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第二章
心の距離
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視界の隅で奴隷の子が揺れている。
いつから辺境伯の居城へ連れて来られたのかは知らないが、人としての尊厳を踏み躙られて来たのだけは分かる。
オメガを性欲やストレスの吐け口としか見てない辺境伯が、使い物にならなくなった人間を排除するのは簡単なことだ。
今すぐ隣に行ってあげたいけれど、体が動かせないために慰めもできない。
結局、私が起き上がれたのは、正午もすっかり過ぎてからだった。
体を動かしたことで、体内に出された精液が流れ出て気持ち悪さに身を捩る。
ドミナクス辺境伯の精液を出すなと言われたが、勝手に出てきた分には許してほしい。
後継者を産むためと言っていたが、発情期でもないのに、どれだけセックスをしたとろで着床は難しいと私でも知っている。
ただの脅しだと分かっていても、逆らってはいけない空気に気圧されてしまった。
奴隷の子は行ってしまった。
教会から聞こえる鐘の音が合図になっているようだった。
次はまた私の食事を運ぶ時に来てくれるのだろうが、私も食事を確実に与えてもらえるわけではない。ドミナクス辺境伯を満足させられたら最低限の生活を許可してもらえる。
それがあの人のやり口だ。
主人に従わせるための躾……否、洗脳……と言った方がしっくりくる。
机の上には白パンとポタージュがそのまま置かれていた。
空腹を感じているが食欲はなかった。
私が食べたふりをして、奴隷の子に食べて貰えば良かったと思ったが、それがバレるとまた折檻を受けるのか……。
「はぁ……」
大きなため息を吐き出す。
座ろうとしても孔は完全に切れていて、動いただけで激痛が走る。
結局またベットに横たわり目を閉じた。
服を着なければ、体が冷えている。けれどドミナクス辺境伯に脱がされた時、どこに投げ捨てられたのか、私の視界には入らなかった。
可能な限り背中を丸め、自分を抱きしめる。
昨日からの長距離の移動に加え、ドミナクス辺境伯からの陵辱……ようやく一人になれると一気に疲労が押し寄せ、寒さを感じながらも眠ってしまった。
深い眠りで夢は見なかった。
目を閉じた世界は私を助けてもくれない代わりに、蔑むこともない。何もない世界だった。
どのくらい寝ていたか……人の気配を感じて薄ら目を開けるとシーツが掛け蹴られていた。目をこすりながら部屋を見ると、奴隷の子はどうやら私が起きるのを待っていたようだ。手には新しいシーツを持っている。
「シーツを交換してくれるの?」
こくりと頷く。
「ありがとうございます。でも、今動けなくて……困ったな」
もう少しの間だけでも横になっていたい。
それで机の上の食事を思い出した。
「あの、私……食欲がなくて。もしも今、ドミナクス辺境伯が不在なら、私が食べたことにして、食事を召し上がってください」
私の言葉に、奴隷の子の眸が揺れた。しかし朝に暴力を受けたばかりで躊躇っている。
「ドミナクス辺境伯が褒美だって言ってくれたのですが、食べないとまた怒られそうで……よければ、手伝ってもらえませんか?」
言い方を変えると、奴隷の子は頷いて、白パンをポタージュに浸して頬張った。今度は落ち着いてゆっくり食べている。
全て食べてくれて良かったのだが、奴隷の子は立ち上がり、白パンを持ってベッドまでくると、私に差し出した。
「私に?」
表情は変わらないが、頷いてくれた。
食べないと体力がもたないと言われているようだった。
「うん……食べるね」
白パンを受け取ると、小さく一口齧る。
水分が抜けて固くなった白パンは、良く噛まないとなかなか飲み込めない。
疲れては寝落ちて、疲れては寝落ちて……を繰り返し、四分の一程食べたところで、残りは奴隷の子に食べてもらった。
私がじっと見ているものだから、途中気まずそうに視線を逸らす。
でも私に対しての壁は感じなかった。
「握手してもらえませんか?」
力の入らない腕を伸ばす。
奴隷の子は躊躇いつつも私の手を握ってくれた。
「これから沢山迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いします」
奴隷の子は目を瞠ったが、小さく一度だけ頷いてくれた。
「私はエクラ。エクラ・ヴェイルハートです。あなたの名前は?」
首を横に振る。
「……名前、無いの?」
こくりと頷く。
「忘れてしまったの?」
首を横に振る。
どういう事なんだ。名前を忘れた訳ではないのに、名前そのものが無いと言っているようだ。
「もしかして、ドミナクス辺境伯に名前を奪われた……とか?」
こくりと頷ずいた。
奴隷に名前は要らない……。人として扱われないから……。
辺境伯の人間性は知るほど驚愕してしまうが、これだけはない気がした。
フィリオンが言っていた。『評判はいいが信憑性に欠ける』と。
評判が良いわけがない。領民の前で仮面でも被っているのか。例えそうだとして、それを何十年もの間、貫けるものなのか。
しかしフィリオンの言葉に違和感を覚えずにはいられなかった。
まだ何かある。
根拠のない確信を得る。
