【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

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第一六話 救いのかたち

第一六話 一〇

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 任務や政務、稽古に追われているとあっという間に如月になっていた。
 午前中に政務を片付けた後、あかりは仏花を持って朱咲大路をひとりで歩いていた。
 灰色の重たい雲から綿のような雪がはらはらと舞い散って、あたりの白を濃く深くしていく。朱咲大路はしんと静まり返っていて、あかりの雪を踏む足音だけがやけに大きく響いた。
(寂しいな……)
 あかりが政務を執るようになっていくらか復興は進んでいるが、それでもまだまだ足りない。町が生き返るためにはやはり人がつくりだす活気が必要だと思った。
 殺風景な大路を真っ直ぐ進むと、やがて正面に南朱湖が望めるようになった。
「こんにちは、みんな」
 いつ来ても献花台には花や果物などが供えられている。あかりもそこに持ってきた花束を置くと、南朱湖に向かって手を合わせ、目を閉じた。
 日常で起きた他愛ないことから緊迫とした近況まで、あかりはつぶさに報告した。気の済むまで語ると、あかりはようやく目を開け、合わせていた手を下ろした。
「また来るね」
 そう言い残してあかりは踵を返したが、次の一歩を踏み出せずにその場に固まる。
 朱咲門の元々あったあたりに黒い狐が鎮座していた。
 あまりに希薄な気に、今の今までその存在に気づかなかった。一体いつ、どこから現れたというのだろう。一方でその印象的な気は、件の妖狐であることを裏付けてもいた。
 過去のことを思えば今すぐ身の安全を確保した方が良いのだろう。しかし、目の前の妖狐には昨年の葉月の戦場での凶暴さはなく、まるで別人のようにただ静かにそこに佇んでいるだけだった。
 互いに微動だにせず、無言で見つめ合う。妖狐の赤い瞳からはやはりはっきりとした意思や感情は読み取れない。
しばらくそのままでいると、妖狐は四肢を立て、くるりと身を翻した。あかりはとっさに「待って!」と声をあげた。
「あなたは一体何なの?」
 妖狐は背を向けたまま、立ち止まった。
「どうして私の前に現れるのに何もしないで消えてしまうの?」
「……」
「ねえ、今は何を考えているの?」
「……」
「……あなたは、私のお父様じゃないの……?」
 切なく頼り無げな声が静寂に落ちる。
 春朝の推測を聞いたときから気になっていた。どんな答えを期待していたのかは自分でもよくわからなかったが、気づいたら口にしてしまっていた。
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