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第二六話 繋がる想い
第二六話 一六
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「おれは、あかりにずっと前から伝えたいことがある。だけど、それは今じゃ駄目で、願わくばあかりが憂いなく笑える世界で、伝えたいって思ってる。だから」
「……」
「だから、おれが今欲しいのはあかりの心じゃなくて、約束。おれの願う通りの未来まで、おれの言葉を待ってて欲しい」
そうして結月は静かに左手の小指を差し出した。
幼いころから変わらない、あかりと結月の約束はいつだってこうして交わされてきた。そして、それは今回も同じことだった。決して安請け合いをしたのではない。結月の固い決意は本物で、あかりは心からそれに応えたいと思ったから指きりに応じることを選んだのだ。
互いの小指を絡め、声の出ないあかりに代わって結月が謡う。
「指切りげんまん、噓ついたら針千本飲ます。指切った」
終ぞ決定的な言葉は出てこなかったものの、あかりも結月もこの時は確かに自身の心が満たされているのを感じていた。
仲良しで大切なかけがえのない幼なじみは、互いにただ一人の特別な幼なじみになった。約束のその時までおそらくこの関係が続くのだろうが、二人ともそれで良いと思った。ただの幼なじみよりは距離が近く、恋人というには少し違う関係性。それもまた自分達らしいと思うから。
秋之介と昴がやってくるまで、互いが互いを想い合っていると知りながら、あかりと結月は『特別な幼なじみ』として笑い合っていた。
(このあたりにいないの……⁉)
声をあげられないことをもどかしく思いながら、あかりは息つく暇もなく木立の間をうろついた。
(戦いの気配はあっちから?)
あかりは危険を顧みず、臆することなく山の中へと分け入る。やがて現れた眼前の光景にあかりは言葉を失った。
(熱い……っ)
あたり一面が火の海だった。火を司る朱咲の加護があっても、肌がちりちりと痛み、喉は焼け付くようで、煙が目にしみて視界が滲んだ。
そして炎の壁の向こうにあかりは結月、秋之介、昴の姿を見つけて瞠目した。彼らは陰の国の術使いの多勢を前にして、苦戦を強いられているようだった。
(このままじゃ……!)
最悪の未来が脳裏に過る。恐怖に支配されたあかりはその場に凍りついた。焦燥感に駆られて思考はまとまらず、身体は無意識に震えていた。
その間にも結月たちは劣勢に追い込まれていく。間合いを詰められた結月を白虎姿の秋之介が後ろに引っ張り出す。そんな秋之介の不意を突くように陰の国の式神が背後から襲い掛かる。昴が辛うじて結界を張ることで難は逃れた。
今はぎりぎり持ちこたえているがそれも時間の問題だ。
(私に戦う力があれば……っ)
三人は全身傷だらけで、呼吸も苦しそうだった。ここぞとばかりに陰の国の式神使いたちは結月たちを攻めたてる。
(失わないためには守らないと……! でも、どうしたら……!)
せめて声を出せればなんとかできるかもしれないのに、たったそれだけのことがままならない。
(力が、欲しい。大切なものを守るだけの力が……!)
そこではっと思い至った。新年の折、朱咲から力を授けてもらったではないか。朱咲はあとはあかり次第だと言っていた。
(朱咲様からの力……これをうまく使うには……)
解決の糸口を見つけたことでだんだんと冷静さを取り戻していく。そうして思い出したのは今朝見た夢だった。
(力が強いだけじゃ駄目。それに応じた想いが必要。……想い……)
あかりが考えだそうとした瞬間、秋之介が派手な音を立てて横に飛ばされた。ほぼ同時に昴が膝をつく。その肩は激しく上下していた。結月もいよいよ霊符の発動が追いつかず、左腕には狗の式神が嚙みついていた。動きを制限された彼らに、とどめとばかりに三体の飛燕が舞う。狙うは心臓、ただ一点。
(もう失うことなんてしたくないんでしょう⁉)
思いに呼応するように身体がじわりと熱くなっていく。
(私は、大切なものを必ず守るって決めたんだから……っ‼)
瞬間、熱は炎に変わり、あかりを覆った。敵味方、皆の視線が一気に集まり、式神は膨張するあかりの気配に怯えを見せた。
「あかり……⁉」
「あかり⁉」
「あかりちゃん!」
幼なじみたちの声が遠くに聞こえる。
まるで火を飲んだかのようにあかりの喉は燃えるように痛んだ。あまりの激痛に意識が朦朧としかけ、目尻には生理的な涙が浮かぶ。
(痛みが、何よ……っ。いっそ呪詛ごと燃やし尽くしてやるわ!)
