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36 欠けたる者の住処
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薔薇園の横には知恵の館のように人が大勢出入りしており、その中でも薔薇園で働く者が、『欠けたる者』なのに気づいたシンラは、寝台に横たわるテアンに聞こうとして止める。
直樹を連れてテアンに肩を貸し館に運んだシンラは、ざっくりと裂けた傷を水で洗う女官に、ジジの油薬を手渡すと塗るように指示した。
「これを使うといい」
「これは……」
「森の知恵者ジジの名を聞いたことがあるか?その油薬だ。水よりはましだろう」
「ジジ様の……。助かります」
野盗に斬られた刀傷が深い。ほんの少量の白珠を混ぜただけの油薬で、間に合うはずもないが、気休めでもよかったのだ。ジジの油薬は赤王、黄王、青緑王の白珠が少しずつ混ぜられおり、黒国以外の人に効く万能薬だ、
「それにしても、女しかいないのか。武官は死んだのか」
長屋のような平屋の館には白い長衣の女官しかおらず、直樹を抱き抱え座っているシンラは、廊下から来た体躯のいい、シンラと同じくらいの上背の、露出度の高い背格好の女に背後からひょいと覗き込まれる。
「あたくしが武官長のレティですわ。黄宮と薔薇の館には女しかおりませんのよ」
豊満な体躯を薄い布で覆い、金細工の飾りを申し訳ない程度につけた肉感的な女が、
「テアン様、あたくしが不在の時に……申し訳ありません」
と横たわるテアンに膝をつき頭を下げた。
「レティ、そこまでです。仕方がなかったのです。さあさあ、黒王様にはお変わりなく」
中年のふっくらした女が柔らかな物腰で、両膝をつくのを見て、直樹が困ったような顔をし、シンラは膝に乗せた直樹の頭を撫でてやる。
これが王気なのだと突きつけられ、シンラは直樹の手前、その憤りやら苦々しさやらを堪えるしかない。
「黒王は黒国を厭い、今は我が森の伴侶直樹として過ごしている」
シンラの不遜な物言いに女は一瞬戸惑ったが、
「まあそうですか……。お辛い目にあわれたのやもしれませんね。では、直樹様とお呼びしても?あなた様は森の王様でございますね。私は女官長のカララと申します」
と、微笑んできた。
女官長カララの申し出に、
「シンラ」
直樹が嬉しそうにシンラを見上げ、シンラは面映ゆくなって耳を下げてしまう。直樹はシンラが王として認められたと嬉しくなったのだろう。珍しく直樹が臆面もなくシンラに抱きつき、嬉しさのあまり頰に唇をくっつけてきて、シンラはマナを抱き締めた。
それを女官長のカララは、微笑ましいと言った様子で頷き、
「まあ、森の王はシンラ様と申されるのですね。ようこそいらせられました。さて、直樹様、黄国は少しお暑うございますね。お召し物を代えられまし」
と話す。
「でも……」
直樹が戸惑いシンラを見上げる。
確かに暑い。
シンラは一枚脱ぐだけで良かったが、長衣の直樹はそうはいかない。しかも黒衣を隠すローブも着ているのだ。
カララがシンラに目配せをするのに気づき、
「国の作法に従うのも親言使のつとめだ」
と、直樹を膝から降ろして女官に合図をし、直樹を隣の部屋に誘導させた。
女官長カララはふっくらとした体を持ち上げ、
「失礼しますね」
とのし……と体重を掛けて椅子に腰掛け、
「助かりました。黒王いえ、直樹様には聞かせたくないお話しでしたので」
「いや、こちらも助かる。直樹はすぐに何でもどうでも助けにいこうと言い出す」
「まあ、なんとお優しい気質ですこと」
とカララが、ほほ……と笑うが、顔はすぐに陰鬱になる。
「お話しいたします。黄宮に野盗が入り込んだのは、五日ばかり前のことです。以前黄王様と交合した男が、『欠けたる者』として王宮を訊ねて来ました」
シンラも聞いたことがある。黄国の風習では、王が若い全ての未婚の男と交合する習わしがある、と。
「この薔薇園は『欠けた者』の女の住まう場です。黄王様は白珠を沢山おふるまいになりますから、国中の者は傷も治るため『後欠け』はあまりいませんのに、あの者は片目を損ない、王宮で働きたいと来ました」
交合で一度来た若者、多分それが宮の気を許したのだろう。
「王宮で働くところがあるのか?」
「ございます。今は、男たちは出払っておりますが。王の薔薇園で女は働き薔薇香油を作り、それを王宮印として男が各国に取引に行きます。私どもの敬愛する黄王様がお作りになった『欠けたる者』の救済でございます」
「なんと……」
『欠けたる者』には国から土地が与えられない。だから黄王が独自で自分の土地に隔離し、生活が出来る環境を整えたというのである。
「『欠けたる者』を森へやらず、彼らはここで生き、和合し、家族を持ちます。王宮の下働きをしたり、村へ出掛けたり…。生まれた子が欠けていなければ、大きくなれば村や町で暮らします。私たち全てが王に守られているのです」
女官長の話しでは、その後、宮の近くの村に火の手が上がり、武官が出払った後、赤頭と呼ばれた男が飛び込んで来て突然王に斬りつけ、テアンが瞬時王を庇い斬られたのだという。
それを皮切りに野盗が一気に突入し、王宮を占拠されたのだ。
「斬られたテアン様を黄虎が連れて、宮の裏の窪地にあるこの薔薇園に逃げ込んだのが、ことの顛末です。黄王様が私たちを無事に逃がすために、野盗を誘惑し交合を受け入れました。黄王様は不老不死ですもの、きっときっと大丈夫ですわ」
