【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

文字の大きさ
270 / 390
第一九話 水無月の狂乱

第一九話 六

しおりを挟む
「……」
 部屋の隅で、菊助は血の水たまりに横たわり、衣が血に染まるのも気にせずに梓が泣きついていた。その傍らで、膝をついた昴はうなだれ、拳を握っている。
 そのひと場面だけであかりは何が起こったのか理解してしまった。結月も黙って顔を伏せていた。ただ、秋之介だけが現状を受け入れられずに取り乱していた。
「なあ、親父!」
 呼びかけても揺すっても菊助は何の反応も示さず、部屋の隅に向けられた顔は炎の影によって表情すら読み取れない。
 昴が言いにくそうに、けれどもきっぱりとした口調で言う。
「秋くん。……菊助様は」
「昴なら、助けられるよな⁉」
「……」
「昴!」
「できることはしたよ。だけど、もう……」
 昴の言葉が言い終わらないうちに、秋之介の白い瞳は半狂乱な色から明らかな怒りの色へと変わった。
「なんでだよ!」
 誰に対する怒りなのか分からず、その場の誰もが返す言葉を持っていなかった。沈黙の空間に、炎の燃える音と梓の泣き声だけが空しく響き渡る。
「どうして、なんで、親父が! 親父だけが……っ!」
「秋……」
 結月が躊躇いがちに秋之介に呼びかけると、秋之介はきっと結月を睨んだ。まるで行き先を見失った怒りを八つ当たりのようにしてぶつけるように、秋之介は結月に向かって叫んだ。
「おまえにはわかんねぇよ!」
「秋。おれは……」
「うるせえ!」
「やめてよ!」
 あかりの一声に場が水を打ったように静まり返る。あかりは痛ましげに梓を見下ろして、それから秋之介の瞳を正面から見つめ返した。
「父親を失う痛みはよくわかるよ。だけど今けんかしてる場合じゃない。そうでしょ?」
 感情のままに叫ぶでもなく、静かに諭すあかりの声に秋之介の頭は少しだけ冷えたようだった。彼は憮然とした態度で口を閉ざした。
「……とにかく、いったん退こう」
 昴は菊助の遺体と倒れた陰の国の術使いをそれぞれ小さな結界に閉じ込める。あかりは梓を肩に支えて立ち上がった。梓は虚ろな目からとめどなく涙を流しながら、菊助の名を繰り返し呼んでいる。彼女の身体にはほとんど力が入っておらず、支えるあかりはよろめきかけた。そのときふっと梓の身体が軽くなった。
 梓を挟んで左を見ると、秋之介が梓の肩を支えていた。
「秋……」
「……」
 感情の整理がついていないであろう秋之介はあかりとは目を合わせず無言を貫いたが、母親である梓を支える力は強いものだった。
 あかりは秋之介を信じて梓のことを任せると、霊剣を顕現させて先頭を走ることにした。
「行こう!」
 そうしてあかりたちは燃え上がる白古家の邸を抜け出した。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

退屈令嬢のフィクサーな日々

ユウキ
恋愛
完璧と評される公爵令嬢のエレノアは、順風満帆な学園生活を送っていたのだが、自身の婚約者がどこぞの女生徒に夢中で有るなどと、宜しくない噂話を耳にする。 直接関わりがなければと放置していたのだが、ある日件の女生徒と遭遇することになる。

《完結》悪役聖女

ヴァンドール
ファンタジー
聖女になり、王妃となるため十年間も教育を受けて来たのに蓋を開ければ妹が聖女の力を持っていて私はには聖女の力が無かった。そのため祖国を追放されて隣国へと旅立ったがそこで……

竜皇女と呼ばれた娘

Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ 国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。 2020/9/19 第一章終了 続きが書け次第また連載再開します。 2021/2/14 第二章開幕 2021/2/28 完結

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

処理中です...