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第四話 過去との決別
第四話 四
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「動静緊縛、急々如律令!」
横合いから戸塚の使役する呪符が襲いかかってきたことで、美桜は急遽短刀の軌道を変えて呪符をなぎ払った。その隙を逃すことなく、風雅は一旦美桜から距離をとる。
(あと少しだったのに……!)
美桜はぐっと下唇を噛んで、悔しさと焦りを滲ませた。
いくら美桜に実力があるとはいえ、たった一人で戦い慣れした二人を相手にするのは骨が折れる。加えて現役だったときよりも体力が落ちているのもあって、持久戦に入ってしまえばさらに不利になるだろうことは目に見えていた。短時間で決着をつけなければいけないのに今しがたの好機を不意にしてしまったことはかなりの痛手だ。
相手もそれを見抜いているのか、戸塚には余裕が戻り始め、風雅も好戦的な笑みを浮かべて美桜の出方をうかがっている。
他に手がないか束の間思案するも、妙案が思いつくことはない。結局、美桜にできるのは短刀で戦い、この場を切り抜けることだけだ。
美桜は構えをとった勢いそのままに風雅に仕掛けることにした。殺すだけなら簡単だったかもしれないが、今の美桜はそれを望まない。風雅には思うところがあるけれど、もう誰かを殺すのは嫌だった。
風雅は美桜の太刀筋に切れがないことを察したようで、苛立たしげにせせら笑った。
「俺相手に手加減してお前に勝ち目があるのかよ? 舐められたもんだな」
「あなたがどうこうの問題じゃない。私はもう、誰も殺したくないの……!」
「ぬかせ。今さらきれいごとを吐いて何になる?」
風雅に言われずとも、そんなことは美桜が一番よくわかっている。己の犯した罪が消えることはない。それでもその罪ごとひっくるめて、紫苑は隣にいると誓ってくれた。だから美桜は罪を忘れずに生きることで償い、紫苑の想いにも報いようと思ったのだ。
想いを強さに換え、美桜はぎちぎちと音を立てて交錯していた刃を押し返した。そして僅かによろめく風雅の足を払うとその場に押し倒し、彼の左肩に容赦なく短刀を突きたてて地面に縫いとめた。
「ぐ、ぅ……!」
短刀を取り落とし、痛みに顔を歪める風雅に「悪く思わないで」と呟きながら、美桜は顔を上げて戸塚を見上げた。
「これでわかったでしょう? 私はもうあなたの操り人形ではないし、式神に降されるほど弱くもない。だから金輪際私に関わらないで」
戸塚は渋面をつくりながら悔しげに俯くと「……わかった」と声を絞り出した。屈辱のせいだろうか、その声は震えている。
わかってくれたならそれでいいと、美桜は風雅の上から退こうと立ち上がる。
同時に戸塚はくつくつと肩を揺らして嗤い出し、ばっと顔を上げた。
「……なんて、わたしが簡単に頷くとでも思ったか!」
「え……」
突如として美桜の頭上に大きな影が差す。
美桜は影の正体を見上げるよりも早く地面を転がって振り抜かれた鋭い爪から逃れた。
「流石は美桜さん、『夜桜』と呼ばれるだけありますわね。やはり一筋縄ではいかないのだもの」
この場にそぐわない穏やかで品のある少女の声。その聞き慣れた声から、影の正体が猫又の妖で戸塚の式神として仕える純子であると察した。
彼女は間髪容れずに二手目を繰り出してくる。不安定な体勢から美桜は咄嗟に避けるが、武器である短刀が風雅の肩に刺さったままではろくな反撃もできない。その上次々と襲いかかってくる攻撃はあまりにも速く、避けることしかできなかった美桜は気づけば戸塚に背後をとられていた。誘導されていたと状況を理解したときには既に手遅れだった。
「傀儡従属、急々如律令!」
「や……っ!」
白い閃光が弾けるとともに、美桜の意識は一瞬で刈りとられた。
横合いから戸塚の使役する呪符が襲いかかってきたことで、美桜は急遽短刀の軌道を変えて呪符をなぎ払った。その隙を逃すことなく、風雅は一旦美桜から距離をとる。
(あと少しだったのに……!)
美桜はぐっと下唇を噛んで、悔しさと焦りを滲ませた。
いくら美桜に実力があるとはいえ、たった一人で戦い慣れした二人を相手にするのは骨が折れる。加えて現役だったときよりも体力が落ちているのもあって、持久戦に入ってしまえばさらに不利になるだろうことは目に見えていた。短時間で決着をつけなければいけないのに今しがたの好機を不意にしてしまったことはかなりの痛手だ。
相手もそれを見抜いているのか、戸塚には余裕が戻り始め、風雅も好戦的な笑みを浮かべて美桜の出方をうかがっている。
他に手がないか束の間思案するも、妙案が思いつくことはない。結局、美桜にできるのは短刀で戦い、この場を切り抜けることだけだ。
美桜は構えをとった勢いそのままに風雅に仕掛けることにした。殺すだけなら簡単だったかもしれないが、今の美桜はそれを望まない。風雅には思うところがあるけれど、もう誰かを殺すのは嫌だった。
風雅は美桜の太刀筋に切れがないことを察したようで、苛立たしげにせせら笑った。
「俺相手に手加減してお前に勝ち目があるのかよ? 舐められたもんだな」
「あなたがどうこうの問題じゃない。私はもう、誰も殺したくないの……!」
「ぬかせ。今さらきれいごとを吐いて何になる?」
風雅に言われずとも、そんなことは美桜が一番よくわかっている。己の犯した罪が消えることはない。それでもその罪ごとひっくるめて、紫苑は隣にいると誓ってくれた。だから美桜は罪を忘れずに生きることで償い、紫苑の想いにも報いようと思ったのだ。
想いを強さに換え、美桜はぎちぎちと音を立てて交錯していた刃を押し返した。そして僅かによろめく風雅の足を払うとその場に押し倒し、彼の左肩に容赦なく短刀を突きたてて地面に縫いとめた。
「ぐ、ぅ……!」
短刀を取り落とし、痛みに顔を歪める風雅に「悪く思わないで」と呟きながら、美桜は顔を上げて戸塚を見上げた。
「これでわかったでしょう? 私はもうあなたの操り人形ではないし、式神に降されるほど弱くもない。だから金輪際私に関わらないで」
戸塚は渋面をつくりながら悔しげに俯くと「……わかった」と声を絞り出した。屈辱のせいだろうか、その声は震えている。
わかってくれたならそれでいいと、美桜は風雅の上から退こうと立ち上がる。
同時に戸塚はくつくつと肩を揺らして嗤い出し、ばっと顔を上げた。
「……なんて、わたしが簡単に頷くとでも思ったか!」
「え……」
突如として美桜の頭上に大きな影が差す。
美桜は影の正体を見上げるよりも早く地面を転がって振り抜かれた鋭い爪から逃れた。
「流石は美桜さん、『夜桜』と呼ばれるだけありますわね。やはり一筋縄ではいかないのだもの」
この場にそぐわない穏やかで品のある少女の声。その聞き慣れた声から、影の正体が猫又の妖で戸塚の式神として仕える純子であると察した。
彼女は間髪容れずに二手目を繰り出してくる。不安定な体勢から美桜は咄嗟に避けるが、武器である短刀が風雅の肩に刺さったままではろくな反撃もできない。その上次々と襲いかかってくる攻撃はあまりにも速く、避けることしかできなかった美桜は気づけば戸塚に背後をとられていた。誘導されていたと状況を理解したときには既に手遅れだった。
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