仮の面はどう足掻いても。

月乃宮 夜見

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その頃のバケモノ達。

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「あのぉ、ワタクシ達は何するんですか?」

 卯が妖精の国に向かった頃、戌は酉に訊いた。

「調査だけど」

酉は簡潔に答える。

「アナタがいるなら勿論調査でしょうよ。 どんな調査をするんですか?」

「コレの使用者を特定したくてね」

酉は透明な瓶を申と戌に見せた。

「それは?」

「さっき、丑クンと寅クンが妖精に襲われたみたいで、その時に持ってきたやつ」

 申は、受け取った瓶をよく見る。 ただの、無地の瓶だ。 瓶を傾けると、底にまだほんの僅かにだけ、薄赤い液体が残っていた。

「解析は」

「解析より先に持ち主見てこいって言われたんだ」

申の問いかけに、酉は簡潔に答える。

「戌クン、におい辿れるよね?」

酉の言葉に、申は戌に瓶を引き渡した。

「まあ。 ……あれ、この匂い」
「液体の匂いじゃなくて、纏わりついてるだよ」

瓶のにおいに何かを感じ取った戌が口を開こうとした瞬間、被せて酉は言う。

「或いは、僅かにだ」

「ほえー」

酉からのリクエストに、面倒そうだなーと戌は雑に返事した。

「間抜けな声上げんじゃねーよ」

早くしてくれ、と申は戌を催促する。 戌ににおいを特定してもらうのが今回の調査の肝らしい。

「はぁ?! 器用貧乏のクセに、専門家のやることに口出ししないでくれます?」

「あ¨あ¨ん? 嗅覚と暴力しか取り柄が無ェクソ犬の癖に偉そうだな?」

「急いでるから、さっさと分析始めてね」

喧嘩はいつでも出来るでしょ、と酉は申と戌を引き剥がした。


×


「うーんと、まずは『人間のにおいが3つ』。若い男、若い女、かなり若いにおい、ですね」

 瓶を手に取り、そのにおいを嗅いだ戌は言う。

「妖精のにおいは頭イカレるんでパス。 あとは……古い木と石、金属のにおい。 ……空気がここと同じにおいがするので、この世界に拠点を置いてます」

戌の言葉を、申は手に持つメモ帳に書き込んでいく。

「あと、『草』です」

「草? 何でだ」

「ワタクシも知りませんよ。 ただ、一緒に長い間保存してあったのか、割と強く残ってます」

「種類は?」

「確か、……ええと、アレです。 魔力吸着が強いやつです。 未殿が『おいしくないんだよね』と泣いていたので覚えました!」

「とんでもねー覚え方すんな」

声真似と共にドヤ、とキメ顔をした戌を申は叩いた。

「あとは……新しいにおいや丑さんのにおいなので、多分違うと思うんですよね」

こんなもんでしょうか、と戌は酉を見る。

「流石戌クンだね」

「ふふん。 細かく判るの、不気味でしょう」

「私の性質上、もっと色々分かりますよ」と、にたりと笑った戌に「そういうもんかね」と申は息を吐いた。

「何か問題でも?」

「ただのお前の趣味だろ」

「そうですね! 元々は性質だったんですけど、趣味になりました」
「最悪じゃねーか」


×


「この辺りですよ。 同じ木材と石材、金属のにおいがします」

 戌がにおいを辿って連れた場所は、廃墟だった。

「ふうん、……誰も居ないな」

廃墟を見上げ、酉は呟いた。 目に魔力を通して、透視したようだ。

「逃げられたか?」

双眼鏡を目に当てたまま、申は訊く。

「そうみたい、だねぇ」

「どうします?」

戌は、親指と人差し指の先を合わせて輪の形にし、できた穴を目に当てている。 申と戌も、建物内を透視し、「本当に何もねーな」「すっからかんですねー」と何も残っていなさ過ぎて、逆に感嘆の息を吐いた。

「一応、中を見て回ろうか」

酉は、申と戌に提案する。


×


 酉と申、戌は、廃墟内を注意深く見て回った。

「何も残ってねー」

全て見回った後、よくやるよなぁ、と申は溜息を吐いた。

「逃げる際にも、風が強いタイミングを狙ったみたいで、においも全く無いですし、逃げた方向も分かりませんよ」

妖精ぶっ叩いた方が早くないですか? と色々面倒になった戌が酉に訊く。

「逃げられたのは別にいいんだよ。 捕まえるのは何時だってできるし」

それに、と酉は続ける。

「誰なのかは、これで分かる」

酉は、廃墟内で見つけた『焦り』と『不安』の穢れを採取した小瓶を、申と戌に見せた。

「『焦り』は思考が単純だから、直線的に行動する性質がある。 それを常に安心を求める性質の『不安』と混ぜれば、ほぼ確実に感情を生み出した主の元へ向かう」

「はぁ、」「なるほどな」

上手く穢れの性質を利用してんなぁと申と戌は相槌を打った。

「これを怪物にして、それを追えば見つかるはずだ」

「じゃあその役は申クンに頼んだよ」と、穢れの入った小瓶を申に手渡す。

「持ち主を追うのは、君達に任せてもいいかな」

「え、何でですか」

 調査の要を申と戌に譲った酉に「いっつも逃げる奴を、嬉々として追ってるじゃないですか」と戌は信じられないものを見たかのように首を傾げた。

「オレには、他にやる事があるんだ。 ……一寸ちょっと相手が居てね」

「……まあ分かった」

酉の言葉に微妙な顔で頷いた申に「理解が深くて大変に助かるよ」と頷き、戌の方を見る。

「戌クン、君は一旦組織に戻って、午クンからその瓶の解析データ出してもらって」

「承知しましたよ」

「目に見える証拠が無いと、何とでも言われてしまうからね」

「その瓶を割らないでよ」と注意を促す酉に「はいはーい」と軽く返事をし、戌はゲートをくぐって帰った。


「で、俺は?」

 戌が居なくなった後、酉に訊く。

「調査が終わったら、組織に戻って子クンの指示に従って」

酉は調査で使った道具達の後始末をしながら、申に答えた。

「へいへい」

それと、と酉が口を開きかけた時、一瞬、動きが止まった。

「……どうした」
「そろそろ卯クンが国を出るから、戦闘……じゃなくて、防御準備をしておいて」

 少し急いだ口調で酉は申に云う。

「ん?」
「最悪、卯クンをよろしく」

酉は申に被せるよう言葉を投げ、荷物を手早く纏め始める。 みるみるうちに周囲の片付けが終わっていく。

「あ?」
「まあ、最上位幹部とはいえ、最近なったばかりだから」

纏め終えた周囲の荷物を「これもよろしく」と、申に押し付けた。

「お、おう」
「組織に帰った後は本人の意思を優先させるほうでいいんだけど、」

酉は虚空から書類と羽ペンを出し、急いで何かを書き込んでいく。

「仮に、オレのところに連れてくるときは、連絡よろしくね」

何かを書き込んだ書類も受け取り、申は頷く。

「よくわかんねーけど」
「じゃあ、急いで卯クンのところに行こう」

そう言うなり、酉はクロークの裾を翻した途端に申の視界から消えた。

「えっ、早」

 酉の唐突な行動に置いて行かれた申は、数刻呆然とした後に、我に返った。

「……はァ!? コレ全部俺に持たせんの?」

周囲を見れば、調査に使用した取り扱い注意の機械や道具、薬品等が詰まった大きめの荷物が複数ある。

「まあ、できなくはねーけどよ」

 申は自身のマントに、周囲の荷物を突っ込んだ。
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