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第二七話 願った未来
第二七話 三
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長月になった。昼間の残暑は厳しいが、夜が近づくと秋の香りを乗せた涼しい風が吹く。
この日は白古家に四人が集まって、十五夜のお月見を楽しんでいた。
「ん! やっぱり梓おば様の作るお団子は美味しいね!」
「すすきや月より団子ってか。でもまあ、お袋もそれ聞いたら喜ぶと思うぜ」
そう言って半獣姿の秋之介は口に月見団子を放り込んだ。
時間が経ったからか、それともあかりの祈りが届いたからか、秋之介たちの霊力は僅かずつだが回復していた。目に見えてわかりやすいのは秋之介で今までは白虎姿しかとれなかったが、今では年相応の人間姿に虎の耳と尾を残した姿にまで変化できるようになった。
「梓おば様が喜んでくれるのは嬉しいけど、それだけってわけじゃないよ」
あかりは静かな瞳で夜空に浮かび皓々とした光を放つ満月を見上げた。
「月を見るとね、囚われてた陰の国からみんなに助け出された日のことを思い出すの」
あの日も今日と同じように、牢の通風孔に切り取られた小さな四角い夜空に皓々とした満月が浮かんでいた。
陰の国に囚われていた日々はあかりの心に今も癒えきらない傷を残した。ひとりきりは心細い、暗く狭い所が怖い、寒いのは大嫌い。
けれど月だけは別だった。牢の中から何度も見上げた小さな空に浮かぶ月はあかりの抱える寂しさを癒してくれた。静かに降り注ぐ月の光は結月の瞳の煌めきに似ていて、彼を思い出せたから。結月を思い出せば、自然と秋之介と昴のことも心に浮かんできたから。
遠く離れた場所にいても心だけは繋がっていると信じて、それを心の支えにして、痛くても辛くても二年間耐え続けた。諦めずにいることができた。
だから月を見ても素直に美しいと思える。助け出された日の再会の歓びと彼らが側にいる安心感を思い出すから、あかりにとって月はあたたかな記憶の象徴だった。
「もう四年も前になるんだね。振り返ってみるとあっという間だよ」
「うん。今こうしていられること、すごく、幸せなことだと、思う」
「きっとこれからも続くよ、この穏やかな幸せは……」
あかりの願いは言霊となり、月夜に輝く星のひとつになった。
秋の深まりを感じさせる神有月のある日。
あかりは結月の邸へ遊びに来ていた。
「わ、すごいね、結月。もうこんなに霊符が作れるようになったのね」
整理整頓された結月の私室の片隅に積み上がる霊符の束を見つけたあかりは感嘆の声をあげた。
「うん。あかりの、おかげ」
結月は、霊力不足は時間が解決してくれたのではなく、あかりの祈りのおかげだと信じているらしかった。
「そうだといいな。だけど、まだ完全には霊力が戻っていないんでしょう? 結月、無理してない? 大丈夫?」
泰山府君祭の折に霊力と寿命をあかりに捧げた結月は、それ以降自由に霊符を作製したり使役したりすることが難しくなり、少しでも無理をしようものなら身体に支障を来していた。
結月は人一倍真面目で優しいから、青柳家の当主としての責務に誰よりも忠実だ。積み上がった霊符のほとんどは呪符ではなく護符で、それを目にしただけで結月がこの国や大切な人たちを守りたいと切に願っていることがうかがえた。
だからあかりは結月が無理をしていないか心配していたのだが、結月は「ありがとう。でも、大丈夫」と穏やかに微笑んだ。
「今度は、戦いのためやむなくじゃなくて、守るためだけに、この力を活かしたいって思ってる。そのためには、まず自分を大切にしなきゃいけないって、わかってるから」
「そっか。ならいいの」
あかりは出されたお茶を一口啜ってから「……私ね」と呟いた。
「結月が霊符を使役するときの、あのきれいな青い光が好きなんだ。だから、また見られるようになって嬉しい」
あかりの向かいに座した結月は僅かに目を見開いた。
「そう、なんだ……。知らなかった」
「護符より呪符をたくさん作るようになってから、結月はいつもどこか悲しそうに青い光を見てたよね。多分結月は人や妖を傷つけるその青が好きじゃないんだろうなって思ったから、今まで言えなかったの」
「……うん。あかりの、言う通り」
結月が目を伏せると、目元に長いまつ毛の影が落ちた。戦いが終わっても気にしていたのだろう、憂う結月の表情は暗い。
そんな結月にあかりは「でもね」と柔らかな声音で告げる。
「私はずっときれいだって、清らかで優しい青だって思ってたよ。だって私を救ってくれたのはおんなじ青い光だったんだから」
あかりが囚われていた陰の国の牢の壁の破片が散る中、漏れこんできた青い光は月明かりよりも眩しくて鮮烈で、きっと忘れることなどできないだろう。
「それだけは、結月にも知っておいてもらいたいなって」
あかりが小さく微笑みかけると、結月は泣き出しそうに微笑み返した。
「……守るためっていいながら、誰かを傷つけることに、ずっと、後ろめたさを感じてた。自分の力は、何のために、あるんだろうって。……でも、そっか。あかりがそう言ってくれるなら、おれは、この力を少しは好きになれそう」
その力だって結月の一部だと思うから、あかりは結月がそう言ってくれて嬉しかった。
