【完結】『拝啓、親愛なる王子殿下』代書屋オメガの秘めたる愛を綴ります。

亜沙美多郎

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第一章

満月の約束

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 明け方になってようやくヒートが治った。
 こんなに酷い症状は初めてだ。
 
 エルネスト王子殿下から頂いた物を頭許に並べているからか、眠りに落ちかけては匂いで目が覚めてしまう。
 
 これほどまでに本能がアルファのフェロモンを求めるなんて……。
 
 自分は今まで、それほどオメガ性は強いほうではなかった。だから一人でも発情期を乗り越えられたし、学生時代を思い返してみても、抑制剤さえ服用していれば殆どベータと同じように過ごせていた。
 でもそれは、相性のいいアルファに出会ってなかったというわけだ。

 起きても頭がくらくらと揺れて、視界が定まらない。
 様子を見に来たサラに、一旦プレゼントを別室に移してもらった。
 それからようやく、ぐっすりと眠れたのだが、完全に昼夜逆転してしまい、今度は夜に眠れなくなってしまう。

 窓を開け夜空を見上げると、月は満月に近付いていた。
 明日の天気を保証している今宵の空には、満天の星が瞬いている。流れ星が一本、線を描いて消えた。

 今日はひたすら眠っていて散歩には出掛けられなかったが、それで良かった気がする。
 時間を置いて心を落ち着かせないと、また気付かないうちに変なことを口走りそうだ。

「でも、明日は会いたいな」
 両手を組んで願いを唱える。愛おしい人に会いたい。エルネスト王子殿下も、同じように想っていれば良いのに。
 
 しばらく夜空を眺めて過ごし、三つ目の星が流れた後、窓を閉め、ベッドに入る。
 エルネスト王子殿下に会った時のシュミレーションを脳内で繰り広げて眠れない夜を過ごした。

 朝一番に湯浴みの準備をしてもらった。気持ちをシャキッとさせたい。
「よし、今日は自然に振る舞えるはずだ」
 エルネスト王子殿下は忙しい人だから、意気込んだところで本当に現れるのかは不明だ。
 でも気を抜いてしまうと奇行に走るどころかヒートも起こしかねない。
 エルネスト王子殿下の前で情けない姿は見せたくない。

 髪を洗ってもらいながら、目を閉じる。
 サラが新しい香油を使ってくれた。
 ミントとラベンダーの香りをゆっくりと深呼吸しながら堪能する。
 湯浴みが終わる頃には、スッキリした気分になれた。
 
 まだ出かけるには早く、のんびりとハーブティーを飲んだり、日記を書いたりして過ごしたが、待っている時間はとても長く感じてしまう。

「やっぱり、出発しよう!!」
 室内にいると余計なことばかり考えてしまう。ならば、王子殿下が来てくれるにせよ来ないにせよ、
自ら行動するのが得策だと言える。

 今日もしもエルネスト王子殿下に会えたら、自分の気持ちを伝えるチャンスがあるなら、もう、逃げたくない。

 サラを急かして準備をする。
 ティータイムのお供に、ティーブレッドと林檎とプラムのコンフィーを作ってくれた。

 長く息を吐き、興奮を抑えようとしても上手く感情のコントロールが難しい。
 そういえば以前にエルネスト王子殿下が鼻歌を歌っていた時があった。いや、王子殿下はしょっちゅう小さな声で鼻歌を歌っている。
 今、王子殿下が鼻歌を奏でる気持ちがよく分かる。私もそうしたい気分だけれど、パーティーにも行かないから流行りの音楽を知らない。
 ワルツのリズムでターン……つい先日教えてもらったダンスはちっとも身に付いていない。

 準備に戻り、鏡の前に座る。髪は自分で梳いている。なんでもサラにやらせていては、彼女が倒れてしまう。
 ブラウスのリボンタイはサラに結んでもらっているが、エルネスト王子殿下に差し上げたのでそれも必要無くなった。

「こんなに早く出掛けたいなんて、珍しいですね。エクラ様」
「あの花畑に寄ってから草原の丘に行きたいんだ。エルネスト王子殿下に花束を渡したくて」
 使い古しのリボンタイを王子殿下は喜んでくれたけれど、それだけでは申し訳ない。
 かといって、私には王子殿下に差し上げる物など持っていない。

 花が好きだといい。
 一緒に見たいと思っていた花畑には、きっと今日も沢山の花が咲いている。
 草原の丘とは方角が違うので、先にそちらに向かうことにした。
 有り余った時間を潰すにも丁度いい。

「やっぱり、綺麗だね」
「まだまだ次々咲きそうですね。蕾の花を多めに摘んでおきましょう」
「分かった」
 夢中で摘んでいると、花は瞬く間に両手で抱えるほどの量になってしまった。
 オレンジと白とピンクに水色……大きさも形もバラバラなのに全て可愛い。

 その足でいつものベンチへと向かう。
 今日会えなければこの花束は台無しになってしまうが、会える気がする根拠のない自信があった。
 知らず知らずのうちに、歩くスピードが早くなっていく。
 今にも走り出しそうな勢いだが、これ以上スピードを上げると自分の足が絡まって転んでしまいそうだ。
 こんな時、運動をしておけば良かったと痛感する。サラは普段から走り回っているからか、なんなら私の先を走っていきそうなのを我慢してくれている。

