29 / 85
第二章
セリオの計画
しおりを挟む
私は瞠目としてセリオを見詰めた。
「逃げ……られるの?」
「賭けだけど。奴隷になってから……色々と調べてた。何年もかけて、逃げ出せる所はないか、タイミングはないか」
「それで、その方法が分かったの?」
「多分……」
声を顰めて話を聞く。
セリオは居城の一部を改築をする計画があると説明した。
その資金を今、臨時で課税したり、寄進を促したりして集めているのだと。
「これまでにも、逃げ出そうと計画を立てていた人は、何人もいた。その痕跡を見つけたんだ」
広大な敷地を誇るドミナクス辺境伯の居城において、奴隷はたくさんいるらしい。
貧困で税金が払えない家庭から奪われた子供や、オメガと診断された人がそのターゲットとなってきたと話す。
でもここでの暮らしに耐えきれず、城壁の片隅に時間をかけて穴を開け、脱出に成功した者もいるとかいないとか……。しかし実際、人が一人通り抜けできる最低限の穴は、何箇所か存在しているのだとセリオは言う。
「そのうちの二箇所、改築とは正反対に位置する場所にある」
「要するに、そっちには監視も手薄になると……」
「いつでも良いってわけじゃない。エクラ、よく思い出してみて。ドミナクス様や護衛、監視役が一気に出払う日は?」
「……月に一度の徴税の日……」
「そう、満月の翌日」
ドミナクス辺境伯は改築費用を稼ごうと躍起になっているから、領民が逃げないよう自ら会計士と走り回っているらしい。
こんな辺境伯爵が、本当に領民からの評判がいいのだろうか。
フィリオンは疑いながらも、確かにその評判を聞きつけていた。
私は居城から出たことがないから街の様子は知り得ないが、ドミナクス辺境伯の取り立ては相当厳しそうな印象を持つ。
それはここ最近だけに限ったことではないだろう。
でもならば、評判はどこから発生したのだ。あの辺境伯が自ら虚衣の噂を流すとも思えない。
「この領地における評判は自ら話すのを 禁止されている。正式に決められたことではなく、いつの間にか領民の間で広まっていた。でも、領民はいつも怯えているよ。上流家庭でも毎日にね」
やはりここで長年いるセリオは、辺境伯や街の実態をよく知っている。
しかも、逃げ出そうと一人虎視眈々と調べ尽くしていた。
城壁の穴を見つけるだけでも相当な苦労だったはずだ。
ここで朝食のパンが配給され、どこから湧いてきたのか奴隷が一成に群がった。
パンは全員分準備をしてくれてはいないらしい。
奴隷の子は素早く二人分奪うと牢屋のような部屋に戻ってきた。
黒パンはきっといつ食べても硬い。顎が疲れて途中で食べるのが嫌になるけど、セリオをみていると、それも慣れなのかと思う。
「セリオさ、なんで私を誘ったの? 一人で逃げられるじゃなか」
「……一人じゃ、出来ないから」
「なんで?」
「ドミナクス様の暴力が酷くなるほど、私は逃げたい欲が増していった。それだけが原動力だった。いつか逃げてやる。そう思って、仕事をしている振りをしては城内を嗅ぎ回った。
「本当は、エクラが来た翌日に逃げようかと思っていた。エクラを理由にやめたけど、きっとエクラが来なくとも実行には移せなかったと思う。行動する勇気が持てなかったと思う。でも今なら、本当に出来そうな気がするんだ、二人なら……」
セリオがこちらを見た。その眸からは自信を感じる。
「昔、ある人が私に言ってくれたんだ。自分で自分を諦めちゃいけないって。自分の欲のまま動いていいんだって。絶対に、二人で逃げだそう」
「ん……」
残りのパンを食べ切った。
他の奴隷に紛れて仕事に取り掛かる。けれどセリオと抜け出しては逃亡のシュミレーションを重ねた。
