【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

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第一一話 夏のひととき

第一一話 四

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その後もいくつかの屋台をのぞいたり立ち寄ったりしていると、唐突に小春が足を止めた。再び手をつなぎ直していたので、あかりも結月も小春に合わせて同時に立ち止まる。
「どうしたの、小春ちゃん?」
「お父さんとお母さんだ!」
 その声に小春の両親らしき男女が振り向く。彼らは小春の姿を目に留めると慌てて駆け寄ってきた。
「小春!」
 あかりたちが手を離すと、小春も両親に向かって走り出した。その後をあかりと結月もついていく。
 小春を抱きしめた両親は深く安堵の息をついていたが、小春を保護していたのがあかりと結月だと知ると大きく目を見開いた。
「あかり様と結月様が保護してくださったのですね。本当になんとお礼を申し上げたらよいか……。ありがとうございました」
 両親は頭を下げた。
「顔を、上げてください」
 結月が静かに告げる。小春の両親には淡々とした物言いに聞こえたかもしれないが、あかりには結月が戸惑っていることが伝わってきた。
 顔を上げた両親にあかりはにこりと笑いかけた。
「小春ちゃんのおかげで私もお祭りを楽しめたし、そんなに畏まらないで」
 結月も隣でこくりと頷く。両親はようやくひと心地ついたようだった。
 雑踏に小春たちの姿が消えるまであかりと結月は三人を見送った。小春は最後まで大きく手を振ってくれていた。
 その頃にはもう空は橙色に染まっていて、頭上に渡された提灯がぽつりぽつりと灯り始めていた。
 夏祭りはこれからが本番だ。見回りにも俄然力が入る。
「それにしても今年は花火が打ち上がらないのが残念だよね」
 屋台の灯りに人々の顔が眩しく照らされる。どの人も明るい表情をしていた。夏祭りはこんなにも賑わっているのに、毎年恒例だった花火の打ち上げがないことが惜しまれる。
 結月はちらりとあかりを見下ろすと「仕方、ない」と呟いた。
 それもそのはず、毎年打ち上げ花火を担当していたのは火を司る朱咲の地の民だったからだ。住民が一人も残っていない今は花火が打ち上げられなくて当然だと言えた。
 頭ではわかっていてもあかりは残念だとがっかりしていた。過去に両親や幼なじみたちと南朱湖で見上げた空に咲く大輪の花は鮮やかな思い出として残っていたからだ。
「いつかまた、見られるかな」
 そのためには自身が復興に尽力する必要がある。あかりの瞳が一瞬だけ不安に揺れるのを結月は見逃さなかった。
 上手い慰めの言葉なんて出てはこないが、代わりに小さい頃から変わらない行動であかりの右手を握った。あかりが安心するように、大丈夫だと伝わるように。
 あかりは手を軽く握り返すと「ありがとう、結月」と囁いた。
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