「うん!」
あかりが明るく頷けば、結月は今度は晴れやかな笑みを見せてくれた。
この日は白古家に四人が集まって、十五夜のお月見を楽しんでいた。
「ん! やっぱり梓おば様の作るお団子は美味しいね!」
「すすきや月より団子ってか。でもまあ、お袋もそれ聞いたら喜ぶと思うぜ」
そう言って半獣姿の秋之介は口に月見団子を放り込んだ。
時間が経ったからか、それともあかりの祈りが届いたからか、秋之介たちの霊力は僅かずつだが回復していた。目に見えてわかりやすいのは秋之介で今までは白虎姿しかとれなかったが、今では年相応の人間姿に虎の耳と尾を残した姿にまで変化できるようになった。
「梓おば様が喜んでくれるのは嬉しいけど、それだけってわけじゃないよ」
あかりは静かな瞳で夜空に浮かび皓々とした光を放つ満月を見上げた。
「月を見るとね、囚われてた陰の国からみんなに助け出された日のことを思い出すの」
あの日も今日と同じように、牢の通風孔に切り取られた小さな四角い夜空に皓々とした満月が浮かんでいた。
陰の国に囚われていた日々はあかりの心に今も癒えきらない傷を残した。ひとりきりは心細い、暗く狭い所が怖い、寒いのは大嫌い。
けれど月だけは別だった。牢の中から何度も見上げた小さな空に浮かぶ月はあかりの抱える寂しさを癒してくれた。静かに降り注ぐ月の光は結月の瞳の煌めきに似ていて、彼を思い出せたから。結月を思い出せば、自然と秋之介と昴のことも心に浮かんできたから。
遠く離れた場所にいても心だけは繋がっていると信じて、それを心の支えにして、痛くても辛くても二年間耐え続けた。諦めずにいることができた。
だから月を見ても素直に美しいと思える。助け出された日の再会の歓びと彼らが側にいる安心感を思い出すから、あかりにとって月はあたたかな記憶の象徴だった。
「もう四年も前になるんだね。振り返ってみるとあっという間だよ」
「うん。今こうしていられること、すごく、幸せなことだと、思う」
「きっとこれからも続くよ、この穏やかな幸せは……」
あかりの願いは言霊となり、月夜に輝く星のひとつになった。
秋の深まりを感じさせる神有月のある日。
あかりは結月の邸へ遊びに来ていた。
「わ、すごいね、結月。もうこんなに霊符が作れるようになったのね」
整理整頓された結月の私室の片隅に積み上がる霊符の束を見つけたあかりは感嘆の声をあげた。
「うん。あかりの、おかげ」
結月は、霊力不足は時間が解決してくれたのではなく、あかりの祈りのおかげだと信じているらしかった。
「そうだといいな。だけど、まだ完全には霊力が戻っていないんでしょう? 結月、無理してない? 大丈夫?」
泰山府君祭の折に霊力と寿命をあかりに捧げた結月は、それ以降自由に霊符を作製したり使役したりすることが難しくなり、少しでも無理をしようものなら身体に支障を来していた。
結月は人一倍真面目で優しいから、青柳家の当主としての責務に誰よりも忠実だ。積み上がった霊符のほとんどは呪符ではなく護符で、それを目にしただけで結月がこの国や大切な人たちを守りたいと切に願っていることがうかがえた。
だからあかりは結月が無理をしていないか心配していたのだが、結月は「ありがとう。でも、大丈夫」と穏やかに微笑んだ。
「今度は、戦いのためやむなくじゃなくて、守るためだけに、この力を活かしたいって思ってる。そのためには、まず自分を大切にしなきゃいけないって、わかってるから」
「そっか。ならいいの」
あかりは出されたお茶を一口啜ってから「……私ね」と呟いた。
「結月が霊符を使役するときの、あのきれいな青い光が好きなんだ。だから、また見られるようになって嬉しい」
あかりの向かいに座した結月は僅かに目を見開いた。
「そう、なんだ……。知らなかった」
「護符より呪符をたくさん作るようになってから、結月はいつもどこか悲しそうに青い光を見てたよね。多分結月は人や妖を傷つけるその青が好きじゃないんだろうなって思ったから、今まで言えなかったの」
「……うん。あかりの、言う通り」
結月が目を伏せると、目元に長いまつ毛の影が落ちた。戦いが終わっても気にしていたのだろう、憂う結月の表情は暗い。
そんな結月にあかりは「でもね」と柔らかな声音で告げる。
「私はずっときれいだって、清らかで優しい青だって思ってたよ。だって私を救ってくれたのはおんなじ青い光だったんだから」
あかりが囚われていた陰の国の牢の壁の破片が散る中、漏れこんできた青い光は月明かりよりも眩しくて鮮烈で、きっと忘れることなどできないだろう。
「それだけは、結月にも知っておいてもらいたいなって」
あかりが小さく微笑みかけると、結月は泣き出しそうに微笑み返した。
「……守るためっていいながら、誰かを傷つけることに、ずっと、後ろめたさを感じてた。自分の力は、何のために、あるんだろうって。……でも、そっか。あかりがそう言ってくれるなら、おれは、この力を少しは好きになれそう」
その力だって結月の一部だと思うから、あかりは結月がそう言ってくれて嬉しかった。
「うん!」
あかりが明るく頷けば、結月は今度は晴れやかな笑みを見せてくれた。
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