【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

文字の大きさ
16 / 390
第二話 囚われの二年間

第二話 七

しおりを挟む
「どこ、ここ……?」
 気づけば真っ暗闇の中心にあかりはぽつんと立っていた。目を凝らして周囲を見回すも、物の輪郭さえつかめない。わかることは足を濡らす冷たい水の感覚と先ほどまで霊剣を手にしていた右手の軽い感触だけだった。
 暗闇と水に怯える自分を奮い立たせて、あかりは足を引きずる。水をかき分けるざぶざぶという音がやけに大きく響いて感じられた。
 そうして幾らか歩くと、つま先が何かに当たった。目線を落とすと、赤い何かがあった。
「あれ、見える?」
 いつの間にか色や形が認識できるようになっていたことに気づいたあかりは、さっと前を見た。そこには忘れもしない、最後に目にした南朱湖が広がっていた。
 建物の残骸と人の骸が島のように浮いている。
 あかりが反射的に目を逸らした先は足元で、赤い何かが再び目に映った。今度ははっきりと見えたそれは、赤い女性だった。瞬時にあかりは目を見開き、身をかがめる。
「お母様!」
 伸ばした指先が母の身体に触れるも、驚くほど冷たい。
「お願い、お母様。行ってらっしゃいが最期なんてあんまりだよ。おかえりって言ってよ」
 必死に肩を揺さぶるも、母は目を開かない。
 中央での戦いに赴く二日前に最後に言葉を交わしたときのことが、まるで昨日のことのように思い出される。「お母様は当主として、この地の民を護るわ。あかり、絶対に帰ってくるのよ。行ってらっしゃい」母は気丈に笑って、あかりを朱咲門から送り出した。それきりだった。
「ちゃんと帰ったんだよ。ねえ、お母様……」
「でも、何も護れなかった。お母様も、あかりも」
「……っ⁉」
 声の主に気づいて、呼吸が止まりそうになった。
 身じろぎひとつしなかった母が、大きな瞳を開けていた。あかりとそっくりな愛嬌のあるはずの目は、ただただ赤い。まるで真っ赤なガラス玉のようだった。
「大事な地は踏み荒らされ、愛した人たちは皆いなくなったわ。力が、足りなかった……。ねえ、あかりもそうでしょう?」
 ガラス玉があかりを映す。
「見たんでしょう、通りのあちこちで見知った人が倒れていくのを。朱咲通りの壊れた家を。南朱湖に浮かぶ家族や民を。……そうして、大事な、大好きな幼なじみすらその手から離れてしまった」
 静かに語るだけの口調は、あかりの心を冷たくさせた。
「……」
「力があれば、もっと強かったら、こんなことにはならなかったのに。そう思わない?」
 無感情だった瞳に、妖しい光が瞬いた。あかりは捕えられたように、その瞳から目が離せない。
「……でも、過去は変えられない」
「でも、未来なら変えられる」
 母は目を細めて、妖艶な笑みを口元に刷いた。
「そうよ。式神になればいいのだわ」
「……何、言ってるの」
「何って強くなれる唯一確かな方法よ。式神になれば力の全てを引き出してくれる。今まで抑えていた力も、上手く使いこなせなかった力も、全てね。そうしたら、護れるわ。今度こそ、必ず」
 仰向いたまま、母が手を差し出す。
「さあ、手を取ってちょうだい」
 あかりが右手を伸ばしたそのとき、袂から小さく、しかしはっきりと鈴の音が聴こえた。そして、脳裏に閃くのはいつか見た三つの笑顔。
 目が醒めるような心地がした。
「……ごめんなさい、お母様。その手をとった私はもう私じゃなくなってる気がするんだ。それじゃダメなの」
 右手を横に払う。透き通った赤が霊剣からあふれ出る。
 あかりは立ち上がると、「青柳、白古、朱咲、玄舞、空陳、南寿、北斗、三体、玉女」と唱えながら、手足を踊るように動かし、最後にちらりと母の姿を捕えた。
「急々如律令」
 何もない宙を切り裂くように、霊剣を振り下ろす。
 最後に目にした母は、安心したように笑っているように見えた。

「は、ぁっ……!」
 目を開くと、そこはすっかり見慣れた牢の天井だった。
 牢番は心底驚いたような顔をしていたが、起き上がり俯くあかりは気づかない。
(今の私じゃ、ここを出ることすら叶わないんだ)
 多少力が戻っても、修行を続けても、現状打破には遠く及ばないという現実をまざまざと突き付けられた。
(それでも、私は……!)
 心から渇望する望みがあるから。決して潰えない希望があるから。
「諦めない」
 言霊に決意をこめて、あかりは誓うように呟いた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

退屈令嬢のフィクサーな日々

ユウキ
恋愛
完璧と評される公爵令嬢のエレノアは、順風満帆な学園生活を送っていたのだが、自身の婚約者がどこぞの女生徒に夢中で有るなどと、宜しくない噂話を耳にする。 直接関わりがなければと放置していたのだが、ある日件の女生徒と遭遇することになる。

《完結》悪役聖女

ヴァンドール
ファンタジー
聖女になり、王妃となるため十年間も教育を受けて来たのに蓋を開ければ妹が聖女の力を持っていて私はには聖女の力が無かった。そのため祖国を追放されて隣国へと旅立ったがそこで……

竜皇女と呼ばれた娘

Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ 国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。 2020/9/19 第一章終了 続きが書け次第また連載再開します。 2021/2/14 第二章開幕 2021/2/28 完結

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

処理中です...