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第三話 束の間の平穏
第三話 一〇
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紫苑はここまで真剣に戦っていたものの本気を出してはいなかった。本気を出せば敵を倒せるかもしれないが、もしそうならなかったとき体力と霊力が尽きた状態に陥ってしまえば身を守ることすらできなくなり危険だと考えたからだ。しかしこうも攻防戦が続くとなると、だらだらと時間と力を消費するより、ここで一撃で決めていったん戦いを終わらせた方が賢明な気がしていた。
紫苑の雰囲気が変わったことに気がついたらしい風雅は警戒して距離をとるが、紫苑は容赦なく風雅を追うように霊符を放った。
「身上護神、恐鬼怨雷、雷火焼炎、業邪焼払、急々如律令」
霊符の同時使役は扱いと制御が難しく、体力と霊力を一度に大きく消費する。身上護神の護符を用いても身体にかかる負担が少し軽くなるだけで効果はあまり期待できないだろう。
(それでも少しでも早く美桜のもとに帰れるなら、今はそれでいい)
目を焼くような白い閃光が霊符から放たれる。風雅は忌々しそうに舌打ちするとろくに視界が利かない中、感覚だけを頼りに霊符をかいくぐって短刀を振るった。
「小賢しい真似しやがって……!」
「……っ」
霊符を使役した反動で、対処しようにも体が思うように動かない。今の紫苑には振りかぶられた短刀の軌道をかろうじて心臓から右腕にすり替えるだけで精一杯だった。
直後、大きな雷鳴が轟いた。雷は風雅目がけて真っ直ぐに降り落ちてくる。
「な……っ」
四枚の霊符のうち、一枚だけは避けきれなかったようだ。風雅も自身の失態に気づいたがもう遅い。目を大きく見開く風雅に雷が直撃し、彼は一瞬で意識を失った。
追手を撒けることに安堵したのも束の間、紫苑は右上腕に走った熱い痛みに顔をしかめた。やはり無傷でこの場を切り抜けられはせず、右上腕が着物ごとすっぱりと切り裂かれていて、傷口からはぬるい血が僅かに溢れていた。
(痛みはあるけど大した傷じゃない)
変化が解け、本性の烏の姿に戻った風雅を一瞥する。気絶した彼が動かないことを確かめると紫苑は歩き出した。本音を言えば走って帰りたいところだが、体力が大きく削られた今は一歩踏み出すだけでも相当な疲労感に襲われる。逸る気持ちとは裏腹に緩慢な動作しか許されない我が身を恨めしく思いながら、せめて日付が変わる前には帰宅しようと紫苑は己に使命を課したのだった。
先刻の出来事をつい思い返してしまったが、腕の中の温かさに現実に引き戻される。そこには紫苑が求めてやまない美桜がいてあどけない寝顔を見せている。
紫苑としてはこのまま美桜を独占していたいが、このまま眠ってしまっては美桜の疲れがとれないだろう。紫苑は美桜を起こさないように彼女を抱き上げると、美桜の私室の布団の上へと寝かせた。不思議とこのときばかりは腕の痛みは気にならなかず、紫苑も自室に戻った。
こうして二人にとって長かった一日がようやく終わった。
紫苑の雰囲気が変わったことに気がついたらしい風雅は警戒して距離をとるが、紫苑は容赦なく風雅を追うように霊符を放った。
「身上護神、恐鬼怨雷、雷火焼炎、業邪焼払、急々如律令」
霊符の同時使役は扱いと制御が難しく、体力と霊力を一度に大きく消費する。身上護神の護符を用いても身体にかかる負担が少し軽くなるだけで効果はあまり期待できないだろう。
(それでも少しでも早く美桜のもとに帰れるなら、今はそれでいい)
目を焼くような白い閃光が霊符から放たれる。風雅は忌々しそうに舌打ちするとろくに視界が利かない中、感覚だけを頼りに霊符をかいくぐって短刀を振るった。
「小賢しい真似しやがって……!」
「……っ」
霊符を使役した反動で、対処しようにも体が思うように動かない。今の紫苑には振りかぶられた短刀の軌道をかろうじて心臓から右腕にすり替えるだけで精一杯だった。
直後、大きな雷鳴が轟いた。雷は風雅目がけて真っ直ぐに降り落ちてくる。
「な……っ」
四枚の霊符のうち、一枚だけは避けきれなかったようだ。風雅も自身の失態に気づいたがもう遅い。目を大きく見開く風雅に雷が直撃し、彼は一瞬で意識を失った。
追手を撒けることに安堵したのも束の間、紫苑は右上腕に走った熱い痛みに顔をしかめた。やはり無傷でこの場を切り抜けられはせず、右上腕が着物ごとすっぱりと切り裂かれていて、傷口からはぬるい血が僅かに溢れていた。
(痛みはあるけど大した傷じゃない)
変化が解け、本性の烏の姿に戻った風雅を一瞥する。気絶した彼が動かないことを確かめると紫苑は歩き出した。本音を言えば走って帰りたいところだが、体力が大きく削られた今は一歩踏み出すだけでも相当な疲労感に襲われる。逸る気持ちとは裏腹に緩慢な動作しか許されない我が身を恨めしく思いながら、せめて日付が変わる前には帰宅しようと紫苑は己に使命を課したのだった。
先刻の出来事をつい思い返してしまったが、腕の中の温かさに現実に引き戻される。そこには紫苑が求めてやまない美桜がいてあどけない寝顔を見せている。
紫苑としてはこのまま美桜を独占していたいが、このまま眠ってしまっては美桜の疲れがとれないだろう。紫苑は美桜を起こさないように彼女を抱き上げると、美桜の私室の布団の上へと寝かせた。不思議とこのときばかりは腕の痛みは気にならなかず、紫苑も自室に戻った。
こうして二人にとって長かった一日がようやく終わった。
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