僕らは青くて儚い世界で恋をする──【青春BL短編集】

亜沙美多郎

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いじめっ子を見返すために整形までした僕が本当に言いたかったこと。

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「お前、また太ったんじゃね? まんまるの麻留まるだな!!」
「……うっさい」
「は? なんだよ生意気な。お前なんて暑苦しくてデカくて邪魔なんだよ!! 退けよ!!」
 そう言って今日も志貴しきは僕を突き飛ばした。
「いたい」
「ははは! 尻餅ついてやんの。ダッセェ」
 志貴は友達と走り去る。途中、振り返った志貴と目が合うと、志貴はハッとしたような顔をして、また直ぐに前を向き帰って行った。

 僕はその姿を背後から睨みつけることしかできなかった。
 悔しくて、悲しくて……でも僕が太っているから虐められるんだ。痩せたら、もう虐められなくなるのかな。
 小学校の卒業間近、僕は密かに決意していることがある。
 卒業と同時にこの街を離れる。志貴たちとはもうすぐお別れだ。そうしたら絶対痩せて、いつの日か、あいつを見返してやるんだ。

 ばーか、ばーか、馬鹿な志貴。今に見てろ。お前なんかよりも絶対かっこよくなってやる。そして言ってやるんだ。お前なんか大嫌いだってな。



✦︎✧︎✧✦


 僕の中学・高校生時代は、ダイエットと共にあるようなものだった。過度なダイエットをしては失敗し、リバウンドを繰り返していた。それでも挫折しなかったのは、ずっと頭の中にあの日の志貴がいたから。
 僕の人生をめちゃくちゃにしたやつ。あいつへの執念だけで、僕は大学生になる頃には見る影もないほどに痩せていた。

 するとファッションにも興味を持ち始め、まさに大学デビューを成功……までは出来なかったけれど、なんとか人前に出るに恥ずかしくない程度にはなれた。

 僕は一つ大きな勘違いをしていたのだ。それは、痩せるだけでかっこよくなれると思い込んでいたと言うこと。しかし実際は違う。勿論、太っていた時よりも生活は順調だ。服だってどの店でも買えるようになったし、運動で痩せた分、前よりも太りにくくなった。
 ならば何がいけないのか……。そう、僕は自分の顔に納得がいかないのだ。

 毎日鏡を見ながら落ち込む。
「もっとこう……鼻があと少し高くて……目がもう少し大きくて……」
 僕の悩みは、痩せたいから整形してみたいに変わった。

 悩みに悩んだ末、僕は鼻を整形することに決めた。事前に情報を沢山集め、腕のいい先生を見つけた。
 そうして初めての施術。
 結果を言うと大成功だ。まさに理想の鼻になれたのだ。

 しかし、人間という生き物は実に欲深い。僕は鼻だけでは物足りなくなってしまい、その後も目や、人中、フェイスラインに至るまで、次々と整形を繰り返した。

 大学でそれを否定する人はおらず、むしろ『整形男子』として持て囃された。陰では悪く言う人もいただろうが、自信のついた僕は、もうそんなことを気にする性格ではなくなっている。
 見た目が変われば世界が変わる。
 辛かったダイエット時代にようやく幕が降りた時、僕はついにその時を迎える。

 志貴と再会したのだ。

 こっそりと志貴のSNSで受験する大学をリサーチしていた僕は、わざと同じ大学を選んだ。
 そして、同じキャンプサークルに入る。
 僕のことはきっと忘れているだろう。その上、両親の離婚で苗字も変わっているから、余計に気付かれないはずだ。そのほうが都合が良い。

 初めましてを装い近付く。志貴は俺と目が合うと爽やかに微笑み「こんにちは」と手を差し出す。
「初めまして……だよね?」
「はい。よろしくお願いします」
「こちらこそ。何回生? 名前は?」
「一回生です。名前は夏目です」
「夏目くんね。俺は宗方志貴むなかたしき。夏目くんと同じ一回生」
 簡単な自己紹介をしながら握手を交わす。この手に、何度突き飛ばされただろうか。
 思い出すだけで、虫唾が走る。

