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第一章
長期に渡る計画
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私はフィリオンにもソファーに座ってもらい、互いの膝が触れる距離で話を聞いた。
「エクラの嫁ぎ先を前々から探していたのは本当だ。でもお父様もそこまで真剣に向き合っているわけではなかった。最初から『見つかれば……』くらいにしか構えていなかったんだ」
「だから、私はずっと自由にさせてもらえていたのですね」
「そう言えば聞こえはいいが、実際には忘れて過ごせるならそうしたいという感じだった。
でも俺はそれで良かった。エクラが悲しい思いをするより、いっそ穏やかに暮らせるような気がしていたから。
学生時代のエクラへの抑圧は見ているのも辛かった。つい先日まで一緒に鍛錬していたのに、第二次性が判明した途端、天と地ほども扱いが変わるのかとショックも受けた。
自分が逃れられて良かったと安堵したのではない。エクラだって俺たちと同じように励んでいた。それをオメガだからという理由だけで、人生の全てを奪われたんだんだから」
「フィリオンお兄様が悲しまないでください。私は離れに移ってからは、自分の望む平穏な暮らしが送れていました。お父様の仰っていることは正論です。働きもしないのに、伯爵家にいつまでもいて良いわけはありませんから」
私だけが遊んで良いわけはない。何かヴェイルハート家の役に立ちたいと自らも願っていた。
それが今というだけの話だ。
しかしフィリオンはかぶりを振り、そうではないと言った。
「父が突然、躍起になってエクラの嫁ぎ先を探し始めたのは、俺の騎士団員の密告が原因なんだ」
「密告?」
「あぁ。エクラ、君は平民の男とこっそり会っているだろう? それを目撃した団員がいた。古くからいる団員だからエクラの存在も知っていた。サラと二人で毎日のように出かけていたのも、ただの散歩なら良かった。しかし男と会っているなら話は別だ。お父様を通じず、平民が伯爵家の人間に手を出して良いわけがない。その団員は俺に相談してきたんだ。でも、俺は自分でその男について調べるから、それまでは口外しないでくれと頼んでいた。けれど、団員は手柄を立てたいがために、お父様に文章を送りつけてしまった」
そこから父は目の色を変えて、私の結婚に向けて動き出したそうだ。
「俺がこの部屋にエクラを呼びに来たのも、エクラからアルファの匂いがするかを確かめるためもあった。結果、ドアを開けた瞬間から強いアルファのマーキングを感じた。『自分以外のアルファがエクラに近寄るのを許さない』憎悪にも似た執念の印をね。それで、やはり団員が見たという平民の男性とエクラが恋仲にあると判断した。それは俺だけではなく、お父様もシリウスお兄様も感じ取ったはずだ」
エルネスト王子殿下のマーキングがそんな強いものだとは知らなかった。
ただ、いつもの調子でハグをされただけだ。子犬と戯れあう程度の、飲み屋で出会った人とその場のノリで肩を組むような、エルネスト王子殿下からすれば挨拶程度のものなのかと思っていた。
王子殿下からプレゼントされた物を別室に置いてもらっているにも拘らず、それほどのアルファの匂いが付いているなんて……。
私が書斎に入室した瞬間、父の表情が険しくなったのは、エルネスト王子殿下のアルファの匂いを嗅ぎつけたからだったのか。だとすれば出発までの三日間を外出禁止にしたのは、私が纏っている王子殿下の匂いを少しでも消すためと考えれば辻褄が合う。
「どの道、エクラの結婚は決まってしまっている。例えアルファの匂いがせずとも、ドミナクス辺境伯閣下の許へ嫁ぐことは変えられない。お父様たちは、エクラが辺境伯閣下との後継者を産み、辺境伯閣下が他界したタイミングで子供の後見人になり、あの領土を奪おうと企んでいる」
「そんなことが可能なのですか?」
「法的に……と訊かれるとグレーだがな。出来なくはない。父の代では叶わずとも、ドミナクス辺境伯閣下の年齢を踏まえると、シリウスお兄様の代なら可能性は高い。エクラはその後継者を産まなければならないという、重大な任務を押し付けられたんだ」
「……はい」
「ドミナクス辺境伯閣下との結婚は、正式にはエクラが後継者を産んだ時点で……という話なんだ。お父様が絶対命令だと言う理由はそこにある。
しかしドミナクス辺境伯閣下は、お父様よりも年上なのにいまだ未婚だ。過去にご夫人を亡くされたのかもしれないが、真相は誰も知らない。領民からの評判は良いと聞くが、どうも信憑性に欠ける。聞けば聞くほど胡散臭さを感じる人物なんだ。俺はそんな所に行って欲しくない」
「それでも、オメガとして私が少しでも伯爵家の役に立てるのなら、お父様のご命令に従います」
「エクラ……すまない。兄なのに守ってやれなくて」申し訳なさを眉宇に滲ませ、私を抱き寄せた。
「今まで充分守って頂いたと感謝しています。シリウスお兄様も、フィリオンお兄様も、どうか幸せになってください」
「エクラだって幸せになるべきだ」フィリオンが私の頭を撫でる。
大人になっても、優しい笑顔には子供の頃の面影が垣間見れた。
フィリオンは少しの間、考え込むと、私の眸をしっかりと捉えた。
「なぁ、どうしても訊きたいんだが、あの男は誰なんだ。平民なのにここまでアルファ性が強い奴なんて会ったこともない。平民が全員ベータかオメガだなんて思ってないが、多分、そいつが本気を出せば、貴族でも太刀打ちできないほどの威圧で捩じ伏せられる。俺よりアルファ性の強いお父様でさえ、顔を歪めたのを見ただろう?」
