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第一章
最後の時間
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フィリオンがここまで私を心配してくれているのに、真実を教えられないのは心苦しい。
けれど相手の立場を考慮すれば、とてもじゃないが暴露など出来ない。
『この国の第三王子殿下と偶然出会って恋に落ちました』なんて言って『あぁ、そうですか』となるはずもない。
僅かにも情報を与えてしまえば、フィリオンは血眼になってでもエルネスト王子殿下を探し出すだろう。
もしそうなったとして、フィリオンはどうするつもりなのだろうか。
きっと今日までも、平民に扮したエルネスト王子殿下を探していたと考えるのが自然だ。
エルネスト王子殿下が隠している事実を、私の口から(兄弟とはいえ)他人に知らせるわけには行かない。
「……言えません」
「絶対に?」
「私が一方的にその人を慕っていたのは事実です。けれど身分の違いで許されないとは重々承知していました。彼と過ごす時間は楽しかったですが、それだけです。あの方は悪くありません。私の一方通行の恋だったのです」
フィリオンは私の肩を抱き、憐れみの色を浮かべた。
「エクラはそいつのアルファ性が怖いと感じたことはない?」
「あるはずありません! とても穏やかで、爽快なまでに愉快な方です。その人のおかげで、私は自分の心を取り戻せました。だから、恩人でもあるんです」
「そっか……じゃあ、もう一つ訊かせてくれ。その人には……例えば、エクラのオメガの匂いが届いているのか?」
「お互いフェロモンに当てられたことはありませんが、匂いは届いています。甘い香りだと、言ってくれたことがありましたから」
「……相性が良い……か」
フィリオンが呟く。
「因みに、俺の匂いは感じる?」
「いえ、きっと普段は飲まない夜に抑制剤を飲んでしまったからだと思いますが、匂いは届いていませんよ。安心してください」
「ん……そうだな。俺にもエクラの匂いは届かない。アルファのマーキングのせいもあるとは思うが、薬がしっかり効いているんだろう。……でも、やっぱり悔しいな。エクラはその人に会いに行く時だって抑制剤を飲んでいたんだろう? それでも甘い香りが届いていた。俺も、エクラの匂いを嗅いでみたかった」
「そんな良いものじゃありませんよ!! 婚約者のご令嬢に嫌われますよ?」
「しまった、これは二人だけの秘密だ」
フィリオンは私の両手を包み込み、「エクラの無事を案じている」手の甲にフィリオンの額を乗せ、祈ってくれた。
その後、サラを呼び、私の頬の傷の手当てをするよう頼んでくれた。
「口の中は切っていないようだが、後々痛みを引きずるだろうから、この薬を塗ってあげてくれ」
「こんな高価なもの……感謝いたします」
サラが深く礼をする。
そうして、フィリオンは離れから本邸へと帰って行った。
廊下に響く彼の足音を、私は忘れないだろうと思った。
一定のリズムを崩すことなく、規則的に響かせる余韻は、フィリオンの性格を良く表している。
ここを離れる前に二人きりで話せたことで、随分気が楽になった。
政略結婚に対する不安は拭えないが、父とシリウスの圧を和らげてくれただけでも有難い。
何より、ヴェイルハート家全員から疎まれていると思い込んでいたが、フィリオンだけは家族だと言ってくれた。お陰で、眠れない夜を過ごさなくて済みそうだ。
フィリオンがエルネスト王子殿下について深く追求せずにいてくれたのも助かった。
サラに手当てをされながら、しかし彼女からの親切を恩を仇で返す形で終わらせてしまうのは、あまりに悲しい結末だと沈鬱としてしまう。
「サラ……ごめんさない」
「何を謝る必要がございますか。私は任された仕事を全う出来ました。エクラ様のいない伯爵家でいろと言われる方が辛うございます。しっかりとお見送りさせて頂きますよ」
「サラを生涯忘れない。今まで、ありがとう」
治療の途中だが、構わずサラに抱きついた。
サラは「あらあら」と困りながらも、背中を撫でてくれた。
やはり私が父に呼ばれる以前から、サラは自分の行く末を言い渡されていた。解雇と知ってて、『いつも通り』私に接してくれていた。
これ以上、甘えた言動は慎むべきだ。
