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三章〜クレール・ベルクール編〜
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リラックスしようとは思えど、そう簡単に緊張が解れるわけでもなく、結局殆ど眠れないまま朝を迎えた。
会いたいけど会いたくない。
僕たちはパーティー会場のあるホテルに前日から宿泊している。馬車での移動時間がないのはキツい。階段くらいでは、気持ちの落ち着く暇もない。
口がカラカラで上手く喋れそうにない。同行した侍女に身なりを整えてもらっても、どうも髪型が決まらない……気がしてならない。
服はどうだ? 幼く見えないか?
ドレスアップした自分の姿を鏡で見ると、童顔も相まって、七五三に見えなくもない。
この世界に、そんな行事がなくてよかったと安堵する。
こんな僕を見て、ヴィクトール様に笑われないだろうか。パーティーだから華やかに……と、アシルお母様がプレゼントしてくれた衣装だが、もっとシックな大人っぽい落ち着いた色の燕尾服が良かったのではないか……。たっぷりとフリルの付いたブラウスに幅の広いコルセット、刺繍の施されたジャケット……。
「やっぱり、オメガがこんなに目立つ衣装を着るべきでは無いのでは……」
思わず声に出してしまってい、侍女から「お祝いだから、このくらいで丁度いい」と笑われてしまった。
「さぁ、クレール様。そろそろお時間ですよ」
侍女に背中を押され部屋を出る。
ロビーへ行くと、エリアスお父様とアシルお母様ががホテルに到着したノアとノランを出迎えているところだった。
「クレール! とっても素敵だよ」
アシルお母様がニッコリと微笑む。
「ありがとうございます」
確かにアシルお母様も、華やかな衣装だ。昔から変わらぬ若々しさで、フリルが良く似合っている。
「ほら、さっそく会場へ行こう。直に始まるよ」
アシルお母様に連れられ、移動する。アシルお母様は僕が逃げ出すとても思っているのか、ガッチリと腕をホールドして離さない。
会場は既に沢山の人で溢れていた。マルティネス家の顔の広さには驚きを隠せない。
マルティネス王子がこちらに気付いて挨拶に来てくれた。
「今日という日を共に過ごせて光栄です」
「本日はおめでとうございます」
「ありがとうございます。卒業式も見せたいくらい立派だったんですよ」
両親同士、直ぐに話に花が咲く。
僕はそれどころではなかった。お父様に紛れて「こんにちは」と言うだけで精一杯だ。
抑制剤はしっかりと効いているようだが、別の意味でここで立ってられなくなる。
しかし、一旦会場を出ようかと思ったタイミングで無情にもパーティーが始まってしまった。
いよいよヴィクトール様が会場に入ってくる。
入り口のドアが開くと、毎日嗅いでいた香りが漂ってきた。
心臓がバクバクと大きく伸縮する。無意識に息を止めていた。フェロモンが出ていないかと、急に心配になり辺りを見渡す。
参加者は、ヴィクトール様が入場するのを今か今かと待ち侘びていた。
足音が耳に届くと、僕はもうダメだった。
人の間をすり抜け壁際へと移動する。
手紙ではあんなに楽しかったのに。自分を見てガッカリさせないかと、不安に苛まれる。
会場が拍手に包まれ歓声が上がると、遂にヴィクトール様が姿を現した。
あちこちから「卒業おめでとう」と声が飛び交う。ヴィクトール様はお礼を言いながら、瞬く間に人に囲まれた。
「……ヴィクトール様……」
彼の笑顔に吸い込まれるように、うっとりと見入ってしまった。
手紙では『第三王子の息子なんて、王族とはいえ気楽なもんさ』なんて言っていたが、周りの人からは彼がいかに優秀かを語らせている。
あれが、あの幼かったヴィクトール様なのだ。
僕はこのまま会場にいる一人で良いと思った。遠くから、その姿を確認出来た。ずっと会いたいと思っていた人を、この目に焼き付けられた。これで十分だ。
