薬術の魔女の結婚事情【リメイク】

月乃宮 夜見

文字の大きさ
129 / 200
三年目

129:頼っても良いんだよ。

しおりを挟む
「……さて。無事逃げおおせ……撤退も出来ましたし。彼等の事も済みましたし」

 ようやく暇になる、とフォラクスは自室で少し伸びをする。

「(……実に、誰かのためにと動くのは面倒だ)」

普段も、国のために仕事をしているのだが。

「(まあ、れで転生者は『聖剣』を失い、覚醒者も覚醒することは無くなりましたね)」

 転生者が死に聖剣が砕ければ話は変わりますが、とフォラクスは呟いた。これで、不用意に転生者と覚醒者の監視を重要にする必要がなくなった……はずだ。転移者には直々の監視員が世話役の名目で就いたし、『薬術の魔女』の監視にだけ集中すれば良い。

しかし。思いの他、良い物が手に入りましたね」

 呟き、どさくさに紛れて入手した覚醒者の所持していた腕輪を懐から取り出す。

「『魂封じの腕輪』……ですか」

 くすんだ金色の、古い文字の意匠が特徴的な腕輪である。かなり古い文献にその所在が記されていた実在する強力な封魔の腕輪。実際のところ、使用者によっては魂の開放を行うこともできるらしいので結局は使用者の意思や色々に左右される品物だ。

「……ふふ」

 それを見、フォラクスは小さく笑いを零す。、と。
 まあ、本当は珍しいものなので分析を行い仕組みを解き明かし、用が済んだところで『そういえばこんなものを預かっていました』と忘れた風を装って返すつもりではあった。だが、覚醒者に渡った経緯を思い出すと、腕輪本来の価値が些細に思えるほどに、返す気が失せる。
 しかし。しばらくすれば、どうせ返さねばならない。どうしようか、と、次は返って冷静に思考する。

「……」

 解析もかねてしばらく所持する方が良い、と直感が告げた。

×

 少しして、屋敷内に小さめの気配が現れたのを感じる。どうやら、アザレアが本を読むか実験をするために屋敷へと訪れたらしい。
 出迎えには式神を向かわせた。少し前まで時間が合えば自ら出迎えに行っていたのだが、儀式準備でそれが出来ていなかったのだ。……今日は儀式や後始末で疲れていたし、どうせ気にしないのだろうと目を閉じた。
 最近は何やら夢見草の花を大量に運び込むので、研究の対象を夢見草の花にしたのだと予想する。実際、監視用の式神が伝える情報もそれに準じたものだった。

「(嗚呼、頭が焼き切れそうだ)」

 椅子の背もたれに寄りかかり、フォラクスは深く息を吐く。
 転生者と覚醒者の二人には『儀式中には何も無かった』と言ったが、それは虚言だった。
 当然のように、儀式の最中にも複数の呪猫フェレスの分家から邪魔が入っていたのだ。本家は恐らく様子見をしていた。

「(……いくら私を嫌っていても、儀式の邪魔立てなど、御法度でしょうに)」

 儀式の進行と、結界を張ること。そして、儀式の妨害の排除。
 儀式の進行は片手間にでき、結界を張るのは式神と札でどうにか補った。最も面倒だったのが儀式の妨害を排除することだ。儀式の妨害を行った家は、方角から大まかな予想は立てている。
 儀式の終盤で急に妨害が減ったのは、

「(…………気の所為せいでしょうね)」

と、思ってみたものの、そんなはずはない。
 助けられたのだ。呪猫フェレスの本家から。
 恐らく儀式を中断させるよりも終わらせた方が懸命だと判断されたからだろう。

「(まさか、助けられるとは)」

そう、疲れのせいか鈍く痛む頭で思う。
 最近はよく疲れる事が多い、と溜息を吐いた所でふと時計が目に入る。

「(……そうでした。昼食を、用意しなければ)」

彼女のために。
 下拵えをして、調理をして、食事を与えなければ。
 彼女は妙に偏った食事を摂るので、この屋敷に居る時くらいはまともな食事を食べさせた方が良いだろう、と思ってのことだった。

「(……しかし、眠い)」

 少しだけならば、休んでも良いだろうか、と、ゆっくりと、目を閉じる。

×

「ふんふふーん、お、そろそろお昼ごはんの時間だ」

 ふと時計に目を向けると、屋敷の調理場で式神達が動く頃だった。
 だが、

「あれ、音がしない?」

 なんとなく静かだった。
 そっと調理場に向かうと、

「ん、何も動いてない」

何の準備もされていないようだった。珍しいな、と思いながらアザレアは調理場に立ち入る。

「……そうだ、」

×

 控えめに、部屋の扉を叩く音がした。

「っ、」

目を開き、フォラクスは起き上がる。

「(……抜かった。寝過ごしてしまうとは)」

急いで時計を見る。昼食を作り終えているはずの時間だった。

「ねー、だいじょぶー?」

 戸の向こうから、アザレアの声がする。恐らく、普段は用意されているはずの食事が無かった事の催促か何かだろう。

「……大丈夫です。嗚呼、食事の用意が遅れてしまいましたね」

 今から用意します、とフォラクスが戸を開くと

「ん。ごはんなら用意しなくて大丈夫だよ。わたしが作っといたから」

と、エプロンを着けたアザレアが、満面の笑みで立っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

処理中です...