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第三章
エクラの居場所は。
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次にエルネスト王子殿下が店を訪れるまでの間は、ひと時も落ち着けなかった。
「エクラ、手紙はあれで気に入ってもらえるだろうから安心しろ」
「調子に乗りすぎてないかと、不安で……時間もあるし、書き直した方がいいのでは……」
エルネスト王子殿下の話を思い出し、自分なりに一生懸命書いたが、一晩寝かせて読んでみると、自意識過剰な気がして仕方がない。
もしも王子殿下との温度差があれば、恥ずかしいなんてものじゃない。
手紙はすでにクロマが預かっている。
返してもらえなければ処分もしてくれない。
「こういうのは熱量が大切だからな。冷静になってから書いたんじゃ、ここまでの想いは伝わらない。これで良いんじゃない。これが良いんだ」
「はい……」
大人しく引き下がったが時間が経つほどに自信がなくなっていく。
そんな私を見てクロマが呆れている。
エルネスト王子殿下も、まさか私本人に代書を頼んでいるとは思ってもいないだろうし、本当に自分の気持ちを代弁してくれているかは半信半疑……と言ったところだろう。
いつになく落ち着きがない私を見てチップは「腹でも痛いのか?」なんて聞いてくるし、冷静になろうと努力しようにも、どうにも無理だった。
そうして七日後、やはり朝から体調が悪かった。意識し過ぎているだけかもしれないと思っていたが、エルネスト王子殿下はその日の午後に店を訪れた。
「前ほどの症状じゃない。良かった、これなら陰で話が聞けそうだ」
寝起きに飲む抑制剤を普段の倍飲んでおいたのが功を奏した。
エルネスト王子殿下は当たり前に『王子』として現れた。
顔が見える場所には隠れられる棚も何もないので、私はいつも通りカーテンを隔てて聞くしかなかった。
クロマとエルネスト王子殿下は以前よりもラフな雰囲気で話をしている。
「ご依頼の手紙がこちらになります。どうぞ、お確かめください」
「ありがとう。期限内に仕上げてくれるとはさすが評判の代書屋だ」
「信頼が一番ですから」
紙を開く音がして、しばらく店が静まり返った。
今、私が書いた手紙を読んでいると想うと息が詰まってしまう。
ここで働き始めてから色んな人の代書を引き受けてきたが、今回ほど緊張することはなかった。
評判は口コミで広がり、特に若い男性からの恋のメッセージは一番依頼が多いくらいだ。
みんなの気持ちに寄り添いたいと懸命に向き合ってきたが、自分が当事者となると今までは所詮他人事だったのかもしれないと思ってしまう。
居ても立ってもいられなくて、ここから逃げ出したいが、反応がどうしても気になって立ち去れない。
テーブルに手紙をそっとおいたエルネスト王子殿下はクロマと握手を交わした。
「ありがとう。素晴らしい手紙だ。まさしく、俺が伝えたい全てが詰まっている」
「何か、書き足して欲しい内容はございませんか?」
「ひとつもない。あれだけの話で、ここまで気持ちを理解してもらえたなんて感激だ」
エルネスト王子殿下は、手紙の一番下に自分のサインを書き込んだ。
「宛先は、分からないままでしょうか」
クロマが心配して訪ねる。
「それなのだが……。この代書役の彼……」
「え……」
クロマが手に汗を握り、エルネスト王子殿下を見詰める。もしかして、エルネスト王子殿下はここにエクラがいると知っていたのか、それとも気付いたのか……。それならば、どのタイミングで呼べば良いのか、頭をフル回転させたに違いない。
「この代書役がもしかして、エクラと交流があるんじゃないかと、手紙を読んで思ったのだ。何か、聞いていないだろうか」
「うちの、代書役が……でしょうか?」
