僕らは青くて儚い世界で恋をする──【青春BL短編集】

亜沙美多郎

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淡い微熱とあの日の雨音【R-18】

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 たとえば、もしも両親が離婚していなくて、僕は一人っ子のままで、今でも家庭円満に過ごしていたら、寮には入らず伊勢谷との関係もただの生徒同士で終わったのかもしれない。

 たとえば、僕が父親に似ていたなら、新しい母から疎まれることもなく義妹が産まれたことも手放しで喜べたのかもしれない。

 たとえば、産みの母に引き取られていれば寂しい思いをすることもなく、平穏な生活を過ごしていたのかもしれない。

 たとえば……。
 伊勢谷への想いが膨れ上がるほど。そんな話を考えてしまう。
 この恋に勝算などなく、自分はただ性欲の捌け口でしかないことだって、頭の中では理解している。
 けれども必ずしも感情と理性が一致するとは限らない。
 理性が「駄目だ」とストップをかけても、感情はそれに反発するように伊勢谷を求める。

 たとえば、伊勢谷が本当は僕を好きだったら……。
 たとえば、赤い糸は本当に存在していて、僕と伊勢谷で繋がっているとすれば……。

 この腕で、体で、抱かれるたびに考えてしまう。
 空想の世界に現実など存在しないと、心までは抱かれないのだと、僕はちゃんと知っているのに……。


✦︎✧︎✧✦

 自宅から通っている高校まで、寮に入らなければいけないほど遠いわけではなかった。それでも両親共に双葉の入寮を反対することはなかった。むしろ表情に喜びを隠しきれていない。家族の中で双葉だけが邪魔だったのだ。なので、入学時に定員オーバーで家の近い生徒の数人が断られる運びとなり、その内の一人に双葉も当てはまったことに本人よりも両親が落胆していた。
 一人暮らしを提案しようかとも思ったが、生憎、高校周辺にちょうどいい物件もなく、気まずい一年間を送る羽目になってしまった。家でいる時はひたすら自室に篭り勉強に励んだ。休日は図書館やカフェで勉強。長期の休みは塾にも通いバイトもして近い将来のための資金を貯める。
 なるべく忙しくすることで気を紛らわせていた。新しい家族の声が聞こえないように。寮に入るまでの辛抱だと自分に言い聞かせて……。

 そうして念願の入寮が決まり、家を出ると、思い切り深く呼吸ができた。こんな清々しい気落ちになれるなんて、明るい未来しか待っていないとさえ思う。
 軽やかな足取りで意気揚々と寮の敷地へ踏み込むと、玄関ホールで小鳥遊楓たかなしかえでが双葉に大きく手を振っていた。
「双葉ーー!! こっちこっち!!」
「待っててくれたの? ありがとう」
「ってか、荷物それだけ?」
 大きめのキャリーバッグを一つだけ。実家に帰るつもりもない双葉は不要なものはなるべく処分し、必要最低限のものだけを持ってきた。着替えと、お気に入りの本を数冊。寝具に拘りはないから寮の支給品で十分だし、日用品は後で買いに行く。父親の勝手な都合で家族がバラバラになり、一応それなりの責任を感じているらしく、双葉にかかる必要なお金だけは惜しまず出してくれる。父親からしても、それで双葉が大人しくしてくれれば都合もいいのだろう。
「勉強関係は予め学校に置いてきたからね。徐々に寮に運べばいい。後で買い物付き合ってよ」
 もう家族のことは忘れようと、必要以上に明るく振る舞う。無理をしているのではなく、前を向こうという心構えだ。
「勿論。今日はサッカー部も休みだしさ。片付け手伝うって言おうと思ったけど、必要なさそうだな」
 一年生の頃から寮で生活している楓とは、親友と呼べるほど仲がいい。部屋は別々だが近いらしく、楓は一人部屋ということもあり、気兼ねなく通えそうだと喜んだ。
 寮母から鍵をもらうと、楓に案内してもらって部屋へと移動する。ここは殆どが個室だが、数部屋だけ二人部屋がある。双葉はその相部屋になったわけだが、そんなのは全く気にならなかった。実家ほど息の詰まる空間はないから……と、思っていたのだがここで前言撤回する。
 部屋のドアを開け、中から出てきたのはあろうことか双葉を毎朝揶揄ってくる、同級生の伊勢谷羽流いせやはるだったのだ。伊勢谷と双葉は正反対のタイプ。風紀委員で真面目な双葉と、一軍のリーダー的存在の伊勢谷は、毎朝服装チェックでバトルを繰り広げている。授業中も平気で寝るし、大勢でたむろしているし、とにかく自由な奴だ。そのくせ成績は別段悪くないものだから余計に癪だった。
「君と同室だなんて……」
 愕然としてため息を吐く。
「またそんな怖~い顔しちゃって、本当は嬉しいでしょ? 七瀬双葉くん」
「そんなわけないだろう!! 寮母さんに言って部屋を変えてもらう」
「それは無理だよ。今年の部屋割りはもう決定してるからさ。住めば都って言うし、きっと楽しい一年になるよ。荷物片付けるの手伝おうか?」
「結構だ!!」
 鋭い視線で睨みつける。身長差で見下ろされるのも双葉を不快にさせる一つの要因になっている。この、常に余裕綽綽な態度も、いちいち反抗する双葉を見てヘラヘラ笑っているのも、全てが双葉の感情を逆撫でる。
 すると伊勢谷は更に畳み掛けるように話しかけてきた。
「七瀬、知ってる? この寮ってさ、相部屋の二人はカップルになるって噂なんだぜ」
 完全に面白がっている。数部屋しかない相部屋に希望して入っている生徒がいると楓から聞いていた。概ね最初から恋仲だったんだろうと容易く察しがつく。それとも、双葉が伊勢谷と恋人になれると喜ぶとでも思ったのだろうか。
「それはまるで、君が僕と恋人になりたいって言っているみたいじゃないか」
 呆れて吐き捨てるように言うと、「俺はなってもいいよ」なんて言いながら背後から腹部に腕を回される。パーソナルスペースがバグっているのもいつものことで、この言葉にも意味はなく、双葉が動揺するほどでもない。どうせ誰にでも言っているセリフなのだ。言い慣れているのが伝わってくる。
「離してくれ。この後買い物に行かないといけないんだ」
「一緒に行くよ」
「僕は楓と行くから、君はデートでもしてくればいいんじゃないか?」
「そうだ、約束があったんだった。じゃあ、また夜にね」
 ひらひらと手を振りながら部屋から出て行った。やはり揶揄われている。双葉も早く出かけようとさっさと片付けを済ませ、楓と共に寮を出た。
「羽流らしいじゃん」と楓は笑う。
「あんな奴と毎日一緒だなんて、疲れてちっとも気が休まらないよ」
「案外いい奴だけどな。羽流って」
「どこが!?」
 苦虫を噛み潰したような顔をしてしまった。しかし本当にそうである。楓や他の生徒にちょっかいを出している印象はないのだが、双葉にだけはやたら絡んでくる。それはきっと双葉の反応を楽しんでいるからだとは思うが、双葉が望んでいるのは凪いたように平穏な生活なのだ。
 楽しみにしていた寮生活だったが、不安だらけの幕開けとなってしまった。

