薬術の魔女の結婚事情【リメイク】

一年目

50：巡廻

　婚約者のアザレアは今度もまた、冬季休業と同様に夏季休業は生家へ戻ったようだ。今回は、直接彼女から聞いた。

「だから、また会えるのは夏休み明けだね」

　と、アザレアに告げられた際になぜか、フォラクスは胸が痛んだ。
　来年以降は視察として魔術アカデミー内で会うことはない。それは分かっているはずなのに、彼女はそう告げる。……それとも、彼女は外でも会おうと思ってくれるのだろうか。

「そうですね」

　ゆったりと頷き、フォラクスは薄く微笑む。
　その後、アザレアは試験の結果を自慢気に見せ、

「ありがとう。きみのおかげだよ」

と、フォラクスに感謝を述べた。

「私は、貴女に問われた事に返答、而そして解説をした迄まで。其それを知識等として紙に書き出し評価されたのは貴女の実力です」

　そう、いつものようにフォラクスが返すと

「それでも、やっぱりきみのおかげだよ。自己満足のお礼だから気にしないで」

アザレアは困ったように笑う。

×

　宮廷に用意された仕事場で、フォラクスは普段通り魔術の研究という仕事と、国の未来の先行きを見る。見たところであまり変わらないが。

「(……矢張り、あまり気に食わぬ)」

　仕事の最中だと言うのに、集中が切れる。余計なことが頭に過ぎる。婚約者の、アザレアのことが。

「(………何かが、気に入らぬ)」

　彼女の、毅然とした態度が特に、である。無意識に握り締めていた手を開き、気を落ち着かせるよう小さく息を吐く。気が散るくらいならば一層のこと、逆に考えてやろうかとフォラクスは仕事の手を止めた。
　彼女はあの見目の良さと明るい性格からか、周囲から好意を持たれやすい。
　そしてアザレア自身はほとんど全ての相手に、平等で優しい態度を示す。だがその理由は、彼女自身が本気で周囲の態度に何も感じていないからだ。彼女に近しい者は既に察しているだろう。

「(……其それでも)」

　素直な彼女を好ましく思い、側に居たいと願う者のなんと多いことか。
　フォラクスは自身が随分と捻くれているのは理解しているが、彼女はあまりにも純粋無垢で

「(…………私には、不釣り合い過ぎる)」

穢れ切った自身に対する劣等感が燻ってしまう。
　アザレアは、恐らく彼女なりには周囲を見て居るつもりなのだろうが、細かい感情の動き等には鈍い。他より繋がりが深いはずの友人達に対してもそうである。

「(成らば)」

　彼女はフォラクス自身のことなど間違っても直視するはずも無いだろう、と言い聞かせた。

「……(……彼女は。私等と云う存在を唯、そ・う・い・う・事・象・だと認識しているだけで)」

『それがきみなんだね』などと、云った

「(『私を認めたかのような』其それは、唯ただの気紛れだ)」

　深く息を吐き、余計な思考はそこで終いにする。なぜだか、非常に気分が悪くなった。

「(何故、斯様に感情を揺さぶられるのか)」

×

　夏の日差しが翳かげりを見せ始める頃、宮廷では豊穣の儀が行われる。
　豊穣の儀はその名のとおりに豊穣を願い、冬への備えを神と約束する儀式だ。
　そのようなことをしなくとも、確かな雨天と日差しが有れば問題は無い、と周囲から思われがちな儀式であるが、無論、他の儀式と共に大事な儀式で、これを欠かすと不思議と実が実らなくなる。
　儀式の最中は余計なことも考えないで済んだ。それだけが、唯一の救いのように思えた。
　集中し、瞑想し、文言をただ無心で唱え、国の安寧を祈り、国の防護の結界を張る。

　そうして過ごすうちに益々ますます日差しは翳かげりを強め、再び秋が戻るのだ。