【完結】『拝啓、親愛なる王子殿下』代書屋オメガの秘めたる愛を綴ります。

亜沙美多郎

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第一章

出会い

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 三日降り続いた雨が上がった朝。
 すっきりと晴れ渡った空を見て、今日はなんだか良い日になりそうだと顔を綻ばせた。
 
「サラ、今日は散歩に行けますね」
「えぇ、エクラ様。外はとても暖かくて気持ちいいですよ。サンドウィッチとハーブティーを持っていかれるのはいかがでしょう?」
「いい案だね。それで……その……」
「承知しております。少し多めに準備いたしましょうね」
「ありがとう、少しでいいから。……来るか、分からないし」
「きっと、おいでになりますよ。さぁさ、エクラ様もご準備なさいまし」
 
 サラは私専属のたった一人の侍女。
 子供の頃から世話を焼いてくれている彼女は、全てを語らずとも意図を汲み取ってくれる。

 これまでの孤独な日々も、サラの陽だまりのような暖かさに救われてきた。

 アルファ一家に生まれ、たった一人オメガと診断された私は、家族から『存在しない者』として扱われてきた。
 なんとか学校は卒業させてもらえたけれど、その後は伯爵邸の離れに部屋を移された。
 それ以来、本邸には近寄ることも許されなかった。
 
 二人の兄はそれぞれ立派に活躍しているようだ。
 伯爵家嫡男のシリウスは、父と共に領地改革などに関わっている。
 次男のフィリオンは若くして騎士団長を務め、隊をまとめている。
 私には、一つの仕事も与えてもらえない。
 
 そんな日々が始まってから、早、三年が経とうとしていた。
 
 日課の散歩はただの暇潰しだった。 
 ある日突然、あの人が現れるまでは……。

 ♦♦♦
 
 その日も私はサラと散歩に出掛けていた。街へ出るのは稀であったが、どうしてもペンが欲しかった。
 学生の頃から通っていた店に出向き、そう高くはないけれど、書き心地の気に入ったものが見つかった。早く伯爵邸に帰ろうとしたものの、いかんせん体力がない私は、いつも休憩する丘で一休みすることにしたのだ。

「サラの方が余程元気だ」
 サラはクスクスと笑い、「毎日、忙しいですからね」と答えた。
「いいなぁ。私も仕事をしてみたい」
「そうですね。何か、部屋から出られなくてもできる仕事があれば良いですが……」
「一生無理な気がする。お父様たちは世間が私の存在を忘れるまで、隠し通すおつもりだ。こんな状況じゃ他所の人に雇ってももらえないし、オメガって本当に厄介な性だな」
 淹れてくれたハーブティーを一口啜る。

「そうかい? 別に性別なんて、関係ないだろう?」
「へっ!?」
 知らない声が聞こえて、びっくりして顔を上げると、にっこりと微笑んでこちらを覗き込んでいる男性と目が合った。
 ……誰?
 
 強張った表情のまま固まっている私を見て、肩を揺らして哄笑する。
 少しアルコールの匂いがした。飲み屋の帰りだろうか。
「突然、すまない。こんな所でピクニックなんて珍しいと思ってね。失礼するよ」
「え、あ、はい……」
 慌ててサラが立ち上がり、ベンチを譲る。
 遠慮なく、その人が腰を下ろした。
 うんと腕を伸ばして「久しぶりに気持ちいい天気だ」空を見上げて深呼吸をした。
「そうですね」
 彼の屈託のない言動に、悪い人ではなさそうだと内心安堵する。

 それにしても、この人は実に妙だ。
 
 顔立ちは貴族や王族と言われた方が納得がいく。朗らかであるが、切れ長の眸は研ぎ澄まされていて、細い鼻梁、口角の上がった口許からは自信を感じる。
 整えられてはいない髪には艶があり、香油の香りがほんのりと漂っている。
 何より堂々たるこの態度が、只者では無いオーラを醸し出している。
 
 なのに服装ときたら平民と同じような、気潰したクタクタのシャツに、丈の足りていないズボンは膝が擦り切れている。
 
 一体、何者なのだろうと思っていると、無意識にじっと見詰めてしまっていた。
 するとその人は物珍しそうに、至近距離に顔を寄せてきた。

「君は誰? どこから来たの? 見たところ、平民ではなさそうだ。でも見かけない顔だな。パーティーには来ないのかい?」
 矢継ぎ早に質問され、何から答えればいいのか戸惑ってしまう。否、答えられない質問に、なんと言って誤魔化すかに迷いが出ている。
 ヴェイルハート伯爵邸から来ましたなんて、口が裂けても言えない。

「ぱ、パーティーは、苦手で……」
「そうなんだ。楽しいから今度おいでよ。招待するよ」
「招待?」
「あぁ、そうだ、自己紹介がまだだったね。俺は、エルネスト・カイン・アッシュベイル」
「アッシュベイルって……。あの、アッシュベイル第三王子殿下ですか!?」
「あぁ、そうだよ」

 第三王子殿下が……なんでこんな所に……。
 正体を知り、混乱が混乱を招いている。
 サラでさえ、困惑の色を隠せなかった。

 二人の間を風が吹き抜けていったが、心地いいと感じる余裕もない。
 
 これが、私とエルネスト王子殿下との出会いだった。
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