【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

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第一九話 水無月の狂乱

第一九話 二

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 あかりは夜着のまま昴の部屋へ駆けると西に火の気があり、大火になるだろうことを報せた。火を司る朱咲が言うのだから疑う余地もないと昴はすぐに家臣に指示を飛ばした。あかりも部屋に戻って素早く着替え、再度昴のもとに向かい、共に西の地へ駆けた。
 弾む息の間にあかりが呟く。
「御上様の予言通り……。秋たちは大丈夫だよね?」
「……ここから見る限りでは火は見えないね」
 昴は肯定も否定もしなかった。あかりも西の地の方を眺めやる。まだ火も煙も見えなければ、住民の悲鳴や物が燃える臭いもしない。けれども司や朱咲のお告げが外れるはずもない。確かに今この瞬間、西の地のどこかで火があがっているのだ。
 逸る気持ちは抑えきれず、あかりたちはさらに走る速度を上げて白古家の邸に向かう。
 深夜の町に昴の指示を受けた術使いたちが走る音が大きく響く。何事かと西の地の民の何人かが通りに顔を出していた。
 昴がさっと視線を周囲に巡らせる。
「火のもとは町じゃないみたいだね」
(水無月、火、菊助おじ様と梓おば様……。やっぱり火は白古家の邸から?)
 あかりは不安に瞳を揺らしながら正面に目を向けた。あかりたちは既に白古通りに入っていたため、視線の先には白古門がある。徐々に近づきつつある門の先には白古家の本邸があり、そこは見た目には常と変わらないように思えた。
「良かっ……」
 あかりが言いかけるのと同時に、ごうという音とともに目の前が真っ赤に染まった。
驚愕に目を見開くあかりの腕を昴が「あかりちゃん!」と叫びながら半歩後ろから強く引く。あかりの目の前に大きな火の粉が降り落ちてきた。
「さっきまであんなに静かだったのに……!」
「術の気配がする。不自然な火災の原因は特殊な術を使ったからだろうね」
「……っ! 秋っ‼」
 燃え上がる炎に臆することなく、あかりは敷地の奥へと踏み込んだ。昴も二人分の結界を張って、あかりの後を追う。
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