セリオはとても良く喋る子に変貌を遂げ、私は良く動く子に変貌を遂げた。
セリオは他の奴隷の噂話を聞きつけたり、街へ出た時に情報を集めて回ったりして着々と逃亡に向けての計画を固めていく。
「あと満月が二周した時が勝負だ、エクラ。森が開放される」
私が奴隷になって満月は早一周半回っている。
「あと、二周……」計画は実行される。心がざわつく。
上手くいけば、ここを出られるんだと思うと、気持ちが落ち着かなかった。
ドミナクス辺境伯も、順調に改築に向けての資金集めが進んでいるようだった。
木材の調達のため、普段閉鎖されているエルだの森が開放されるとセリオが情報を仕入れてきた。
そこは今回使おうとしている城壁の穴からも丁度いい方角にあるらしい。
「エルダの森を抜ければ、隣の領地に入れるはずだ」
「そこまでいけば……」
「ドミナクス様がたかが奴隷をそこまで追いかけてくるとは思えない」
「私もそう思う」
「さぁ、エクラ。しっかり動いて体力をつけて。森だけでも凄く広いんだから」
私たちは常に励まし合って過ごしていた。
毎日の労働は辛かったけれど、二人一緒にいられたから心強かった。
ドミナクス辺境伯の部屋に閉じ込められている時よりも、今の方が余程生きていると感じる。
伯爵家には相当迷惑をかけただろう。
父は私に辟易とし、見限ったに違いない。
でも、それでいい。私も、もう自分が伯爵家の人間だとは思っていない。
爵位は捨てた。私はただの平民……いや、それ以下で構わない。
いろんな事が吹っ切れると、体が軽くなったように感じた。
そうして二度目の満月の夜。
「明日、いよいよだね」
二人で体を寄せ合って夜を過ごす。
「ねぇ、これ。見つけたんだ。エクラの大切なものでしょう?」
セリオから手渡されたのは、エルネスト王子殿下から頂いた、木彫りの鳥の人形だった。
「いつ、見つけたの?」
「本当は君が眠っている間に、見つけてた。渡すタイミングを失ってて。今になっちゃった」
手にすっぽりと収まる鳥の人形は、ドミナクス辺境伯が窓から投げ捨てたのだった。
丁度、外に出ていたセリオが、私の部屋の辺りから何かの塊が投げ捨てられたのを見た。きっと私のものを捨てたのだと思い、それらしいものを探してくれていたらしい。
「ありがとう、セリオ。これは私のお守りなんだ」
「木彫りの人形はそうだよね。平民の間で人気がある」
「大切な人から頂いたんだ。もう、会えないけれど」
「そうなんだ」
それ以上は語らず、胸に抱きしめて眠りについた。
流石にエルネスト王子殿下の匂いは消えてしまっていたけれど、温もりは変わらない。
明日の逃亡への勇気が湧いてくる。上手くいきそうな予感がする。
翌日は逃亡に相応しい快晴だった。
「いいかい、エクラ。この穴を潜ってずっと北へ向かうとルオーン草原に出る。草原とは言ってもそんなに広くないから、すぐに抜けられる。その奥がエルダの森。とにかくそこに入ってしまば、いくらでも身を隠せるから」
「待って、セリオは一緒に行かないの?」
「二人で行動するのはリスクが上がる。時間差で、追いかけていく。でも立ち止まらないで。とにかく逃げることだけを考えて」
「……分かった。いつか、未来で会おうね。セリオ」
「ん、絶対」
抱きしめ合って再会の約束を交わす。
「じゃあ、行って。エクラ」
「うん、行くね」
手にはリネンの袋にインク瓶と鳥の人形が入っている。朝食のパンも半分残して一緒に入れた。
大丈夫———言い聞かせ、私は城壁を潜り、走り出す。
「逃げ……られるの?」
「賭けだけど。奴隷になってから……色々と調べてた。何年もかけて、逃げ出せる所はないか、タイミングはないか」
「それで、その方法が分かったの?」
「多分……」
声を顰めて話を聞く。
