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第3章 淫武御前トーナメントの章

10話 想い

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 10話 想い。

「全部聞いたんだけど。――一体どういうつもり?」

 普段オネエと暮らしている近未来的な研究所。そこと似通った構造をしている工学チームの控え室。
 そこでナツキはオーナー小金井に詰め寄って責問していた。

「なにがじやあ? ノックもせんで入ってくるなりぃ……」

「勝ちを譲られた。オネエもそう言っていた」

「なんじゃあ? ほぉんなことかはぁ……」

「そんなこと?」
 
「おぬしもわかっておったろおおおぉお?」

「……それだけじゃない。お前はロボットの手を借りなくても本当は立つことも出来て、むしろロボットに頼らない方が強いって聞いた。……優勝候補とも聞いた」


 ――ここに来る数刻前。
 小金井相手に勝利を掴んだナツキは、緊張の緩みから気を失ってしまった。
 その後オネエやエリナと利用している控え室で目を覚ましたのだ。
 オネエの口から出た、聞き捨てならない言葉を眠気覚ましにして。

「今の話っ……本当っ…………なの」

「あら起きたの。凄いわね大金星よーナツキちゃん」

「オネエ!! ……答えて」

 目が覚めたとき、オネエは聞き捨てならないことを言っていた。

 ――大会関係者の大半が一度は見た顔なのよねぇ。

 確かにエリナに向かって言ったのだ。大会のことなんて何一つ知らないと言っておきながら。
 眠気覚ましにしては十分過ぎる台詞に、ナツキは激昂した。

「どういうことっ……。また……嘘吐いたの!?」

「大会のことは知らなかったわよ? ここにいる淫魔は大体知ってる奴だったけど」

「言ってる意味が、……分からない。大会のことは知らなかったけど、出場している淫魔は見知った顔だった? ……意味が分からない」

 大会に出場して淫魔を一網打尽にする。なんて言っていたのに、参加している淫魔が知り合い? 口が滑ってバレそうになったら大会だけは知らない? 
 その場凌ぎにさえならない口から出任せ。
 小金井を倒して浮かれて良い筈の気分が、そのまま苛立ちへと変わっていた。

「長いこと忍びは淫魔と戦ってきた。ナツキちゃんも知ってるわね?」

「そんなこと知ってるに決まってるでしょ!」

「落ち着きなさい。いい? 忍びは、淫魔の名がすたれるくらいにいつの時代も淫魔を圧倒してきた。――あたしを筆頭にした伊賀忍軍の力が大きいわね。ただ、全部が全部消せたわけじゃない。逃げられることもあったし――」

「その逃げ延びた残党が今の日本を牛耳っている淫魔で、大会にも参加しているって言いたいの?」

 話が長引きそうで、結論が早く知りたいナツキは話を遮った。
 出場している淫魔の数は、ざっと数千匹。逃げられ過ぎ。
 オネエはこの後に及んでまた嘘を吐いてる。

「……残党ならまだ可愛げがあるんだけど、殺した筈なのになぜか平然と生き返っているのよねぇ。ほーんと嫌になっちゃうわ」

 淫魔が生き返っている……? 
 淫魔に対するオネエの容赦無さだけは本物だ。嘘吐きだけど。
 不幸にも淫魔になってしまった古賀忍軍の男達を、オネエは容赦無しに燃やし尽くしたことがあった。
 それも眉1つ動かさずに。
 吸い慣れた煙草に火を付けるような自然な仕草で。

 ――本当に生き返っている……?
 あぁ……。それで前夜祭の時、オネエはあんなに静かだったんだ……。
 ナツキはモヤモヤしていた違和感を、ここに来てようやく解消出来たのであった。
 
 殺した奴らがパーティーに参加していて、平然と椅子に座っていたら驚くだろうし、混乱だってしただろう。
 淫魔を一網打尽に出来る。と思ってうきうき気分で参加した大会で、オネエは殺した淫魔達に囲まれていたのか。

 ――オネエはオネエで罠に嵌められたような気分だったのかも知れない。
 オネエが恨まれているのは疑いようがないだろう。
 正体が知られようものなら殺し合いが起きても不思議じゃなかった。

「――よく、正体がばれなかったね」

「ふふんっ♪ ――ボンッ!!」

 小綺麗な女医の姿を続けていたオネエが得意気に鼻で笑うと、鈍く低い音と共に煙に包み隠された。
 白煙がピンク色に変わっていったかと思ったら花魁おいらんのような濃い化粧を現代風にアレンジしたメイクに変化した。
 仕草までが妖艶で、指先が文字を書くように空を泳いでいる。

「長いことこの姿で生活しておったのじゃ……。それが男子生徒が憧れる女校医として生まれ変わったわけよ。淫魔の下僕共如きではワラワであるとは気付けぬよ。――ボンッ! ふぅ……」