あかりを中心に炎が勢いよく輪になって広がる。不思議なことにあかりの発した炎が触れると、それまでの火事の炎は消えてしまった。
「……熱く、ない」
あかりの炎がかすめたらしい結月が呟いた。むしろ温かくて心地よいとすら感じる。
辺り一帯があかりのつくりだした火で舐めつくされると、陰の国の式神使いから悲鳴があがり、式神は札に戻って魂が還っていった。式神使いは熱い熱いとしきりに叫んでいるが、結月をはじめ、秋之介も昴も全く熱くは感じなかった。
「一体どういう……」
秋之介の疑問は、しかし懐かしい声によって遮られる。近くに寄り集まった結月と昴も目を大きく見開いていた。
「奇一奇一たちまち雲霞を結ぶ、宇内八方御方長南、たちまち急戦を貫き、南都に達し、朱咲に感ず」
凛とした少女の声が朗々と木立の中にこだまする。こめた強い想いを朱咲から与えられた力にのせると、一瞬にしてあたりの空気が浄化されていった。
「奇一奇一たちまち感通、急々如律令!」
激しくも温かな炎をまとい、天に霊剣を掲げる様は神聖で。そんな彼女はさながら戦女神のようだった。
「急々如律令!」
直後あたたかな赤い光の粒が天翔を覆っていく。半透明だった彼の身体は淡い光を発しながら四肢の先から消え始めていた。
いてもたってもいられず、あかりは霊剣を消すと父に駆け寄った。
「お父様……!」
半透明だがまだ姿の残る天翔の身体を膝をついて抱きしめると、ほんのりと体温が感じられた。できることなら失いたくないその温度をこの先忘れないようにとあかりは腕に力をこめる。
天翔はあかりの耳もとで囁くように告げた。
「ありがとう、あかり。やっと苦しみから解放される……。あかりには辛い決断だったろうにこう言っては酷かもしれないが、それでもあかりに見送ってもらえて私は幸せ者だね」
「……っ」
喉の奥が締め付けられ、目頭が熱くなる。それらを堪えるように、あかりはさらに腕に力をこめた。天翔はあかりの頬に頭を擦り寄せた。
「あかり、決して諦めることなく生き抜くんだよ。お父様との約束だ」
「……うん」
「この姿がなくなっても、側にいられなくても、お父様はあかりを愛していること、どうか忘れないでおくれね」
「うん」
あかりの腕の中にあった感覚はどんどんおぼろげになっていく。そのうち身体も消えて、残るのは顔だけになった。あかりは腕を解くと父に向き合い、微笑んでみせた。
「私、お父様との約束、きっと守るから。大好きだよ、お父様」
天翔は安心したように目を細めると頷いた。やがて光の中に天翔の姿は完全に溶け消えた。
「秋、約束しよう?」
「約、束……?」
ようやく顔を上げた秋之介はきょとんと目を丸くしていて、それがなんだか可笑しくてあかりは微笑んで頷いた。
「そう、約束。私は秋の側からいなくならない。だから焦らないで一緒に強くなろうよ」
「な、んだよ、それ。保証なんてできねえだろ」
秋之介は呆然とも困惑ともつかない表情をしていたが、言葉に棘はなかった。あかりは正直に首肯した。
「そうだね。私を信じてとしか言えない」
「……そんなのが、約束かよ」
「そうだよ。悪い?」
あかりがぐっと秋之介の顔をのぞき見ると、秋之介は長いため息をついた。そしてにっといたずらっぽく歯を見せて笑った。
「いいぜ、乗った」
「秋……!」
「あかりのことは信じてるけど、俺もこれまで以上に力を尽くす。大切なおまえたちを守るために、一緒に強くなりたい」
「うん! 約束だよ!」
満面の笑みを見せるあかりに、秋之介もつられたように笑みを深くする。
雲間から顔を出した太陽が、あかりと秋之介を眩しく照らした。
「……」
「だから、おれが今欲しいのはあかりの心じゃなくて、約束。おれの願う通りの未来まで、おれの言葉を待ってて欲しい」
そうして結月は静かに左手の小指を差し出した。
