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二年目
56:御守り。
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「……あのさ、」
それから次の、図書館で勉強を教えてもらっている時に、思いきってアザレアはフォラクスに聞いた。
「きみの家と図書館ってどっちがアカデミーに近いの?」
「……何故、聞くのです?」
怪訝な様子でフォラクスは聞き返した。それもそうだろう。一度『家に来るのはどうか』と提案した際に、『今のところはいいかな』と、遠回しに誘いを拒否したのだから。
「んー、ただちょっと気になっただけだよ」
一度断っただけに、アザレアは深くは聞けず、口籠る。
「然様ですか。……そうですねぇ」
フォラクスは軽く頷き、考えるように目を閉じた後
「図書館の方でしょうか」
そう、ゆっくりと目を開いて答えた。
「そうなの?」
「えぇ。充てがわれた屋敷は、何方かと言えば王城と軍部の施設に近いので」
魔術アカデミーは平民の住宅地や商店街に近いところにあるが、軍事施設はそこから王城を挟んで反対側にある。王城と軍事施設に挟まれたそこは貴族達の邸宅が並び、静かで荘厳な雰囲気の街並みの場所だ。
「ふーん」
けっこう良いところ(と、一般的に言われる土地)にあるんだな、と思いながらアザレアは頷く。
「其れはまあ、私が宮廷魔術師をしている関係上、仕方の無い事で御座いますよ」
「なるほど?」
「王城と軍部の目の届く位置で管理したい、と言うものでしょうか」
魔術を自在に操れる宮廷魔術師が、何か不穏な行動を起こしても把握しやすく、魔力暴走で魔獣化してしまっても軍部が近いので即座に対処できるからだろう、と彼は言う。
「大変そうだね」
ふーん、と感心したようにアザレアが相槌を打つと、
「…………そうですね」
そう、少し間を空けフォラクスは頷いた。他人事のようなその態度に少し思う事があったようだが、アザレアは気付いていない。
宮廷魔術師である彼と結婚するならば、間違いなく彼女にも関係する話だというのに。
実際、結婚しようがしまいが、住処がどこに移ろうが彼女の興味感心には引っかからなかった。自身の趣味である薬草採りや薬づくりに支障がなければ、の話だが。
「然し、市井にもそれなりに近しい位置にも有ります故、生活するには困らない場所でもあります」
「そうなんだ」
「……興味がお有りで?」
何故、今になって屋敷の事を訊くのかと、フォラクスはアザレアの顔を見るが、
「んー。……授業が終わった後に図書館まで行く時間がもったいないかもって思ったから、きみの家に行くのはどうかなって思っただけだよ」
「然様ですか」
どうやら、彼女はあまり深くは考えていないらしいと悟る。そのような気がしていたので落胆はない。
「でも、逆にもっと遠そうだなぁって思った」
「……問題は有りませぬが」
「どゆこと? 『きみを呼んで連れて行ってもらう』ってのなら、却下したい。だって教えてもらってるのに、お迎えもってなったら、きみの方にばかり手間をかけちゃうし」
「……そうですか。然し、移動距離について言えば、術式を使えば距離等有って無い様な物です」
「なんで?」
アザレアが問いかけると、フォラクスは懐から一枚の札を取り出した。その札は薄い木の板でできているようで、時折彼がくれたり使用したりしている紙の札と比べて、丈夫そうだ。
「此の札には、特定の場所にのみ移動出来る術式を仕込んでおります」
言いながら、彼は札をアザレアに手渡す。
「術式?」
「然様です。此の札を床へ置きさえすれば、札に刻まれた場所へ踏んだ者を移動させるのです」
「へぇ」
受け取ったそれは意外に軽くて薄い。だが不思議と、手で折れてしまいそうな気配が無かった。
「而。此れは以前に貴女を山へ連れて行ったものとは違い、何度でも使えるものです。……刻んだ術式を消さなければ、の話ですが」
「そうなんだ」
「もう一つ。此の札は対になっておりまして」
「対?」
「はい。此の様に、同じ札が此方に」
フォラクスはもう一枚、薄い板を懐から取り出す。
「ほとんどおんなじだ」
「先程、『特定の場所へ送る』と申しましたが、その行き先は『対の札を置いた場所』なのです」
「ふむふむ。……つまり、目的地……例えば、きみの家のどこかにその札を置いて、わたしがその対の札を踏めば、いつでもすぐにきみの家に行けるってことなんだね?」
「えぇ。その通りで御座います」
「おまけに、対の札をわたしの部屋とかに置いておけば、門限もあまり気にしないですぐに帰れる」
「然様。……図書館は公共の機関ですから札を置く事は出来ませぬが、私の家ならば気にせず御使用頂けましょう」
「……そっかぁ」
随分と便利な代物を彼は持っているらしい。
頷きながら、アザレアは木の札をフォラクスへと手渡す。
「…………其れで。如何致します?」
問いかける目を細め、挑発するかの様に木の札をアザレアに見せた。
「んー……ちょっと考えさせて」
「そうですか。……あぁ、色々と……例えば不法侵入等の悪用が気になりますか。其の点は問題は有りませぬ。貴女の魔力を少し分けて頂ければ。特定の魔力の保持者のみ、使用可能な札に調整を致します故」
御手を、とフォラクスは札に触れるよう促す。
「……それなら」
そして。あれよあれよという間にアザレアの魔力を認識する札ができあがり、帰りにはその札を手渡され持ち帰る羽目になっていた。
×
自室にて。
貰った札を見ながら、アザレアは呟いた。
