【完結】『拝啓、親愛なる王子殿下』代書屋オメガの秘めたる愛を綴ります。

亜沙美多郎

文字の大きさ
2 / 85
第一章

愉快な人

しおりを挟む
 彼は王城を抜け出しては街に紛れて、市場で買い物をしたり、飲み屋で見知らぬ人と乾杯をして楽しんでいるのだと言った。

「誰も気付かないのでしょうか」

「案外、平気。街を彷徨いている間は帽子も被っているし、飲み屋なんて特に、酔っ払いが人の顔なんてジロジロ見たりしないよ。今日は少し盛り上がり過ぎてね。少し風に当たろうと思ってここへ来たんだ。そうしたら先客がいたというわけ」

「そうとは知らず、申し訳ございません。直ぐに片付けて帰りますので」

「いや、邪魔だと言ってるわけではない。君に興味を持ったから話かけたんだ」

「私に……ですか?」

「身なりを見るなり、貴族であるのは一目瞭然なのに、侍女を一人連れただけでこんな所にいるなんて訳ありかなと思ってね」

 エルネスト王子殿下の言う通りだ。
 貴族が外出をするのに、護衛もつけないなんて通常ならありえない。
 けれど家族にとっては、例え突然私が姿を消した所で好都合である。
 護衛など必要はない。

 真実を説明するべきだ。第三王子殿下に嘘など許されるはずはない。
 しかし、どんな言い方をしたところで、ヴェイルハート家が私を虐げていると捉えられそうな気がする。
 
 オメガに生まれた自分が悪いのに、それを家族のせいにするのは間違えている。
 母親がよく嘆いていた。「オメガは治らない」と。
 どんな手を施しても、アルファにはなれないのだ。
 
 上手く説明できず俯いていると、エルネスト王子殿下は言いたくないのを察してくれたようだ。

「じゃあ、名前だけでも教えてくれないか。せっかく出会えたのに、名前も呼べないんじゃ寂しいだろう?」

「あの……私は、エクラと申します。それ以上は……申し上げられません」

「エクラ。構わない。言いたくないことを無理に聞き出そうとは思わない。でももしも、俺に聞いて欲しいと思った時はいつでも話を聞くよ。いいね?」

「どうして初対面の私に、そんなふうに気を遣って下さるのですか?」

「なんとなく……君の隣が居心地がいいから」

 そう言ってエルネスト王子殿下が肩に凭れかかる。

「でっ、殿下!!」

「しっ……」人差し指を立てて口に当てる。鼻先が触れてしまいそうなほど近くまで顔を寄せられ、息を呑んだ。エルネスト王子殿下は声を顰めて言う。

「外で正体がバレてはいけない。そうだな……俺のことはエノと呼んでくれ。それとも、モン・シェリ愛おしい人でもいいよ?」

「……エノ様と呼ばせてください」

 気恥ずかしくて顔が上げられない。
 エルネスト王子殿下が再び私に寄りかかり、身動きが取れない。触れている部分に意識が集中してしまい、頭が真っ白だ。

 彼はといえば、特に何も気にしていない様子で、上機嫌で鼻歌まで歌い出した。
 ほろ酔いなのか、元々こういう性格なのか判断はしかねる。

 王族だというのに平気で平民に混じってフラットな関係を築くなど、現実味が無さすぎて、誰も疑わないのかもしれない。
 この人が国の第三王子だと知れば、街の人たちは驚きのあまり凍りついてしまうだろう。

 今日は余程盛り上がったようだ。終始上機嫌のまま、帰っていかれた。その背中を見送っている間も、上手く呼吸が出来なかった。

「また、会いに来る」そう言い残したが、きっとそれはただの社交辞令。それでも良い。それでも充分私の心は満たされた。

 他人とこんなにも近い距離で接したのは、子供の頃ぶりだ。

 こんな出会いがあったものだから、私は帰ってからも彼のことが頭から離れなくなってしまった。
 
 自室のソファーに、体を沈めると、ようやく身体の力が抜けた。

 強い抑制剤を飲んでおいて良かったと胸を撫で下ろす。
 エルネスト王子殿下がアルファであるのは周知の事実。もしもヒートなど起こせば大問題である。

 ほっとする反面、消化しきれないこの気持ちのやり場がない。心臓の音は落ち着く気配もなく、早鐘を打ち続けている。

「そうだ、手紙! 礼状なら渡しても失礼じゃないはずだ」
 思い立って、今日買ったばかりのペンを取り出した。

 ———親愛なるエルネスト王子殿下。

 邂逅とはこのことを言うのでしょうか。貴方と過ごした時間は、まるで世界が変わったみたいでした。
 大袈裟だと笑われるかもしれませんが、孤独から救い出された気さえしたのです。
 静かな日常は平和ですが、時に寂しくもあります。
 そんな中、殿下との出会いは私の心に光を与えてくれたのです。
 どんな言葉で感謝を伝えれば良いのでしょうか、今の私では適切な言葉が思い浮かびません。
 いつかこの気持ちにピッタリな言葉を送ります。
 身分も明かさず失礼極まりない私に、親切に接して頂きありがとうございました。
 この手紙が渡せる日が来ることを祈っています。
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの二人は、スキルを得た事で魔王討伐に旅立つ勇者と彼の帰還を待つだけのただの親友となる。 勇者と親友の無自覚両片想いのじれったい恋愛の物語。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない

こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...