幼いころから変わらない、あかりと結月の約束はいつだってこうして交わされてきた。そして、それは今回も同じことだった。決して安請け合いをしたのではない。結月の固い決意は本物で、あかりは心からそれに応えたいと思ったから指きりに応じることを選んだのだ。
互いの小指を絡め、声の出ないあかりに代わって結月が謡う。
「指切りげんまん、噓ついたら針千本飲ます。指切った」
終ぞ決定的な言葉は出てこなかったものの、あかりも結月もこの時は確かに自身の心が満たされているのを感じていた。
仲良しで大切なかけがえのない幼なじみは、互いにただ一人の特別な幼なじみになった。約束のその時までおそらくこの関係が続くのだろうが、二人ともそれで良いと思った。ただの幼なじみよりは距離が近く、恋人というには少し違う関係性。それもまた自分達らしいと思うから。
秋之介と昴がやってくるまで、互いが互いを想い合っていると知りながら、あかりと結月は『特別な幼なじみ』として笑い合っていた。
(このあたりにいないの……⁉)
声をあげられないことをもどかしく思いながら、あかりは息つく暇もなく木立の間をうろついた。
(戦いの気配はあっちから?)
あかりは危険を顧みず、臆することなく山の中へと分け入る。やがて現れた眼前の光景にあかりは言葉を失った。
(熱い……っ)
あたり一面が火の海だった。火を司る朱咲の加護があっても、肌がちりちりと痛み、喉は焼け付くようで、煙が目にしみて視界が滲んだ。
そして炎の壁の向こうにあかりは結月、秋之介、昴の姿を見つけて瞠目した。彼らは陰の国の術使いの多勢を前にして、苦戦を強いられているようだった。
(このままじゃ……!)
最悪の未来が脳裏に過る。恐怖に支配されたあかりはその場に凍りついた。焦燥感に駆られて思考はまとまらず、身体は無意識に震えていた。
その間にも結月たちは劣勢に追い込まれていく。間合いを詰められた結月を白虎姿の秋之介が後ろに引っ張り出す。そんな秋之介の不意を突くように陰の国の式神が背後から襲い掛かる。昴が辛うじて結界を張ることで難は逃れた。
今はぎりぎり持ちこたえているがそれも時間の問題だ。
(私に戦う力があれば……っ)
三人は全身傷だらけで、呼吸も苦しそうだった。ここぞとばかりに陰の国の式神使いたちは結月たちを攻めたてる。
(失わないためには守らないと……! でも、どうしたら……!)
せめて声を出せればなんとかできるかもしれないのに、たったそれだけのことがままならない。
(力が、欲しい。大切なものを守るだけの力が……!)
そこではっと思い至った。新年の折、朱咲から力を授けてもらったではないか。朱咲はあとはあかり次第だと言っていた。
(朱咲様からの力……これをうまく使うには……)
解決の糸口を見つけたことでだんだんと冷静さを取り戻していく。そうして思い出したのは今朝見た夢だった。
(力が強いだけじゃ駄目。それに応じた想いが必要。……想い……)
あかりが考えだそうとした瞬間、秋之介が派手な音を立てて横に飛ばされた。ほぼ同時に昴が膝をつく。その肩は激しく上下していた。結月もいよいよ霊符の発動が追いつかず、左腕には狗の式神が嚙みついていた。動きを制限された彼らに、とどめとばかりに三体の飛燕が舞う。狙うは心臓、ただ一点。
(もう失うことなんてしたくないんでしょう⁉)
思いに呼応するように身体がじわりと熱くなっていく。
(私は、大切なものを必ず守るって決めたんだから……っ‼)
瞬間、熱は炎に変わり、あかりを覆った。敵味方、皆の視線が一気に集まり、式神は膨張するあかりの気配に怯えを見せた。
「あかり……⁉」
「あかり⁉」
「あかりちゃん!」
幼なじみたちの声が遠くに聞こえる。
まるで火を飲んだかのようにあかりの喉は燃えるように痛んだ。あまりの激痛に意識が朦朧としかけ、目尻には生理的な涙が浮かぶ。
(痛みが、何よ……っ。いっそ呪詛ごと燃やし尽くしてやるわ!)
