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第二四話 失われたもの
第二四話 八
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(泰山府君祭……。まさか、本当に執り行う日が来るなんて、思ってもみなかった)
身代わりの者の寿命を代償に対象者の延命を可能にする儀式はそう何度も執り行えるものではない。一生のうちに実行する日が来るか来ないか、できればそんな日が来なければいいと思いながら、それでも万が一のためにと結月は泰山府君祭の祭文を一言一句違わずに、正確に記憶していた。
儀式を成功させるには静かで凪いだ気持ちでなければならない。そのために深呼吸をすると、治まりかけていた肺の痛みが蘇ってきて、息が詰まり咳き込んだ。
一声を発することすら辛いが、泰山府君祭をとりやめるつもりは毛頭ない。
あかりが全てを賭けて戦ったように、結月も差し出せるものはすべて捧げてこの儀式に臨むつもりだった。
結月は覚悟を決めて祭文を唱え始めた。
淀みなく滑らかに紡がれる言葉たちはまるで歌のようだ。
どうかこの歌声が天におわす神々にあまねく届くように。そして誰よりも、あかりに届くように。
すぐに息が上がり始め、肺が痛みを訴える。さらには頭痛も戻ってきて、打ちつけるような痛みに言葉が飛びそうになる。それでも無視を決め込んで、結月は朗々と謡い続けた。
神々に祈りを捧げながら、結月はあかりと過ごした日々や交わしたいくつのも約束を思い出していた。
一つしか年の違わないあかりとは小さい頃からほとんど一緒にいて、兄妹のようにしてともに成長した。天真爛漫で素直でよく笑うあかりと優しくも控えめで感情があまり表に出ない結月はあまり似ている性格をしていなかったが、不思議と気は合った。
そして、だからこそ結月は自分にないものをもつあかりを妹のように、いつしかひとりの女の子として大事に想うようになっていた。
本音をいえば危険と隣り合わせの任務にあかりを参加させたくはなかった。傷つけさせたくはなかった。それでも現実がそれを許さないのなら、他ならぬ自分があかりを守ろうと胸に誓っていた。
けれど、それは言うほど易しくはなかった。
何度もあかりの手を掴み損ねて、失いかけた。その度に強くなりたいと願い、約束を重ねた。
ともに戦い、守り守られ、生き抜こうと。
戦いを終わらせたその後、平和な世で笑い合って生きていこうと。
そんな世で伝えたい想いが、果たしたい約束があるのだと。
その幾重もの約束が今までの、今の結月を支えていた。
(ねえ、あかり。聞いて)
祭文を丁寧に唱えあげながら、結月はあかりに語りかける。
(あかりと最後に交わした約束、あったよね)
それはこの最後の戦いが始まるひと月ほど前のことだった。
「戦いのない平和な未来で、一緒に笑い合って生きよう。この約束がきっと私たちの全部の願いを叶えてくれるよ」
眩しい空の色とあかりの柔らかな微笑みが印象的だった。あかりの笑顔があったから、そんな未来を信じられた。
それは窮地に立たされた今でも変わらない。
(あかりはいつも、どんなときでも、諦めること、しなかった。だったら、おれも……)
願った未来を手に入れるまで、決して諦めない。
祭文はいよいよ終局を迎えようとしていた。結月は身体中の痛みを忘れるほどに集中し、一層気をこめて言葉を紡ぐ。
(この願いと想いが聞き届けられるなら、おれの寿命を捧げる、から)
青の光がふわりと淡く舞い出す。
(だからね、あかり)
光が広がっていく。それはまるで優しく闇夜を照らす月の光のようで。
あかりに帰り道を示すように、行く先を教えるように、青い光が柔らかに降り注いだ。
(おれたちの、……おれの側に、帰ってきて)
身代わりの者の寿命を代償に対象者の延命を可能にする儀式はそう何度も執り行えるものではない。一生のうちに実行する日が来るか来ないか、できればそんな日が来なければいいと思いながら、それでも万が一のためにと結月は泰山府君祭の祭文を一言一句違わずに、正確に記憶していた。
儀式を成功させるには静かで凪いだ気持ちでなければならない。そのために深呼吸をすると、治まりかけていた肺の痛みが蘇ってきて、息が詰まり咳き込んだ。
一声を発することすら辛いが、泰山府君祭をとりやめるつもりは毛頭ない。
あかりが全てを賭けて戦ったように、結月も差し出せるものはすべて捧げてこの儀式に臨むつもりだった。
結月は覚悟を決めて祭文を唱え始めた。
淀みなく滑らかに紡がれる言葉たちはまるで歌のようだ。
どうかこの歌声が天におわす神々にあまねく届くように。そして誰よりも、あかりに届くように。
すぐに息が上がり始め、肺が痛みを訴える。さらには頭痛も戻ってきて、打ちつけるような痛みに言葉が飛びそうになる。それでも無視を決め込んで、結月は朗々と謡い続けた。
神々に祈りを捧げながら、結月はあかりと過ごした日々や交わしたいくつのも約束を思い出していた。
一つしか年の違わないあかりとは小さい頃からほとんど一緒にいて、兄妹のようにしてともに成長した。天真爛漫で素直でよく笑うあかりと優しくも控えめで感情があまり表に出ない結月はあまり似ている性格をしていなかったが、不思議と気は合った。
そして、だからこそ結月は自分にないものをもつあかりを妹のように、いつしかひとりの女の子として大事に想うようになっていた。
本音をいえば危険と隣り合わせの任務にあかりを参加させたくはなかった。傷つけさせたくはなかった。それでも現実がそれを許さないのなら、他ならぬ自分があかりを守ろうと胸に誓っていた。
けれど、それは言うほど易しくはなかった。
何度もあかりの手を掴み損ねて、失いかけた。その度に強くなりたいと願い、約束を重ねた。
ともに戦い、守り守られ、生き抜こうと。
戦いを終わらせたその後、平和な世で笑い合って生きていこうと。
そんな世で伝えたい想いが、果たしたい約束があるのだと。
その幾重もの約束が今までの、今の結月を支えていた。
(ねえ、あかり。聞いて)
祭文を丁寧に唱えあげながら、結月はあかりに語りかける。
(あかりと最後に交わした約束、あったよね)
それはこの最後の戦いが始まるひと月ほど前のことだった。
「戦いのない平和な未来で、一緒に笑い合って生きよう。この約束がきっと私たちの全部の願いを叶えてくれるよ」
眩しい空の色とあかりの柔らかな微笑みが印象的だった。あかりの笑顔があったから、そんな未来を信じられた。
それは窮地に立たされた今でも変わらない。
(あかりはいつも、どんなときでも、諦めること、しなかった。だったら、おれも……)
願った未来を手に入れるまで、決して諦めない。
祭文はいよいよ終局を迎えようとしていた。結月は身体中の痛みを忘れるほどに集中し、一層気をこめて言葉を紡ぐ。
(この願いと想いが聞き届けられるなら、おれの寿命を捧げる、から)
青の光がふわりと淡く舞い出す。
(だからね、あかり)
光が広がっていく。それはまるで優しく闇夜を照らす月の光のようで。
あかりに帰り道を示すように、行く先を教えるように、青い光が柔らかに降り注いだ。
(おれたちの、……おれの側に、帰ってきて)
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