✦︎✧︎✧✦

「先に登校するからな。今日はこそは服装を正してくるんだぞ」
「了解~」
 朝、先に部屋をでる双葉が伊勢谷に声をかけると軽い返事が返ってくる。これは今日も期待できそうにない。そもそも髪色が明る過ぎるので、その時点で既にアウトなのだ。それ以前に双葉の言葉がちゃんと耳に届いているかも不明だ。
 案の定、校門前での伊勢谷とのバトルはこの日も繰り広げられた。
「伊勢谷羽流、四月はまだネクタイの着用が必要だ。寮に帰って取ってこい」
「七瀬、おはよ。今日はさ、俺、腹痛で……もう学校来られないかもしれんって思ってたんだけど、こうして頑張って来ただけでも褒めてよ。あーぁ、朝の時点で七瀬が体調不良に気付いてくれなくて寂しかったな」
「そうか、朝食のプリンを三個食べたのがいけなかったのかもしれないな。これからは自分の内臓のキャパくらい把握するように。ではネクタイを……って、いない……」
 伊勢谷は双葉の話を聞かず、既に友達に捕まって校舎へと向かっている。
「伊勢谷ぁーー!!」
 双葉の怒鳴り声が朝の校庭に響く。
「またやってる。飽きないねぇ」
 通りすがりの生徒にまで嘲笑され、双葉はグッと拳を握りしめた。これがすっかり名物となっている伊勢谷vs双葉の朝のバトルだ。

 しかし寮生活は身構えていたようにはならなかった。伊勢谷も最初こそ双葉に執拗に絡んできたが、直ぐに飽きたらしく一ヶ月も経つ頃には落ち着いた生活が送れている。少し肩透かしを喰らった気持ちになるが、おかげで勉強にも集中できた。
「いつもそんな量こなしてんの? 流石、次期生徒会長は違うね」と、双葉の勉強を覗いた伊勢谷が話しかけてきたことがあったが、邪魔をしようとしたわけではなかった。普通に喋れるんじゃないかと内心思ったが、双葉もわざわざ悪態をつく必要もなければ喧嘩を売ることもない。
「そんなのはただの噂だ。現に生徒会長と話す機会はあっても、任命するともしないもと言われたことはない」
「俺から推薦しておこうか?」
「……僕に関与しないでくれ」
 やはり前言撤回である。別に生徒会長を志願しているわけではない。とりわけ成績だけで騒がれているのだろうと双葉自身は推測している。生徒の噂話を気にし始めたらキリがない。
 それに出来る限り目立ちたくないと言うのが双葉の希望するところでもある。朝の風紀委員での伊勢谷とのやりとりが学校の風物詩になってしまったのは、紛れもなくこの男の所為なのだ。
「君は勉強しないのか?」
 ふと思って訊いてみた。この部屋で伊勢谷が勉強しているのを双葉は見たことはないがしかし、八十人ほどいる学年で、上位二十位まで張り出されるテスト発表に必ずと言っていいほど伊勢谷の名前が確認できる。一体いつどんな勉強法を持ってすればそれが実現できるのだろうか。
「君じゃなくて羽流って呼んでよ。同室の仲だろう? 俺もそろそろ双葉って呼んでいい?」
「ダメだ」
 話を逸らされてしまい、苛立った。伊勢谷の申し出をピシャリと拒止すると、再び自分の世界に没頭する。伊勢谷は特に気にするでもなく、隣に座り、双葉が借した小説を開いた。部屋にいるときは大抵双葉は勉強をしていて、その間伊勢谷は隣に座る。何をするわけでもなく、会話がなくても人肌が恋しいのか一定以上の距離を離すことはない。入浴と食事以外は大体こんな感じで過ごすことが多かった。最初はすぐ側にいる伊勢谷が気になっていた双葉も、慣れてくるとなんとも思わなくなってなってきた。と言うよりも、話さなくても気にしなくていい空気感を、むしろ心地よく感じる。
 楓が案外良い奴と話していたが、双葉もそう思うようになっていた。



