【本編完結】春待つ桜 君待つ紫苑

南 鈴紀

文字の大きさ
43 / 52
第四話 過去との決別

第四話 四

しおりを挟む
「動静緊縛、急々如律令!」
 横合いから戸塚の使役する呪符が襲いかかってきたことで、美桜は急遽短刀の軌道を変えて呪符をなぎ払った。その隙を逃すことなく、風雅は一旦美桜から距離をとる。
(あと少しだったのに……!)
 美桜はぐっと下唇を噛んで、悔しさと焦りを滲ませた。
 いくら美桜に実力があるとはいえ、たった一人で戦い慣れした二人を相手にするのは骨が折れる。加えて現役だったときよりも体力が落ちているのもあって、持久戦に入ってしまえばさらに不利になるだろうことは目に見えていた。短時間で決着をつけなければいけないのに今しがたの好機を不意にしてしまったことはかなりの痛手だ。
 相手もそれを見抜いているのか、戸塚には余裕が戻り始め、風雅も好戦的な笑みを浮かべて美桜の出方をうかがっている。
 他に手がないか束の間思案するも、妙案が思いつくことはない。結局、美桜にできるのは短刀で戦い、この場を切り抜けることだけだ。
 美桜は構えをとった勢いそのままに風雅に仕掛けることにした。殺すだけなら簡単だったかもしれないが、今の美桜はそれを望まない。風雅には思うところがあるけれど、もう誰かを殺すのは嫌だった。
 風雅は美桜の太刀筋に切れがないことを察したようで、苛立たしげにせせら笑った。
「俺相手に手加減してお前に勝ち目があるのかよ? 舐められたもんだな」
「あなたがどうこうの問題じゃない。私はもう、誰も殺したくないの……!」
「ぬかせ。今さらきれいごとを吐いて何になる?」
 風雅に言われずとも、そんなことは美桜が一番よくわかっている。己の犯した罪が消えることはない。それでもその罪ごとひっくるめて、紫苑は隣にいると誓ってくれた。だから美桜は罪を忘れずに生きることで償い、紫苑の想いにも報いようと思ったのだ。
 想いを強さに換え、美桜はぎちぎちと音を立てて交錯していた刃を押し返した。そして僅かによろめく風雅の足を払うとその場に押し倒し、彼の左肩に容赦なく短刀を突きたてて地面に縫いとめた。
「ぐ、ぅ……!」
 短刀を取り落とし、痛みに顔を歪める風雅に「悪く思わないで」と呟きながら、美桜は顔を上げて戸塚を見上げた。
「これでわかったでしょう? 私はもうあなたの操り人形ではないし、式神に降されるほど弱くもない。だから金輪際私に関わらないで」
 戸塚は渋面をつくりながら悔しげに俯くと「……わかった」と声を絞り出した。屈辱のせいだろうか、その声は震えている。
 わかってくれたならそれでいいと、美桜は風雅の上から退こうと立ち上がる。
 同時に戸塚はくつくつと肩を揺らして嗤い出し、ばっと顔を上げた。
「……なんて、わたしが簡単に頷くとでも思ったか!」
「え……」
 突如として美桜の頭上に大きな影が差す。
 美桜は影の正体を見上げるよりも早く地面を転がって振り抜かれた鋭い爪から逃れた。
「流石は美桜さん、『夜桜』と呼ばれるだけありますわね。やはり一筋縄ではいかないのだもの」
 この場にそぐわない穏やかで品のある少女の声。その聞き慣れた声から、影の正体が猫又の妖で戸塚の式神として仕える純子であると察した。
 彼女は間髪容れずに二手目を繰り出してくる。不安定な体勢から美桜は咄嗟に避けるが、武器である短刀が風雅の肩に刺さったままではろくな反撃もできない。その上次々と襲いかかってくる攻撃はあまりにも速く、避けることしかできなかった美桜は気づけば戸塚に背後をとられていた。誘導されていたと状況を理解したときには既に手遅れだった。
「傀儡従属、急々如律令!」
「や……っ!」
 白い閃光が弾けるとともに、美桜の意識は一瞬で刈りとられた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

処理中です...