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54 ティーの村

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 明についてくると思っていたレキは森に残り、ジジの学びを受けている。何故だか嬉しそうだった。

 どうやら明や直樹のいた世界について、フルトリやハトリと一緒に学ぶらしい。だが、ジジのいた時代は直樹が想像するに幕末あたりつまり明治以前だと思うのだ。同じ日本とはいえ、明治維新前の日本と第二次世界大戦以後の日本では大きく違う。どんな学びをするのか不安になってしまった。

「直樹様、こちらです」

 いつもは冷静で物静かなティーが、少しだけ浮わついた声を出していて、直樹は嬉しくてはしゃいでしまう。この世界に来て二十年程経つが、直樹の記憶がない以上、直樹は十五のままなのだ。

 森の国と接しているティーの深い森の村は、森の宮から程近いところにあった。近いので夜盗に狙われたのだろう。夜盗は野合に男女関係なく拐うのだ。

「ティー、君は果実村の子か?」

 シンラが聞くと、

「はい、祖父が村長をしています」

と話す。直樹は誇らしそうに笑うティーに、ふと思い出し尋ねた。

「ティーはこのまま村に帰るの?寂しくなるな」

 直樹の言葉に左目を髪で隠したティーが、綺麗なアーモンド型の切れ長の目を丸くする。

「い、いいえ。直樹様のお側に」

 叫ぶようにティーが絞り出した。

「僕は村には戻れません。左目は欠けていますし。それに、僕は直樹様が大好きですから、お側にいさせてください」

 直樹は胸が痛んだが、笑い掛ける。欠けたるものは戻らない。万能薬でも、完全再生は出来なかったのだ。

「僕もティーが大好きだから、すごく嬉しい」

「おい、ライバル出現だぞ、シンラ」

「うるさい、明」

 明とシンラが名前で呼び合うのも嬉しくて、直樹はぴょんと跳ねる。

 すると長衣に縫い付けてある狐の尻尾が揺れた。

 フルトリがシンラの抜け毛をコレクションとして大事に集めていて、それを剥ぎ合わせてハトリが作った尾だった。フルトリの泣き顔がいたたまれなかったが、フードを被った直樹は森の小さな狐尾を持つ子供に見えて、誰にも注目されない。

 むしろ赤王と森の王の丁々発止なやり取りを見ていると、直樹はなんだかとても嬉しいのだ。

「シンラ、早く」

 果実の村と呼ばれたティーの村は、秋の果実が沢山なっているらしい。

「林檎、蒲萄、柿、栗など、沢山あります。収穫は村の者総出ですよ」 

と、ティーが誇らしげに直樹に告げるが、そのあと暗い表情をして

「ですが、そこで野盗に捕まりました」

と呟くが、村の入り口で人待ちの老人がティーを見て駆け寄って声はかき消される。

「ティー!」

 その後は声にならない祖父と孫の二人は抱き合い、地に泣き崩れた。
 



 清貧と言う言葉が驚くほど似合う村の村長の家には、村中の人が集まり森の王に平伏していて、直樹はティーの横で嬉しさのあまり、あちこちを見て回りティーにたしなめられる。

「直樹様」

「ごめん。珍しくて、つい」

 この旅で直樹はシンラの従者という形を取っていて、誰もが赤王と森の王に意識が集中していたから、村の人々の様子が掴めて面白い。

「では、この村沿いの森の警護を強化すればよいのだな。分かった、そのように手配する」

 シンラへの申し出に村長であるティーの祖父が地に額をつけて平伏し、村の人々が歓声を上げた。

「しかして、黒国武官が行えば良いことではないか」

 明がそう言い放つと、ティーの横にいた元文官カナメも頷き、

「各村への文官や武官の訪れはないのですか?」

と尋ねる。

「もう十数年もありません。伝書鳥が毎年の作物納品分を告げに来るだけです。ここ最近は八割分を宮に運び、あとの分を村で分け取引をしております。ティーの両親も今、宮の村に出稼ぎに行ったきりです」

 村長の言葉に驚いたのは各王たちで、村人を解散させた後、村長を立たせて話し込んでいる。

「直樹様、家の中に行ってもよろしいですか?」

 直樹はティーに着いていくと、五年前のティーの様子が垣間見られる小さな子供に案内された。ティーの弟だろう。

 きちん整えられた部屋には、ティーが使っていた身の回りの物が少しだけあるが、どれももうティーが使えない物ばかりで、ティーは諦めたようだった。

「これ、とっても素敵だね」

 直樹は机の上に伏しておかれていた木の杯を手にする。

「お恥ずかしながら、僕が彫った物です」

「僕はこの杯で甘いお茶が飲みたいな」
 
 直樹はこの優しい手作りにティーがどれだけ愛されて幸せに育ってきたかを知るが、その反面、野盗に負わされた傷のせいで、その家族と離ればなれにならなければならない残念さを感じていた。絶対におかしいと思うのだ。

「僕はティーと離れるのは嫌だけど、ティーがおうちの人と離れるのも嫌だな」

「直樹様のお気持ちだけで、僕は幸せです」

 ティーが涙ぐむ。

 直樹はシンラに相談してみようと思った途端、シンラに呼ばれて杯を手にしたまま部屋を後にした。

「直樹、行くぞ」
 
「あ、うん」 

 宮の村に行けばティーの両親に会えるということで、この辺りでは一番大きな村へ向かうことにした直樹は考え事をしていて、少しばかり歩みが遅くなる。

 心配したシンラが直樹のところまで下がってきて、直樹をひょいと肩に抱き上げた。

「一人になると危ない。どうした?」

 直樹はシンラの耳に唇をくっつけてから、シンラの首にぎゅっと抱きつく。

「考えがまとまらない。どうしたらいいのかな」

 ティーが左目を隠していた髪を上げ傷を見せると、ティーの祖父は泣いて床に崩れた。傷は黒の実で癒されたが、眼球がないのだ。

 『欠けたる者』は村に不幸をもたらすから、置けないという内々の決まりがあるらしいが、なにがいけないのか直樹には分からない。

 前々からあるだの言い伝えだの様々らしいが、そんな不明瞭なもので縛るのはおかしいとおもうのだ。

「時間は沢山ある。連れていってやるから、一杯考えろ」

 直樹は目を伏して頷いた。
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