 しかし双葉は油断していた。決して見せたくはない弱みを、伊勢谷に晒しまう羽目になったのだ。
 ある雨の夜、一人で勉強していた双葉は強まる雨足に不安を抱いていた。放課後、どうしても返却しなければいけない本があり図書館へ行ったあと、足早に寮に帰ってきた。部屋に入ったとほぼ同時に雨は豪雨へとそのレベルを上げる。
「良かった、セーフだ」
 しかし伊勢谷はまだ帰ってきていない。電気を点けてもなんとなく薄暗い部屋で、余計に気持ちが滅入る。不安が募り、悔しいが伊勢谷に早く帰ってきて欲しいと思ってしまう。
「いつもは部屋でダラダラしてるのに、なんで今日に限っていないんだよ」
 八つ当たりのような愚痴を吐く。というのも双葉は雷がトラウマだった。こんな日に限って伊勢谷は夜になっても帰ってこない。いや、もしかすると豪雨で帰ってこられないのかもしれない。
 ついに鳴り始めた雷。光っただけでも怖く、大きな雷の音には思わず悲鳴を上げるほどであった。
 楓の部屋に逃げ込めば良かったのだが、双葉の足は竦んで動けなかった。仕方なく布団に潜り込む。夕食も食べず、ただ雷に怯えながらひたす雷が止むのを待つ。今が何時なのかも分からなかった。
(早く、早く終わってくれ……)
 繰り返し願うことしか出来ない。思考回路は停止し、意識を逸らそうとしても雷にしか集中できなくなる。子供の頃からそうだった。一人で過ごす家に逃げ場はなく、どれだけ父を呼んでも仕事から帰ってくることはない。普段は一人で過ごせる双葉も、こんな雷の時だけは誰かに側にいてほしい。
 伊勢谷にこんな姿を見られると、きっとバカにされるだろうと思っていた矢先、部屋に帰ってきてしまう。
「すげー雨! 友達の家でいたら帰れなくなってさ、ご飯食べたりして様子見てたけど、雷鳴るし、でも外泊届も出してないしで根性で帰ってきたわ……って、七瀬?」
 いつもなら勉強している双葉が布団の中で丸まっているのを確認すると、伊勢谷は状況を察したらしく「待ってて、急いでシャワーするから」と言って部屋にあるシャワールームに飛び込んだ。髪を乾かすのもそこそこに、ものの五分ほどで双葉の元へと帰ってくる。
「雷、苦手だったんだ」
 伊勢谷はそう言うと、いきなり双葉の布団に入ってきて、ふわりと抱きしめた。
「ごめんな、こんな日にいてやれなくて。鳴り止むまでこうしてるから」
 毎日顔を合わせていても、体を密着させたのは初めてだ。見た目よりも逞しい体に安心感を覚える双葉。
 何か喋りたいが、喉が詰まって声も出ない。小刻みに震えて伊勢谷にしがみつく。子供の頃も、こんな風に抱きしめて欲しかったと思うと、自然と涙が出た。伊勢谷は笑うこともなく、泣いていることを揶揄ったりせず本気で双葉を心配してくれている。
 シャワーを浴びたばかりの伊勢谷の腕の中は暖かくて心地いい。
 とはいえ雷は益々酷くなる一方で、轟音と共に停電してしまった。「ひっ」と縮こまる双葉。そんな双葉に伊勢谷はあろうことか唇を塞いできたのだ。
「んっ……!?」
「双葉、雷の音じゃなくて、俺に集中してて」
 激しい雷とは正反対の、ゆったりと柔らかい口付けが施される。あまりにも唐突で、しかも男同士なのに全く嫌じゃなかった。僅かな衝撃の後からは、徐々に過緊張が解れていくのを感じる。少しずつ角度を変え、吸い付いては離れ、また唇を覆う。双葉の髪に絡める指がやがて耳朶をくすぐり首筋を這う。
 続けられるキスから逃げようとは思わなかった。初めてのその行為はあまりにも双葉を落ち着かせ、この上なく気持ち良かった。
 合間に呼ばれる名前も、頭を支える大きな掌も、伊勢谷の全てが双葉から恐怖心を奪い去っていく。
 もっとキスをして欲しい。ずっと囁きが聞こえる距離にいて欲しい。暗闇でお互いの顔は見えないが、きっと双葉を慈しむ眸で見ているだろう。少なくとも今の双葉は伊勢谷に対してそういう視線を送っている。同じだと嬉しい。
 雷が鳴り止むまで続けられたキスで、双葉の股間は無意識に隆起してしまっていた。それが伊勢谷の下腹部に当たっていたようだ。「勃ってるね」と言われて初めて自分が欲情していると自覚した。
「これは……ただの、生理現象だから……」
 誤魔化す言葉も思い浮かばず、変に言い訳がましくなってしまう。
 伊勢谷は「今夜は全部俺に任せて」と言ったかと思えばパジャマのウエストから手を突っ込み、いきなり屹立を扱き始めた。
「ちょっ、何して!! ひゃっ……ん……」
「先、もう濡れてる。俺とのキス、気持ち良かった?」
 違うと反論したかったが、そこで再び雷の音が轟き伊勢谷の懐に顔を埋める。
「大丈夫」と繰り返し伊勢谷が囁くと、本当に大丈夫なように思えてくるから不思議なのだ。
 下着の中で巧みに蠢く手。全身に甘い痺れが奔流し、抵抗すら出来なかった。
「俺のも触って」と言われ、嫌だと言い終わらないうちに双葉の手を伊勢谷の男根に触れさせる。
「あ……」
 伊勢谷のそれも固く芯を通し、反り返っている。
「双葉とのキス、気持ちいいね」と言うと、また唇が重ねられた。こんなにもモテる奴が、双葉に反応している。
 初めて触る他人のそれは、自分のものより太くて大きい。その違いに双葉はドキリとした。やはり嫌だとは思わなかった自分にも、驚いている。
「抜きあいっこしようか」
 暗闇の中、伊勢谷の乱れた吐息がかかる。相手の興奮が伝わってくると双葉も徐々に欲情していく。それに、こうしていると怖いはずの停電がむしろ有難く思える。赤く染まった顔を見られるのは恥ずかしかった。
「いせや……出そう……」
「ん、俺も。一緒にイケるかな」
 伊勢谷が二本の屹立を鷲掴みにすると、力強く扱く。亀頭が擦れて強い刺激が迸る。
「んっ、ぁあ……はぁっっ~~~!!」
 ほぼ同時に吐精を伴った頃、停電は解除され部屋は再び煌々とシーリングライトが二人を照らした。
 双葉は呼吸も整っておらず、愉悦に涙を流し、潤んだ眸で伊勢谷を見つめる。
「エロ……」
 伊勢谷は双葉の涙を舐めとると、手に二人分の白濁が付いたまま抱きしめた。普段なら声を荒げるが、今の双葉は力も入らず、されるがままを受け入れることしかできない。
 自慰も殆ど経験がない双葉にとって、こんな行為は全てが刺激的過ぎる。吐精を終えて尚、双葉の屹立が伊勢谷に触れる度ピクリと反応してしまう。
(さっき僕は何を考えた? もっと触って欲しい。もっとキスしたい。もっとキツく抱きしめてほしい。これって……こんなのって……)
 この気持ちを完全に自覚してしまい、自分自身が混乱して何一つ言葉が出てこなかった。思い返してみれば今まで女の子に興味を持ったことがなかった。恋愛体質じゃないのだろうと思っていたが、そうではなく、双葉は男に欲情するタイプの人間だったのだ。今夜は考え込んで眠れないかもしれないと思ったが、雨が上がり安堵したこともあり、心地よい疲労感と温もりの中で熟睡した。

