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本編
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「輝惺は、前の巫子が忘れられないんだと思う」
「前の、巫子?」
「そう、すごく仲の良い二人でね。ずっと一緒に過ごしていた。輝惺は彼をとても愛していたし、それは巫子も同じだった。仲睦まじい姿には、誰もが癒されたよ。私たち狼神も、きっと二人は『運命の番』だろうって話していたくらいだった」
それは僕にとっては酷な話だ。
その時点で泣きそうになった。
麿衣様もあの時表情が強張ったのは、何かを察したのかもしれない。でも僕が傷つくと思って言わなかったのだろう。
それでも天袮様が教えてくれたのはきっと、今の僕を見ていられなかったんだ。
悲しいけど、真実を知りたい気持ちの方が強かった。だから、話を最後まで聞くことにした。
「———でも、二人は番にはなれなかった」
「え? なぜですか?」
「答えは単純、運命の番じゃなかったんだ。巫子が狼神に身を捧げる時、私たち狼神がαの力を使ってΩの発情を促す。運命の番なら発情する。そうじゃなければ発情もしない」
「だから、頸が噛めない……」
「そう言うことだ」
悲しいような、ホッとしたような、複雑な気持ちになる。
その巫子の気持ちを考えると胸が痛い。
次は自分がそうなるんじゃないか、という不安も生まれた。
「私たちはここに来てくれる巫子を大切にする。巫子から気に入ってもらいたいし、もしかすると、この子が運命の番かもしれないなんて、毎年期待しているんだ。毎回、この巫子が運命の番であってほしいと願っている。それは勿論、輝惺も然り」
「でも、今年はそう思えていないということですか?」
「そうではない。きっと、気持ちの整理ができていないだけだと思うよ。最後の別れができなかったからね」
「見送りに来なかったのですか?」
そんなにも大切にしていた巫子だと言うのに……。何か来られない大きな理由があったのだろうか。
「巫女が地上界へ旅立つ時、狼神は全員で見送りをする。でも前回は丁度、黄泉の国が荒れていて、亜玖留はそれどころじゃなかった。だから仕方ないのだけれど……、輝惺が来なかった理由は誰にも話さない。巫子もギリギリまで待っていたけれど、それも虚しく旅立ってしまった」
「じゃあ、もしかして今はその巫子のところへ行っているかもしれないのですか?」
そうだとすると、悲しいと思った。
僕は二人の間に入る隙も与えてもらえない。
天袮様は「私のただの憶測だ」と言って首を横に振ったが、あんなに綺麗な花を他の誰に送るというのか。
「ごめんね、こんな話を聞かせてしまって」
「いえ、ありがとうございます。知らないより、ずっと良かったです!!」
無理矢理笑って見せた。
ゆっくり歩いていたのに、水神の神殿まであっという間に到着した。
「今日は須凰とたくさん遊んで帰るといい」
「はい、そうさせて頂きます。昨日も今日も甘えてすみません」
「いつでも頼ってくれていいからね」
突然訪ねて来た僕を、須凰が出迎えてくれた。
誰かと過ごしているだけでも、気持ちが救われる。
夕方遅くまで、水神の神殿で過ごした。
「前の、巫子?」
「そう、すごく仲の良い二人でね。ずっと一緒に過ごしていた。輝惺は彼をとても愛していたし、それは巫子も同じだった。仲睦まじい姿には、誰もが癒されたよ。私たち狼神も、きっと二人は『運命の番』だろうって話していたくらいだった」
それは僕にとっては酷な話だ。
その時点で泣きそうになった。
麿衣様もあの時表情が強張ったのは、何かを察したのかもしれない。でも僕が傷つくと思って言わなかったのだろう。
それでも天袮様が教えてくれたのはきっと、今の僕を見ていられなかったんだ。
悲しいけど、真実を知りたい気持ちの方が強かった。だから、話を最後まで聞くことにした。
「———でも、二人は番にはなれなかった」
「え? なぜですか?」
「答えは単純、運命の番じゃなかったんだ。巫子が狼神に身を捧げる時、私たち狼神がαの力を使ってΩの発情を促す。運命の番なら発情する。そうじゃなければ発情もしない」
「だから、頸が噛めない……」
「そう言うことだ」
悲しいような、ホッとしたような、複雑な気持ちになる。
その巫子の気持ちを考えると胸が痛い。
次は自分がそうなるんじゃないか、という不安も生まれた。
「私たちはここに来てくれる巫子を大切にする。巫子から気に入ってもらいたいし、もしかすると、この子が運命の番かもしれないなんて、毎年期待しているんだ。毎回、この巫子が運命の番であってほしいと願っている。それは勿論、輝惺も然り」
「でも、今年はそう思えていないということですか?」
「そうではない。きっと、気持ちの整理ができていないだけだと思うよ。最後の別れができなかったからね」
「見送りに来なかったのですか?」
そんなにも大切にしていた巫子だと言うのに……。何か来られない大きな理由があったのだろうか。
「巫女が地上界へ旅立つ時、狼神は全員で見送りをする。でも前回は丁度、黄泉の国が荒れていて、亜玖留はそれどころじゃなかった。だから仕方ないのだけれど……、輝惺が来なかった理由は誰にも話さない。巫子もギリギリまで待っていたけれど、それも虚しく旅立ってしまった」
「じゃあ、もしかして今はその巫子のところへ行っているかもしれないのですか?」
そうだとすると、悲しいと思った。
僕は二人の間に入る隙も与えてもらえない。
天袮様は「私のただの憶測だ」と言って首を横に振ったが、あんなに綺麗な花を他の誰に送るというのか。
「ごめんね、こんな話を聞かせてしまって」
「いえ、ありがとうございます。知らないより、ずっと良かったです!!」
無理矢理笑って見せた。
ゆっくり歩いていたのに、水神の神殿まであっという間に到着した。
「今日は須凰とたくさん遊んで帰るといい」
「はい、そうさせて頂きます。昨日も今日も甘えてすみません」
「いつでも頼ってくれていいからね」
突然訪ねて来た僕を、須凰が出迎えてくれた。
誰かと過ごしているだけでも、気持ちが救われる。
夕方遅くまで、水神の神殿で過ごした。
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