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第五章 特訓開始

第五章 第九幕

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 ルティカが再びバラクアの首元に跨ったタイミングを見計らい、華瑠は手元に抱えた8つのスイッチを使い、二人を取り囲む人口風力装置を次々と操り出した。
 最初は小さく、だが徐々に激しく唸り声を上げ始めた風力装置達は、身体が暖まり、準備が出来たものから順に、二人に向かって、強風・微風、様々な強さの風を吐き出していく。

「はい、バラクア! 翼立てる!」
「いきなりだな」
「いいから早く!」

 バラクアはルティカの指示通りに、両翼を大きく上にあげた。だがそれは、強風と翼が真正面からぶつかる形となってしまい、バラクアは思わずバランスを崩し転びそうになる。

「うおっと!」

 ルティカが慌てて追加の指示を出す。

「違うわよバラクア、立てるのは右だけでいいのよ!」
「じゃあそう言ってくれ!」
「その位分かるでしょ!」
「ったくぅ!」

 悪態を吐きながらも、バラクアは左の翼を即座に畳む。風をすり抜け、体勢が立て直りそうになった所を狙い、華瑠はすかさずスイッチを操作した。先程とは真逆に風が流れるように、風力装置の強弱をいじっていく。
 8つの風力装置を使い、次々に風の強さや方向を入れ替えていく事で、バラクア達の周囲には、自然界では起こらないような特殊な気流が生み出されていた。その風の向きを即座に、そして明確に読み取り、風に巻き込まれてしまわないように、流されてしまわないように、翻弄されてしまわないように、ルティカはバラクアに指示を与え続けた。

「後ろ斜め向いて! でも向き過ぎないで! そしたら次に右側の翼を強く仰いで! あ、違う、強すぎ、もっと繊細に! その後は左側の翼水平に! 左はそのままで右の翼は45度の角度キープ! ああもう、それじゃ角度甘いでしょ、風に引っかからないようにしてよ!」

 まるで山の全てを飲み込む雪崩の様に、ルティカの指示が風と共にバラクアを襲う。
 その結果、

「うおおおおおおおぉぉぉ! こっちか! こうか! うわっぷ、こっちか! これでどうだ! これでもか! くそおおおおおぉぉぉぉ!」

 華瑠の起こす風と、ルティカの指示に見事に翻弄される、被害甚大なバラクア……。
 完全に混乱の極みにあったバラクアは、遂にギブアップの声を上げた。

「うおおおおおい!! ストップ! ストップだ! 頼む、ちょ、ちょっと待ってくれ! 華瑠、一回止めてくれ!」

 バラクアの満身創痍の声を聞き、華瑠は全ての風力装置の電源をオフにした。

「ちょっと、バラクア。何勝手に止めてんのよ!」
「いや、ちょっと待ってくれ。何だこれは、全く意味がわからない……」
「でしょ? バラクアもそう思うわよね。本当に、こんな風が流れるだけの単調な訓練に、何の意味があるんだか」

 ルティカの発言に、思わずバラクアは目が点になる。

「あー、ルティカ。違う、そうじゃない……」

 バラクアは、言葉を探すように暫し黙考したが、上手い言葉が見つからずに、結局思ったままをストレートに告げる事にした。

「全く意味が分からんのは、お前の指示の事だ。何を言っているのかさっぱりだ」
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