最後は笑顔で別れたい。
私はこの温もりを身体に刻み込む。サラとフィリオン、そしてエルネスト王子殿下の温もりを……。
けれど相手の立場を考慮すれば、とてもじゃないが暴露など出来ない。
『この国の第三王子殿下と偶然出会って恋に落ちました』なんて言って『あぁ、そうですか』となるはずもない。
僅かにも情報を与えてしまえば、フィリオンは血眼になってでもエルネスト王子殿下を探し出すだろう。
もしそうなったとして、フィリオンはどうするつもりなのだろうか。
きっと今日までも、平民に扮したエルネスト王子殿下を探していたと考えるのが自然だ。
エルネスト王子殿下が隠している事実を、私の口から(兄弟とはいえ)他人に知らせるわけには行かない。
「……言えません」
「絶対に?」
「私が一方的にその人を慕っていたのは事実です。けれど身分の違いで許されないとは重々承知していました。彼と過ごす時間は楽しかったですが、それだけです。あの方は悪くありません。私の一方通行の恋だったのです」
フィリオンは私の肩を抱き、憐れみの色を浮かべた。
「エクラはそいつのアルファ性が怖いと感じたことはない?」
「あるはずありません! とても穏やかで、爽快なまでに愉快な方です。その人のおかげで、私は自分の心を取り戻せました。だから、恩人でもあるんです」
「そっか……じゃあ、もう一つ訊かせてくれ。その人には……例えば、エクラのオメガの匂いが届いているのか?」
「お互いフェロモンに当てられたことはありませんが、匂いは届いています。甘い香りだと、言ってくれたことがありましたから」
「……相性が良い……か」
フィリオンが呟く。
「因みに、俺の匂いは感じる?」
「いえ、きっと普段は飲まない夜に抑制剤を飲んでしまったからだと思いますが、匂いは届いていませんよ。安心してください」
「ん……そうだな。俺にもエクラの匂いは届かない。アルファのマーキングのせいもあるとは思うが、薬がしっかり効いているんだろう。……でも、やっぱり悔しいな。エクラはその人に会いに行く時だって抑制剤を飲んでいたんだろう? それでも甘い香りが届いていた。俺も、エクラの匂いを嗅いでみたかった」
「そんな良いものじゃありませんよ!! 婚約者のご令嬢に嫌われますよ?」
「しまった、これは二人だけの秘密だ」
フィリオンは私の両手を包み込み、「エクラの無事を案じている」手の甲にフィリオンの額を乗せ、祈ってくれた。
その後、サラを呼び、私の頬の傷の手当てをするよう頼んでくれた。
「口の中は切っていないようだが、後々痛みを引きずるだろうから、この薬を塗ってあげてくれ」
「こんな高価なもの……感謝いたします」
サラが深く礼をする。
そうして、フィリオンは離れから本邸へと帰って行った。
廊下に響く彼の足音を、私は忘れないだろうと思った。
一定のリズムを崩すことなく、規則的に響かせる余韻は、フィリオンの性格を良く表している。
ここを離れる前に二人きりで話せたことで、随分気が楽になった。
政略結婚に対する不安は拭えないが、父とシリウスの圧を和らげてくれただけでも有難い。
何より、ヴェイルハート家全員から疎まれていると思い込んでいたが、フィリオンだけは家族だと言ってくれた。お陰で、眠れない夜を過ごさなくて済みそうだ。
フィリオンがエルネスト王子殿下について深く追求せずにいてくれたのも助かった。
サラに手当てをされながら、しかし彼女からの親切を恩を仇で返す形で終わらせてしまうのは、あまりに悲しい結末だと沈鬱としてしまう。
「サラ……ごめんさない」
「何を謝る必要がございますか。私は任された仕事を全う出来ました。エクラ様のいない伯爵家でいろと言われる方が辛うございます。しっかりとお見送りさせて頂きますよ」
「サラを生涯忘れない。今まで、ありがとう」
治療の途中だが、構わずサラに抱きついた。
サラは「あらあら」と困りながらも、背中を撫でてくれた。
やはり私が父に呼ばれる以前から、サラは自分の行く末を言い渡されていた。解雇と知ってて、『いつも通り』私に接してくれていた。
これ以上、甘えた言動は慎むべきだ。
最後は笑顔で別れたい。
私はこの温もりを身体に刻み込む。サラとフィリオン、そしてエルネスト王子殿下の温もりを……。
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