 翌日はどんな顔で伊勢谷と向き合えばいいのか迷っていたが、伊勢谷は至っていつも通り接してくるものだから拍子抜けしてしまう。
「あ、あの……昨日は……ありがとう……」
 部屋を出る間際に礼だけ伝えると、伊勢谷は声を出して大笑いをした。
「双葉、同室の奴に襲われてありがとうなんて!! 良い人すぎるだろ」
「なっ!! い、今のは無しだ!! 忘れてくれ。最低だ、君はやっぱり最低の男だ!!」
 羞恥心に苛まれる。昨夜はあんなに優しかったのに、そこまでして双葉を揶揄いたかったのか。それで伊勢谷は今日の双葉の言動に満足したのだろうか。
 こっちは性癖まで自覚させられる程の経験だったし、キスも何もかも……初めてだった……。
「くっそ、くっそ、嫌いだ。やっぱり嫌いだ」
 自分に言い聞かせるが、伊勢谷から「双葉」と呼ばれることに抵抗がなくなるどころか、喜悦している自分がいる。
 それでも認めたくなくて、唇を手の甲で擦って伊勢谷の感覚を拭う。
 頭の中から存在ごと消してしまいたいのに、一日中昨晩のことを考えてしまい、授業中ぼんやりしてしまうなど、これも初めての経験であった。
(僕の経験不足が悪いのか? 伊勢谷からすれば別になんてことない、ただのノリなのかもしれない。それなら尚更早く忘れなければ)
 放課後は一目散に寮へ帰り、復習に取り組む。色恋にうつつを抜かして成績を落とすなど、あってはならないことだ。
 双葉は高校卒業後は地元を離れるのが目標なので、希望する大学に合格できるよう成績トップは死守したい。邪念を祓い、目の前の参考書と向き合う。朝よりも随分冷静に戻れていた。いい感じに集中していて、部屋のドアが開いたことに気付かなかった。
 そっと首筋に指が滑る。思わずあられもない声を出してしまい、びっくりして背後に立つ男を睨みつける。
 また揶揄っているのかと思った。なのに双葉の背後に無言で立ち、見下ろしている男……伊勢谷はどこか寂しそうに眸を細めていた。どんな言葉をかけていいか迷っていると伊勢谷がようやく口を開く。
「頸、綺麗だなって思ってた」
「急にどうした?」
「部屋に帰って来たら双葉はいつもここに座ってて、姿勢がよくて、襟元から覗かせてる細い首がやけに色っぽくて、触れてみたいって思ってた」
「……」
 双葉は言葉を失ってしまった。いつもの伊勢谷ではないことを心配していると言うよりは、自分の中から溢れ出る感情を抑えるのに必死だった。昨夜を思い出させる伊勢谷の態度に、緊張から微動だにできないでいた。伊勢谷は双葉を見つめながら顔を近付け首元に鼻先を擦り寄せる。
「は、ぁ……」
 くすぐったくて甘い吐息を零すと、伊勢谷は首に口付け、耳朶を甘噛みし、頬を寄せる。一呼吸置いて少し躊躇った後、唇を重ねた。
 柔らかく啄むようなキスを施すと、するりと舌が侵入する。口中でくちゅりと水音が鳴り、分厚い舌で懐柔される。
「んっ、はぁ……んん……」
「双葉、鼻で息して」
「そん……な……分かんない……」
「大丈夫、できるよ」
 昨日のキスとは違う、官能を帯びた行為に双葉の中心は簡単に昂った。
(こんなの、まるで恋人みたいじゃないか)
 勘違いするなと言い聞かせても、熱を孕んだ口付けに全てを預けたくなってしまう。伊勢谷もそんな双葉の心情を察したかの如く、抱き上げると、自分のベッドに押し倒した。
「逃げなくていいの? もう、止めてあげられないけど」
 やめて欲しいなど僅かにも感じない。昨日だって、本当はキスの先にも進んでみたいと思っていた。いざこういう状況になり、怖くないと言えば嘘になるが、それでもここまで来て止められる方が嫌だ。
 しかも組み敷かれたことで双葉はもう一つ自覚したことがある。自分は『抱かれたい側』なのだと。
「僕は経験がないから何も分からないんだ。だから全部、君に委ねる」
 伊勢谷はどこか断られるのを覚悟していたのかもしれない。目を丸く開くと、「本当にいいの?」とでも言いたげに口をぱくぱくさせる。その言葉を飲み込むと、双葉の制服のボタンを上から順番に外していった。
「白い肌。本当に綺麗だ」
「そんなジロジロ見ないでくれ」
「いいじゃん。隅々まで見たいし、全部奪いたい」
 そこからは、何が何だか覚えられないほど全身をくまなく舐められ、誰にも触れさせた事のない秘部にまで色々された。
 一つ一つの行為を全て把握したいと思っていたのに、そんなのは無理な話だった。気持ち良いとしか考えられなくなり、絶頂に上り詰める快感を繰り返し何度も味わい続ける。咽び泣き、嬌声を上げ、視界が霞むほど涙を流す。それでも伊勢谷から施される愛撫は止まることを知らない。
 自分が何度吐精したかも覚えてないほど白濁を飛沫させ、双葉の腹は自分の精液でベトベトになっていた。
「も、無理……」
「気持ちいいのはここからだよ。しっかり解れたから、中、這入らせて」
「中ってどこ?」
「さっきまで解してた、ここだよ」
 伊勢谷はいつの間にか自分の服も全て脱ぎ捨てていた。初めて全裸を見た気がする。双葉よりも男らしく筋肉で引き締まった身体は見惚れるほど綺麗だった。伊勢谷は双葉を綺麗だと言ってくれるが、伊勢谷の方が余程綺麗だと思った。
 そんな伊勢谷が怒張したそれを双葉に見せつけるように扱くと、双葉の孔に宛てがう。
「ゆっくりするから」
 そう呟くと亀頭がブツッと差し込まれる。
「はっ……あっ……」
 あまりの衝撃に瞠目としてしまう。今、伊勢谷と一つに繋がろうとしている。肉胴を広げながら押し入ってくる伊勢谷のものを、こんなにも生々しく感じるなんて想像したこともない。双葉は伊勢谷にしがみ付き、体を強張らせた。
「双葉、呼吸して」
「ふ、ぅう……はぁ……」
「そう、上手。続けて」
「は、ぁあ……んぁ……」
 双葉の拙い呼吸に合わせて伊勢谷の男根が奥へ奥へと穿ってくる。媚肉を擦り、圧迫感を感じ、疼痛が甘い痺れを与える。
 伊勢谷は度々痛くないか、休憩するかと声をかけてくれるから「大丈夫だ」とその都度伝え、心の中では一つに繋がるその時を心待ちにしていた。
「もうちょっと……」
 もう体感では一時間はこうしているように思うが、実際どのくらいだったのかは分からない。次第に疼痛にも慣れ、徐々に感じるようになってきた時、伊勢谷と目が合った。
「全部、這入った」と言いながら口付けられると、双葉はもう何度目かも数えられない絶頂に達した。白濁が伊勢谷の腹に迸る。それを無視して伊勢谷はゆるりと腰を揺らし始めた。
「双葉、馴染むまで止まっててあげたいけど俺も限界かも。動いていい?」
「でも今、イったばかりで」
「うん、何回もイってくれて嬉しい。まだ、射精るかな?」
 本当に余裕がないのか伊勢谷の動きが大きくなる。双葉はイったばかりの身体を責められ、もう何をされても全身を痙攣させては白濁を飛ばしてしまう。
「あっ、んぁっ……奥……すごい」
「やばい。双葉の中、気持ちいい」
 まだ一度も達していない伊勢谷だが、自分で気持ちよくなってくれているのが嬉しいと思う。全身で伊勢谷を感じられ、もう双葉の細胞は伊勢谷の何もかもをインプットしてしまったように感じた。
 やがて律動も苛烈を極めると、「イく」と低く呻り、強く腰を打ち付けられた。
「んっぁぁ! はぁぁあ!!」
 同時に双葉も背中を撓ませ絶頂を味わった。
 涙と涎でぐちゃぐちゃの双葉に、伊勢谷は何の躊躇いもなく口付ける。そして全ての吐精が終わるまで、何度か腰を押し付けた。
「双葉、双葉……ずっとこうしたかった」
 うんうんと双葉も頷くが、もう声は出ない。どっと疲労が押し寄せ、目も開けられない。
「無理させたから、少し寝てて」
 伊勢谷が目元にキスを落とす。
 恋人にはこんなに優しいのだろうかと、薄れゆく意識の中で双葉は思った。伊勢谷のベッドで伊勢谷の匂いに包まれ、幸せな気分でぐっすりと眠る。
 次に目覚めた時、身体は綺麗に拭かれ、Tシャツとパジャマのズボンを穿かせてくれていた。伊勢谷の姿はなく、時計を見るとすでに夕食の時間になっていた。どうやら伊勢谷は食堂に行っているようだ。
「……ばか、隣に居ろよ」
 布団に包まり呟く。しかしよく考えてみれば、二人の関係性が何なのか不明である。恋人でもないし友人とも違う。
 なのに、なし崩しに体の関係を持ってしまい、こんなのって所謂『セフレ』というやつじゃないのかという考えに行き着く。
 それはとてもしっくりくる答えだった。
 胸がキュッと痛くなる。でもどう考えても自分が伊勢谷の恋愛対象とは考えられない。双葉の白い肌が気になっていたと言ったが、それは絆すための手口かもしれない。あれだけモテるなら相手には苦労しなさそうだが、双葉を抱いたのは魔が差したとも考えられる。なら、もう、抱いてもらえないかもしれない……。
(って!! それでいい!! セフレなんて不純な関係はよくない!! それに……)
 シーツをギュッと握りしめる。
(ハマりたくない)
 抱かれている間、確かに経験した事のない快楽に溺れていた。愛されていると勘違いするほど伊勢谷は丁寧に双葉を抱いた。
 けれども双葉は父親のように恋愛に溺れて大切なものを失いたくないと、今まで頑なに恋愛を避けてきたのだ。トラウマから救ってくれたからと言って、簡単に身体を拓くなんて……伊勢谷にも軽い奴だと思われたかもしれない。今の自分には父親以下の価値しかないような気がした。
(やめなきゃ。今回限りで)
 そう、思っていたのに……。
 その後も毎日のように伊勢谷から求められるようになってしまう。
 大体は双葉が大浴場から帰ってきたところを狙われる。ドアを閉めるや否やドアを背に押さえ込まれ、脚に力が入らなくなるまでキスをされる。それから抱き上げベッドに押さえ込まれた後は伊勢谷の思うがままイかされる。
 抗えなかった。止めないと……そう頭では思っても、身体が伊勢谷を覚えてしまっている。彼しか知らないこの身体は、触れられるだけで溶けてしまいそうなほど法悦としてしまうのだ。
 そのうち、双葉はあることに気がついた。今夜抱かれるという日は、学校から帰ると伊勢谷の枕が双葉のベッドに投げ込まれていて、それが合図になっていた。きっと先に登校する双葉が部屋を出た後にそうしているのだろう。見つけた時はクスリと笑ってしまったが、その直後に『セフレ』というワードが脳裏を過ぎる。もう双葉は立派なセフレの一人だろう。他に何人のセフレがいるのかは知らないし、知りたくもないが、きっと自分が一番抱かれていると思いたい。
 そして双葉の中では体を重ねるほどに伊勢谷への恋情が募っている。一方的な気持ちだと思っても、ストップをかけるのは不可能だった。片想いでも、好きな人から求められるうちは素直に受け入れたい。不毛だと笑われても、ある日突然捨てられても、今抱かれている感触を覚えていれば、ずっと双葉の中で伊勢谷が生き続けてくれるとさえ思っていた。
 決して伊勢谷には言わないけれど、好きだと認めてしまえば幾分か気持ちは楽になる。
 考えてみれば、一週間のうち半分以上を抱かれていれば、誰だってそういう思考になるのではないか。
 学校では相変わらず憎まれ口を叩いている二人だが、寮に帰ってベッドの上をチェックするのが密かな楽しみになっていた。そして双葉の読み通り、枕が投げ込まれた夜は伊勢谷は双葉を抱いた。


