薬術の魔女の結婚事情【リメイク】

月乃宮夜見

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一年目

16：変化

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「ちょっと待ってよ」

　声に足を止めフォラクスが振り返ると、アザレアが追い付く。走っていたのか、息を弾ませ頬を上気させていた。

「ま、待って……息がちょっと……」

　彼女の息が整うのを待ちながら、フォラクスは彼女の格好を観察する。
　何か獣……恐らく猫を表象し作られたらしい、髪と同色の尖った耳と長い尾が体から生えている。
　手袋はかなり完成度が高いが、あまり巷ちまたでは見かけないので恐らく自作なのかも知れない、と推察した。

「……なんで、」

　息を整えながら、アザレアは口を開いた。

「あの時、棚の間にいたの？」

「……其処そこが気になりますか」

　独特な着眼点だ、とフォラクスは苦笑する。

「気になるよ。……もしかして、私が通るからそこにいた感じ？」

「いいえ。唯ただ、人気の無く静かなあまり広くない場所を探した結果です」

「へぇ。集中したかった感じ？」

「えぇ。……其それを問う為に態々わざわざ、私奴を追い駆けたのですか」

「んー。それもちょっとそうだけど、本題が……」

　アザレアは顔をやや逸らし、視線を少し彷徨さまよわせたのち、

「ん。」

と、フォラクスの方へ、液体の入った容器を差し出した。中身は氷の入った茶のようで、露店で売られていたものだろう。

「……此これは？」

「『お疲れ様』ってこと！　決闘とか！」

「……有り難う御座います」

　上手く、いつものように笑えただろうか。と、思うほどに、フォラクスは動揺していた。
　先程以上に顔を赤くし、こちらを見上げるアザレアの様子が、何となく……。

「……好きなもの、分かんなかったから前飲んでたアイスティーにしといたんだけど」

　彼女の言葉にはっと我に返る。

「然様ですか」

　動揺を隠し、フォラクスは差し出された容器を受け取った。

「あのさ。決闘はきみが勝ったみたいだけど、そのあとなんていったの？」

　容器の半分程に減った、少し赤がかった液体を飲み、彼女は問う。恐らくこれが本題なのだろうと、フォラクスは推察する。

「……何も」

小さく息を吐き、答える。

「ふーん？」

「『唯ただの婚約者であるだけの私わたくしが同級生等などと言う枠組み如ごときに口は挟みません』とだけ、言っておいたのです」

「……本当に、そういった？」

「……ふふ」

　口角を下げ、アザレアは胡乱うろんな目で見上げるが、フォラクスは微笑を浮かべるだけだ。

×

「処ところで、貴女は出店か何かをしていると、仰おっしゃっておりませんでしたか」

　いつまで経っても側を離れないアザレアに、フォラクスは問いかける。

「あ、そうそう。わたしが作った美容液や傷薬とか売ってるんだよ」

　冊子を開き、「この場所だよー」と、指し示す。フォラクスは既に場所と内容は知っていたが、相槌あいづちを打っておいた。

「ふむ。やはり、噂通りに様々な薬を生成出来るのですね」

「うん。割と固定のお客さんとかもいるんだ、実は！」

　アザレアは得意そうに胸を張る。確か、出来は下手な薬師よりも良いらしいとフォラクスは聞いていた。

「店は見なくて宜しいのですか」

「うん。きみの決闘を見に行くために今日は展示だけにしておいたんだ。販売は明日から」

「……午後からでも販売くらいは出来るのでは」

「もうすでに手続きやお知らせしちゃったから無理だよー」

「……良いのですか？」

「や、だってきみがあんな数秒で方かたをつけるなんて思いもしなかったし」

「……魔術師を甘く見ておりませんか」

「だって、きみ以外の魔術師達にはあっさり勝ったって聞いてたし……」

「まあ、良いでしょう。其れで。用事は済みましたか」

「あっ、ちょっと待ってってば」

　歩いて引き離そうとするが、アザレアは仔猫のように後を付いて回る。必死なその姿に、仕方無いので足を止めた。

「きみ、歩くの早いよ……」

「すみませんね。脚が長いもので」

「その言い方なんか腹立つ」

　アザレアは少し頬を膨らませる。

「というかさ。なんでそんなに、いなくなりたがるのさ」

「居なくなりたがる、と言うよりは私が居ない方が楽しめるのでは、と考えただけです」

「え、なんで？」

「貴女は私と共に居る依より、御学友との方が学芸祭を楽しめるかと」

「一緒行こう、って……まあ直接そうはいってなかったけど、そういったつもりだったんだけど」

「其それは、義務感のようなものでは」

「違うよ」

　柳眉を寄せ、アザレアはフォラクスを見上げる。

「きみと、一緒にまわってみたいなって思ったんだよ」

「……然様か」

「うん。どこ行くか決めてなかったけどさ」

「……では、暫しばし待たれよ」

　彼女自身がそう望むのならば仕方ない、と考えたフォラクスはアザレアに告げる。

「えっ、なに？」

　彼女から少し離れ、自身に変化へんげの術をかける。
　先程は決闘のせいで少し目立ってしまったようなので、フォラクスは変装がてら『虚霊祭の仮装』をする事にしたのだ。

「まあ、是これで良いでしょうか」

　骨格がやや獣に近い形状に変形し、身体が頭髪に近い色の毛皮に覆われた。

「此この姿の方が、厄介事は減りそうですし」

「うわっ、結構グロいね。それなに？」

　フォラクスの頭部や腰に生えた耳を見て尾を突つつき、アザレアは問いかける。

「魔・猫・、ですよ」

　更に尾へ触れようとした手を避けるようにして、フォラクスはアザレアに向き合った。そして血糊に塗れた鋭い爪を見せ、答える。

「ふーん。猫、可愛いよね！　好きなの？」

「…………そうですね」

　目を輝かせるアザレアに、フォラクスは微笑んで頷いた。

「(……思いの外、鈍い方のようだ)」

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