ヴィクトール様はキョロキョロと会場内を見渡しながら、ステージに向かう。
人気者過ぎて、なかなか前に進めない。そんな様子を見て思わず声を出さないように笑ってしまった。
「クレール、挨拶に行かなくていいの?」
アシルお母様が僕を呼びに来たが、「ここから見ているだけでいい」と返した。
ジャケットのポケットに、昨日買った色違いのハンカチーフが入っている。
また匂いを付けて欲しいと言うつもりだったが、こんなチープな物は渡せない。
ようやくステージに上がったヴィクトール様を、会場の一番後ろから見る。
見ているだけで、こんなにも胸が高鳴っていると、彼は知る由もない。
実際に見たヴィクトール様は、想像の何倍も輝いていた。
また手紙を送ろう。
あの時はとても素敵だったと、手紙でなら言える気がする。
ステージの上から挨拶をするヴィクトール様に釘付けになっていた。
しかし、またあの症状が出始める。
腰の奥がズクンと疼く、あの感覚。
ハッと我に返り、またヴィクトール様の姿を見ただけでヒートを起こしていると気付く。
急いで会場を出た。
どこか一人になれるところを探さなければ……。
無ければ直ぐに馬車を呼んで帰るしかない。
会場を混乱させる訳には行かない。
大丈夫だ。ヴィクトール様なら分かってくれるだろう。後で手紙に書けば、理解してくれる。
直接話は出来なかったが、僕はそれで良かったと思った。
息切れし始めた。会場から離れたのに、目眩がし始める。
ホテルの部屋に一先ず戻ろうと、足を早める。
しかし何故かヒートは加速する。遠くから見るだけでもダメだったのか。
こんなの、もう近付けっこない。
このままでは他のアルファに気付かれてしまう。逃げないと……早く……
気持ちとは裏腹に、自我を失っていく。アルファを誘うフェロモンを放っている。
僕は廊下に蹲り、壁に凭れかかった。
「……はぁ……はぁ……早く、戻らな……と……」
自分に言い聞かせ、立ち上がろうとするが力が入らない。
ぼやけた視界の目の前に、男性の靴が映る。遂にアルファに見つかってしまった。
その男性はしゃがみ込み、僕の顔を覗きこんだ。
「……ヴィクトール……さま……?」
会いたいけど会いたくない。
僕たちはパーティー会場のあるホテルに前日から宿泊している。馬車での移動時間がないのはキツい。階段くらいでは、気持ちの落ち着く暇もない。
口がカラカラで上手く喋れそうにない。同行した侍女に身なりを整えてもらっても、どうも髪型が決まらない……気がしてならない。
服はどうだ? 幼く見えないか?
ドレスアップした自分の姿を鏡で見ると、童顔も相まって、七五三に見えなくもない。
この世界に、そんな行事がなくてよかったと安堵する。
こんな僕を見て、ヴィクトール様に笑われないだろうか。パーティーだから華やかに……と、アシルお母様がプレゼントしてくれた衣装だが、もっとシックな大人っぽい落ち着いた色の燕尾服が良かったのではないか……。たっぷりとフリルの付いたブラウスに幅の広いコルセット、刺繍の施されたジャケット……。
「やっぱり、オメガがこんなに目立つ衣装を着るべきでは無いのでは……」
思わず声に出してしまってい、侍女から「お祝いだから、このくらいで丁度いい」と笑われてしまった。
「さぁ、クレール様。そろそろお時間ですよ」
侍女に背中を押され部屋を出る。
ロビーへ行くと、エリアスお父様とアシルお母様ががホテルに到着したノアとノランを出迎えているところだった。
「クレール! とっても素敵だよ」
アシルお母様がニッコリと微笑む。
「ありがとうございます」
確かにアシルお母様も、華やかな衣装だ。昔から変わらぬ若々しさで、フリルが良く似合っている。
「ほら、さっそく会場へ行こう。直に始まるよ」
アシルお母様に連れられ、移動する。アシルお母様は僕が逃げ出すとても思っているのか、ガッチリと腕をホールドして離さない。
会場は既に沢山の人で溢れていた。マルティネス家の顔の広さには驚きを隠せない。
マルティネス王子がこちらに気付いて挨拶に来てくれた。