 しかし……ある日突然、伊勢谷から『合図』が来なくなる。
 殆ど毎日に及ぶ情交に、平日は辛いと言ったのが原因かとも思っていたが、週末にも『合図』は来なかった。
 最初にこうなる覚悟はしていたものの、実際に突然相手にされなくなると、どうすればいいのかと焦りは募るばかり。やはり経験もないくせに生意気を言ったのがいけなかったか。セフレにしては大切にしてもらっていたようにも思う。もとい、双葉の想像するセフレとは、ヤルだけヤッて後は素っ気ない態度を取られるという印象が強い。でも伊勢谷は双葉に対してそんな態度をとったことがなかった。毎日丁寧すぎるほど綺麗に身体を拭き、服も着せてくれ、同じベッドで寝ている。
 なのに伊勢谷からの合図がなくなると同時に、伊勢谷は夜遅くまで帰って来なくなってしまったのだ。
 一体どこで何をしているのか気になって仕方ないが、双葉からは理由を訊き出せないまま一ヶ月が過ぎた。
 一ヶ月が過ぎても相変わらず伊勢谷は何時に帰ってきたのか、寝落ちしたようにベッドに横たわっている時もあれば、朝にシャワーを浴びる日も珍しくない。そしてそれは大抵の場合、双葉が登校する時間なものだから殆ど口も聞いていないのだった。

 不安と寂しさが爆発し、楓の部屋に遊びに行ってもいいかと言ったところ、快く迎え入れてくれた。
「最近、寮で全然会えてなかったから、羽流と気が合ったんだなって思ってたけど、たまにはこうして遊べると楽しいな」
 楓は屈託のない笑顔を見せる。そして一緒に課題をしたりゲームで盛り上がったりしているうちに、時間は瞬く間に過ぎていった。
 ずっと考え過ぎて不眠だった双葉は、久しぶりに心置きなく楽しめただけに部屋に帰るのが億劫に感じてしまう。どうせ今日も伊勢谷は帰って来ない。
「今日、ここで泊まってもいい?」と聞くと、楓は何かを察したように頷いた。
「寮母さんに伝えて、ついでに掛け布団借りてくるから。ゆっくりしてて」
「ありがとう」
 ほっと胸を撫で下ろし、膝を抱え込む。例え伊勢谷が今夜は帰って来たとして、自然に振る舞える自信もない。
 今では体の関係になる以前にどう過ごしていたのかも思い出せない。楓に相談したいが、男同士の恋情など気持ち悪がられるだろう。
 双葉はこのまま何も言わないでおこうと思っていたが、楓は双葉の元気がないと気付いていたようだ。
「ズバリ聞くけどさ。思い詰めてるっぽいけど、結構深刻な感じ?」
 それぞれのベッドに入ると楓が切り出す。そんな分かりやすく顔に出ていたかと驚いたが、今日ではなく「ここ最近、ずっと元気がなかったから心配してた」と言われ、双葉もいよいよ相談しようと腹を括った。
「思い詰めるっていうか……同室の奴に振り回されてて疲れてるっていうか……」
 それでも確信部には触れず、曖昧に誤魔化しながら悩みの根源が伊勢谷だというところだけを打ち明けた。
「羽流のこと?」
「うん……なんか、最近あいつの様子が変でさ」
 ぼんやりと輪郭を成さない言い方にも、楓は思い当たる節があると言い出した。
「俺、羽流と中学同じだったんだけどさ」
「え、そうだったの??」
「別に仲良いとかじゃないけどな。羽流は当時から目立ってたから」
「そうだろうな」
「あいつ、一個上の先輩と付き合ってたんだよ。男の」
「へ??」
 楓の口から思いがけない言葉が飛び出して思わず体を起こしてしまったが、そのくらいのリアクションを求めていたのか、楓も双葉に倣ってベッドの上で胡座を描く。
「誰も揶揄いもしなかった。そのくらい様になる二人だった」
「そんなに仲が良いならなんで……」
 自分を抱いたのか……そう言いそうになって慌てて口を噤む。
 しかし伊勢谷が誰かと連絡をとっているのを部屋では見たことがない。最も、双葉に隠れて連絡をとっているなら話は別だが……。別段、双葉とて同性愛に偏見はない。だからこうして体を許している。
 伊勢谷がモテるのは見たまんまだが、現実にそんなに思い合っている人がいると聞かされると、胸がギュッと縮む。それに寮で生活をしてるとはいえ、ここは外出も外泊も厳しくなく、どちらかというと高校の寮にしてはかなり自由が利く。恋人がいるなら、わざわざ双葉を抱く必要もないではないか。そんな風に思っていると、少し黙っていた楓が声を低くして話を続けた。
「亡くなったんだよ、その先輩。事故で。そういえば、今頃が命日だったような気がする」
「亡くなった……」
 目の前が真っ暗になった。
 先に中学を卒業した先輩はバイクの免許を取っていたそうだ。伊勢谷との交際を続けるために自宅からバイクで少し遠くの高校まで通っていたと言う。しかし通学途中にスリップしてバイクが横転。そのまま帰らぬ人となった。前日から続いていた雨で早朝から濃霧に近いほど霧の濃い朝だったと楓は振り返る。
「じゃあ、最近寮にいない日が多いのはその先輩を想っての行動があるのかもしれないってことか」
「多分ね。羽流、それ以来恋人を作ってないし」
 そういえば入学してすぐに伊勢谷と知り合ったが、取り巻きが多い割に恋人がいたのを見たことはない。気にしていなさ過ぎて楓に言われるまで気付かなかったがしかし、体は求められても好きだとも付き合ってとも言われない理由はハッキリした。
 双葉は少しの苛立ちを覚える。 双葉が入寮した直ぐの頃、同室の二人はカップルになるというジンクスがあると言ったのは伊勢谷じゃないか。まんまと騙されていたのかと自嘲するしかなかった。その日から双葉の不眠は更に酷くなっていった。
 とりあえず伊勢谷と顔を合わせたくないと言うと、楓は「ここにいていいよ」と背中を撫でてくれる。
 伊勢谷を思い出す度、自然と涙が溢れる。布団に潜り込んで声を押し殺して泣いていたが、流石に隠し通せるわけもなく、心配した楓は同じベッドで寝てくれた。勘の鋭い楓だから、双葉の気持ちにも気付いているだろう。それでも何も言わずただ隣にいてくれた。人肌恋しかった双葉は、楓のおかげで少しは寝られるようになっていった。

