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第3話 魔王の再誕
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ことのついで──そう考えていた太陽神アポロンとの対談だったが、結果としてこのクエストは本日の依頼の中で最も重要な意味を持つことになる。
しかし、「若葉」がダンジョンを踏破し、アポロンに謁見した段階ではもちろん彼らがそれを知る由もない。
「おお、よくぞ来ましたな!勇者一向よ!さてさて、そんなところで突っ立ってないでこちらに腰掛けてくだされ。おおっと、今エアコンを入れますからすぐ涼しくなると思われますぞ」
アオバが部屋ドアを開けた瞬間、中で茶を啜っていた好々爺──アポロンは柔和な笑みを浮かべて一行を歓迎した。その様子にはおよそ偉ぶった様子はなく、神というより近所の優しいおじいちゃんといった風情だ。
「いえいえ、そんなに気を遣わないでください、アポロン様。あなたは神様なのですから」
「そう言ってくださいますな、勇者殿。こんな洞窟の奥深くに足をわざわざ運んでくださる人間なんてそうはいないのですから。たまの客人をもてなすという老人の楽しみを、まっとうさせてくださいな」
そうあっけらかんと言われてしまえば、アオバも口を噤む他ない。その代わりに、ミラが口を開いた。
「ねぇねぇおじいちゃん!今日も黒虫茶はあるのかな?あるのかね?」
「はっはっはっ、もちろんですよ。少々お待ちくださいね」
ミラのさながら友達に語りかけるような口調にもアポロンは気を悪くすることもない。慣れた手つきで黒虫茶を人数分淹れる。
ちなみに黒虫茶とは、成虫すると捕獲ランクAの黒蝶になる黒虫を干してから燻した粉から出したお茶である。元の世界で言うところの黒豆茶のような味がする。
──コトリ、と。
お茶だけでなくお茶請けまで用意してアポロンはようやく着席する。
「はてさて。本当にここまでご足労いただき、申し訳ない。なにぶん私自身ここから出られないものですから──と、毎回言い訳のように言ってしまいますな」
アポロンは──アポロンのみならず神は、その住処から移動できないことがほとんどだ。神は元々実体を持たないからである。信仰に立脚し、崇拝により成立している思念のような存在なのだ。
茫洋としたそれが実体を伴うためには、性質に合った“場”が必要となる。定着した“場”でこそ神は超常なる力を発揮できるが、そこから離れてしまうと姿形を保つことすらままならないのである。
「ともあれ、そんな手間をかけてまでお越しいただいたのにもそれなりの理由があるのです。焦らしても仕方がないので単刀直入に言いましょう」
こほん、と咳をするアポロンの表情は、険しいものだった。
彼は、言った。絞り出すように。
「魔王が、再誕したのです」
「ま……魔王が!?」
いち早く反応したのはワタリだった。
「左様。最悪の災厄──大魔王リグニス以来の魔王が、誕生したようなのです」
誰も、二の句を継げない。
当然ながら大魔王リグニスが幅を利かせていた時代を経験しているのはアポロンだけだ。
しかしそれでも、この世界で魔王の存在がどれだけの恐怖を以って語られるのかは嫌と言うほどに知っていた。
「それは──中々由々しい事態じゃないんですかぁ?」
ミサキの口調はいつも通りだが、声は少しばかりの震えを帯びていた。
「ええ、もちろん。なにせそれは我々と魔王との戦いが終結していなかったことを意味するのですから。最近、魔物の出現報告が増えたと感じませんでしたか?」
問いを投げられたのは、最前線で魔物と戦い続ける勇者パーティだ。心当たりは当然あった。
「ざっと調べてみたのですが、例年のおよそ2倍ほどの魔物が出現していたんですよ。これは異常事態だと表現して差し支えない。だからさらに調査を続けました。神々総出で、手を尽くして。すると、ある傾向があるのだと判明しました。その傾向とは、魔物が収集したものがある一箇所に集められていること。かなりいろいろな経路を使ってコトが露見しないように工夫されていたようですが、獲物のすべてが西の大きな洞穴に運び込まれていたんですな。さながら女王蟻のために働き蟻が餌を取ってくるかの如く、ね」
「それって、これまでの魔王が誕生する時も同じ感じだったんですか?」
ルークの質問に、アポロンは首を横に振る。
「それが違うのですよ、ルーク殿。今まで生まれて朽ちていった魔王は唐突に生まれ、君臨していた。こんな育てられて生まれるなどということは、なかったのです。だからこそ発見が遅れてしまったわけですが……」
「実のところ神は全知でも全能でもありませんから、ね」と付け加えて笑うアポロンの目は、笑っていなかった。その瞳の奥にはもう少し早く気付けたのではないかという後悔にも似た感情が渦巻いているようだ。
「それじゃあ、もしかしたらその奥にいる存在は魔王ではないとも考えられるんじゃあないですか?」
アオバの質問は真っ当なものだと言えた。
しかしそれは相手が人間であれば、の話。
神は、全知ではなくともこの世界のほとんどを知り尽くしていて──全能ではなくとも万能ではあるのだから。
「それはありません。上位精霊が内部に忍び込んで目にしたらしいのです。魔王独特の禍々しき力を。隠蔽の魔術を使っても漏れ出してしまうほどの瘴気を。それどころか、その力の総量だけで言えばリグニスすら凌駕しかねないとの報告でしたとも」
もう、「若葉」は苦し紛れの質問すら投げることができなかった。
沈黙が重たく横たわる。
そんな沈黙を破ったのは、やはりアポロンだった。
