【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

文字の大きさ
370 / 390
第二七話 願った未来

第二七話 三

しおりを挟む
 長月になった。昼間の残暑は厳しいが、夜が近づくと秋の香りを乗せた涼しい風が吹く。
 この日は白古家に四人が集まって、十五夜のお月見を楽しんでいた。
「ん! やっぱり梓おば様の作るお団子は美味しいね!」
「すすきや月より団子ってか。でもまあ、お袋もそれ聞いたら喜ぶと思うぜ」
 そう言って半獣姿の秋之介は口に月見団子を放り込んだ。
 時間が経ったからか、それともあかりの祈りが届いたからか、秋之介たちの霊力は僅かずつだが回復していた。目に見えてわかりやすいのは秋之介で今までは白虎姿しかとれなかったが、今では年相応の人間姿に虎の耳と尾を残した姿にまで変化できるようになった。
「梓おば様が喜んでくれるのは嬉しいけど、それだけってわけじゃないよ」
 あかりは静かな瞳で夜空に浮かび皓々とした光を放つ満月を見上げた。
「月を見るとね、囚われてた陰の国からみんなに助け出された日のことを思い出すの」
 あの日も今日と同じように、牢の通風孔に切り取られた小さな四角い夜空に皓々とした満月が浮かんでいた。
 陰の国に囚われていた日々はあかりの心に今も癒えきらない傷を残した。ひとりきりは心細い、暗く狭い所が怖い、寒いのは大嫌い。
 けれど月だけは別だった。牢の中から何度も見上げた小さな空に浮かぶ月はあかりの抱える寂しさを癒してくれた。静かに降り注ぐ月の光は結月の瞳の煌めきに似ていて、彼を思い出せたから。結月を思い出せば、自然と秋之介と昴のことも心に浮かんできたから。
遠く離れた場所にいても心だけは繋がっていると信じて、それを心の支えにして、痛くても辛くても二年間耐え続けた。諦めずにいることができた。
だから月を見ても素直に美しいと思える。助け出された日の再会の歓びと彼らが側にいる安心感を思い出すから、あかりにとって月はあたたかな記憶の象徴だった。
「もう四年も前になるんだね。振り返ってみるとあっという間だよ」
「うん。今こうしていられること、すごく、幸せなことだと、思う」
「きっとこれからも続くよ、この穏やかな幸せは……」
 あかりの願いは言霊となり、月夜に輝く星のひとつになった。


 秋の深まりを感じさせる神有月のある日。
 あかりは結月の邸へ遊びに来ていた。
「わ、すごいね、結月。もうこんなに霊符が作れるようになったのね」
 整理整頓された結月の私室の片隅に積み上がる霊符の束を見つけたあかりは感嘆の声をあげた。
「うん。あかりの、おかげ」
 結月は、霊力不足は時間が解決してくれたのではなく、あかりの祈りのおかげだと信じているらしかった。
「そうだといいな。だけど、まだ完全には霊力が戻っていないんでしょう? 結月、無理してない? 大丈夫?」
 泰山府君祭の折に霊力と寿命をあかりに捧げた結月は、それ以降自由に霊符を作製したり使役したりすることが難しくなり、少しでも無理をしようものなら身体に支障を来していた。
 結月は人一倍真面目で優しいから、青柳家の当主としての責務に誰よりも忠実だ。積み上がった霊符のほとんどは呪符ではなく護符で、それを目にしただけで結月がこの国や大切な人たちを守りたいと切に願っていることがうかがえた。
 だからあかりは結月が無理をしていないか心配していたのだが、結月は「ありがとう。でも、大丈夫」と穏やかに微笑んだ。
「今度は、戦いのためやむなくじゃなくて、守るためだけに、この力を活かしたいって思ってる。そのためには、まず自分を大切にしなきゃいけないって、わかってるから」
「そっか。ならいいの」
 あかりは出されたお茶を一口啜ってから「……私ね」と呟いた。
「結月が霊符を使役するときの、あのきれいな青い光が好きなんだ。だから、また見られるようになって嬉しい」
 あかりの向かいに座した結月は僅かに目を見開いた。
「そう、なんだ……。知らなかった」
「護符より呪符をたくさん作るようになってから、結月はいつもどこか悲しそうに青い光を見てたよね。多分結月は人や妖を傷つけるその青が好きじゃないんだろうなって思ったから、今まで言えなかったの」
「……うん。あかりの、言う通り」
 結月が目を伏せると、目元に長いまつ毛の影が落ちた。戦いが終わっても気にしていたのだろう、憂う結月の表情は暗い。
 そんな結月にあかりは「でもね」と柔らかな声音で告げる。
「私はずっときれいだって、清らかで優しい青だって思ってたよ。だって私を救ってくれたのはおんなじ青い光だったんだから」
 あかりが囚われていた陰の国の牢の壁の破片が散る中、漏れこんできた青い光は月明かりよりも眩しくて鮮烈で、きっと忘れることなどできないだろう。
「それだけは、結月にも知っておいてもらいたいなって」
 あかりが小さく微笑みかけると、結月は泣き出しそうに微笑み返した。
「……守るためっていいながら、誰かを傷つけることに、ずっと、後ろめたさを感じてた。自分の力は、何のために、あるんだろうって。……でも、そっか。あかりがそう言ってくれるなら、おれは、この力を少しは好きになれそう」
 その力だって結月の一部だと思うから、あかりは結月がそう言ってくれて嬉しかった。
「うん!」
 あかりが明るく頷けば、結月は今度は晴れやかな笑みを見せてくれた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ
ファンタジー
美しき侯爵令嬢の側には、強面・高背・剛腕と揃った『狂犬戦士』と恐れられる偉丈夫がいる。 貧乏男爵家の五人兄弟末子が養子に入った魔力を誇る伯爵家で彼を待ち受けていたのは、五歳下の義妹と二歳上の義兄、そして王都随一の魔術後方支援警護兵たち。 元・家族の誰からも愛されなかった少年は、新しい家族から愛されることと癒されることを知って強くなる。 これは不遇な微魔力持ち魔剣士が凄惨な乳幼児期から幸福な少年期を経て、成長していく物語。 ※見切り発車で書いていきます(通常運転。笑) ※エブリスタでも同時連載。2021/6/5よりカクヨムでも後追い連載しています。 ※2021/9/15けっこう前に追いついて、カクヨムでも現在は同時掲載です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す

RINFAM
ファンタジー
 なんの罰ゲームだ、これ!!!!  あああああ!!! 本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!  そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!  一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!  かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。 年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。 4コマ漫画版もあります。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...