 僕が大学で話題の整形男子だと伝えると、志貴は「君がそうか!!」と顔を寄せる。
「どこを整形したかなんて、わかんないね」
「もう、元の顔の面影もないですよ。宗方くんは、男で整形しても引かないんですね」
「引くどころか、興味津々だよ。みんな、どこかでは関心があるよね。きっと。それを自分が認めるか否か。実行に移せるなんて相当の勇気だ」
「宗方さんでも、整形したいと思ったりするんですか?」
「そりゃ、興味ないと言えば嘘になる。目をもっと切長にしたいなとか、その程度だけど」
「それは意外です」

 あの志貴でも整形に興味があるのには驚いた。
 幼稚園の頃から女子という女子にモテていた志貴。先生だってあからさまに志貴を贔屓していたのを、僕は忘れない。
 しかし志貴は小さい頃から整った顔立ちをしていた。父親と母親のいいところだけを詰め込んだような、綺麗な二重瞼に肉の付かない頬。細い筋の通った鼻梁と形の良い唇。他人を馬鹿にしても、神様にさえ許されるような容姿である。

 僕がサークルに入ったのをきっかけに、志貴とは急速に仲が良くなった。やったこともないキャンプのサークルに入ったにも関わらず、志貴はそれを咎めもしない。
「興味を持ったのが今ってだっただけだ。これから色々経験していけばいい」と、志貴は自分の写真を見せながら色々教えてくれた。

 まるで昔の意地悪さを感じない。
 なんだか肩透かしを喰らった気持ちになってしまう。

 志貴はサークル以外の場所でもよくつるむようになった。昼食もタイミングが合えば必ずと言っていいほど一緒に食べる。しまいにはプライベートでまで誘われるようになっていった。
 最早、親友と呼べるほどの仲になっている。全てが順調すぎる。これだと、いつあの時の「まんまるの麻留だ」と打ち明けても良いような状態だ。

 僕がそれを打ち明けたら、志貴はなんと言うだろうか。謝ったりするのか、それとも態度を豹変させるのか。
 考え込んでいると「どうした? 体調でも悪い?」と志貴が顔を覗き込む。
「いや、なんでもない。ちょっと考え事をしていただけ」
「なら良いけど。体調悪いなら直ぐに言えよ?」
「志貴は、優しいね。きっと子供の頃からモテたんだろうな」
 少し嫌味を込めて言ってしまった。折角、心配してくれたのにこんな言葉を投げるのはどうかとも思うが、整形しても顔が綺麗なら、優しくしてくれたんだと思うとやるせない気持ちになってしまったのだ。

 すると志貴は少し考え込むように一口コーヒーを口にし、「子供の頃さ」と静かに話始めた。
「かわいい奴がいたんだよ。まん丸で、なんかぷにぷにしてて、鈍臭くて、でも誰よりも美味しそうに給食を食べてた」
 志貴は実は人前でご飯を食べるのが苦手だったと話した。
 両親のテーブルマナーが厳しく食事の度に注意されていた。
「そんな食べ方じゃ、周りの人が嫌な思いをする」
「いくら容姿が良くても、食べ方の汚い人は嫌われる。食べ方に人柄が現れる」
 志貴はいつしか食べることが怖くなり、食事を楽しいと思えなくなっていた。

 なのにその人は人目も気にせず大きな口を開け、パンを頬張る。貪るように唐揚げを食べる。獣みたいだと最初は思っていたが、不思議と汚いとは思わなかった。むしろ綺麗な食べ方をしていた。志貴は自分もあんな風にご飯を食べてみたいと思ったそうだ。

「だけどさ、思春期の子供って素直にそれを言えないじゃん? 俺、その子のこと虐めちゃったんだよね。本当は一緒に給食食べたり、帰りに買い食いしたりしてみたかっただけなのにな」
 苦笑しながら話す。「その子」とは、明らかに僕のことだった。

 志貴は続ける。
「その子を突き飛ばしたりして、逃げながら振り返ると、俺が憎いって顔で見てたんだよね。自業自得なのに悲しくてさ。素直になれない自分が情けなくて……。反省した俺は中学生の頃から素直になれる努力はしてきたつもり。夏目が俺のことを褒めてくれるのは、そう言う経緯があったって話ね」
 
 まさか、志貴が僕を? 信じられない。でも、他人だと思っている僕にそれを話すってことは本音には違いない。
 志貴が何かを食べる姿を思い出せない。僕は目の前の食べ物にしか興味がなかった。学校で一番好きな時間だった。食べてる間は嫌なことも全て忘れられる。志貴はそんな僕を見ていたと言うのか。