「さて、ここからが本題です。勇者パーティ『若葉』よ。是非ともその“新しき魔王”を討伐してはくれまいか。首を縦に振ってくれるならば、神々は協力を惜しみませんので」
しかし、「若葉」がダンジョンを踏破し、アポロンに謁見した段階ではもちろん彼らがそれを知る由もない。
「おお、よくぞ来ましたな!勇者一向よ!さてさて、そんなところで突っ立ってないでこちらに腰掛けてくだされ。おおっと、今エアコンを入れますからすぐ涼しくなると思われますぞ」
アオバが部屋ドアを開けた瞬間、中で茶を啜っていた好々爺──アポロンは柔和な笑みを浮かべて一行を歓迎した。その様子にはおよそ偉ぶった様子はなく、神というより近所の優しいおじいちゃんといった風情だ。
「いえいえ、そんなに気を遣わないでください、アポロン様。あなたは神様なのですから」
「そう言ってくださいますな、勇者殿。こんな洞窟の奥深くに足をわざわざ運んでくださる人間なんてそうはいないのですから。たまの客人をもてなすという老人の楽しみを、まっとうさせてくださいな」
そうあっけらかんと言われてしまえば、アオバも口を噤む他ない。その代わりに、ミラが口を開いた。
「ねぇねぇおじいちゃん!今日も黒虫茶はあるのかな?あるのかね?」
「はっはっはっ、もちろんですよ。少々お待ちくださいね」
ミラのさながら友達に語りかけるような口調にもアポロンは気を悪くすることもない。慣れた手つきで黒虫茶を人数分淹れる。
ちなみに黒虫茶とは、成虫すると捕獲ランクAの黒蝶になる黒虫を干してから燻した粉から出したお茶である。元の世界で言うところの黒豆茶のような味がする。
──コトリ、と。
お茶だけでなくお茶請けまで用意してアポロンはようやく着席する。
「はてさて。本当にここまでご足労いただき、申し訳ない。なにぶん私自身ここから出られないものですから──と、毎回言い訳のように言ってしまいますな」
アポロンは──アポロンのみならず神は、その住処から移動できないことがほとんどだ。神は元々実体を持たないからである。信仰に立脚し、崇拝により成立している思念のような存在なのだ。
茫洋としたそれが実体を伴うためには、性質に合った“場”が必要となる。定着した“場”でこそ神は超常なる力を発揮できるが、そこから離れてしまうと姿形を保つことすらままならないのである。
「ともあれ、そんな手間をかけてまでお越しいただいたのにもそれなりの理由があるのです。焦らしても仕方がないので単刀直入に言いましょう」
こほん、と咳をするアポロンの表情は、険しいものだった。
彼は、言った。絞り出すように。
「魔王が、再誕したのです」
「ま……魔王が!?」
いち早く反応したのはワタリだった。
「左様。最悪の災厄──大魔王リグニス以来の魔王が、誕生したようなのです」
誰も、二の句を継げない。
当然ながら大魔王リグニスが幅を利かせていた時代を経験しているのはアポロンだけだ。
しかしそれでも、この世界で魔王の存在がどれだけの恐怖を以って語られるのかは嫌と言うほどに知っていた。
「それは──中々由々しい事態じゃないんですかぁ?」
ミサキの口調はいつも通りだが、声は少しばかりの震えを帯びていた。
「ええ、もちろん。なにせそれは我々と魔王との戦いが終結していなかったことを意味するのですから。最近、魔物の出現報告が増えたと感じませんでしたか?」
問いを投げられたのは、最前線で魔物と戦い続ける勇者パーティだ。心当たりは当然あった。
「ざっと調べてみたのですが、例年のおよそ2倍ほどの魔物が出現していたんですよ。これは異常事態だと表現して差し支えない。だからさらに調査を続けました。神々総出で、手を尽くして。すると、ある傾向があるのだと判明しました。その傾向とは、魔物が収集したものがある一箇所に集められていること。かなりいろいろな経路を使ってコトが露見しないように工夫されていたようですが、獲物のすべてが西の大きな洞穴に運び込まれていたんですな。さながら女王蟻のために働き蟻が餌を取ってくるかの如く、ね」
「それって、これまでの魔王が誕生する時も同じ感じだったんですか?」
ルークの質問に、アポロンは首を横に振る。
「それが違うのですよ、ルーク殿。今まで生まれて朽ちていった魔王は唐突に生まれ、君臨していた。こんな育てられて生まれるなどということは、なかったのです。だからこそ発見が遅れてしまったわけですが……」
「実のところ神は全知でも全能でもありませんから、ね」と付け加えて笑うアポロンの目は、笑っていなかった。その瞳の奥にはもう少し早く気付けたのではないかという後悔にも似た感情が渦巻いているようだ。
「それじゃあ、もしかしたらその奥にいる存在は魔王ではないとも考えられるんじゃあないですか?」
アオバの質問は真っ当なものだと言えた。
しかしそれは相手が人間であれば、の話。
神は、全知ではなくともこの世界のほとんどを知り尽くしていて──全能ではなくとも万能ではあるのだから。
「それはありません。上位精霊が内部に忍び込んで目にしたらしいのです。魔王独特の禍々しき力を。隠蔽の魔術を使っても漏れ出してしまうほどの瘴気を。それどころか、その力の総量だけで言えばリグニスすら凌駕しかねないとの報告でしたとも」
もう、「若葉」は苦し紛れの質問すら投げることができなかった。
沈黙が重たく横たわる。
そんな沈黙を破ったのは、やはりアポロンだった。
「さて、ここからが本題です。勇者パーティ『若葉』よ。是非ともその“新しき魔王”を討伐してはくれまいか。首を縦に振ってくれるならば、神々は協力を惜しみませんので」
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