ドミナクス辺境伯は、まだ隠された何か重大な……真の顔を持っている気がした。
いつから辺境伯の居城へ連れて来られたのかは知らないが、人としての尊厳を踏み躙られて来たのだけは分かる。
オメガを性欲やストレスの吐け口としか見てない辺境伯が、使い物にならなくなった人間を排除するのは簡単なことだ。
今すぐ隣に行ってあげたいけれど、体が動かせないために慰めもできない。
結局、私が起き上がれたのは、正午もすっかり過ぎてからだった。
体を動かしたことで、体内に出された精液が流れ出て気持ち悪さに身を捩る。
ドミナクス辺境伯の精液を出すなと言われたが、勝手に出てきた分には許してほしい。
後継者を産むためと言っていたが、発情期でもないのに、どれだけセックスをしたとろで着床は難しいと私でも知っている。
ただの脅しだと分かっていても、逆らってはいけない空気に気圧されてしまった。
奴隷の子は行ってしまった。
教会から聞こえる鐘の音が合図になっているようだった。
次はまた私の食事を運ぶ時に来てくれるのだろうが、私も食事を確実に与えてもらえるわけではない。ドミナクス辺境伯を満足させられたら最低限の生活を許可してもらえる。
それがあの人のやり口だ。
主人に従わせるための躾……否、洗脳……と言った方がしっくりくる。
机の上には白パンとポタージュがそのまま置かれていた。
空腹を感じているが食欲はなかった。
私が食べたふりをして、奴隷の子に食べて貰えば良かったと思ったが、それがバレるとまた折檻を受けるのか……。
「はぁ……」
大きなため息を吐き出す。
座ろうとしても孔は完全に切れていて、動いただけで激痛が走る。
結局またベットに横たわり目を閉じた。
服を着なければ、体が冷えている。けれどドミナクス辺境伯に脱がされた時、どこに投げ捨てられたのか、私の視界には入らなかった。
可能な限り背中を丸め、自分を抱きしめる。
昨日からの長距離の移動に加え、ドミナクス辺境伯からの陵辱……ようやく一人になれると一気に疲労が押し寄せ、寒さを感じながらも眠ってしまった。
深い眠りで夢は見なかった。
目を閉じた世界は私を助けてもくれない代わりに、蔑むこともない。何もない世界だった。
どのくらい寝ていたか……人の気配を感じて薄ら目を開けるとシーツが掛け蹴られていた。目をこすりながら部屋を見ると、奴隷の子はどうやら私が起きるのを待っていたようだ。手には新しいシーツを持っている。
「シーツを交換してくれるの?」
こくりと頷く。
「ありがとうございます。でも、今動けなくて……困ったな」
もう少しの間だけでも横になっていたい。
それで机の上の食事を思い出した。
「あの、私……食欲がなくて。もしも今、ドミナクス辺境伯が不在なら、私が食べたことにして、食事を召し上がってください」
私の言葉に、奴隷の子の眸が揺れた。しかし朝に暴力を受けたばかりで躊躇っている。
「ドミナクス辺境伯が褒美だって言ってくれたのですが、食べないとまた怒られそうで……よければ、手伝ってもらえませんか?」
言い方を変えると、奴隷の子は頷いて、白パンをポタージュに浸して頬張った。今度は落ち着いてゆっくり食べている。
全て食べてくれて良かったのだが、奴隷の子は立ち上がり、白パンを持ってベッドまでくると、私に差し出した。
「私に?」
表情は変わらないが、頷いてくれた。
食べないと体力がもたないと言われているようだった。
「うん……食べるね」
白パンを受け取ると、小さく一口齧る。
水分が抜けて固くなった白パンは、良く噛まないとなかなか飲み込めない。
疲れては寝落ちて、疲れては寝落ちて……を繰り返し、四分の一程食べたところで、残りは奴隷の子に食べてもらった。
私がじっと見ているものだから、途中気まずそうに視線を逸らす。
でも私に対しての壁は感じなかった。
「握手してもらえませんか?」
力の入らない腕を伸ばす。
奴隷の子は躊躇いつつも私の手を握ってくれた。
「これから沢山迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いします」
奴隷の子は目を瞠ったが、小さく一度だけ頷いてくれた。
「私はエクラ。エクラ・ヴェイルハートです。あなたの名前は?」
首を横に振る。
「……名前、無いの?」
こくりと頷く。
「忘れてしまったの?」
首を横に振る。
どういう事なんだ。名前を忘れた訳ではないのに、名前そのものが無いと言っているようだ。
「もしかして、ドミナクス辺境伯に名前を奪われた……とか?」
こくりと頷ずいた。
奴隷に名前は要らない……。人として扱われないから……。
辺境伯の人間性は知るほど驚愕してしまうが、これだけはない気がした。
フィリオンが言っていた。『評判はいいが信憑性に欠ける』と。
評判が良いわけがない。領民の前で仮面でも被っているのか。例えそうだとして、それを何十年もの間、貫けるものなのか。
しかしフィリオンの言葉に違和感を覚えずにはいられなかった。
まだ何かある。
根拠のない確信を得る。
ドミナクス辺境伯は、まだ隠された何か重大な……真の顔を持っている気がした。
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