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第二四話 失われたもの
第二四話 九
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赤い魂はさまよう。
自分は一体何者あるいは何なのか、それすらも判然とせず。
ただ自然の一部となって、何もない白の空間を揺蕩っていた。
言葉を失い、自我は消えた。だから感情は生まれない。仮に感情が生まれたとしても、それを何と称していいのかわからなかっただろう。
何も感じられないまま、どれくらいそうしていただろう。
ふと白の空間に一点の黒い光が流れ込んできた。その場に留まり続けていた赤の魂に黒の光の帯がふっと触れる。
言葉はわからなかったが、何かを希われていることはなんとなく感じられた。けれどどうしたらいいのかわからない。
一瞬だけ引きとめられたものの、赤い魂は再びあたりをふわふわと漂う。
すると空間の白以上に白い光が飛び込んできた。
音のない空間に何かの音が広がる。最初くぐもっていた音は、徐々に明瞭に聞こえるようになったが、そのほとんどは何かの言葉らしく意味が理解できなかった。……ただ一言だけを除いて。
『あかり』
どうしてだかこの一言だけは、意味はわからないのにはっきりと言葉として聞こえるのだ。そしてその一言に導かれるようにして、形のなかった思いが朧気ながら輪郭を取り戻す。
帰りたい。戻りたい。……でも、どこへ、どうやって?
すると白に光が輝きを増して、赤の魂に向かって伸びてきた。
あてどなくさまよっていたが、なんとなくこの場に留まっていたいように感じられ、赤い魂は白い光に身を委ねる。
そして何かの器に誘われた。
器は壊れかけていて、空っぽだった。前も後ろも、上も下も、右も左もわからない、本当に何もない空間だった。
何もないのに、なぜだか懐かしく、居心地が良いように感じられる。
そこでぼんやりしていると、ふわりと青い光が降り注ぎ、空っぽだった器を満たしていった。光の正体はわからないはずなのに、優しくあたたかなこの温度を知っているような気がした。
空っぽだった空間が青い光でいっぱいになったとき、赤い魂はまどろみ、眠りに落ちると夢を見た。
霧の向こうから「あかり」と呼ばれて、視界が動く。呼んだのは少し先にいる白い青年のようだった。彼の隣には黒い少年がいた。表情はわからないが、穏やかな雰囲気をまとっていた。そしてもう一度、今度は違う声で「あかり」と呼ばれる。声はすぐ側から聞こえて、そちらを振り仰ぐ。わりあい近距離ではあるのに青い青年の表情もよく見えなかった。彼は左手を差し出していた。
「あかり、帰ろう」
意思とは関係なく、右手が自然と伸ばされる。青い青年の左手と、誘われるように右手が触れ合ったとき、視界を覆っていた霧がふっと晴れた。
そうしてようやく理解する。『あかり』とは自分の名前であること。そして自分にはかけがえのない大事な、大好きな幼なじみが三人いることを。
彼らは笑顔であかりのことを待ってくれていた。
だからそれに応えるように、あかりは彼らの名前を呼ぼうと息を吸い込んで。
(あれ、名前、なんだっけ……?)
戦慄く口が言葉を紡ぐことはなかった。
自分は一体何者あるいは何なのか、それすらも判然とせず。
ただ自然の一部となって、何もない白の空間を揺蕩っていた。
言葉を失い、自我は消えた。だから感情は生まれない。仮に感情が生まれたとしても、それを何と称していいのかわからなかっただろう。
何も感じられないまま、どれくらいそうしていただろう。
ふと白の空間に一点の黒い光が流れ込んできた。その場に留まり続けていた赤の魂に黒の光の帯がふっと触れる。
言葉はわからなかったが、何かを希われていることはなんとなく感じられた。けれどどうしたらいいのかわからない。
一瞬だけ引きとめられたものの、赤い魂は再びあたりをふわふわと漂う。
すると空間の白以上に白い光が飛び込んできた。
音のない空間に何かの音が広がる。最初くぐもっていた音は、徐々に明瞭に聞こえるようになったが、そのほとんどは何かの言葉らしく意味が理解できなかった。……ただ一言だけを除いて。
『あかり』
どうしてだかこの一言だけは、意味はわからないのにはっきりと言葉として聞こえるのだ。そしてその一言に導かれるようにして、形のなかった思いが朧気ながら輪郭を取り戻す。
帰りたい。戻りたい。……でも、どこへ、どうやって?
すると白に光が輝きを増して、赤の魂に向かって伸びてきた。
あてどなくさまよっていたが、なんとなくこの場に留まっていたいように感じられ、赤い魂は白い光に身を委ねる。
そして何かの器に誘われた。
器は壊れかけていて、空っぽだった。前も後ろも、上も下も、右も左もわからない、本当に何もない空間だった。
何もないのに、なぜだか懐かしく、居心地が良いように感じられる。
そこでぼんやりしていると、ふわりと青い光が降り注ぎ、空っぽだった器を満たしていった。光の正体はわからないはずなのに、優しくあたたかなこの温度を知っているような気がした。
空っぽだった空間が青い光でいっぱいになったとき、赤い魂はまどろみ、眠りに落ちると夢を見た。
霧の向こうから「あかり」と呼ばれて、視界が動く。呼んだのは少し先にいる白い青年のようだった。彼の隣には黒い少年がいた。表情はわからないが、穏やかな雰囲気をまとっていた。そしてもう一度、今度は違う声で「あかり」と呼ばれる。声はすぐ側から聞こえて、そちらを振り仰ぐ。わりあい近距離ではあるのに青い青年の表情もよく見えなかった。彼は左手を差し出していた。
「あかり、帰ろう」
意思とは関係なく、右手が自然と伸ばされる。青い青年の左手と、誘われるように右手が触れ合ったとき、視界を覆っていた霧がふっと晴れた。
そうしてようやく理解する。『あかり』とは自分の名前であること。そして自分にはかけがえのない大事な、大好きな幼なじみが三人いることを。
彼らは笑顔であかりのことを待ってくれていた。
だからそれに応えるように、あかりは彼らの名前を呼ぼうと息を吸い込んで。
(あれ、名前、なんだっけ……?)
戦慄く口が言葉を紡ぐことはなかった。
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