【本編完結】春待つ桜 君待つ紫苑

南 鈴紀

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第四話 過去との決別

第四話 六

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 対峙した二人の青年のうち、前に立つ黒髪の方が何かを呟いたが、今の美桜にとってはどうでもいいことだった。
 主から命じられたのは『追ってきた敵を殺せ』というもの。ただこれだけを遂行できればそれでいい。
(相手は陰陽師なのだから……殺すことになっても仕方ないわ……)
 何体もの妖を始末してきた。一般人ならともかく、陰陽師を一人二人殺したところでいまさらだ。
(早く片をつけてしまいましょう)
自身の倫理観が狂っていることにも気づかない鈍い思考とは対照的に、感覚だけは研ぎ澄まされている。
 美桜はとんと音もなく地を蹴ると次の瞬間には紫苑の足元に突き立ったままの短刀を引き抜き、その勢いで紫苑に向かって刃を振るった。
 まるで瞬間移動のようだった。並み大抵の敵には致命的ともなる一撃。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前……!」
 しかし、紫苑は咄嗟に九字を切って結界を張ることで難を逃れた。結界と刃がぶつかり合い、きんと甲高い音が鳴る。
 美桜は結界の壁を蹴って宙でくるりと身を翻すと軽やかに着地した。
 距離をとり、互いに警戒し合う。
(今の一撃で殺せないなんて……)
 正直少し驚いていた。だが美桜の顔に焦りはない。
 初手で倒せることがほとんどだったとはいえ、そうではなかったこともままあった。それでも美桜は必ず生き残ってきた。今回もそうなるだけだろう。
 美桜はふっと短く息を吐くと紫苑の懐に飛び込んだ。相手の心臓目がけて一切の躊躇いもなく短刀を突き出す。
 紫苑は予想していたらしく美桜の攻撃を危なげなく結界で弾いたが、その顔にはありありと戸惑いが浮かんでいた。
「美桜、どうして……っ」
 まるで聞こえていないかのように美桜は紫苑の言葉に全く取り合わず、次の攻撃を繰り出す。纏う殺気は本物だった。
 美桜には紫苑たちを殺す気があっても、紫苑たちにはその気は全くない。むしろ傷つけず救いたいと思っている。何も考えずただ殺すだけの方がよっぽど簡単で、紫苑たちは防戦を強いられていた。
「どうするの、紫苑」
 時折り霊符を使役し、紫苑を援護していた楓が硬い声で問う。攻撃の手を止めることのない美桜を相手にしながら、紫苑は答えた。
「多分、美桜は戸塚に操られてる。だったら話は簡単。僕が解呪する」
「なら俺が美桜ちゃんを相手にするから、その間に紫苑は解呪に集中し……」
 言い切る前に紫苑と楓の間に、樹上から一本の短刀が恐ろしい速さで降ってきた。それはさくりと音を立てて地面に突き刺さった。
「ったく。まだ始末できてないのかよ。やっぱり鈍ったんじゃねぇの、夜桜?」
 楓はばっと頭上を見上げた。そこには木に腰かけた風雅がいて、今なお戦う美桜と紫苑をつまらなそうに睥睨していた。
「あーあ。夜桜に肩をやられなきゃ俺があの男を相手にできたのによ。ずいぶんとやってくれたから礼でもしてやろうと思ってたのにさ。こんな優男の相手なんてつまんねぇに決まってるじゃねぇか」
 風雅は然して興味もなさそうにちらりと楓を見遣る。それだけでなめられていると理解するのには十分だった。
(本当は紫苑の解呪の援護をしたいところだけど、第三者が邪魔に入る方が厄介だ。となれば俺がするべきことは……)
「紫苑は美桜ちゃんを! 俺はこっちの式神を相手にする!」
「わかった」
 紫苑が短く答えるのを聞き届けると、楓はさっと身を翻して紫苑たちから離れるように林の中を走り出した。
「ああ、もう! ちょこまか動くなよ、めんどくせえな」
 苛立ち混じりの舌打ちが楓の後を追ってくる。
 風雅がすぐには紫苑たちの邪魔をできないところまでやってくると楓は足を止め、くるりと振り向きざまに呪符を放った。
「恐鬼怨雷、急々如律令!」
「⁉」
 呪符を発動した直後、避ける隙すら与えずに烏姿に戻っていた風雅目がけて雷が落ちる。威力こそ紫苑のものに劣るものの、その速さは彼のものと比肩するかそれ以上だった。
「くっそ。優男だと思って油断したぜ」
 苦痛に顔を歪ませながらも風雅は人間姿に変化して地面に降り立った。今の衝撃で傷口が開いたのだろうか。風雅が押さえる右肩のあたりには血が滲み、じわじわと広がっていた。
「手負いなのに俺に勝てると思ったの? あんまりなめないでほしいな」
 冷たい微笑みと共に楓がすっと数枚の霊符を構えると、風雅はにたりと嗤った。
「なんだ、意外と愉しめそうじゃねぇか。俺のいい玩具になってくれよ!」
 風雅が左手に持った短刀を振り抜くと、刃が鈍く銀色に光る。それと同時に楓が霊符を使役して、あたりは白い閃光に包まれた。
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