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第二六話 繋がる想い
第二六話 一七
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部屋の中央に敷かれた布団の上で、結月は最後に会ったときと変わらずこんこんと眠り続けていた。
(あ、でも……)
結月の傍らに膝をつき、じっと顔を見つめていたあかりは結月の小さな変化に気がついた。結月は幼少時の人間姿をとれるまでに回復していたが、肌には龍の青い鱗が浮き出ていた。その鱗が薄くなっていたのだ。
淡い期待と切望をこめて、あかりは呟いた。
「ねえ、結月。早く結月の目が見たいよ。声が、聞きたいよ……」
大好きな美しい青の瞳に自分を映してほしい。優しい声で自分の名前を呼んでほしい。
いつも当たり前のように隣にあったものが今は果てしなく遠い。胸が痛くて仕方なかった。
あかりは縋るように眠る結月の小さくなった左手をとった。常より結月の手はあかりの手よりひんやりしているが、今は殊更に冷えているように感じられる。その現実がまたあかりを打ちのめした。
「……結月も、おんなじだったのかな。私が意識を失って眠り続けてた間……」
陰の国から助け出された後も、父であった妖狐に喉を裂かれた後も。
一体結月はどんな気持ちであかりの意識が戻ってくるのを待っていたのだろうか。
心配や迷惑をかけた自覚はあるが、こんなにも胸が痛むものだと考え及んだことがあっただろうか。不安が掻きたてられ気持ちが落ち着かず、目覚めを願えども一向に叶わないもどかしさに苛まれ、祈る以外何もできない無力感に打ちひしがれる。当たり前に隣にあった存在がなくなってしまうことは空しくて、哀しくて、寒かった。
そんなことに今さら気づいてしまった。せめて結月の前では暗い顔をしないようにと思っていたが、明るく取り繕うことはもはやできなかった。ここで泣いてはいけないと頭ではわかっているのに、気持ちは不安定で制御が効かない。あかりの瞳に涙の膜が張り、俯いた拍子にぽろりと一粒二粒こぼれ落ちた。
「結月、ごめんね……」
引き絞った声はか細く、微かに震えていた。
あかりの体温を宿した雫が一滴、つないだ結月の左手に落ちる。
「なかないで、あかり……」
「え……」
あかりは目を瞠って結月の顔を見た。結月は長いまつ毛を震わせながら薄く目を開いていて、あかりのことを青い瞳に映していた。
「ゆ、づき……?」
「うん」
「結月……。結月、良かった。目が、覚めて……!」
「うん。あかりが、喚んでくれたおかげ」
嗚咽によって言葉を継げないあかりに寄り添うように、結月はつながれた左手に優しく力をこめた。手の大きさこそ違うものの温度はあかりのよく知るもので、安心からか余計に涙が止まらなくなる。
「あかりがね、ごめんねって泣いてるのが、聞こえた。だから、行かなくちゃって思って」
あかりはしゃくりあげながらも必死に言葉を紡ぐ。
「結月が、目覚めないのが、怖くてっ。そしたら、結月も、私が目覚めないとき、こんな思いだったのかなって。私、全然わかって、なくて、ごめんね……!」
結月は「思った通りだった」と呟くと、ゆっくりと身を起こす。そして膝立ちするとあかりを正面から包み込むように抱きしめた。
「おれの方こそ、ごめんね。こんなことしたらあかりを傷つけるかもってわかってたのに、こうすることでしか守れなくて。あかりを、泣かせて」
あかりは言葉もなく、結月の腕の中で激しく首を左右に振った。
結月は幼子をあやすようにあかりの背を撫でさすった。次第にあかりが落ち着いてくるのを腕の中に感じながら、結月は腕の力を緩めるとあかりの顏を覗き込んだ。青い瞳に確かにあかりを映し、優しく柔らかな声であかりの名前を呼ぶ。
「あかり」
あかりはゆるゆると顔を上げた。姿こそ幼いが淡く微笑む結月の表情は大人びていて、年相応の彼の姿が重なって見えるようだった。
「ただいま」
そのたった一言に、あかりは救われるような心地だった。だから、それに見合うだけの想いを乗せて、あかりも応える。
「おかえり、結月」
微笑みに目を細めれば、あかりの眦に残った最後のひとしずくがきらりと弾けて散った。
星々の瞬きが霞むくらいに青白く皓々とした光を地上に落とす月は、満月とまではいかなくてもかなり丸に近い形をしている。
