に、『カース』と呼ばれるデモンストレーションが行われる。
 『カース』とは、レースで行う様なスピードや駆け引きでは無く、パフォーマンスの難易度や芸術性を競う鴻鵠の競技である。鴻鵠レースに比べればまだまだ歴史は浅いものの、近年になって少しずつ世間にも浸透してきた、華やかなスポーツだ。
 アシスタントの鴻鵠達が退場した後に、上空に浮かべられた10個のリングの隙間を縫うようにして颯爽と登場したのは、淡い水色の羽根を持った鴻鵠と、白のタキシードに身を包み、右手にはステッキを、頭にはシルクハットを小粋に被った、女性鴻鵠士だった。
 レース場の中心近くに用意された5番リングに乗った鴻鵠の上で立ち上がった鴻鵠士は、くるくると回りながら全方位に向かい深々とお辞儀をした。
 水色の羽と白い服が、太陽光を反射して眩く光る。
 そして次の瞬間には、鴻鵠は大きく翼を開いたかと思うと、天高く飛び上がった。そのまま勢い良く急滑空してきたかと思えば、レース場の中心でヒラリと宙返りをする。その勢いのまま何度も宙返りを続けようとする鴻鵠から、あろうことか鴻鵠士は、シルクハットを深く被り、両手にステッキを掴んだまま命綱も付けずに飛び降りた。

「い?! ウソでしょ!」

 思わず悲鳴にも似た声がルティカから漏れる。
 彼女は余裕の表情のまま、地面への自由落下を楽しんでいるようだが、会場中から固唾を飲む音が聞こえる様だった。
 鴻鵠はそのまま一回転した後、彼女の後を追いかけ猛スピードで滑空した。そして、鴻鵠士が両手に掴んでいた杖の中心を、彼女が地面に落ちる直前に嘴で掴み、そのまま彼女を上空へと投げ飛ばしたのだ。中空を彷徨う鴻鵠士は、笑顔のまま最高地点に到達。先程の鴻鵠宛らにくるくると回転し、上昇して来た鴻鵠の首元の鞍へと、見事に着地をした。
 鴻鵠士は深く被っていたシルクハットを脱ぐと、華麗にお辞儀をした。
 一瞬の静寂の後、観客席からは万雷の拍手と、割れんばかりの歓声が鳴り響く。
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