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第二六話 繋がる想い
第二六話 一四
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束の間の平穏の中で催されたお花見の日。
「あかりちゃんは花より団子かな」
「だって本当に美味しいんだもん」
やはり笑顔で昴を振り返ろうとすると、ふいに結月と目が合った。青い瞳がよく見える。
(なんだろう……?)
あかりにしては珍しく、瞳から結月の感情が読み取れなかった。わからないのではなく、知らない色をしていたからだ。
(不安そう? うーん、ちょっと違う? 拗ねてる? でも、なんで?)
理由を聞こうとして「結月」と名を呼びかけようとしたとき、ゆっくりと結月の腕があかりに伸ばされた。思わず言葉を飲み込んでしまう。結月の左手はあかりの頭の上で止まった。そして、数秒して結月は腕を引いた。その手には桜の花びらがひとひらつままれていた。
「……桜、ついてた」
「そ、そっか。ありがとう、結月」
「ううん」
心臓がばくばくとうるさい。結月の顔を直視できなくなって、あかりはさっと顔をそむけた。
(こんなこと、今までだってあったじゃない……!)
落ち着けと自分に言い聞かせるが逆効果だった。そして、考えるほどに結月の瞳が垣間見せた視線が頭から離れなかった。それは、あかりをとらえて離さない熱っぽい視線だった。
もう一度、ちらりと結月を見たが、結月は何食わぬ顔をして玉子焼きを口に運んでいた。
(私の気のせい……?)
自分だけで考えても詮無いことなので、思い切って結月に尋ねることにした。
「ねえ、結月」
「なに?」
「さっき、何考えてたの?」
結月は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに視線を落ち着かせるとあかりを真っ直ぐに見つめた。
「……きれいだなって、思ってた」
「桜の花? うん、きれいだよね」
単に自分の考えすぎだったのか。あかりは冷静さを取り戻すと同時に、落胆もしていた。
(なんでがっかりしてるんだろ、私……)
あかりが僅かに顔を俯けていると、結月の声が降ってきた。
「桜も、そうだけど。おれは……」
結月はそれ以上を口にしなかったが、顔を上げたあかりが目を合わせると言葉以上の感情が流れ込んでくるような気がした。
春風に舞い踊る桜の花びらの美しさにも劣らない、きれいな微笑がそこにはあった。一等優しい微笑みはただ一人、あかりにだけ向けられている。
この感情の名を、あかりはまだ知らない。
ただ、結月のこの微笑みが自分にだけ向けられているという事実がたまらなく嬉しく感じられた。
「改めて、あかり、お誕生日おめでとう」
「おめでとな」
「おめでとう、あかりちゃん」
昴は小さな結界を呼び出すと、中からきれいに包装された小箱を取り出した。それをあかりは「ありがとう」と受け取った。
さっそく丁寧に包みを解き、小箱を開くと箱の中には一本のかんざしが収められていた。かんざしの先端にはガラスで作られた朝顔が花開いており、行灯の光を反射してはきらりきらりと美しい。
あかりは挿していたかんざしを引き抜くと、今もらったばかりのかんざしにつけかえた。結月たちにも見えるよう彼らに背を向ける。
「どう?」
「うん、きれい」
「よく似合ってるよ」
「いいんじゃねえの」
あかりはこみ上げる嬉しさを抑えきれず、振り返り、満面の笑みになると彼らに改めてお礼を言った。
「本当にありがとう! 今日は一日一緒に過ごせて楽しかった。このかんざしも大切にするね」
思いはしっかりと届いたようで、結月たちはあかりに微笑み返してくれた。
ようやく梅雨が明けた。今夜の空は数多の星がそこここで輝いて見える。
自室に面する縁側で、あかりが熱心に星空を見つめていると、後ろから声がかかった。
「見つかった?」
結月はあかりの隣に腰を下ろした。今日は遅くまで玄舞家で稽古をしていたため、結月と秋之介はここに泊まるようだった。
空を見上げたまま、あかりは「ううん、まだ」と答えた。