「そ、それで今は?」
「今は全然平気になった。中学に上がってからはお弁当を持って塾で食べてたし、高校生になってからはバ先で食べたり友達と食べに行ったりで、両親と食事の時間を取る機会が減ったからかな。小学生の時ほどのプレッシャーを感じなくて良くなった」
「そっか。良かったね」
「うん、ありがとう。麻留」
「え?」

 突然名前を呼ばれ、固まってしまった。志貴には母の旧姓である『夏目』としか名前を教えていなかった。他の部員に聞いたのかもしれない。しかしいくら名前が同じだからって見た目がこれだけ違って、まさか本人だとは思っているまい。
 けれどもあからさまに動揺したのを志貴は見逃さなかった。

 カフェの窓際の席。正面からじっと僕を見据え「まんまるの麻留……だよね?」と尋ねた。
 直ぐに答えないのは「YES」と言ってるも同然。
「なんで……いつから気付いてたの?」
「自己紹介した日。フルネームで言わないの、変だなって思って名簿見た。麻留なんて名前、早々ないし、親が離婚して苗字が変わったってのは噂に聞いてたから。それに……」
「それに?」
「あの頃と食べ方が同じだもん」
 志貴はニッコリと微笑んだ。

「怒らないの?」
「何を?」
「だって、他人のふりして志貴に近づいたのに」
「そんな風に言うと、最初から俺がこの大学に入るって知ってて、追いかけたみたいに聞こえるんだけど」
「そっ、そうだって言ったら……どうする?」
 僕は嫌われる覚悟で、こっそりSNSをチェックしていたことを打ち明けた。しかし志貴は怒るどころか喜び出したのだ。

「声かけてよ!! もっと早く仲直りしたかった。謝りたいって、ずっと思ってた。卒業式の後、麻留のこと探してたのに見つけられなくて、言えないままになっちゃってた。ごめんなさい」
 志貴が椅子に座ったまま頭を下げる。僕は慌てて顔を上げてもらった。

「麻留だってさ、俺に何かしたくてこの大学に来たんじゃないの? それこそ、復讐とか」
「僕は……その……」
 言わなくちゃ。あの時から、大嫌いだったって。志貴を見返すために痩せて整形までした。全部、志貴のために……。

「僕は……僕は……志貴が……」
 手に汗を握る。言葉が上手く出てこない。嫌いだ。志貴なんてずっと大嫌いだった。なのにその一言が出ない。

 ずっと言いたかった言葉……それは……。

「君みたいになりたかった!!」
「———麻留?」
 志貴が呆然と僕を見る。
 僕も自分で言っておいてビックリしてしまった。それでも言葉にしたことでハッキリと自覚してしまったのだ。僕は志貴に憧れていたんだ。
 多くの友達に囲まれて、スマートでカッコよくて、運動神経もよくて。ずっとずっと志貴みたいな人に憧れていた。
 整形した顔だって、どこか志貴を意識している。

 なんだ、僕は……志貴が……。

「麻留……それって」
「分からない。自分でも分からないんだ。志貴を見返したくてダイエットして、整形もした。どんなに挫折しそうでも、志貴を思い出すと頑張れた。ずっと再会することだけを目標にしてきたから。でもこれって……こんな言葉になってしまうなんて……」
「ねぇ、麻留。ずっと俺のことだけを考えてくれてたの?」
「あ、いや、そういうつもりじゃ……」
「やばい。嬉しい」
「嬉しい!?」

 志貴がなんで喜ぶのか、理解できない。
 目の前に緩む口元を手で押さえ目を伏せている。
「志貴?」と呼ぶと、泣きそうな顔で笑った。
「ありがとう、俺のこと忘れないでいてくれて。その上、ずっと俺を思い出してくれてたなんて嬉しに決まってる。だって俺も麻留に会いたかった」

 テーブルに置いた手が震えている。
 その手に志貴の手が重なる。
 気付けば僕は泣いていた。こんなの、復讐じゃなくて告白じゃないか。

「会えて、良かった……」
 僕はこんな形で、自分の初恋を知ってしまったのだった。


———完———
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