 新しい煙に包まれて元の姿に戻るまで、人格まで変わっていた。
 何にでも化けられるのは知っていたがキャラまで変わってしまうのか? 
 大仏に変化していたときは悟りでも開いていたのだろうか……?
 いや、そんなこうしょうな喋り方でもなければ余裕もなかったような……。

 怒っていたことさえ忘れるほど、ナツキはしゅが逸れた疑問に頭を使ってしまう。ナツキが頭を捻っている中で、エリナが2人のじゃれ合いに割り込んできた。

「お陰で予選ブロックの作戦練れたみたいだけどねー。服部はあのじいさんと知り合いらしいよ。スパイロボットが何たらって言ってたでしょー? ナツキのせいで作戦はダメになっちゃったけど」

 エリナのお陰で大事な事を思い出した。
 真っ先にしないとならないことを。

「ごめん……そうだった。私のせいで作戦がダメになっていたんだ。そのことを2人に謝らないといけなかったんだ。ほんとうにごめんなさい」

 謝るどころか食ってかかってしまっていた。

「あたしは別にいいよー。ナツキ狂うの見てて楽しかったし。結果勝てたし」

 本当にエリナは歪んでいる。
 負けていたら何を言われていたか分からない。それよりもだ――。

「なんで小金井は勝ちを手放したんだろう……?」

「分からないわね。昔からガラクタ集めが趣味の偏屈じいさんだったからねぇ」

「偏屈じいさん??」

「はっきり言って今のナツキちゃんには荷が重すぎる相手だったわよ。サシで戦ったらアタシでも無事では済まなかったわね」

「どういうこと?」
 
「ロボット使わなかったら、あのじいさんバケモノにみたいに強いから。――何にしても遊んでくれて助かったわ」

 勝ちを譲られたではなく、遊ばれた? 最初から? ロボットが無かったら歩けないんじゃなくて、むしろバケモノみたいに強い? 
 モヤモヤと胸のあたりで渦巻き始めた不快感が、煙のように膨らんでは縮まって、不安定に心を落とし込めてくる。

「……まぁ結果良ければ全て良し、ってナツキちゃんどこ行く気? ちょっと病み上がりなんだからまだ寝ていなさい!」と語気を荒げられた。

 向かう先は小金井チームの控え室だ。
 オネエを無視してナツキは廊下に出る。
 しかし――
「連れ戻しま~す」と言ったエリナが背中に張り付くように着いてきた。
 エリナも無視して小金井の控え室を探そうかとも思った。
 無視できないなら、エリナと一戦交える覚悟も出来ていた。

 小金井とは死を覚悟して戦った。
 それが遊ばれていたと言われて、それがなんか凄く嫌で、いても立ってもいられなくなった。
 勝てれば手段なんてどうでも良いと思っていた。ついさっきまで、――オネエに言われるまで結果だけ良ければ良いと思っていた。

 勝ちを譲られたことも分かっていたはずなのに、オネエに『荷が重い』『遊ばれていた』『じいさんはバケモノみたいに強い』そう言われてなんか悔しくて、苦しくて、――なぜか恥ずかしくなった。
 
「J―5号室だよー。小金井がいる部屋は」

 ――え?

 背中に張り付いていたエリナから、耳元に囁かれた。初めて手を合わせたときのような、サーッと血の気が引いてくような滑らかな声だった。

「連れ戻すんじゃなかったの?」

「そーやって言ったら服部着いてこないでしょ?」

「まぁ……そうだね。――でもどうして?」

「さっきの服部の姿見てぶっちゃけビビっちゃってさー。ショックなんだよね。――一応さぁ、あたしって古賀の生き残りじゃん?」

 エリナもエリナで色々葛藤があるみたいだ。
 伊賀と並び称される古賀忍軍。その息女であったエリナは、伊賀を追い越したい気持ちが強かった。古賀茂との戦いではその野心を利用された感が否めない。

「オネエにいいように使われるのが癪だから、私に協力してオネエの目的達成の邪魔をするの?」
 
「はぁあ? なーに言ってるのさ。そんなややこしいやりかたしないよ。――ナツキがロボットジジイと殺し合いしてくれたら、そのあいだあたしは控え室で服部と二人きり」

 エリナが妖しく、それでいて無邪気に笑った。ろくなことを考えていない、得意気な表情だった。
 
「――まさか」

「そのまさかでーす。どっちが上かはっきりさせとこうと思ってね。――決勝トーナメントが始まるまでに」

 いくら何でも無茶だ。オネエは忍びとしても超一流。その癖して、どういった訳か淫魔の力まで併せ持っている。
 花魁おいらんの姿は、女医の時とは比べものにならない魔性を秘めていた。
 出来ればとぎももうしたくない。身が持たない。そうナツキが思ってしまうくらいに圧倒的な魔性だった。

 だからといってエリナは止められない。
 今まで見たエリナの戦いは、古賀茂との戦いが2回だけ。そして、その2回ともが勝ち目のない戦いだった。
 始めは、両親の仇討ちのために負け戦関係無しに向かって行ったとばかり思っていた。
 実際は違うのだろう。
 エリナは強い奴と戦うのがとにかく好きなんだ。勝てそうにないくらいに強い奴と戦うのが。