「…………なんか、やけに準備が良かったなぁ」
と。
それから次の、図書館で勉強を教えてもらっている時に、思いきってアザレアはフォラクスに聞いた。
「きみの家と図書館ってどっちがアカデミーに近いの?」
「……何故、聞くのです?」
怪訝な様子でフォラクスは聞き返した。それもそうだろう。一度『家に来るのはどうか』と提案した際に、『今のところはいいかな』と、遠回しに誘いを拒否したのだから。
「んー、ただちょっと気になっただけだよ」
一度断っただけに、アザレアは深くは聞けず、口籠る。
「然様ですか。……そうですねぇ」
フォラクスは軽く頷き、考えるように目を閉じた後
「図書館の方でしょうか」
そう、ゆっくりと目を開いて答えた。
「そうなの?」
「えぇ。充てがわれた屋敷は、何方かと言えば王城と軍部の施設に近いので」
魔術アカデミーは平民の住宅地や商店街に近いところにあるが、軍事施設はそこから王城を挟んで反対側にある。王城と軍事施設に挟まれたそこは貴族達の邸宅が並び、静かで荘厳な雰囲気の街並みの場所だ。
「ふーん」
けっこう良いところ(と、一般的に言われる土地)にあるんだな、と思いながらアザレアは頷く。
「其れはまあ、私が宮廷魔術師をしている関係上、仕方の無い事で御座いますよ」
「なるほど?」
「王城と軍部の目の届く位置で管理したい、と言うものでしょうか」
魔術を自在に操れる宮廷魔術師が、何か不穏な行動を起こしても把握しやすく、魔力暴走で魔獣化してしまっても軍部が近いので即座に対処できるからだろう、と彼は言う。
「大変そうだね」
ふーん、と感心したようにアザレアが相槌を打つと、
「…………そうですね」
そう、少し間を空けフォラクスは頷いた。他人事のようなその態度に少し思う事があったようだが、アザレアは気付いていない。
宮廷魔術師である彼と結婚するならば、間違いなく彼女にも関係する話だというのに。
実際、結婚しようがしまいが、住処がどこに移ろうが彼女の興味感心には引っかからなかった。自身の趣味である薬草採りや薬づくりに支障がなければ、の話だが。
「然し、市井にもそれなりに近しい位置にも有ります故、生活するには困らない場所でもあります」
「そうなんだ」
「……興味がお有りで?」
何故、今になって屋敷の事を訊くのかと、フォラクスはアザレアの顔を見るが、
「んー。……授業が終わった後に図書館まで行く時間がもったいないかもって思ったから、きみの家に行くのはどうかなって思っただけだよ」
「然様ですか」
どうやら、彼女はあまり深くは考えていないらしいと悟る。そのような気がしていたので落胆はない。
「でも、逆にもっと遠そうだなぁって思った」
「……問題は有りませぬが」
「どゆこと? 『きみを呼んで連れて行ってもらう』ってのなら、却下したい。だって教えてもらってるのに、お迎えもってなったら、きみの方にばかり手間をかけちゃうし」
「……そうですか。然し、移動距離について言えば、術式を使えば距離等有って無い様な物です」
「なんで?」
アザレアが問いかけると、フォラクスは懐から一枚の札を取り出した。その札は薄い木の板でできているようで、時折彼がくれたり使用したりしている紙の札と比べて、丈夫そうだ。
「此の札には、特定の場所にのみ移動出来る術式を仕込んでおります」
言いながら、彼は札をアザレアに手渡す。
「術式?」
「然様です。此の札を床へ置きさえすれば、札に刻まれた場所へ踏んだ者を移動させるのです」
「へぇ」
受け取ったそれは意外に軽くて薄い。だが不思議と、手で折れてしまいそうな気配が無かった。
「而。此れは以前に貴女を山へ連れて行ったものとは違い、何度でも使えるものです。……刻んだ術式を消さなければ、の話ですが」
「そうなんだ」
「もう一つ。此の札は対になっておりまして」
「対?」
「はい。此の様に、同じ札が此方に」
フォラクスはもう一枚、薄い板を懐から取り出す。
「ほとんどおんなじだ」
「先程、『特定の場所へ送る』と申しましたが、その行き先は『対の札を置いた場所』なのです」
「ふむふむ。……つまり、目的地……例えば、きみの家のどこかにその札を置いて、わたしがその対の札を踏めば、いつでもすぐにきみの家に行けるってことなんだね?」
「えぇ。その通りで御座います」
「おまけに、対の札をわたしの部屋とかに置いておけば、門限もあまり気にしないですぐに帰れる」
「然様。……図書館は公共の機関ですから札を置く事は出来ませぬが、私の家ならば気にせず御使用頂けましょう」
「……そっかぁ」
随分と便利な代物を彼は持っているらしい。
頷きながら、アザレアは木の札をフォラクスへと手渡す。
「…………其れで。如何致します?」
問いかける目を細め、挑発するかの様に木の札をアザレアに見せた。
「んー……ちょっと考えさせて」
「そうですか。……あぁ、色々と……例えば不法侵入等の悪用が気になりますか。其の点は問題は有りませぬ。貴女の魔力を少し分けて頂ければ。特定の魔力の保持者のみ、使用可能な札に調整を致します故」
御手を、とフォラクスは札に触れるよう促す。
「……それなら」
そして。あれよあれよという間にアザレアの魔力を認識する札ができあがり、帰りにはその札を手渡され持ち帰る羽目になっていた。
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貰った札を見ながら、アザレアは呟いた。
「…………なんか、やけに準備が良かったなぁ」
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