そこに帯留めをかざした。今年の幼なじみからの誕生日の贈り物だった。
帯留めは透き通った赤のガラスでできていて、花の形をしている。月の光を受けたそれはしっとりとした輝きを放っていた。
(前の年もこんな風にもらったかんざしを見ていたっけ)
あのときのささやかな願いは今も変わっていない。
「来年もまた、結月と秋と昴と一緒に誕生日を過ごしたい。……過ごせますように」
言葉に想いを乗せて、言霊に換える。昨年の願いが今日叶ったように、今年の願いも来年に繋がればいいと思う。
あかりから生じた柔らかな赤の光はふわりと空気に溶けていった。
「結月とずっと一緒にいたい。でも、それだけじゃなくて昴と秋とも一緒にいられたらなぁって思ってるんだよ。戦いのない世界で、今みたいに四人ずっと一緒にいたいの」
向ける想いの種類に違いはあれど、あかりにとって幼なじみ三人はかけがえのない大切な存在だ。戦いに危険はつきもので、大人になれば皆結婚することになるのだろう。それで多少関係性は変わるかもしれないが、幼なじみたちを失いたくはないと思うのだ。
「平和で笑顔があって幸せな日々が続く……。そんな未来を、結月と秋と昴と一緒に私は生きたいな」
「……うん。叶えよう、一緒に」
結月が静かに、けれども強い決意を奥に秘めて答えると、あかりは安心したように顔を緩ませて、やがて寝息を立て始めた。
「ねえ、約束しよう?」
「え?」
「戦いのない平和な未来で、一緒に笑い合って生きよう。この約束がきっと私たちの全部の願いを叶えてくれるよ」
幾重にも重ねてきた約束がある。そして今度の約束はそれらの約束とそこに込められた願いを全て叶えてくれるものだ。これまでの約束があかりたちを生かしてきたように、この約束は未来のあかりたちを救うのだろう。
「ね、約束だよ?」
あかりは結月の腕の中から彼の顔を見上げて柔らかに微笑んだ。結月は応えるように泣きそうで儚げな微笑を浮かべる。
「うん、約束」
結月はあかりを解放したが、あかりの方がなんだか離れがたくなってそっと結月の左手をとった。二人は自然に手をつなぎ合うと、先を行く昴と秋之介の後を追いかける。
当たり前のように隣にある結月の左手の温度に安心感を覚えながら、あかりはこの温度とともに今日の約束も忘れることはないだろうと思った。
(あ、でも……)
結月の傍らに膝をつき、じっと顔を見つめていたあかりは結月の小さな変化に気がついた。結月は幼少時の人間姿をとれるまでに回復していたが、肌には龍の青い鱗が浮き出ていた。その鱗が薄くなっていたのだ。
淡い期待と切望をこめて、あかりは呟いた。
「ねえ、結月。早く結月の目が見たいよ。声が、聞きたいよ……」
大好きな美しい青の瞳に自分を映してほしい。優しい声で自分の名前を呼んでほしい。
いつも当たり前のように隣にあったものが今は果てしなく遠い。胸が痛くて仕方なかった。
あかりは縋るように眠る結月の小さくなった左手をとった。常より結月の手はあかりの手よりひんやりしているが、今は殊更に冷えているように感じられる。その現実がまたあかりを打ちのめした。
「……結月も、おんなじだったのかな。私が意識を失って眠り続けてた間……」
陰の国から助け出された後も、父であった妖狐に喉を裂かれた後も。
一体結月はどんな気持ちであかりの意識が戻ってくるのを待っていたのだろうか。
心配や迷惑をかけた自覚はあるが、こんなにも胸が痛むものだと考え及んだことがあっただろうか。不安が掻きたてられ気持ちが落ち着かず、目覚めを願えども一向に叶わないもどかしさに苛まれ、祈る以外何もできない無力感に打ちひしがれる。当たり前に隣にあった存在がなくなってしまうことは空しくて、哀しくて、寒かった。
そんなことに今さら気づいてしまった。せめて結月の前では暗い顔をしないようにと思っていたが、明るく取り繕うことはもはやできなかった。ここで泣いてはいけないと頭ではわかっているのに、気持ちは不安定で制御が効かない。あかりの瞳に涙の膜が張り、俯いた拍子にぽろりと一粒二粒こぼれ落ちた。
「結月、ごめんね……」
引き絞った声はか細く、微かに震えていた。
あかりの体温を宿した雫が一滴、つないだ結月の左手に落ちる。
「なかないで、あかり……」
「え……」