「それは……」
「エクラの嫁ぎ先を前々から探していたのは本当だ。でもお父様もそこまで真剣に向き合っているわけではなかった。最初から『見つかれば……』くらいにしか構えていなかったんだ」
「だから、私はずっと自由にさせてもらえていたのですね」
「そう言えば聞こえはいいが、実際には忘れて過ごせるならそうしたいという感じだった。
でも俺はそれで良かった。エクラが悲しい思いをするより、いっそ穏やかに暮らせるような気がしていたから。
学生時代のエクラへの抑圧は見ているのも辛かった。つい先日まで一緒に鍛錬していたのに、第二次性が判明した途端、天と地ほども扱いが変わるのかとショックも受けた。
自分が逃れられて良かったと安堵したのではない。エクラだって俺たちと同じように励んでいた。それをオメガだからという理由だけで、人生の全てを奪われたんだんだから」
「フィリオンお兄様が悲しまないでください。私は離れに移ってからは、自分の望む平穏な暮らしが送れていました。お父様の仰っていることは正論です。働きもしないのに、伯爵家にいつまでもいて良いわけはありませんから」
私だけが遊んで良いわけはない。何かヴェイルハート家の役に立ちたいと自らも願っていた。
それが今というだけの話だ。
しかしフィリオンはかぶりを振り、そうではないと言った。
「父が突然、躍起になってエクラの嫁ぎ先を探し始めたのは、俺の騎士団員の密告が原因なんだ」
「密告?」
「あぁ。エクラ、君は平民の男とこっそり会っているだろう? それを目撃した団員がいた。古くからいる団員だからエクラの存在も知っていた。サラと二人で毎日のように出かけていたのも、ただの散歩なら良かった。しかし男と会っているなら話は別だ。お父様を通じず、平民が伯爵家の人間に手を出して良いわけがない。その団員は俺に相談してきたんだ。でも、俺は自分でその男について調べるから、それまでは口外しないでくれと頼んでいた。けれど、団員は手柄を立てたいがために、お父様に文章を送りつけてしまった」
そこから父は目の色を変えて、私の結婚に向けて動き出したそうだ。
「俺がこの部屋にエクラを呼びに来たのも、エクラからアルファの匂いがするかを確かめるためもあった。結果、ドアを開けた瞬間から強いアルファのマーキングを感じた。『自分以外のアルファがエクラに近寄るのを許さない』憎悪にも似た執念の印をね。それで、やはり団員が見たという平民の男性とエクラが恋仲にあると判断した。それは俺だけではなく、お父様もシリウスお兄様も感じ取ったはずだ」
エルネスト王子殿下のマーキングがそんな強いものだとは知らなかった。
ただ、いつもの調子でハグをされただけだ。子犬と戯れあう程度の、飲み屋で出会った人とその場のノリで肩を組むような、エルネスト王子殿下からすれば挨拶程度のものなのかと思っていた。
王子殿下からプレゼントされた物を別室に置いてもらっているにも拘らず、それほどのアルファの匂いが付いているなんて……。
私が書斎に入室した瞬間、父の表情が険しくなったのは、エルネスト王子殿下のアルファの匂いを嗅ぎつけたからだったのか。だとすれば出発までの三日間を外出禁止にしたのは、私が纏っている王子殿下の匂いを少しでも消すためと考えれば辻褄が合う。
「どの道、エクラの結婚は決まってしまっている。例えアルファの匂いがせずとも、ドミナクス辺境伯閣下の許へ嫁ぐことは変えられない。お父様たちは、エクラが辺境伯閣下との後継者を産み、辺境伯閣下が他界したタイミングで子供の後見人になり、あの領土を奪おうと企んでいる」
「そんなことが可能なのですか?」
「法的に……と訊かれるとグレーだがな。出来なくはない。父の代では叶わずとも、ドミナクス辺境伯閣下の年齢を踏まえると、シリウスお兄様の代なら可能性は高い。エクラはその後継者を産まなければならないという、重大な任務を押し付けられたんだ」
「……はい」
「ドミナクス辺境伯閣下との結婚は、正式にはエクラが後継者を産んだ時点で……という話なんだ。お父様が絶対命令だと言う理由はそこにある。
しかしドミナクス辺境伯閣下は、お父様よりも年上なのにいまだ未婚だ。過去にご夫人を亡くされたのかもしれないが、真相は誰も知らない。領民からの評判は良いと聞くが、どうも信憑性に欠ける。聞けば聞くほど胡散臭さを感じる人物なんだ。俺はそんな所に行って欲しくない」
「それでも、オメガとして私が少しでも伯爵家の役に立てるのなら、お父様のご命令に従います」
「エクラ……すまない。兄なのに守ってやれなくて」申し訳なさを眉宇に滲ませ、私を抱き寄せた。
「今まで充分守って頂いたと感謝しています。シリウスお兄様も、フィリオンお兄様も、どうか幸せになってください」
「エクラだって幸せになるべきだ」フィリオンが私の頭を撫でる。
大人になっても、優しい笑顔には子供の頃の面影が垣間見れた。
フィリオンは少しの間、考え込むと、私の眸をしっかりと捉えた。
「なぁ、どうしても訊きたいんだが、あの男は誰なんだ。平民なのにここまでアルファ性が強い奴なんて会ったこともない。平民が全員ベータかオメガだなんて思ってないが、多分、そいつが本気を出せば、貴族でも太刀打ちできないほどの威圧で捩じ伏せられる。俺よりアルファ性の強いお父様でさえ、顔を歪めたのを見ただろう?」
「それは……」
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