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第一九話 水無月の狂乱
第一九話 六
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「……」
部屋の隅で、菊助は血の水たまりに横たわり、衣が血に染まるのも気にせずに梓が泣きついていた。その傍らで、膝をついた昴はうなだれ、拳を握っている。
そのひと場面だけであかりは何が起こったのか理解してしまった。結月も黙って顔を伏せていた。ただ、秋之介だけが現状を受け入れられずに取り乱していた。
「なあ、親父!」
呼びかけても揺すっても菊助は何の反応も示さず、部屋の隅に向けられた顔は炎の影によって表情すら読み取れない。
昴が言いにくそうに、けれどもきっぱりとした口調で言う。
「秋くん。……菊助様は」
「昴なら、助けられるよな⁉」
「……」
「昴!」
「できることはしたよ。だけど、もう……」
昴の言葉が言い終わらないうちに、秋之介の白い瞳は半狂乱な色から明らかな怒りの色へと変わった。
「なんでだよ!」
誰に対する怒りなのか分からず、その場の誰もが返す言葉を持っていなかった。沈黙の空間に、炎の燃える音と梓の泣き声だけが空しく響き渡る。
「どうして、なんで、親父が! 親父だけが……っ!」
「秋……」
結月が躊躇いがちに秋之介に呼びかけると、秋之介はきっと結月を睨んだ。まるで行き先を見失った怒りを八つ当たりのようにしてぶつけるように、秋之介は結月に向かって叫んだ。
「おまえにはわかんねぇよ!」
「秋。おれは……」
「うるせえ!」
「やめてよ!」
あかりの一声に場が水を打ったように静まり返る。あかりは痛ましげに梓を見下ろして、それから秋之介の瞳を正面から見つめ返した。
「父親を失う痛みはよくわかるよ。だけど今けんかしてる場合じゃない。そうでしょ?」
感情のままに叫ぶでもなく、静かに諭すあかりの声に秋之介の頭は少しだけ冷えたようだった。彼は憮然とした態度で口を閉ざした。
「……とにかく、いったん退こう」
昴は菊助の遺体と倒れた陰の国の術使いをそれぞれ小さな結界に閉じ込める。あかりは梓を肩に支えて立ち上がった。梓は虚ろな目からとめどなく涙を流しながら、菊助の名を繰り返し呼んでいる。彼女の身体にはほとんど力が入っておらず、支えるあかりはよろめきかけた。そのときふっと梓の身体が軽くなった。
梓を挟んで左を見ると、秋之介が梓の肩を支えていた。
「秋……」
「……」
感情の整理がついていないであろう秋之介はあかりとは目を合わせず無言を貫いたが、母親である梓を支える力は強いものだった。
あかりは秋之介を信じて梓のことを任せると、霊剣を顕現させて先頭を走ることにした。
「行こう!」
そうしてあかりたちは燃え上がる白古家の邸を抜け出した。
部屋の隅で、菊助は血の水たまりに横たわり、衣が血に染まるのも気にせずに梓が泣きついていた。その傍らで、膝をついた昴はうなだれ、拳を握っている。
そのひと場面だけであかりは何が起こったのか理解してしまった。結月も黙って顔を伏せていた。ただ、秋之介だけが現状を受け入れられずに取り乱していた。
「なあ、親父!」
呼びかけても揺すっても菊助は何の反応も示さず、部屋の隅に向けられた顔は炎の影によって表情すら読み取れない。
昴が言いにくそうに、けれどもきっぱりとした口調で言う。
「秋くん。……菊助様は」
「昴なら、助けられるよな⁉」
「……」
「昴!」
「できることはしたよ。だけど、もう……」
昴の言葉が言い終わらないうちに、秋之介の白い瞳は半狂乱な色から明らかな怒りの色へと変わった。
「なんでだよ!」
誰に対する怒りなのか分からず、その場の誰もが返す言葉を持っていなかった。沈黙の空間に、炎の燃える音と梓の泣き声だけが空しく響き渡る。
「どうして、なんで、親父が! 親父だけが……っ!」
「秋……」
結月が躊躇いがちに秋之介に呼びかけると、秋之介はきっと結月を睨んだ。まるで行き先を見失った怒りを八つ当たりのようにしてぶつけるように、秋之介は結月に向かって叫んだ。
「おまえにはわかんねぇよ!」
「秋。おれは……」
「うるせえ!」
「やめてよ!」
あかりの一声に場が水を打ったように静まり返る。あかりは痛ましげに梓を見下ろして、それから秋之介の瞳を正面から見つめ返した。
「父親を失う痛みはよくわかるよ。だけど今けんかしてる場合じゃない。そうでしょ?」
感情のままに叫ぶでもなく、静かに諭すあかりの声に秋之介の頭は少しだけ冷えたようだった。彼は憮然とした態度で口を閉ざした。
「……とにかく、いったん退こう」
昴は菊助の遺体と倒れた陰の国の術使いをそれぞれ小さな結界に閉じ込める。あかりは梓を肩に支えて立ち上がった。梓は虚ろな目からとめどなく涙を流しながら、菊助の名を繰り返し呼んでいる。彼女の身体にはほとんど力が入っておらず、支えるあかりはよろめきかけた。そのときふっと梓の身体が軽くなった。
梓を挟んで左を見ると、秋之介が梓の肩を支えていた。
「秋……」
「……」
感情の整理がついていないであろう秋之介はあかりとは目を合わせず無言を貫いたが、母親である梓を支える力は強いものだった。
あかりは秋之介を信じて梓のことを任せると、霊剣を顕現させて先頭を走ることにした。
「行こう!」
そうしてあかりたちは燃え上がる白古家の邸を抜け出した。
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