「あぁ、ここに記されている内容で、俺とエクラしか知らない情報が記されているのだ。この世で、俺を『エノ様』と呼ぶのはエクラしかいない。なのに、それを知っているということは、エクラと面識があり、もしかして居場所を知っているのではないかと」
「はぁ……」
「なので、これは代書役に預けたい。知っていたら渡して欲しいと。そうしてまた七日後に、ここに寄らせてもらう。その時までにエクラから返事をもらっておいて欲しいのだ。頼めるか?」
「代書役に確認して、可能な限りお応えいたします」
「あぁ、期待している。これはお礼だ」
エルネストは焼き菓子の箱をクロマに手渡した。
「エクラが好きな菓子なのだ。代書役と一緒に食べてくれ」
「ありがたく頂戴致します」
エルネスト王子殿下はあまり長居する余裕がないと言って立ち上がった。
「お忙しいのですね。また、地方を回られるのですか」
見送りながらクロマが声をかける。
「あぁ、今は落ち着く暇もないほど慌ただしいが、落ち着けばゆっくりと本も選ばせてもらおう」
「是非、ご贔屓に」
二階から馬車を見送った。
「エクラ、入るぞ」
クロマが入室するなり私を見て声を上げた。
「ど、どうしたんだ?」
「緊張が解けると同時に腰が抜けてしまいました」
「初めての仕事よりも疲弊してるじゃないか。アッシュヴェイル第三度王子殿下がエクラの好きな菓子をくださっている。気持ちが落ち着いたら食べよう」
クロマが私を抱き上げ、ベッドに寝かせてくれた。
「喜んでくれていたぞ。あのまま渡して良かったじゃないか」
「はい……」
「それで、これ」
エルネスト王子殿下のサインが添えられた手紙を手渡された。
「エクラ本人から返事をもらってくれだと」
クロマはそれだけ言うと、「少し休め」と言って部屋から出ていった。
手紙を鼻先につけるとほんのりと百合の香りがする。
返事は直ぐにでも書きたい。今度は二枚じゃ収らない気がする。しっかりと伝えたい優先順位をつけるところから始めなければならない。
また落ち着かない七日間を過ごすことになりそうだ。
「エクラ、手紙はあれで気に入ってもらえるだろうから安心しろ」
「調子に乗りすぎてないかと、不安で……時間もあるし、書き直した方がいいのでは……」
エルネスト王子殿下の話を思い出し、自分なりに一生懸命書いたが、一晩寝かせて読んでみると、自意識過剰な気がして仕方がない。
もしも王子殿下との温度差があれば、恥ずかしいなんてものじゃない。
手紙はすでにクロマが預かっている。
返してもらえなければ処分もしてくれない。
「こういうのは熱量が大切だからな。冷静になってから書いたんじゃ、ここまでの想いは伝わらない。これで良いんじゃない。これが良いんだ」
「はい……」
大人しく引き下がったが時間が経つほどに自信がなくなっていく。
そんな私を見てクロマが呆れている。
エルネスト王子殿下も、まさか私本人に代書を頼んでいるとは思ってもいないだろうし、本当に自分の気持ちを代弁してくれているかは半信半疑……と言ったところだろう。
いつになく落ち着きがない私を見てチップは「腹でも痛いのか?」なんて聞いてくるし、冷静になろうと努力しようにも、どうにも無理だった。
そうして七日後、やはり朝から体調が悪かった。意識し過ぎているだけかもしれないと思っていたが、エルネスト王子殿下はその日の午後に店を訪れた。
「前ほどの症状じゃない。良かった、これなら陰で話が聞けそうだ」
寝起きに飲む抑制剤を普段の倍飲んでおいたのが功を奏した。
エルネスト王子殿下は当たり前に『王子』として現れた。
顔が見える場所には隠れられる棚も何もないので、私はいつも通りカーテンを隔てて聞くしかなかった。
クロマとエルネスト王子殿下は以前よりもラフな雰囲気で話をしている。
「ご依頼の手紙がこちらになります。どうぞ、お確かめください」
