【本編完結】春待つ桜 君待つ紫苑

南 鈴紀

文字の大きさ
33 / 52
第三話 束の間の平穏

第三話 九

しおりを挟む
 瞬時に判断を下した紫苑は、一見抵抗する術をもたない風雅に向けて新たな霊符を使役した。霊符は風雅に貼りつくかに思えたが、その寸前にきれいな切り口でもって真っ二つに裁断された。二片になった霊符が地につく前に、風雅は目にも止まらぬ速さで紫苑へと突っ込んだ。風雅の手の中で銀色が鈍く光る。
(やっぱりまだ持ってたか)
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」
 風雅の行動は想定の内だ。紫苑は焦ることなく結界を張ると、風雅の使い古した短刀を正面から弾き飛ばした。手中から離れた愛刀を空中で掴み取りながら風雅は身軽な動作でくるりと一回転し、紫苑から距離を置いたところに着地した。
「あー、もー、面倒だな! さっさとやられて俺の玩具になれよ」
「そんな悪趣味に付き合うつもりはない」
 苛立ちを隠そうともしない風雅に対し、紫苑は常の調子で淡々と言い返す。
「そっちこそ、いい加減美桜のことを諦めてくれない? 鬱陶しくてたまらない」
「それはできない相談だ、なっ!」
 風雅は大きく跳躍すると落下の勢いそのままに短刀を振りかぶるが、紫苑は的確に結界を張って攻撃を弾き返した。その衝撃を受け止めながら風雅が後方に飛び退く隙を狙って、紫苑もまた霊符でもって攻めの一手を打つ。それを寸ででかわした風雅は正面から紫苑に斬りかかった。
 風雅が短刀で攻撃を繰り出す一方、紫苑が結界を張ってそれを防ぐ。風雅の隙を狙って紫苑が霊符で攻撃しようとしたところを、風雅がひらりとかわす。その攻防戦がしばらく続いた。
 辺りはとうに暗くなっていて、中途半端に欠けた月が夜空の高くに昇っている。戌の刻はとっくに過ぎているだろう。
 攻守の手を休めないまま紫苑が思ったのは厄介なこの戦いのことよりも、それにより家でひとりで待っているであろう美桜のことだった。
 美桜は優しいから、きっと自分の帰りを健気に待ち続けてくれているだろう。そしてこんな静かな月夜の晩に理由も知らされないまま自分が戻らないことで、父の殉死を聞かされたときのことを思い出しているかもしれない。
 紫苑こそ実の父を失ったから、その不安と恐怖は痛いほどわかる。もし今、紫苑が美桜の立場だったらと思うとぞっとした。
(こんなところで時間を浪費するなんて馬鹿げてる。早く美桜のところに帰らないと)
 こんなときこそ美桜の側にいたいと思うのに、その状況を他でもない自分がつくりだしていることが情けなくてもどかしい。いよいよ紫苑は覚悟を決めた。
(相打ちになるだろうけど、それでこの状況を打破できるなら)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

処理中です...