 それからしばらく経って、楓が部屋に戻ってくると「伊勢谷が何をしているか分かった」と言い出した。
「地元に帰ってたんじゃないの?」
「それがさ、違ったんだよ。あの先輩の話は本当だけどね。サッカー部の先輩で有坂玲哉 ありさかれいやって知ってる?」
「伊勢谷たちのグループと仲が良いのは知ってるよ。目立ってるし」
 有坂という人は三年生のサッカー部員で、派手な印象もさることながら、サッカーの腕前もなかなかのものらしく、男女ともに人気のある生徒だ。一軍グループは自然と学年の柵を超えて仲良くなるようで、一年から三年の一軍メンバーが揃うと、確かにその華やかさは圧巻であった。
 有坂が伊勢谷を格別可愛がっているというのは、グループ内では有名な話らしい。
「で、その先輩と遊んでるってこと? まさか、付き合い始めたとか?」
「まさかそれはないよ。有坂先輩は根っからの女好き。あのさ、男子寮と女子寮の丁度中間くらいに、ここを建てる前の寮だった棟があるじゃん? そこさ、鍵が壊れてて簡単に侵入できるらしい。で、有坂先輩のグループが女子寮の子とそこで夜な夜な集まって、ヤり部屋にしてるんだって。最近、伊勢谷が元気ないから誘ってるって、部室で話してるのが聞こえてきたんだ」
 なるほど……と双葉は思った。
 だから自分はもうお役御免というわけだ。別に好きでなくともセックスはできるだろう。現に好きでもない双葉のことも抱いていた。女の子は双葉より体も柔らかくて、かわいい声で最高だろうな。なんて考えてしまう。
 そりゃ性欲の捌け口も見つかって尚、双葉を抱く理由などない。握りしめた手が震えている。悔しいのか悲しのか、それとも自分は今怒っているのか、感情の判別ができない。しかし、自分が伊勢谷にとってどうでも良い存在だったのは確定した。
 性欲の捌け口にもならない自分に優しく接する義理もないのだろう。最近の素っ気ない態度も、帰りが遅いのも、全て辻褄が合う。
 セフレにもなれなかった自分に嫌気がさす。いや、そもそもセフレとも思われていなかったのかもしれない。友達でもない二人の関係性に、最初から意味のある名前など持っていなかったのだ。
 居場所が出来たなんて勘違いをしてしまっていた。双葉には、実家にも寮にも安らげる場所など準備されていなかったのだ。
 大粒の涙が溢れ出す。楓は双葉から喋らないことは無理に聞き出そうとはせず、やはり隣に座って肩を抱く。
「部屋、こっちに変えてもらう? だってさ、双葉がこれだけ心配してるなんて知らずに遊んでるなんて許せないよ。あいつ、去年まで俺と同室だったんだ。けど、双葉が入寮するって教えた次の日には、二人部屋に変えてくれって先生に希望出しに行ってた」
 楓の口から出された言葉に、顔を顰める。
「何それ? どういうこと?」
「羽流さ、最初から双葉と同室になりたくてここを出たんだよ。なのに、双葉を傷つけるなんて許せない」
「待って、ちょっと訳わかんない。なんで伊勢谷が僕と同室になりたがってたんだ?」
「そこまでは俺も知らない。なんも教えてくれないし、俺からも聞かないってか、俺が知った時は既に部屋移動するのも双葉と同室になるのも決まってたからな。ただ、嬉しそうにここから出てったけど」
 楓と話せば話すほど混乱が酷くなる。一度に沢山の情報が入りすぎて頭の中で理解が追いつかない。泣きすぎたのと混乱で眩暈を覚えた。
「危ない。寝てろよ。晩ご飯も運んでやるし。寮母さんにも声かけとく」
「ありがとう。何から何まで」
「双葉はいつも頑張り過ぎなんだよ。ここでくらい気抜けよ」
 飾らない言葉と笑顔に癒される。頷いてベッドに横になった。楓には気を使わずにいられる。安心して枕に頭を沈めると途端に睡魔に襲われ、眠気に逆らわず暗闇に引き摺り込まれるように眠った。

 嫌な夢を見た。伊勢谷に泣いて縋る自分が映し出される。
『お願いだから捨てないで。側にいさせて』
———何を言っているんだと、夢の中の自分に驚愕する。
『好きなんだ。伊勢谷がいないと僕は……僕は……』
———やめろ。そんな芝居じみた縋り方を僕がするわけがない。
 話しかけようにも声が出ない。
 そんな双葉に、夢の中の伊勢谷は冷酷なまでに切り捨てた。
『暇つぶしにもならなかった。そんな顔するなよ。———前の奥さんに睨まれているみたい』
 夢だから、伊勢谷と家族が混じっている。
 父が再婚した新しい母親は、双葉の顔を穢らわしいものを見る目を向け言っていた。
『そんな顔で見ないで。前の奥さんに睨まれてるみたい』と。
 長い間不倫をしていただけあって、母親似の双葉を気に入らないのは仕方のないことだろう。
 トラウマが同時に蘇り、双葉は酷く魘された。


「双葉……双葉……」
 何度も名前を呼ばれ、うっすらと目を開ける。呼吸が乱れ、眦から涙が流れて髪を濡らしている。べっとりと汗が身体に張り付いていた。
 名前を呼んでいたのは楓ではなく伊勢谷だった。
「……なんで、ここに?」
「迎えに来た。さっき食堂で楓を見つけて色々と話を聞いてたんだ。全部、誤解だから。確かに俺は玲哉にヤり部屋誘われてたけど、一回も行ったことない」
「じゃあ、どこに行って?」
「バイト。双葉さ、夏休みも実家帰んないって言ってだろ? 俺も帰んないし、それならどっか一緒に行きたいって思ってさ。サプライズにしたかったけど、やっぱ同室じゃ無理があったよな。ごめんな、辛い思いさせて」
「別に、僕はただの同室ってだけで」
 伊勢谷は人差し指の腹で頬を掻く。そして「なんで伝わらないのかなぁ」と嘆きながら髪を掻き上げた。
 楓が「やっぱり伝わってないだろ?」と後ろから食事の乗ったトレーを運び入れながら声をかける。
「双葉は鈍感だから、もっとストレートに言わなきゃダメだって」
 楓の言葉に頭を抱える伊勢谷。
「直ぐに色々話し合いたいけど、今は飯食って。そんで俺らの部屋に帰ろ」
 食欲は殆どなかったが、楓が気を利かせてお粥を作ってもらってくれていた。半量ほどを食べると、まだ覚めきらない目を擦る。
 この状況を何一つ理解していないのは双葉だけだったが、どうやら食堂で伊勢谷と楓が双葉について話したのだけは理解した。