「ありがとう。期限内に仕上げてくれるとはさすが評判の代書屋だ」
「信頼が一番ですから」
紙を開く音がして、しばらく店が静まり返った。
今、私が書いた手紙を読んでいると想うと息が詰まってしまう。
ここで働き始めてから色んな人の代書を引き受けてきたが、今回ほど緊張することはなかった。
評判は口コミで広がり、特に若い男性からの恋のメッセージは一番依頼が多いくらいだ。
みんなの気持ちに寄り添いたいと懸命に向き合ってきたが、自分が当事者となると今までは所詮他人事だったのかもしれないと思ってしまう。
居ても立ってもいられなくて、ここから逃げ出したいが、反応がどうしても気になって立ち去れない。
テーブルに手紙をそっとおいたエルネスト王子殿下はクロマと握手を交わした。
「ありがとう。素晴らしい手紙だ。まさしく、俺が伝えたい全てが詰まっている」
「何か、書き足して欲しい内容はございませんか?」
「ひとつもない。あれだけの話で、ここまで気持ちを理解してもらえたなんて感激だ」
エルネスト王子殿下は、手紙の一番下に自分のサインを書き込んだ。
「宛先は、分からないままでしょうか」
クロマが心配して訪ねる。
「それなのだが……。この代書役の彼……」
「え……」
クロマが手に汗を握り、エルネスト王子殿下を見詰める。もしかして、エルネスト王子殿下はここにエクラがいると知っていたのか、それとも気付いたのか……。それならば、どのタイミングで呼べば良いのか、頭をフル回転させたに違いない。
「この代書役がもしかして、エクラと交流があるんじゃないかと、手紙を読んで思ったのだ。何か、聞いていないだろうか」
「うちの、代書役が……でしょうか?」
「あぁ、ここに記されている内容で、俺とエクラしか知らない情報が記されているのだ。この世で、俺を『エノ様』と呼ぶのはエクラしかいない。なのに、それを知っているということは、エクラと面識があり、もしかして居場所を知っているのではないかと」
「はぁ……」
「なので、これは代書役に預けたい。知っていたら渡して欲しいと。そうしてまた七日後に、ここに寄らせてもらう。その時までにエクラから返事をもらっておいて欲しいのだ。頼めるか?」
「代書役に確認して、可能な限りお応えいたします」
「あぁ、期待している。これはお礼だ」
エルネストは焼き菓子の箱をクロマに手渡した。
「エクラが好きな菓子なのだ。代書役と一緒に食べてくれ」
「ありがたく頂戴致します」
エルネスト王子殿下はあまり長居する余裕がないと言って立ち上がった。
「お忙しいのですね。また、地方を回られるのですか」
見送りながらクロマが声をかける。
「あぁ、今は落ち着く暇もないほど慌ただしいが、落ち着けばゆっくりと本も選ばせてもらおう」
「是非、ご贔屓に」
二階から馬車を見送った。
「エクラ、入るぞ」
クロマが入室するなり私を見て声を上げた。
「ど、どうしたんだ?」
「緊張が解けると同時に腰が抜けてしまいました」
「初めての仕事よりも疲弊してるじゃないか。アッシュヴェイル第三度王子殿下がエクラの好きな菓子をくださっている。気持ちが落ち着いたら食べよう」
クロマが私を抱き上げ、ベッドに寝かせてくれた。
「喜んでくれていたぞ。あのまま渡して良かったじゃないか」
「はい……」
「それで、これ」
エルネスト王子殿下のサインが添えられた手紙を手渡された。
「エクラ本人から返事をもらってくれだと」
クロマはそれだけ言うと、「少し休め」と言って部屋から出ていった。
手紙を鼻先につけるとほんのりと百合の香りがする。
返事は直ぐにでも書きたい。今度は二枚じゃ収らない気がする。しっかりと伝えたい優先順位をつけるところから始めなければならない。
また落ち着かない七日間を過ごすことになりそうだ。
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