「まだ、来てない……」草原の丘に着く頃には、私はすでに肩で呼吸をし、酸欠で倒れてしまいそうなほど疲弊していた。しかしサラはさっさと私から花を受け取り、綺麗に整えてくれた。

 ベンチに腰を下ろし、天を仰ぎ見る。
「ハーバルウォーターをどうぞ」
「ありがとう。こんなに移動したのは人生で初めてだ」
 もしも今日、エルネスト王子殿下が来てくれるのなら、それまでに乱れた呼吸を落ち着かせたい。
 ハーバルウォーターを一気に飲み干し、続けてもう一杯煽る。

「良い飲みっぷりだね、エクラ」
「エノ様!! これは……その……今日は朝から歩きすぎてしまいまして」
「珍しいね。どこに行ってたの?」
「あの、これをエノ様に渡したいと思いまして」
 タイミングよく、サラが花束をエルネスト王子殿下に渡す。

「え、これを俺に? エクラから?」
 花束に顔を埋め、匂いを嗅ぐ。「良い香り」と呟き、エクラにも「匂ってみて」と花束を差し出す。
「癒されますね」
「エクラ自身が花を摘みに行ってくれてたなんて、今日は本当に良い日だ。ありがとう」
「大袈裟ですよ。以前、サラが花畑に連れて行ってくれたんです。本当はエノ様と一緒に見られれば良かったのですが、此処とは方向が違うので……」
「その花を見て、俺を思い出してくれたんだ?」
「はい。エノ様はいつもお忙しそうですし、綺麗な花束を見れば息抜きになるかなと思いました」

 エルネスト王子殿下は花束をテーブルに置き、いつも通り私を抱きしめた。
 
「また、マーキングですか?」
「これはありがとうの抱擁!! 俺のいない所で綺麗なものを見て思い出してくれるなんて、こんな幸せはない。俺もパーティーの途中で会場を抜け出して、庭から綺麗な月を見上げると、エクラも同じ月を見ているかもしれないなんて良く考えるんだ」
「月を……。私も、よく窓を開けて月を見ます。同じ頃、見ていたかもしれませんね」
「そうだと嬉しい。そうだ、もう三日もすれば満月だ。その日、一緒にここで二人きりのパーティーをしないか?」
「二人きりで……」
「誰にも邪魔されず、満月の下でダンスパーティーを開こうじゃないか」
「二人きりのパーティー。やってみたいです」
「じゃあ、決まりだ」

 今朝の自分のダンスレベルでは、エルネスト王子殿下の思い描くダンスパーティーにはなりそうにない。でも誰にも見られないなら、恥をかいても王子殿下だけだ。
 夜に外出なんて特別な感じがしてドキドキしてしまうが、エルネスト王子殿下からすれば造作もないことなのだろう。

「それで、エクラ。課題を出していた『答え』には辿り着いた?」
「はい……。今日はそれがお話しできればいいなと思って来ました」
「直ぐに聞きたいけれど、折角だから満月のパーティーで聞かせてもらおうかな。俺からも、言いたいことがある」
「……承知しました」
「まだ俺に緊張する? そんな身構えなくて大丈夫だ。楽しもう」
「はい」

 王子殿下が私に言いたいことがあるなんて、気になってしまう。
 そして私も、いよいよこれまで隠してきた身分も全て打ち明けようと決心した。
 モヤモヤの合間に感じる息苦しさは、自分の全てを晒してなかったから。
 ヴェイルハート伯爵家にオメガで生まれたばかりに、家族に迷惑をかけている厄介者だと。
 父は私の存在を世間が忘れるまで、離れで隠しておくつもりだと。
 
 もし真実を知ったエルネスト王子殿下がそれで私を突き放したとしても、全く悪くない。
 身分を隠して接してきたのは自分自身だ。王子殿下はそれを容認してくれていた。
 いつかは言わないといけない時がくる。ならば、エルネスト王子殿下への恋情を自覚した今が、そのタイミングだと言える。

 それで良いと思えた。自分がこれまで隠してきた全てを吐き出せると思っただけでも、肩の荷が降りる。もう、エルネスト王子殿下に後ろめたさを抱えたまま会わなくて良いのだ。

 その後はサラの作ってくれたティーブレッドに林檎とプラムのコンフィーを添えて食べた。
「サラ、君を侍女にしておくのが勿体無いほど美味だ!! うちのパティシエとして迎え入れたいほどだ」
「勿体なきお言葉です」
 緊張の糸が解れ、いつも以上に話が弾んだ。
 三人が笑って過ごすこの時間が、何よりも大切だ。

 自室に帰ってからも、三日後のことで頭がいっぱいだった。
 少しくらいダンスを教えてもらえば良かったのだが、その時間はなかった。
 自分でもう一度思い出しながら練習を試みたが、幼い頃に培った技は跡形もなく消えてしまっていた。

 ソファーに横たわり、満月のパーティーで手紙を渡そうかと考えていたその時、廊下から、サラではない足音が響いた。
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