 夕食の後、談話室には人は殆どいなかった。テストが近付くと速やかに部屋に帰る生徒が多くなる。
 弱っている双葉は起き上がるとまだ眩暈が酷く、碌に歩けそうにもなかった。伊勢谷にお姫様抱っこをされ部屋まで帰ったが、人目もなかったから素直に甘えられた。
 聞きたいことは沢山ある。サプライズとはなんだ、何故自分のためにバイトなど……夏休みのため? 一緒にいる? そんな約束はした覚えもない。
 久しぶりの自室、二人きり、沈黙。
 緊張している自分がいる。胃がキリキリと痛む。何を言われるのか、まるで想像がつかない。
 ベッドに双葉を下ろすと、伊勢谷は間髪入れずに喋り始めた。
「あのさ、俺は双葉と付き合ってるって思ってたんだけど」
「え?」
「やっぱり違ってた??」
 伊勢谷から発せられた言葉に放心状態になってしまった。いつから付き合っていたのだろうか。
 告白をされたわけでもないし、キスをしたのは双葉が雷を恐れたからだ。
「いつから?」と聞くと、初めて体を重ねた日だと伊勢谷は言う。
「あぁ、やっと俺の双葉になったって実感した。それに、好きな子にしかキスなんてしないよ」
「好きな子……」
「そ、俺の好きな子。七瀬双葉」
「だって、忘れられない人がいるって」
「あぁ、楓に聞いたんだ。確かにいたよ。もう恋愛できないかと思ってたけど、ちゃんと前に向けるって先輩の墓まで報告に行ってきたし」

 最初は似てると思ったそうだ。双葉とその先輩が。華奢で黒髪で凛としてて真面目で、伊勢谷にハッキリと物申す性格も。
 風紀委員の中でもとりわけ双葉にちょっかいを出していたのは、それが理由だったということだ。
「でも違うよね、そりゃ。笑い方も、実は泣き虫なところも。今は双葉として好きだよ」
「僕も……」
 面と向かって告白され、双葉も今くらいは素直になろうと思えた。
 伊勢谷は口を限界まで広げて笑った。こうして見ると、高校生らしいなと双葉は思った。
 しかし伊勢谷はそのあと急に口を尖らせ「あのさ……」と呟く。どうしたのかと思えばそれは楓の話だった。
「楓ともヤッたのかよ」
「は? なんでそうなる!? 意味が分からない」
「さっき楓が……双葉と一緒のベッドで寝て慰めてやってるって、言ってて……」
「それが何で僕が楓に抱かれてることになってるんだ。一体どういう思考回路をしている」
「だって双葉と楓、仲いいじゃん。しかも俺から好かれてるって自覚もないのに、セックスは受け入れてくれてたってことだろ? だから……」
「僕が君から性欲の捌け口にされてると思ってても身体を許していたのは、君が好きだったからだろう!! 察しろよ!!」
 声を荒げて叫び終わる頃には頭がぐらりと揺れて伊勢谷に支えられた。
 すっぽりと伊勢谷の腕に包み込まれ、やはりこんなに落ち着く場所は他にはないと思い知らされる。
「双葉、俺が好きなんだ」
 伊勢谷が嬉しそうに確認してくる。
「……だからそう言ってるじゃないか。悔しいけど」
「俺は嬉しいけど」
「……雷の時に、いつも誰かに助けて欲しいって思ってた。でも家のどこにも僕を守ってくれるものはなくて、ずっと独りぼっちだった。あの日君から抱きしめられた時、自分でも驚くほど雷が怖くなかった。君が守ってくれたから」
 伊勢谷を見上げると、伊勢谷も双葉を見ていた。吸い寄せられるように唇を重ねる。
「もう黙って何かしようなんて思わないから安心して。んで、もうちょっと俺のこと信じてくれると嬉しい」
「あぁ、善処する」
「双葉も不安なことは隠さず話してよ」
「なるべく頑張る」
「あとさ、君じゃなくて、そろそろ名前で呼んで欲しい」
「……羽流」
「うん」
「羽流、羽流、羽流……」
 離れていた時間を埋めるようにお互いを求め合う。名前を何度も呼び合いながら、舌を絡める。身体が癒着して、伊勢谷の中心が昂っているのが伝わってきた。
「双葉、早く抱きたいから、早く元気になって」
「僕も……早く抱いて欲しい」
 あの夜のように、互いの昂りを慰め合う。一度では物足りず、二度三度果てるまで手淫を続けた。途中で可笑しくなって笑ってしまったが、「笑うなよ」と照れる伊勢谷が可愛くて、また笑った。
 抱きしめ合ったまま、夏休みの計画を話し合う。
「僕も今からバイトする」と言ったが、「ダメ」だと伊勢谷が言う。理由を訊ねると「帰った時におかえりって言って欲しいから」なのだそうだ。
「それならせめて、もっと早い時間に帰ってこられるのにしてよ」
「今までは単発のバイトが殆どで、割の良いやつばっか選んでたから。でもそれで双葉を悲しませる羽目になったし。これからは週二くらいしか行かない。もう結構貯まったし」
 双葉は自分でも意外だったが、恋人とはなるべく一緒にいたいタイプのようだ。自ら伊勢谷に抱きつく。
「寝てなくて良いの?」
「僕の勘違いで、怒ってごめん」
 胸元に額をすり寄せると、伊勢谷が「いいよ」と髪を撫でる。
「俺が全部悪いから。双葉は何も悪くない」
「でも……」
「寝なくて平気?」
「気持ちが落ち着いてきたら、楽になった。シャワーしてこようかな」
「危なくない?」
「大丈夫。軽く汗流してくる」
 部屋のシャワールームで汗を流す。色々と詮索して伊勢谷を悪く思い込んだ自分を恥じた。伊勢谷が全て悪いのではない。双葉とて、結果的には自分本位に伊勢谷を責めたことになるだろう。もっと素直になっていれば、伊勢谷だってそれなりの言葉をかけてくれていたかもしれないし、自分が不安にならずに済んだ。
「意気地なし……」
 自分を蔑む言葉はシャワーと共に流れて消えた。