あかりを中心に炎が勢いよく輪になって広がる。不思議なことにあかりの発した炎が触れると、それまでの火事の炎は消えてしまった。
「……熱く、ない」
あかりの炎がかすめたらしい結月が呟いた。むしろ温かくて心地よいとすら感じる。
辺り一帯があかりのつくりだした火で舐めつくされると、陰の国の式神使いから悲鳴があがり、式神は札に戻って魂が還っていった。式神使いは熱い熱いとしきりに叫んでいるが、結月をはじめ、秋之介も昴も全く熱くは感じなかった。
「一体どういう……」
秋之介の疑問は、しかし懐かしい声によって遮られる。近くに寄り集まった結月と昴も目を大きく見開いていた。
「奇一奇一たちまち雲霞を結ぶ、宇内八方御方長南、たちまち急戦を貫き、南都に達し、朱咲に感ず」
凛とした少女の声が朗々と木立の中にこだまする。こめた強い想いを朱咲から与えられた力にのせると、一瞬にしてあたりの空気が浄化されていった。
「奇一奇一たちまち感通、急々如律令!」
激しくも温かな炎をまとい、天に霊剣を掲げる様は神聖で。そんな彼女はさながら戦女神のようだった。
「急々如律令!」
直後あたたかな赤い光の粒が天翔を覆っていく。半透明だった彼の身体は淡い光を発しながら四肢の先から消え始めていた。
いてもたってもいられず、あかりは霊剣を消すと父に駆け寄った。
「お父様……!」
半透明だがまだ姿の残る天翔の身体を膝をついて抱きしめると、ほんのりと体温が感じられた。できることなら失いたくないその温度をこの先忘れないようにとあかりは腕に力をこめる。
天翔はあかりの耳もとで囁くように告げた。
「ありがとう、あかり。やっと苦しみから解放される……。あかりには辛い決断だったろうにこう言っては酷かもしれないが、それでもあかりに見送ってもらえて私は幸せ者だね」
「……っ」
喉の奥が締め付けられ、目頭が熱くなる。それらを堪えるように、あかりはさらに腕に力をこめた。天翔はあかりの頬に頭を擦り寄せた。
「あかり、決して諦めることなく生き抜くんだよ。お父様との約束だ」
「……うん」
「この姿がなくなっても、側にいられなくても、お父様はあかりを愛していること、どうか忘れないでおくれね」
「うん」
あかりの腕の中にあった感覚はどんどんおぼろげになっていく。そのうち身体も消えて、残るのは顔だけになった。あかりは腕を解くと父に向き合い、微笑んでみせた。
「私、お父様との約束、きっと守るから。大好きだよ、お父様」
天翔は安心したように目を細めると頷いた。やがて光の中に天翔の姿は完全に溶け消えた。
「秋、約束しよう?」
「約、束……?」
ようやく顔を上げた秋之介はきょとんと目を丸くしていて、それがなんだか可笑しくてあかりは微笑んで頷いた。
「そう、約束。私は秋の側からいなくならない。だから焦らないで一緒に強くなろうよ」
「な、んだよ、それ。保証なんてできねえだろ」
秋之介は呆然とも困惑ともつかない表情をしていたが、言葉に棘はなかった。あかりは正直に首肯した。
「そうだね。私を信じてとしか言えない」
「……そんなのが、約束かよ」
「そうだよ。悪い?」
あかりがぐっと秋之介の顔をのぞき見ると、秋之介は長いため息をついた。そしてにっといたずらっぽく歯を見せて笑った。
「いいぜ、乗った」
「秋……!」
「あかりのことは信じてるけど、俺もこれまで以上に力を尽くす。大切なおまえたちを守るために、一緒に強くなりたい」
「うん! 約束だよ!」
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雲間から顔を出した太陽が、あかりと秋之介を眩しく照らした。
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