 ――はっきり言って、忍びに向いていない。

 だいたい小金井と殺し合うつもりなんて無かったし。
 そんなことひと言も言っていないのに。
 ……エリナがオネエと殺し合うつもりだからってその感覚を私にまで当て嵌めてきて。

 ナツキは、小金井が最初から遊びだったのかどうかを聞きたかっただけだった。
 ロボットを使った遊びだったのかどうか、オネエが言っていたことが本当かどうか、直接小金井から聞ければ良かったのだ。
 オネエは大嘘吐きで信用に値しない女狐だから。


「なんべんいわせるんじやあああああ!? 勝ちは譲ったが遊びでないわあああ!」

「ロボを使ったから負けたんでしょ? 手抜き、もしくは遊びだよね?」

 2人が殺し合うとなると暫く控え室に戻れない。そのせいで、ナツキは小金井から納得のいく説明をもらっても、因縁を吹っ掛け続けていた。
 再戦でもして時間を潰すために。
 しかし――。

「なんべん言わせるんじゃアア!? ロボの改良! 試運転! 調整! どこが遊びなんじゃあああ!!!? おぬしの極端に高い戦闘能力、性交能力との対戦データを元にさらに飛躍できるわあああああい!」

 勝ちを譲ったことを突っ込んでも、「お前さんが勝ち進んだ方がデータをたくさん取れるからじゃろうガッ!!!」と言われては何も言えない。

 ――弱った。出来るだけ正当性のある理由で因縁を付けたかったが、言い負かされてしまう。しかもロボへの並々ならぬ熱意を感じさせられた。
 それはナツキ自身が持つくノ一への情熱以上かも知れない、そう思わされてしまうほどであった。

 直接聞きたかったロボを使って負けた理由、勝ちを譲られた理由も知った。
 そのせいで戦意までもが削がれてしまう。ここに居残る理由もなくなった。

 だからと言って、控え室には戻れない。
 多分今頃2人は……、
 ――ゾクンッ。
 胃の辺りに重たい物を乗せられたような不快感を覚えた。

 2人が裸で絡み合う姿を想像したら、胃の辺りが揉まれているような気持ちの悪さを覚えた。痛みはない。しかし、本来なら痛い筈の圧迫感から、不自然に痛みだけを除いたような苦しさだった。

(これ……って……)

 過去に1度だけ経験のある不快感と、息苦しさを連想させられた。
 そのときより更に深く、まるで抉り取られるような空虚まであって、すぐには同じ痛みと気付けなかった。

 ノビに作られた感情。
 恋による息苦しさだった。

 考えないように、意識しないようにしていたのに……。男か女かよく分からないことになっているのに……。

 ――オネエ。

 他の人を褒めてるのが凄く悔しくて……、遊ばれていたと言われて恥ずかしくなった理由をはっきり気付かされた。

 同時に襲ってきた不安。
 
 あの2人が出来てしまう……。
 何て事無いよね……。
 くっ付いてしまう何て事無いよね……。
 大丈夫……。エリナは女バージョンのオネエしか知らない筈だから、恋愛対象には絶対なっていない……筈。
 いや……、エリナはレズっ気があった……。私もやられた。
 でも、あれは本気ではなく遊びというか力比べみたいな感じで、恋愛対象みたいなノリでは無かった。
 うん……。エリナは真性レズではない。大丈夫だ……。

 エリナがオネエとやったとしても……本気にはならない……。
 ううっ……、なんかそれもきつい。
 きついとはいっても、きついだけっ……。
 きついだけだっ!

 控え室戻ったら二人がラブラブなんて最悪な展開はやっぱりありえない。あの2人は因縁深い敵同士だったから大丈夫。

(だ、だめだ……。全然大丈夫じゃない。私もオネエと殺し合うくらいの敵同士だったけどこのざま……)
 
 でもエリナとオネエの場合、一家絡みの因縁の敵。
 絶対にラブラブに何てならない。
 そんな両親が浮かばれないようなこと、エリナはしない筈…………がないっ!
 両親のことをエリナが考える筈がない!
 私ですら親代わりのおじいちゃんと殺し合う覚悟があるんだ、不良少女のエリナが両親のことをおもんぱかる筈がない……っ。
 ただでさえエリナは感情的。やったりしたら流れのまま恋に発展しても不思議じゃない。
 こんなことなら……。
 こんなことなら……。と思っても、そもそも何も出来ることはなかった。

 ――ガッジャンッ!!

「いっ……痛ゥ……、これ、どういうっ……ことっ……」

 気持ちがどんどん沈んでいく中、ナツキは突然機械兵に手首を握り締められ、そのまま壁に顔を押しつけられてしまう。

「加瀬ナツキ。今度こそ徹底的に蹂躙してやろう」

 突然機械兵とのリターンマッチが開始されるのであった。
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