五国王伝〜醜男は美神王に転生し愛でられる〜〈完結〉

クリム

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15 喋らないクロ

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「村々の武官が現地に到着するのがあとしばらく。こちらはカーンがジジ様の『教え』の警護について行ったので、副官が任にあたります。若も向かわれますか?」

 死んだ父の代から使えている壮年の文官長タワヤンギが、離れとなるジジの『知恵の館』に歩みを進めるシンラの横に付いた。

「ああ、そのつもりだ。赤頭は俺が討……なんだ?」

 知恵の館から、叫び声がする。

「クロ、いい加減食べなさい!子供は食べないと大きくならないんだから」


 シンラが客室を見ると、クロと夜盗に呼ばれいた子供に手を焼いているようだ。フルトリが大声で怒鳴っているところを見てしまい、シンラは苦笑した。

「落ち着け、フルトリ」

 シンラの目前のテーブルには様々な薬膳が並び、フルトリが木匙でクロの口に粥を押し込もうとしている。

「んーっ!」

 クロは口を閉じていやいやをするように顔を背け、シンラの声に反応し手探りで回りを探りながら逃げてきた。

「クロ、機嫌が悪いな」

「ふむ、この子供は言葉を理解しているのですね」

 タワヤンギが低い声で呟くと、クロがびくりと体を震わせ、シンラにしがみつく。

 シンラはクロが使っている寝台に座ると、しがみついていたクロをひょいと抱き上げた。それを見てハトリがタワヤンギに話しかける。

「舌を切られているわけでも、喉に異常があるわけでもありません。クロは何らかの事情で、喋れないのだと思うのです。な、フルトリ」

 医術に長けているハトリが、イライラと匙を置くフルトリを慰める。

「それから、ジジ様がお帰りになると詳しく分かるかと思うのですが……多分、クロの様子を見ていると、目をくりぬかれております。『欠けたる者』にされたのではないでしょうか。そのショックで声が出ないのかと……」

 ハトリの言葉、しかしクロを襲った想定される以上の残酷な野合が、悲鳴を上げて逃げることもできない恐怖を与え、声を失わせたのではないかとシンラは思う。

「では、クロ。膳を下げますよ」

 ハトリが手をつけられなかった薬膳を片付けながら呟き、シンラはクロが受けた辛さを思い出し歯を食い縛り怒りに耐える。クロが怯えるように顔をあげてきたから、ふっと息を吐いた。

 怖がらせてはいけない、シンラはクロの肩に手を置く。

「医術に関しては、ハトリの腕はジジ様のお墨付きだ。信用をしている。ほらクロ、青緑国から取り寄せた葡萄だ。珍しいものだぞ」

 緑のひと房の粒の皮を剥いて、座らせた膝の上のクロの口に指で運んでやると、クロは匂いを嗅ぎおずおずと口を開いて汁気の多いそれを口に含み、シンラの指から滴る汁をぺろと舐める。

「甘いものが好きなのか」
 
 クロを保護してからひと月程になる。食事が進まず体調が優れないクロは、ハトリとフルトリが住まうジジの知恵の館にいた。

 初めのうちは一日を眠って過ごしていたクロだったが、起きていられるようになると、シンラのいる王の宮の方角に座っていることが多くなったと、ハトリが話してくれた。

 そんな様子がシンラにとって可愛くてたまらない。この子供が愛おしいのだ。

「もう、薬膳にも甘いものはあります。若はクロを甘やかしすぎです」

 フルトリのぼやきをハトリが宥めて

「まあまあ、残りを頂こう。僕らも急がないと」

とひそりと話す。

「フルトリや、わしにも薬膳を馳走してくれんか」

とタワヤンギが話しながら奥へ行ってしまう配慮に、シンラは心の中で頭を下げた。

「もう一個食べるか?」

 クロは長い黒髪を揺らして、少し頷いてから小鳥のように唇を開く。

 クロを森から救うためにシンラが口付けしたとフルトリが話したからか、クロはシンラに懐いた。まるでそれが義務であり、身を守る術であるかのように。

 だが、それでは赤頭の野合と同じ気がして、シンラはあれ以来、クロには触れていなかった。しかし、今、シンラは戦いの前で昂ぶる獣の血を抑え切れないでいた。

「クロ、口付けをしてもいいか?」

 返事を聞く前にシンラは葡萄の粒を口に含むとクロの唇を塞ぎ、舌で葡萄をクロの口内にそっと押し込む。

「ん……」

 口の中で押し潰された果肉を分け合うようにシンラは舌を絡め、クロはそれについて行こうとして必死ですがって舌を伸ばしてきた。

「クロ、お前から口づけをしてくれないか?お前の元に帰ってこられるまじないだ。それからお前の髪を一本くれ」

 シンラはクロの髪を一本抜くと手首に巻き、器用に縛り付けその後マナの唇に指を当てた。

「まじないを」

 目の見えないクロはおずおずとシンラの頭を触れ、大きな獣耳を触り、目、鼻、口に触れてから、手を添えてシンラの唇に小さな唇をつける。

 その仕草が可愛くてシンラは深々と唇を割って、クロの舌を堪能した。

「嫌ではないのか?」

 クロが頷いた。クロは記憶喪失だ。クロは赤頭のことも野合で酷い目に合ったことも覚えていない。

「俺のことを少しは好いてくれているのか?」

 クロが恥ずかしそうに頷いた。

 このまま再び抱き締め口付けを繰り返したいところだったが、時間が急いている。クロを下ろすとすがろうとするクロに、シンラはいつもつけるなめし革のマントを渡し、廊下に出た。

「若、一陣は出立しました。我々も急ぎましょう」

 双子が大量の弓矢を入れた矢筒を背負い、シンラを待っていた。タワヤンギが頭を下げて、シンラを見送る。

「後を頼む」

 シンラは腰のふた振りの剣を確認すると、走り出した。
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