セリオは居城の一部を改築をする計画があると説明した。
その資金を今、臨時で課税したり、寄進を促したりして集めているのだと。
「これまでにも、逃げ出そうと計画を立てていた人は、何人もいた。その痕跡を見つけたんだ」
広大な敷地を誇るドミナクス辺境伯の居城において、奴隷はたくさんいるらしい。
貧困で税金が払えない家庭から奪われた子供や、オメガと診断された人がそのターゲットとなってきたと話す。
でもここでの暮らしに耐えきれず、城壁の片隅に時間をかけて穴を開け、脱出に成功した者もいるとかいないとか……。しかし実際、人が一人通り抜けできる最低限の穴は、何箇所か存在しているのだとセリオは言う。
「そのうちの二箇所、改築とは正反対に位置する場所にある」
「要するに、そっちには監視も手薄になると……」
「いつでも良いってわけじゃない。エクラ、よく思い出してみて。ドミナクス様や護衛、監視役が一気に出払う日は?」
「……月に一度の徴税の日……」
「そう、満月の翌日」
ドミナクス辺境伯は改築費用を稼ごうと躍起になっているから、領民が逃げないよう自ら会計士と走り回っているらしい。
こんな辺境伯爵が、本当に領民からの評判がいいのだろうか。
フィリオンは疑いながらも、確かにその評判を聞きつけていた。
私は居城から出たことがないから街の様子は知り得ないが、ドミナクス辺境伯の取り立ては相当厳しそうな印象を持つ。
それはここ最近だけに限ったことではないだろう。
でもならば、評判はどこから発生したのだ。あの辺境伯が自ら虚衣の噂を流すとも思えない。
「この領地における評判は自ら話すのを 禁止されている。正式に決められたことではなく、いつの間にか領民の間で広まっていた。でも、領民はいつも怯えているよ。上流家庭でも毎日にね」
やはりここで長年いるセリオは、辺境伯や街の実態をよく知っている。
しかも、逃げ出そうと一人虎視眈々と調べ尽くしていた。
城壁の穴を見つけるだけでも相当な苦労だったはずだ。
ここで朝食のパンが配給され、どこから湧いてきたのか奴隷が一成に群がった。
パンは全員分準備をしてくれてはいないらしい。
奴隷の子は素早く二人分奪うと牢屋のような部屋に戻ってきた。
黒パンはきっといつ食べても硬い。顎が疲れて途中で食べるのが嫌になるけど、セリオをみていると、それも慣れなのかと思う。
「セリオさ、なんで私を誘ったの? 一人で逃げられるじゃなか」
「……一人じゃ、出来ないから」
「なんで?」
「ドミナクス様の暴力が酷くなるほど、私は逃げたい欲が増していった。それだけが原動力だった。いつか逃げてやる。そう思って、仕事をしている振りをしては城内を嗅ぎ回った。
「本当は、エクラが来た翌日に逃げようかと思っていた。エクラを理由にやめたけど、きっとエクラが来なくとも実行には移せなかったと思う。行動する勇気が持てなかったと思う。でも今なら、本当に出来そうな気がするんだ、二人なら……」
セリオがこちらを見た。その眸からは自信を感じる。
「昔、ある人が私に言ってくれたんだ。自分で自分を諦めちゃいけないって。自分の欲のまま動いていいんだって。絶対に、二人で逃げだそう」
「ん……」
残りのパンを食べ切った。
他の奴隷に紛れて仕事に取り掛かる。けれどセリオと抜け出しては逃亡のシュミレーションを重ねた。
セリオはとても良く喋る子に変貌を遂げ、私は良く動く子に変貌を遂げた。
セリオは他の奴隷の噂話を聞きつけたり、街へ出た時に情報を集めて回ったりして着々と逃亡に向けての計画を固めていく。
「あと満月が二周した時が勝負だ、エクラ。森が開放される」
私が奴隷になって満月は早一周半回っている。
「あと、二周……」計画は実行される。心がざわつく。