あかりは目を瞠って結月の顔を見た。結月は長いまつ毛を震わせながら薄く目を開いていて、あかりのことを青い瞳に映していた。
「ゆ、づき……?」
「うん」
「結月……。結月、良かった。目が、覚めて……!」
「うん。あかりが、喚んでくれたおかげ」
嗚咽によって言葉を継げないあかりに寄り添うように、結月はつながれた左手に優しく力をこめた。手の大きさこそ違うものの温度はあかりのよく知るもので、安心からか余計に涙が止まらなくなる。
「あかりがね、ごめんねって泣いてるのが、聞こえた。だから、行かなくちゃって思って」
あかりはしゃくりあげながらも必死に言葉を紡ぐ。
「結月が、目覚めないのが、怖くてっ。そしたら、結月も、私が目覚めないとき、こんな思いだったのかなって。私、全然わかって、なくて、ごめんね……!」
結月は「思った通りだった」と呟くと、ゆっくりと身を起こす。そして膝立ちするとあかりを正面から包み込むように抱きしめた。
「おれの方こそ、ごめんね。こんなことしたらあかりを傷つけるかもってわかってたのに、こうすることでしか守れなくて。あかりを、泣かせて」
あかりは言葉もなく、結月の腕の中で激しく首を左右に振った。
結月は幼子をあやすようにあかりの背を撫でさすった。次第にあかりが落ち着いてくるのを腕の中に感じながら、結月は腕の力を緩めるとあかりの顏を覗き込んだ。青い瞳に確かにあかりを映し、優しく柔らかな声であかりの名前を呼ぶ。
「あかり」
あかりはゆるゆると顔を上げた。姿こそ幼いが淡く微笑む結月の表情は大人びていて、年相応の彼の姿が重なって見えるようだった。
「ただいま」
そのたった一言に、あかりは救われるような心地だった。だから、それに見合うだけの想いを乗せて、あかりも応える。
「おかえり、結月」
微笑みに目を細めれば、あかりの眦に残った最後のひとしずくがきらりと弾けて散った。
星々の瞬きが霞むくらいに青白く皓々とした光を地上に落とす月は、満月とまではいかなくてもかなり丸に近い形をしている。
そこに帯留めをかざした。今年の幼なじみからの誕生日の贈り物だった。
帯留めは透き通った赤のガラスでできていて、花の形をしている。月の光を受けたそれはしっとりとした輝きを放っていた。
(前の年もこんな風にもらったかんざしを見ていたっけ)
あのときのささやかな願いは今も変わっていない。
「来年もまた、結月と秋と昴と一緒に誕生日を過ごしたい。……過ごせますように」
言葉に想いを乗せて、言霊に換える。昨年の願いが今日叶ったように、今年の願いも来年に繋がればいいと思う。
あかりから生じた柔らかな赤の光はふわりと空気に溶けていった。
「結月とずっと一緒にいたい。でも、それだけじゃなくて昴と秋とも一緒にいられたらなぁって思ってるんだよ。戦いのない世界で、今みたいに四人ずっと一緒にいたいの」
向ける想いの種類に違いはあれど、あかりにとって幼なじみ三人はかけがえのない大切な存在だ。戦いに危険はつきもので、大人になれば皆結婚することになるのだろう。それで多少関係性は変わるかもしれないが、幼なじみたちを失いたくはないと思うのだ。
「平和で笑顔があって幸せな日々が続く……。そんな未来を、結月と秋と昴と一緒に私は生きたいな」
「……うん。叶えよう、一緒に」
結月が静かに、けれども強い決意を奥に秘めて答えると、あかりは安心したように顔を緩ませて、やがて寝息を立て始めた。
「ねえ、約束しよう?」
「え?」
「戦いのない平和な未来で、一緒に笑い合って生きよう。この約束がきっと私たちの全部の願いを叶えてくれるよ」
幾重にも重ねてきた約束がある。そして今度の約束はそれらの約束とそこに込められた願いを全て叶えてくれるものだ。これまでの約束があかりたちを生かしてきたように、この約束は未来のあかりたちを救うのだろう。
「ね、約束だよ?」
あかりは結月の腕の中から彼の顔を見上げて柔らかに微笑んだ。結月は応えるように泣きそうで儚げな微笑を浮かべる。
「うん、約束」
結月はあかりを解放したが、あかりの方がなんだか離れがたくなってそっと結月の左手をとった。二人は自然に手をつなぎ合うと、先を行く昴と秋之介の後を追いかける。
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