あかりは流れ星を探していた。この国で流れ星と言えば不吉の象徴だが、あかりにとっては違った。小さいころ母から聞いたことがある『流れ星に言霊を届けたら、お父様に出会ったのよ』という言葉を信じているからだった。
「あかりは、何をお願いするつもり、なの?」
「んー? まだ内緒」
結月は無理矢理聞くことはせず、自らも流れ星を探し始めた。
静かな時間が流れていく。無言の時間は不思議と息が詰まるものではない。穏やかな心で流れ星を探し続けていると、視界の片隅で光が動くのをとらえた。
「あ、あそこ」
あかりが指さす先を結月も見た。二つ目の星が流れて消えた。
あかりはこの好機を逃すまいと姿勢を正し、指を組み合わせると、夜空を流れゆく星をじっと見つめて、言霊に想いをのせた。
「ずっと四人で仲良くいられますように」
ふわりとあかりの周囲に赤の光の粒が舞う。赤い光が霧散するとともに、三つ目の流れ星も夜空に溶け消えた。
「結月はお願いごとしないの?」
「あかりほど、言霊は扱えないし……」
結月はあかりの目を真っ直ぐに見つめた。
「これは叶えてもらうんじゃなくて、自分で、叶えたい、から」
光源は星と月しかないのに、あかりには結月の瞳がよく見えた。普段は優しく穏やかな月の光のようだが、今ばかりは昼間見た太陽の輝きに似ていると思った。
(結月ってこんな目もするんだ……)
魅入られたように結月の瞳から目が離せない。何が彼をこうまで変えるのだろう。どうしようもなく気になったあかりの口からは、自然と呟きがこぼれ出た。
「結月が叶えたいことって?」
結月は迷うような素振りを見せたが、あかりのお願いには抗えないようで、ゆっくりと口を開いた。
「あかりに、笑っていて、ほしい」
思いもしない答えに、あかりは目を瞬かせた。
「ずっと。できればおれの隣で。あかりの笑顔が、おれは大好き、だから」
「……私、そんな暗い顔ばっかりしてたかな?」
結月は否定の意味で首を振った。
「何の憂いもなく、心から、笑ってほしい。そのためにはこの戦いを、終わらせなきゃ、いけない」
「結月……」
「これは、おれの力で、叶えたい。他に叶えてもらうんじゃ、だめ、なんだ」
強い意志に煌めく青い瞳に、あかりの胸がどきりと跳ねる。だんだんと直視できなくなってきて、あかりはとっさに目を逸らした。
(結月の瞳は大好きだけど……)
昔はいつまででも見ていられると思った結月の目なのに、今になってなぜだか見られなくなってしまう。自分のことなのにわからなくて、あかりは戸惑った。
(そういえば、お花見のときとか誕生日のお出かけのときも……)
向けられる微笑に一喜一憂したことやガラス玉以上に美しい瞳から目を離せなかったことが思い出される。あのときもあかりの気持ちが落ち着かなかった記憶がある。
(変わったのは結月? それとも、私……?)
狼狽えるあかりを結月は不思議そうに見つめていた。
「あかりちゃんは花より団子かな」
「だって本当に美味しいんだもん」
やはり笑顔で昴を振り返ろうとすると、ふいに結月と目が合った。青い瞳がよく見える。
(なんだろう……?)
あかりにしては珍しく、瞳から結月の感情が読み取れなかった。わからないのではなく、知らない色をしていたからだ。
(不安そう? うーん、ちょっと違う? 拗ねてる? でも、なんで?)
理由を聞こうとして「結月」と名を呼びかけようとしたとき、ゆっくりと結月の腕があかりに伸ばされた。思わず言葉を飲み込んでしまう。結月の左手はあかりの頭の上で止まった。そして、数秒して結月は腕を引いた。その手には桜の花びらがひとひらつままれていた。
「……桜、ついてた」
「そ、そっか。ありがとう、結月」
「ううん」
心臓がばくばくとうるさい。結月の顔を直視できなくなって、あかりはさっと顔をそむけた。
(こんなこと、今までだってあったじゃない……!)
落ち着けと自分に言い聞かせるが逆効果だった。そして、考えるほどに結月の瞳が垣間見せた視線が頭から離れなかった。それは、あかりをとらえて離さない熱っぽい視線だった。
もう一度、ちらりと結月を見たが、結月は何食わぬ顔をして玉子焼きを口に運んでいた。
(私の気のせい……?)