上手くいけば、ここを出られるんだと思うと、気持ちが落ち着かなかった。
ドミナクス辺境伯も、順調に改築に向けての資金集めが進んでいるようだった。
木材の調達のため、普段閉鎖されているエルだの森が開放されるとセリオが情報を仕入れてきた。
そこは今回使おうとしている城壁の穴からも丁度いい方角にあるらしい。
「エルダの森を抜ければ、隣の領地に入れるはずだ」
「そこまでいけば……」
「ドミナクス様がたかが奴隷をそこまで追いかけてくるとは思えない」
「私もそう思う」
「さぁ、エクラ。しっかり動いて体力をつけて。森だけでも凄く広いんだから」
私たちは常に励まし合って過ごしていた。
毎日の労働は辛かったけれど、二人一緒にいられたから心強かった。
ドミナクス辺境伯の部屋に閉じ込められている時よりも、今の方が余程生きていると感じる。
伯爵家には相当迷惑をかけただろう。
父は私に辟易とし、見限ったに違いない。
でも、それでいい。私も、もう自分が伯爵家の人間だとは思っていない。
爵位は捨てた。私はただの平民……いや、それ以下で構わない。
いろんな事が吹っ切れると、体が軽くなったように感じた。
そうして二度目の満月の夜。
「明日、いよいよだね」
二人で体を寄せ合って夜を過ごす。
「ねぇ、これ。見つけたんだ。エクラの大切なものでしょう?」
セリオから手渡されたのは、エルネスト王子殿下から頂いた、木彫りの鳥の人形だった。
「いつ、見つけたの?」
「本当は君が眠っている間に、見つけてた。渡すタイミングを失ってて。今になっちゃった」
手にすっぽりと収まる鳥の人形は、ドミナクス辺境伯が窓から投げ捨てたのだった。
丁度、外に出ていたセリオが、私の部屋の辺りから何かの塊が投げ捨てられたのを見た。きっと私のものを捨てたのだと思い、それらしいものを探してくれていたらしい。
「ありがとう、セリオ。これは私のお守りなんだ」
「木彫りの人形はそうだよね。平民の間で人気がある」
「大切な人から頂いたんだ。もう、会えないけれど」
「そうなんだ」
それ以上は語らず、胸に抱きしめて眠りについた。
流石にエルネスト王子殿下の匂いは消えてしまっていたけれど、温もりは変わらない。
明日の逃亡への勇気が湧いてくる。上手くいきそうな予感がする。
翌日は逃亡に相応しい快晴だった。
「いいかい、エクラ。この穴を潜ってずっと北へ向かうとルオーン草原に出る。草原とは言ってもそんなに広くないから、すぐに抜けられる。その奥がエルダの森。とにかくそこに入ってしまば、いくらでも身を隠せるから」
「待って、セリオは一緒に行かないの?」
「二人で行動するのはリスクが上がる。時間差で、追いかけていく。でも立ち止まらないで。とにかく逃げることだけを考えて」
「……分かった。いつか、未来で会おうね。セリオ」
「ん、絶対」
抱きしめ合って再会の約束を交わす。
「じゃあ、行って。エクラ」
「うん、行くね」
手にはリネンの袋にインク瓶と鳥の人形が入っている。朝食のパンも半分残して一緒に入れた。
大丈夫———言い聞かせ、私は城壁を潜り、走り出す。
247
あなたにおすすめの小説
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの二人は、スキルを得た事で魔王討伐に旅立つ勇者と彼の帰還を待つだけのただの親友となる。
勇者と親友の無自覚両片想いのじれったい恋愛の物語。
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない
こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる