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第五話 朱咲の再来
第五話 二三
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次にあかりがまつげを震わせ、まぶたを押し上げたとき、その瞳には燃える炎はなく、あたたかな灯火に似た朱色がにじむように広がっていた。結月はあかりの瞳の色を確認してほっと安堵の息を吐き、未だ彼女の目元に残る涙を指先ですくい取った。
「聞いてほしいことが、あるの。私がずっと、思ってたこと」
「うん」
「僕も聞いていい?」
「俺も」
あかりは小さく頷いた。
「戦いはいつも危険と隣り合わせで、怖いときもあるけど、みんながいるから強くあろうって頑張れた。それは今も同じ。だから、二年間ひとりきりだったときは、本当に怖かった。辛くて、痛くて、苦しくて。それでもみんなに会いたくて、生きることを諦めなかった。弱くなりそうで、心の中でもずっと抑えてた。……でも、本当はいつでも助けてって叫びたかったの……!」
大嫌いな寒さと暗闇。先の知れない日々。無力でひとりきりの恐怖。自分を騙して生き延びたけれど、できることなら誰か―結月や秋之介、昴―に頼りたかった。
「助けられて、安心した。嬉しかった。だけど私だけが助かったことに罪悪感もあったから、生き残った私にできることをやらなくちゃって必死だった。でも、それにみんなを巻き込めないと思った。私の問題だって。なのに……」
瞳の赤が揺らぐ。
「やっぱり無力で、その上みんなの脚も引っ張って。情けなくて、悔しくて、どうしたらいいかもわからなくなって! 霊剣は守るためにあるのに、我を忘れて結月に剣を向けた。私、最低だ……! ごめんね、結月っ……! 秋と昴も、ごめんね……っ」
そのあとは言葉にならなかった。静寂にあかりの嗚咽だけが響く。
しばらく黙ってあかりの背をさすっていた結月だったが、あかりの呼吸が少し落ち着いたころ「ありがとう」と囁いた。
「え……?」
目を瞬かせ、あかりは結月を見上げた。
「思ってたこと、教えてくれた。それは、ひとりじゃないってわかってくれた証」
結月は嬉しそうに微笑むと、あかりをぎゅっと抱きしめた。
「ちゃんと、ここにいてくれる。もうどこにも行かないって、やっと安心できた」
「結月……っ」
綺麗な微笑を間近にして、あかりはとたんに身を強張らせた。しかし、その理由を考えるより前に秋之介と昴が突撃してきた。
「なんだよ、おまえらだけ仲良さそうにしやがって!」
「僕たちも入ーれてっ」
あかりを中心にして四人抱き合う格好になった。
あかりはさらに混乱したが、結月の声に我に返った。
「ねえ、あかり」
「な、何?」
あかりが僅かに声を上ずらせたことに、結月は不思議な顔をしていたが、微笑みに転じると言葉を続けた。
「これからは、一緒に守ろう。……あかりのことも、護らせて」
「結月……」
静かで柔らかな微笑みは、闇夜を照らす月光のよう。昔から変わらない笑みにあかりは安心感を覚えていたが、同時に妙に心臓が落ち着かなくもあるのだった。
「聞いてほしいことが、あるの。私がずっと、思ってたこと」
「うん」
「僕も聞いていい?」
「俺も」
あかりは小さく頷いた。
「戦いはいつも危険と隣り合わせで、怖いときもあるけど、みんながいるから強くあろうって頑張れた。それは今も同じ。だから、二年間ひとりきりだったときは、本当に怖かった。辛くて、痛くて、苦しくて。それでもみんなに会いたくて、生きることを諦めなかった。弱くなりそうで、心の中でもずっと抑えてた。……でも、本当はいつでも助けてって叫びたかったの……!」
大嫌いな寒さと暗闇。先の知れない日々。無力でひとりきりの恐怖。自分を騙して生き延びたけれど、できることなら誰か―結月や秋之介、昴―に頼りたかった。
「助けられて、安心した。嬉しかった。だけど私だけが助かったことに罪悪感もあったから、生き残った私にできることをやらなくちゃって必死だった。でも、それにみんなを巻き込めないと思った。私の問題だって。なのに……」
瞳の赤が揺らぐ。
「やっぱり無力で、その上みんなの脚も引っ張って。情けなくて、悔しくて、どうしたらいいかもわからなくなって! 霊剣は守るためにあるのに、我を忘れて結月に剣を向けた。私、最低だ……! ごめんね、結月っ……! 秋と昴も、ごめんね……っ」
そのあとは言葉にならなかった。静寂にあかりの嗚咽だけが響く。
しばらく黙ってあかりの背をさすっていた結月だったが、あかりの呼吸が少し落ち着いたころ「ありがとう」と囁いた。
「え……?」
目を瞬かせ、あかりは結月を見上げた。
「思ってたこと、教えてくれた。それは、ひとりじゃないってわかってくれた証」
結月は嬉しそうに微笑むと、あかりをぎゅっと抱きしめた。
「ちゃんと、ここにいてくれる。もうどこにも行かないって、やっと安心できた」
「結月……っ」
綺麗な微笑を間近にして、あかりはとたんに身を強張らせた。しかし、その理由を考えるより前に秋之介と昴が突撃してきた。
「なんだよ、おまえらだけ仲良さそうにしやがって!」
「僕たちも入ーれてっ」
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「ねえ、あかり」
「な、何?」
あかりが僅かに声を上ずらせたことに、結月は不思議な顔をしていたが、微笑みに転じると言葉を続けた。
「これからは、一緒に守ろう。……あかりのことも、護らせて」
「結月……」
静かで柔らかな微笑みは、闇夜を照らす月光のよう。昔から変わらない笑みにあかりは安心感を覚えていたが、同時に妙に心臓が落ち着かなくもあるのだった。
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