「今日という日を共に過ごせて光栄です」
「本日はおめでとうございます」
「ありがとうございます。卒業式も見せたいくらい立派だったんですよ」
両親同士、直ぐに話に花が咲く。
僕はそれどころではなかった。お父様に紛れて「こんにちは」と言うだけで精一杯だ。
抑制剤はしっかりと効いているようだが、別の意味でここで立ってられなくなる。
しかし、一旦会場を出ようかと思ったタイミングで無情にもパーティーが始まってしまった。
いよいよヴィクトール様が会場に入ってくる。
入り口のドアが開くと、毎日嗅いでいた香りが漂ってきた。
心臓がバクバクと大きく伸縮する。無意識に息を止めていた。フェロモンが出ていないかと、急に心配になり辺りを見渡す。
参加者は、ヴィクトール様が入場するのを今か今かと待ち侘びていた。
足音が耳に届くと、僕はもうダメだった。
人の間をすり抜け壁際へと移動する。
手紙ではあんなに楽しかったのに。自分を見てガッカリさせないかと、不安に苛まれる。
会場が拍手に包まれ歓声が上がると、遂にヴィクトール様が姿を現した。
あちこちから「卒業おめでとう」と声が飛び交う。ヴィクトール様はお礼を言いながら、瞬く間に人に囲まれた。
「……ヴィクトール様……」
彼の笑顔に吸い込まれるように、うっとりと見入ってしまった。
手紙では『第三王子の息子なんて、王族とはいえ気楽なもんさ』なんて言っていたが、周りの人からは彼がいかに優秀かを語らせている。
あれが、あの幼かったヴィクトール様なのだ。
僕はこのまま会場にいる一人で良いと思った。遠くから、その姿を確認出来た。ずっと会いたいと思っていた人を、この目に焼き付けられた。これで十分だ。
ヴィクトール様はキョロキョロと会場内を見渡しながら、ステージに向かう。
人気者過ぎて、なかなか前に進めない。そんな様子を見て思わず声を出さないように笑ってしまった。
「クレール、挨拶に行かなくていいの?」
アシルお母様が僕を呼びに来たが、「ここから見ているだけでいい」と返した。
ジャケットのポケットに、昨日買った色違いのハンカチーフが入っている。
また匂いを付けて欲しいと言うつもりだったが、こんなチープな物は渡せない。
ようやくステージに上がったヴィクトール様を、会場の一番後ろから見る。
見ているだけで、こんなにも胸が高鳴っていると、彼は知る由もない。
実際に見たヴィクトール様は、想像の何倍も輝いていた。
また手紙を送ろう。
あの時はとても素敵だったと、手紙でなら言える気がする。
ステージの上から挨拶をするヴィクトール様に釘付けになっていた。
しかし、またあの症状が出始める。
腰の奥がズクンと疼く、あの感覚。
ハッと我に返り、またヴィクトール様の姿を見ただけでヒートを起こしていると気付く。
急いで会場を出た。
どこか一人になれるところを探さなければ……。
無ければ直ぐに馬車を呼んで帰るしかない。
会場を混乱させる訳には行かない。
大丈夫だ。ヴィクトール様なら分かってくれるだろう。後で手紙に書けば、理解してくれる。
直接話は出来なかったが、僕はそれで良かったと思った。
息切れし始めた。会場から離れたのに、目眩がし始める。
ホテルの部屋に一先ず戻ろうと、足を早める。
しかし何故かヒートは加速する。遠くから見るだけでもダメだったのか。
こんなの、もう近付けっこない。
このままでは他のアルファに気付かれてしまう。逃げないと……早く……
気持ちとは裏腹に、自我を失っていく。アルファを誘うフェロモンを放っている。
僕は廊下に蹲り、壁に凭れかかった。
「……はぁ……はぁ……早く、戻らな……と……」
自分に言い聞かせ、立ち上がろうとするが力が入らない。
ぼやけた視界の目の前に、男性の靴が映る。遂にアルファに見つかってしまった。
その男性はしゃがみ込み、僕の顔を覗きこんだ。
「……ヴィクトール……さま……?」
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