 伊勢谷を信じたいと思う。それが自分の過去のトラウマを払拭し、もっと自分に自信が持てることにも繋がる気がする。
 ちゃんと伊勢谷と向き合おうと決意を新たに部屋に戻る。
 伊勢谷も交代でシャワーを済まし、部屋の電気を落とす。
「久しぶりの双葉のシャンプーの匂い、やばい」
 布団に入るや否や、双葉を組み敷く。二ヶ月近く触れ合っていなかった二人は、夢中で互いを求めた。伊勢谷からは、双葉とは違うシャンプーの香りがする。大人っぽい色気のあるこの香りが好きだと、鼻をすり寄せる。
「これからは一緒の使おう。双葉と同じ香りだと、ずっと一緒にいるみたいじゃん」
 これまでなら妙に照れ臭くて反論してしまっていた双葉も、自然と「嬉しい」と言葉にしていた。
「羽流、もっと引っ付いてたい」
「俺も。服、脱がすね」
 伊勢谷がパジャマのボタンを外していく。双葉の裸を見て「痩せちゃったね」と申し訳なさそうに呟いた。
「直ぐに戻るから、落ち込まなくていい」
 伊勢谷の首に腕を回し引き寄せ、長い時間をかけてキスを堪能する。リップ音が少しずつ二人の興奮を誘い、官能を帯びていく。
「双葉、口開けて」
 囁いた伊勢谷の吐息が熱い。双葉が口を開くと、ねっとりと舌を絡め取り蹂躙される。唾液が混ざり、飲み込み切れず口端から頬を伝い流れていく。双葉の眸は既に涙目になっているが、今日は部屋が暗いからきっとバレていないだろう。
 上肢を愛撫されながらキスを続ける。伊勢谷の指が胸の突起を探り当て、キュッと摘むと双葉はピクリと肩を戦慄かせた。
「ちょっと痛いの、好き?」
 挑発するように訊ねられる。
「す、すき」
 恍惚とした表情を向けても伊勢谷からは見えないはずなのに、くっと喉を鳴らし「煽らないで」と言ってくる。
「煽ってなんかない」と反論する。そんな余裕はないと言いたかったが、口を塞がれて叶わなかった。
 キスをしながら乳首を責められ、双葉は下着の中に吐精してしまう。
「んっ。ん、ふぅ……」
「双葉かわいい。キスと乳首だけでイってくれたんだ」
 下着ごとパジャマを剥ぎ取られた。その中心は白濁でべっとりと濡れている。伊勢谷は白濁で濡れている双葉の屹立の先端にちゅっと軽いキスを落とした。
「なっ!! 何して……」
「もっと気持ちいいことしてやるよ」
 悪戯っ子のような笑みを浮かべると、双葉の可愛らしい屹立を口に含む。そうし上顎に亀頭が擦れるように吸い上げていく。
「あっ……先、擦れて……あっ、ぁ……」
 伊勢谷の口淫に、双葉のそれは直ぐに芯を取り戻す。口が上下に動くたびにぐちゅぐちゅと卑猥な水音が鳴る。そこにしか集中できないほどの快楽だった。
 伊勢谷は口淫をしながらさりげなく孔も解す。更なる刺激に、双葉は二度目の絶頂を伴い、伊勢谷の口中に白濁を飛沫させた。それなのに伊勢谷は口を離そうとはしない。孔と屹立を同時に責め続けるのだ。
「やめ……はる……それ、むり」
 双葉の言葉は聞こえないふりをして、孔に差し込んだ指で激しく掻き乱す。
「久しぶりにするのに、双葉のここ、直ぐに解れた。自分でやってた?」
「だって……寂しくて……ここで羽流と繋がりたい」
「双葉……」
 伊勢谷は参ったと言わんばかりの盛大なため息を吐く。そして双葉を四つん這いにさせると我慢の限界とばかりに、いきなり最奥まで突き上げた。
「はっぁぁあっぁあっっ!!」
 あまりの衝撃に、弓形に背中を反らせ喉を晒す。腕の力が抜け、頭からシーツに倒れ込む。伊勢谷はお構いなしに律動を続けるが、最初から激しく突かれ、白濁が垂れ流しの状態になってしまう。腰を両手で鷲掴みにされ、伊勢谷は下から突き上げるように腰を打ち付けた。
 自分で屹立に手を伸ばすと、目ざとく見つけられ阻止されてしまう。
「後ろだけでイって」
「や、触りたい」
「双葉ならできるよ。扱くの我慢できたらご褒美あげる」
「ご褒美?」
「そう、だから頑張って集中して」
 背後から双葉に覆い被さり首や肩にキスをしながら鬱血の痕をつけていく。それから程なくして双葉は絶頂を迎えた。
「はる……もう、イキたい。でる……でるっっ!!」
 布団に上に精を放つ。
「イく時、お尻の中すげー締まって気持ちいい」と、伊勢谷はまだ余裕そうだ。双葉は肩で息をしていると言うのに。
 また自分だけ果ててしまったとガッカリしていると、一度男根が抜かれ、急に寂しさに襲われた気持ちになる。繰り返し絶頂に登り詰め、疲れているのに、まだ自分の中でいて欲しかったと思ってしまった。
 伊勢谷は双葉を起き上がらせ、「まだ大丈夫そう?」と訊いてきた。双葉はコクリと頷く。
「じゃあ、さっきお尻だけでイケたご褒美ね」
 ベッドの上に座った伊勢谷に跨る体勢で双葉を座らせると、まだ萎えていない長大なそれを再び孔に挿れる。ズブズブと奥に達すると、腰をグッと抑え込まれ、最奥からさらにその奥にまで男根が這入り込んだ。目の前に星が散るほどの衝撃に、双葉は目を瞠り腰を戦慄かせた。
「これ……変になる……だめ、本当に、だめ……」
 息を切らし伊勢谷に縋る。自分の体重も乗り、より深いところまで男根が届く。伊勢谷が腰を揺らす度、感じているのとはまた違う感覚を覚える。それは尿意によく似ていた。
「はる、はる、本当にこれ……ねぇ……あっ、あっ……」
 伊勢谷はこの正体を知っているのか、執拗に奥に亀頭を擦り付ける。それがずっと気持ちいい所だけを刺激し、快楽から逃れられなくされている。伊勢谷が離れてくれなければ、尿を伊勢谷にかけてしまうことになる。それだけは避けたい双葉であったが、伊勢谷は気持ちよさそうに腰を揺らしている。これ以上の刺激は無理だ……そう思っている双葉に、伊勢谷は乳首を乳暈ごと舐めた。
「んぁああっっ」
 双葉がこれ以上我慢出来るはずもなく、大量の液体を放出した。それが二人の体を濡らす。
「だから嫌だって言ったのに」
 ポロポロと泣き出す双葉に対し、伊勢谷は喜悦している。そしてやはり男根はまだ抜いてくれそうにない。
「双葉、これ潮だよ。すっごくすっごく感じてくれてる証」
 潮が噴き出している間、伊勢谷は乳首を舌で嬲る。双葉は体を痙攣させ、痴態を晒したことに酷く落ち込んだ。
「俺は喜んでる」と伊勢谷は言う。
「もうこんな恥ずかしいのは嫌だ」と泣いて責めたが、とんでもないことを言われてしまった。
「でも、一回潮吹くと、癖みたいにセックスの度にそうなるらしいよ」
「は……?」
 もしかして、最初からそれが目的だったと言うのか。双葉は快感と怒りに震え、伊勢谷を責める。
「やっぱり君なんて嫌いだ!! 離せ!!」
 ポカポカとグーの手で胸元を叩いても、伊勢谷はダメージも受けていない。いつもの飄々とした態度でいる。
「これは、俺が双葉を開発した証拠だから」と言って最奥に吐精しながら抱きしめた。
 
 その後、また毎日のように体を求められるようになった双葉であったが、伊勢谷の言う通り、高確率で潮を吹いてしまっている。それだけではない。身体中にキスマークをつけられ、大浴場へ行けなくなってしまった。
「だって、双葉の裸を俺以外の奴に見せたくない」と平然と言って退ける。
 そんな伊勢谷に、双葉も満更ではない気持ちを抱いていた。
「まぁ、羽流がしたいなら、仕方ないけど……」
 惚れた弱みで許してしまう双葉だった。
 ベッドに並んで横たわると睦言を交わす。
「俺も双葉と同じ大学行こうかな」
 元々、伊勢谷も地方からでることを考えているのは知っていた。普通に頑張れば双葉の志望する大学に一緒に通えるだろう。
「そんなラフな考えでいいの?」と念の為訊いてみる。
「ラフじゃないよ。だって双葉と離れるのが一番困るから。俺、好きな人とはなるべく一緒にいたいんだよね」
 思考がシンクロして思わず笑ってしまった。
 正反対な二人だと思っていたが、案外、似たもの同士なのかもしれない。

「なぁ、双葉。言っただろ? 相部屋の二人は恋人になるって」
   ベストカップルと呼ばれるまでになった二人の仲睦まじい光景は、その後、高校の風物詩と言われるようになった。

———完———
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