【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

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第一四話 交わす約束

第一四話 一四

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 仕事の話は一段落したらしく、雑談へと変じていく。
(……結月、話しやすそうにしてるな)
 椿とも付き合いが長いのでそれなりに心を許しているのだろう。ちらりと視線だけをあげて結月の横顔を見ると、あかりに見せるのとはまた違った穏やかな顔つきをしていた。
 一方、結月と机を挟んで正面に座る椿は朗らかに笑って話を楽しんでいるようだった。その頬はほんのり赤く上気している。
 椿本人から結月は憧憬の対象であり、恋慕は抱いていないと聞いたことはあったが、それでもあかりにしてみたら面白くない状況だった。
(私だって結月と話したいのに……)
 数日ぶりに会えたのだ。積もる話はたくさんあるのに、筆談しかできないために多くを語ることができないのがもどかしかった。
 しばらく話し通して椿は満足したらしい。壁掛け時計を見上げると「あら、もうこんなに経ってたのね」と手で口を押さえた。
「私ばかり話してしまいましたね、ごめんなさい。私は今のお話通りに仕事を続けてきます。それでは」
 椿は頭を下げると部屋を退出した。
椿が廊下の奥へ消えるのを待ってから、あかりは隣に座る結月の袖をくいっと引っ張った。結月は不思議そうな顔であかりを見下ろした。
「どうしたの?」
 この悶々とした感情の正体を知りたくて、あかりは少し迷った末に思っていることを隠さず打ち明けることにした。
『寂しかった』
 結月が目を丸くするが、俯きがちなあかりは気づかない。そのままあかりは筆を走らせた。
『結月は椿さんと楽しそうに話してたのに、私はそれに入れなくて。私だって結月と話したかったのに』
「……それって、少しは期待してもいいってこと?」
 迷いを含んだその一言はあかりの胸にすとんと落ちてきた。同時に正体不明の感情が何なのか分かりかけた気がする。
「妬いてくれた、ってこと、だよね?」
 結月の確認にぎこちなくもあかりは頷いた。そして頷いてから気づいてしまった。
(私は結月のことが好きで、でもそれは秋や昴に対する好きと一緒で……。ううん、本当に一緒だった?)
 おそるおそる顔を上げると、結月と視線が交わった。青い瞳はいつだか見た熱っぽさを孕んでいて、あかりの胸が高鳴る。
(違う。……一緒なんかじゃ、ない)
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