うたかた夢曲

雪原るい

文字の大きさ
93 / 94
6話「王女と従者と変わり者と…」

14

しおりを挟む
クリストフの部屋である『5号室』に向かうキリルとユハは、『4号室』を少し過ぎた辺りで立ち止まった。
何で立ち止まったのか、不思議そうに首をかしげたユハにキリルが口を開く。

「…本当のところはどうなんだ?ユハ、お前の気配は少し前からしていたのでわかっているんだぞ」
「さすが水のエルフの血を引いてるだけあるな、僕の"水の気配"に気づくとは。いや、本当に『ショックだったぁ~』しか聞いてないって!」

首を激しく横にふるユハに、キリルは小さく笑った。

「なら、いい…しかし、そう聞こえていたとはな。それより、お前がいて助かった…あのままだと、私はヴェンデルとテルエルから解放されなかった」
「ふーん…もしかして、ケンカでもしてたとか?若者をいじめちゃいけないだろ~」

キリルが怒っていないとわかったユハは、内心安堵するとからかうように言う。

「ケンカをしていたわけではないが…」と呟いたキリルが再び歩きはじめ、『5号室』の扉の前で足を止めた。
少し遅れてユハも扉の前に立つと、キリルは囁く。

「『ショックだったぁ~』という話を、クリストフ様の前でしてくれるなよ」
「わ、わかってるって…」

その件に一言でも触れればキリルに呪われそうだしな、と考えて苦笑するユハを横目にキリルは扉をノックした。
部屋の中から返事が聞こえてきたのを確認し、扉を開けて頭を下げる。

「客人をお連れしました、クリストフ様」
「…ぇ、客?誰が――」

首をかしげるクリストフは、キリルが連れてきたという客を見て親しげな笑みを浮かべた。

「あぁ…久しぶりです、ユハ。元気でしたか…というか、よく僕の部屋がわかりましたね?」
「久しぶりー!元気だけど…うーんと、お前の姉ちゃんから聞いたんだ――手紙で」

片手を軽く上げて挨拶したユハは、苦笑する。
――ちなみに、手紙には『クリストフの部屋、破壊されたから旧棟に変わったよ』という内容だったらしい。

「な、なるほど…そういう事でしたか。じゃあ、姉さんにはもう会ったんですか?」
「んー…今日は、クリストフとエトレカに会いに来ただけだし。というか、お前の姉ちゃんに会う方が大変だから…今度にした」

親しい友人を部屋に招き入れたクリストフはユハの言葉に何度か頷いた後、本題を訊ねた。

「まぁ、そうでしょうけど…それより、ユハ。今日は、どうしてここに…?」
「あー、そうだ…アルネが狂ったって聞いてさ。死んだ伯父の代わりに、を果たそうと思ってね…少しでも力になれればって」

紐に通している金色の小さな指輪を、ユハは掲げるように見せる。
ようやく見つけられたのか…と安堵したクリストフは、すぐにある事を思いだし慌てて口を開いた。

「一体、何処にそれが――でなくて、実は僕の部下達が向かってるんですよ…あの屋敷へ」
「何処って、お前の兄ちゃんが遺跡で…って、もしかしてセネトっていう赤っぽい人間の事か?下で会ったし」

首をかしげつつ訊ねるユハに、クリストフは小さく頷いて依頼内容について伝える。
依頼内容を聞いたユハは、小さく息を吐いて眉をひそめた。

「そっか、エリシカ・メニートの…ね。それは、セネトってやつに任せればいいんだろ?アルネの方は、何とかするよ」
「お願いします…あぁ、セネト達はもう行ってるかもしれないので…向こうで合流して説明を」

クリストフの言葉に、指でオッケーサインをだしたユハは駆け足でクリストフの部屋を後にする。



ユハを見送ったクリストフに、キリルが囁くように疑問を口にした。

「…ユハは、もしかすると本体に戻って屋敷へ向かうのでは…?」

人の姿で――徒歩で向かうより、本来の竜の姿で向かった方が早いと考えるのではないか…と思い至ったらしい。

「まぁ、飛んで行った方が早いでしょうが…あ――」

そこまで言うと、クリストフは動きを止めた。

竜の国ならば本来の姿に戻っても騒ぎにならないだろうが、ここは他種族の者もいるとはいえ人の国である。
そこに突然、水竜がどーんと現れ上空を飛べば騒ぎになる可能性が高い……

「いやいやいや…ユハ!?ちょっと待って!キリル、ユハを止めてください!!」
「…御意」

慌てるクリストフの言葉に、キリルは静かに腰を折ると小さな風だけを残して姿を消した。
数秒して外からユハらしき悲鳴が聞こえ、安堵したクリストフは足早にそこへ向かうのだった……


***
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...