自分だけで考えても詮無いことなので、思い切って結月に尋ねることにした。
「ねえ、結月」
「なに?」
「さっき、何考えてたの?」
結月は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに視線を落ち着かせるとあかりを真っ直ぐに見つめた。
「……きれいだなって、思ってた」
「桜の花? うん、きれいだよね」
単に自分の考えすぎだったのか。あかりは冷静さを取り戻すと同時に、落胆もしていた。
(なんでがっかりしてるんだろ、私……)
あかりが僅かに顔を俯けていると、結月の声が降ってきた。
「桜も、そうだけど。おれは……」
結月はそれ以上を口にしなかったが、顔を上げたあかりが目を合わせると言葉以上の感情が流れ込んでくるような気がした。
春風に舞い踊る桜の花びらの美しさにも劣らない、きれいな微笑がそこにはあった。一等優しい微笑みはただ一人、あかりにだけ向けられている。
この感情の名を、あかりはまだ知らない。
ただ、結月のこの微笑みが自分にだけ向けられているという事実がたまらなく嬉しく感じられた。
「改めて、あかり、お誕生日おめでとう」
「おめでとな」
「おめでとう、あかりちゃん」
昴は小さな結界を呼び出すと、中からきれいに包装された小箱を取り出した。それをあかりは「ありがとう」と受け取った。
さっそく丁寧に包みを解き、小箱を開くと箱の中には一本のかんざしが収められていた。かんざしの先端にはガラスで作られた朝顔が花開いており、行灯の光を反射してはきらりきらりと美しい。
あかりは挿していたかんざしを引き抜くと、今もらったばかりのかんざしにつけかえた。結月たちにも見えるよう彼らに背を向ける。
「どう?」
「うん、きれい」
「よく似合ってるよ」
「いいんじゃねえの」
あかりはこみ上げる嬉しさを抑えきれず、振り返り、満面の笑みになると彼らに改めてお礼を言った。
「本当にありがとう! 今日は一日一緒に過ごせて楽しかった。このかんざしも大切にするね」
思いはしっかりと届いたようで、結月たちはあかりに微笑み返してくれた。
ようやく梅雨が明けた。今夜の空は数多の星がそこここで輝いて見える。
自室に面する縁側で、あかりが熱心に星空を見つめていると、後ろから声がかかった。
「見つかった?」
結月はあかりの隣に腰を下ろした。今日は遅くまで玄舞家で稽古をしていたため、結月と秋之介はここに泊まるようだった。
空を見上げたまま、あかりは「ううん、まだ」と答えた。
あかりは流れ星を探していた。この国で流れ星と言えば不吉の象徴だが、あかりにとっては違った。小さいころ母から聞いたことがある『流れ星に言霊を届けたら、お父様に出会ったのよ』という言葉を信じているからだった。
「あかりは、何をお願いするつもり、なの?」
「んー? まだ内緒」
結月は無理矢理聞くことはせず、自らも流れ星を探し始めた。
静かな時間が流れていく。無言の時間は不思議と息が詰まるものではない。穏やかな心で流れ星を探し続けていると、視界の片隅で光が動くのをとらえた。
「あ、あそこ」
あかりが指さす先を結月も見た。二つ目の星が流れて消えた。
あかりはこの好機を逃すまいと姿勢を正し、指を組み合わせると、夜空を流れゆく星をじっと見つめて、言霊に想いをのせた。
「ずっと四人で仲良くいられますように」
ふわりとあかりの周囲に赤の光の粒が舞う。赤い光が霧散するとともに、三つ目の流れ星も夜空に溶け消えた。
「結月はお願いごとしないの?」
「あかりほど、言霊は扱えないし……」
結月はあかりの目を真っ直ぐに見つめた。
「これは叶えてもらうんじゃなくて、自分で、叶えたい、から」
光源は星と月しかないのに、あかりには結月の瞳がよく見えた。普段は優しく穏やかな月の光のようだが、今ばかりは昼間見た太陽の輝きに似ていると思った。
(結月ってこんな目もするんだ……)
魅入られたように結月の瞳から目が離せない。何が彼をこうまで変えるのだろう。どうしようもなく気になったあかりの口からは、自然と呟きがこぼれ出た。
「結月が叶えたいことって?」
結月は迷うような素振りを見せたが、あかりのお願いには抗えないようで、ゆっくりと口を開いた。
「あかりに、笑っていて、ほしい」
思いもしない答えに、あかりは目を瞬かせた。
「ずっと。できればおれの隣で。あかりの笑顔が、おれは大好き、だから」
「……私、そんな暗い顔ばっかりしてたかな?」
結月は否定の意味で首を振った。
「何の憂いもなく、心から、笑ってほしい。そのためにはこの戦いを、終わらせなきゃ、いけない」
「結月……」
「これは、おれの力で、叶えたい。他に叶えてもらうんじゃ、だめ、なんだ」
強い意志に煌めく青い瞳に、あかりの胸がどきりと跳ねる。だんだんと直視できなくなってきて、あかりはとっさに目を逸らした。
(結月の瞳は大好きだけど……)
昔はいつまででも見ていられると思った結月の目なのに、今になってなぜだか見られなくなってしまう。自分のことなのにわからなくて、あかりは戸惑った。
(そういえば、お花見のときとか誕生日のお出かけのときも……)
向けられる微笑に一喜一憂したことやガラス玉以上に美しい瞳から目を離せなかったことが思い出される。あのときもあかりの気持ちが落ち着かなかった記憶がある。
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