カララが涙を浮かべながら話し、そして黙り込んだ。
直樹を連れてテアンに肩を貸し館に運んだシンラは、ざっくりと裂けた傷を水で洗う女官に、ジジの油薬を手渡すと塗るように指示した。
「これを使うといい」
「これは……」
「森の知恵者ジジの名を聞いたことがあるか?その油薬だ。水よりはましだろう」
「ジジ様の……。助かります」
野盗に斬られた刀傷が深い。ほんの少量の白珠を混ぜただけの油薬で、間に合うはずもないが、気休めでもよかったのだ。ジジの油薬は赤王、黄王、青緑王の白珠が少しずつ混ぜられおり、黒国以外の人に効く万能薬だ、
「それにしても、女しかいないのか。武官は死んだのか」
長屋のような平屋の館には白い長衣の女官しかおらず、直樹を抱き抱え座っているシンラは、廊下から来た体躯のいい、シンラと同じくらいの上背の、露出度の高い背格好の女に背後からひょいと覗き込まれる。
「あたくしが武官長のレティですわ。黄宮と薔薇の館には女しかおりませんのよ」
豊満な体躯を薄い布で覆い、金細工の飾りを申し訳ない程度につけた肉感的な女が、
「テアン様、あたくしが不在の時に……申し訳ありません」
と横たわるテアンに膝をつき頭を下げた。
「レティ、そこまでです。仕方がなかったのです。さあさあ、黒王様にはお変わりなく」
中年のふっくらした女が柔らかな物腰で、両膝をつくのを見て、直樹が困ったような顔をし、シンラは膝に乗せた直樹の頭を撫でてやる。
これが王気なのだと突きつけられ、シンラは直樹の手前、その憤りやら苦々しさやらを堪えるしかない。
「黒王は黒国を厭い、今は我が森の伴侶直樹として過ごしている」
シンラの不遜な物言いに女は一瞬戸惑ったが、
「まあそうですか……。お辛い目にあわれたのやもしれませんね。では、直樹様とお呼びしても?あなた様は森の王様でございますね。私は女官長のカララと申します」
と、微笑んできた。
女官長カララの申し出に、
「シンラ」
直樹が嬉しそうにシンラを見上げ、シンラは面映ゆくなって耳を下げてしまう。直樹はシンラが王として認められたと嬉しくなったのだろう。珍しく直樹が臆面もなくシンラに抱きつき、嬉しさのあまり頰に唇をくっつけてきて、シンラはマナを抱き締めた。
それを女官長のカララは、微笑ましいと言った様子で頷き、
「まあ、森の王はシンラ様と申されるのですね。ようこそいらせられました。さて、直樹様、黄国は少しお暑うございますね。お召し物を代えられまし」
と話す。
「でも……」
直樹が戸惑いシンラを見上げる。
確かに暑い。
シンラは一枚脱ぐだけで良かったが、長衣の直樹はそうはいかない。しかも黒衣を隠すローブも着ているのだ。
カララがシンラに目配せをするのに気づき、
「国の作法に従うのも親言使のつとめだ」
と、直樹を膝から降ろして女官に合図をし、直樹を隣の部屋に誘導させた。
女官長カララはふっくらとした体を持ち上げ、
「失礼しますね」
とのし……と体重を掛けて椅子に腰掛け、
「助かりました。黒王いえ、直樹様には聞かせたくないお話しでしたので」
「いや、こちらも助かる。直樹はすぐに何でもどうでも助けにいこうと言い出す」
「まあ、なんとお優しい気質ですこと」
とカララが、ほほ……と笑うが、顔はすぐに陰鬱になる。
「お話しいたします。黄宮に野盗が入り込んだのは、五日ばかり前のことです。以前黄王様と交合した男が、『欠けたる者』として王宮を訊ねて来ました」
シンラも聞いたことがある。黄国の風習では、王が若い全ての未婚の男と交合する習わしがある、と。
「この薔薇園は『欠けた者』の女の住まう場です。黄王様は白珠を沢山おふるまいになりますから、国中の者は傷も治るため『後欠け』はあまりいませんのに、あの者は片目を損ない、王宮で働きたいと来ました」
交合で一度来た若者、多分それが宮の気を許したのだろう。
「王宮で働くところがあるのか?」
「ございます。今は、男たちは出払っておりますが。王の薔薇園で女は働き薔薇香油を作り、それを王宮印として男が各国に取引に行きます。私どもの敬愛する黄王様がお作りになった『欠けたる者』の救済でございます」
「なんと……」
『欠けたる者』には国から土地が与えられない。だから黄王が独自で自分の土地に隔離し、生活が出来る環境を整えたというのである。
「『欠けたる者』を森へやらず、彼らはここで生き、和合し、家族を持ちます。王宮の下働きをしたり、村へ出掛けたり…。生まれた子が欠けていなければ、大きくなれば村や町で暮らします。私たち全てが王に守られているのです」
女官長の話しでは、その後、宮の近くの村に火の手が上がり、武官が出払った後、赤頭と呼ばれた男が飛び込んで来て突然王に斬りつけ、テアンが瞬時王を庇い斬られたのだという。
それを皮切りに野盗が一気に突入し、王宮を占拠されたのだ。
「斬られたテアン様を黄虎が連れて、宮の裏の窪地にあるこの薔薇園に逃げ込んだのが、ことの顛末です。黄王様が私たちを無事に逃がすために、野盗を誘惑し交合を受け入れました。黄王様は不老不死ですもの、きっときっと大丈夫ですわ」
カララが涙を浮かべながら話し、そして黙り込んだ。
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